海賊王に
世界一の大剣豪に
誰も書いたことのない海図を書くために
世界一偉大な男になるために
リバースマウンテンに入る前の決意表明で俺は何を言ったのか、思い出せない。確か、適当な出まかせを言ったはずだ。
だって、俺には旅の目的なんて、最初から持ってなかったのだから。ただ何となく、楽しいだろうと思った方を選んだけだから。
ユバを出てすぐ、ルフィは座り込んで動こうとしなかった。ビビの説得にも動じず、やがてそれは口論になり、激しい喧嘩へとヒートアップしていく。そして遂にルフィの拳がビビの頬を殴った。
本気じゃない。手加減してる。止める必要はない
「おいルフィ! やり過ぎだ!」
「てめぇェルフィ!」
二人の殴り合いを皆が諌めようとする中、俺はそれを黙ってみていた。何故ならそれは、ビビにとって必要なことだということを知っていたから。
誰にも死んでほしくない。それがビビの思いだ。でもそれは甘いとルフィは断じた。国の滅亡はすでに秒読みに入っている。これを食い止めるにはもはや時間がかかる穏便な方法では間に合わず、全ての元凶であるクロコダイルを倒し、真実を白日の下に晒す必要がある。
それを言えば、仲間の為だとルフィは快く頷くだろうとビビは確信していた。だけど七武海の一人が相手では死人が間違いなく出てしまうということもわかっていた。自分の身勝手で仲間の命を懸ける事は、彼女にはできなかった。
だからこそ、次善の策として反乱軍の説得を試みて、時間稼ぎを図ろうとしていたわけだ。
「俺たちの命ぐらい一緒にかけて見ろ! 仲間だろうが!」
だが船長であるルフィがそれを許す筈がない。
彼にとっての仲間とは一蓮托生、そして対等。だからこそビビのその勝手な行動は認められない。
二人の殴り合いの結果はビビの本心を見抜いたルフィに軍配が上がった。これで麦わら一味の心は一つとなり、クロコダイル打倒へと舵を切っていく。
―――死にたくない
なのに、その時に俺は顔をしかめてしまった。
誰にも見られなくて本当によかったと思った。
バラティエで出た悪い癖がまた、もたげてしまった。
ゾロのふと見せる優しさを知った。
ウソップのここぞと言うときの男らしさを知った。
ナミの奥深くにある仲間への信頼を知った。
サンジの意外なタバコを始めた理由を知った。
チョッパーの医者の譲れない思いを知った。
ルフィの意外な聡明さを知った。
ビビの、王国への、国民への深い愛を知った。
全部、俺が読んで忘れてしまったもの、読んでも知らなかったものだ。
皆、全力で生きている。先の見えない未来をより良いものにしようと必死に、全身全霊で今にぶつかっていく。
それらを見て、感じてなお俺はまだ何も変わっていない。のらりくらりとかわし続けているだけだ。
ドラム島でもそうだった。自分からしたことは、何一つなかった。俺はまた、逃げてしまっている。後ろめたさをどこかで感じていた。俺が余計な茶々を入れなければ、物語はいい方向へ進む。その意識が行動を鈍らせていた。
俺が余計なことをしなければ、原作の流れに沿えば、ハッピーエンドは約束される。だが強いるのか? 仲間への理不尽を。敵の跳梁跋扈を。一般市民への圧政を。
ドルトンさんを見て思った。俺なら逃げ出すと。
トトさんを見て思った。俺なら発狂すると。
ビビの境遇を聞いて思った。俺なら諦めると。
それほどの苦痛を、仲間に容認させて掴むハッピーエンドは気持ちのいいものか?
少なくとも、目の前でボロボロのビビの為に何かしたいという気持ちはある。本心だ。
ただ、自分が痛い想いをするのが嫌だという思いがそれを上回っただけのこと。
多分俺はまだ、皆と距離をおいている。
リトルガーデンの俺の失態を皆気にしなかったし、気にし過ぎだとも怒られた。ゾロに下手くそに慰められて、でも本当にうれしかったから、もっと仲間のために頑張ろうって決めたはずなんだ。それもストーリーを何も知らずに全力で戦った結果だったから。だけどまだ、本当に心を許していない。
ビビの悔し涙が原作よりも些事なはずがない。
今、決意しなければ駄目だ。決めないとこのまま一生俺はなにも出来ない。
原作よりも人を、仲間を選ぶ。仲間のために命を張るんだ。
信じ頼ってくれる仲間と共に今を生きる。
―――
ふと、リバースマウンテンの前での決意表明で言ったことを思い出した。原作で、全く明らかになっていないワンピースは一体何か。黄金か、世界をひっくり返すほどの秘密か。形あるものか、ないものか。いずれにせよ、それが何かをこの目で見届ける。
でまかせにしては、我ながらいいところを突いた。
今から、これを俺の目標にしよう。全力で走って行こう。
―――――――――――――――――――――
アラバスタ王国、レインベース、
「逃げろ~~~! 海軍だーー!!」
「「てめえらが連れてきたんだろうが!」」
砂漠の行軍を経て、まずは水の調達ということでウソップとルフィが買い出しに。しかし待ち伏せていた海軍と鉢合わせして追いかけっこが始まっていた。しかもケムリンまで交ざっている。そこでルフィの提案で自身はスモーカーを引き付けつつも、一味は一旦散り散りに逃げ、クロコダイルがいるカジノ"レインディナー"で落ち合う手筈となった。そして棲姫はビビ、ゾロとともに街を駆ける。
「オイセイキ。ビビを連れて先に行け。俺が食い止める」
「りょーかい」
途中で海軍を足止めするためゾロが囮となり、俺たち二人で逃避行を続ける。
「大丈夫かしら。Mr.ブシドー」
「スモーカーがいないから大丈夫だろ。それよりもこっちもそろそろやばいかもな」
海軍の視線を切る為に、可愛い悲鳴を上げるビビを抱えて全速力で曲がり角を曲がる。
正面に銃口が複数見えた。バロックワークス達の待ち伏せだ。
「うおっとぉ!」
彼女を強引に抱きかかえて姿勢をかがめた瞬間、銃声が鳴り響いた。
背中に三発もらった。だけど怪我無し、傷無し!
雄たけびを上げながら、近くにおいていた石を反撃に投げつけてやると、見事中央の奴に命中。もんどりうって倒れこんだ。
「何だよ……けっこう当たんじゃねえか……へっ」
「大丈夫なの……?」
「大丈夫だ、問題ない」
すでに一番いい体をもらっているので、希望の花もさきません。
改めてあたりを見渡せば、先ほどの三人をはじめとして建物の影から溢れるようにワラワラとならず者たちが姿を見せている。
「よし、逃げるぞ」
「ええ?! ちょっとまってったら!」
「逃げたぞ追え!」
基本的に俺はクロスレンジ一辺倒なんだ。飛び道具交じりの集団相手にビビを護りながら戦えるはずがない。
さっき来た角をそのまま戻ってそのまま走り抜け……ずにビビと壁際に張り付く。
聞こえてくる雄たけびでタイミングを合わせ、先頭の男に振り向きざまの腹パンを加えてやる。つぶれた虫のような悲鳴を上げるそいつに追撃で全力キックをお見舞いしてやれば十人単位でバロックワークスは吹っ飛び、沈黙。
だがいかんせん数が多く、取りこぼしというのはどうしても起きる。逆に言うとここまで近いならば、飛び道具の代わりにできる。
一人の足を無造作につかんでグルグルと振り回す。駆け寄ってきた奴らはそれに巻き込まれて吹き飛ばされ、適当に遠巻きに警戒している奴らにライナーで投げつけてやると、半数は沈黙した。
「よし、行くぞ!」
「ええ! 行きましょう!」
しかし、50メートルも進まない内にまたごろつき共が道を塞ぐ。クロコダイルへの道は一向に開かれない。
「どうなってんだこの町は。賞金稼ぎしかいないとか経済終わってんだろ」
悪態を突きながら、近くに生えていたヤシの木を蹴り倒す。
これを投げつけようそうしようと振りかぶると、今度は銃声が上空から鼓膜を叩いた。だが銃弾は俺たちを狙わずバロックワークス達を叩き、彼らを混乱の渦に叩き落としている。
「ペル!」
「少々お待ちを!今こやつらを片づけますので!」
ビビの声が弾む様子から見て、どうやらあれは味方らしい。
「ペルだと!? アラバスタ王国最強の戦士じゃねえか!」
そのバロックワークスの戦慄も長くは続かなかった。隼のように華麗な空中機動に全員翻弄され、すれ違いざまに
鋭い爪で肉を切り裂かれる。距離があっても銃で薙ぎ払われ、ものの三十秒程度で一帯のバロックワークスは全て倒れ伏した。
「ありがとう。ペル!」
最強の戦士の活躍によって、道が開かれた。上空を舞う彼に手を振って二人でその感謝を告げ、ビビはこれでクロコダイルの下へ行けると意気込んだ。
――――――クラッチ
礼に答えていたペルの姿勢が突如不自然に歪む。背中が尋常じゃなく曲がり、そのまま体勢を崩して落下を始めた。
あの高度は死ぬと、蒼白になるビビを尻目にすぐに落下地点まで走り、彼を抱き留める。確かに、無数の手が、彼の関節を極めていたのを見た。そんな芸当ができるのは一人しかいない。
「ミス・オールサンデー!」
「王国最強の戦士も大したことないわね」
いつの間に回り込んだのか、ニコ・ロビンは澄ました顔でビビの背後から現れた。まだ息があるペルを優しく地面に置いた後、俺は彼女と対峙する。
「さて、あなたの仲間達とボスが待っているから、行きましょうか」
……そう言えば原作でもルフィさん達つかまってましたね
どういった経緯かは知らないが、搦め手には弱い船長に知らず天を仰いだ。
―――――――――――――――――――――――――
「クロコダイル!!」
ロビンに促されて入ったレインディナーの地下の社長室、クロコダイルを見るなりビビは怒声を上げた。
「ビビ! セイキ!」
ナミ達の声が部屋に響く中、彼女の言葉に対して不敵、不遜な笑みをクロコダイルは浮かべて、ビビの神経を逆なでする。
彼女は死ねと罵声を浴びせる。死ぬのはこのくだらない王国だと、彼は鼻で笑う。
「お前さえいなければこの王国は平和でいられたんだ!!」
「駄目だ!」
「放してよ!あいつを! あいつを殺す!」
「あいつ砂人間だぞ。効くはずない」
「そんなの関係ない!!」
我を忘れるほどのビビの殺気と怒りに呑まれそうになる。でもこの手を放せばビビは無謀な戦いに突っ込んでしまう。それはやってほしくなかったから、手は放さなかった。
「セイキ! ここを開けろ! 俺たちを出せ!!」
「まあ座りたまえよ。パーティーの時間だ。違うか? ミス・オールサンデー」
「ええ」
「……パーティーって?」
その言葉の意味はなんとなく察した。反乱軍が行動を開始したのだろう。ルフィ達の言葉をあえて無視して、クロコダイルに尋ねた。
そうして、ビビの前でクロコダイルの計画の最終段階の開始とその全貌が告げられる。
――――――――――――――――
Mr.2が化けた偽国王がナノハナを蹂躙する。そうなれば反乱軍は行動を開始せざるをえない。耄碌した王を止めるため、反乱軍は国家転覆を行うためにアルバーナへと攻め入る。その開始時刻が7時で、ちょうど俺たちがレインベースに着いた直後の話だ。
「泣かせるじゃねえか、国を想う気持ちが国を滅ぼすんだ」
「やめて!! なんてひどいことを……」
「一刻の猶予もないのか……」
クロコダイルは勝ち誇った顔でここまでの苦労話を語る。破壊工作、浸透工作、民衆扇動。綿密に組まれたプランは後半日もしないうちに成就するところまで来ていた。
「なぜ俺がここまでしてこの国を欲しがるかわかるか? ミス・ウェンズデー」
「あんたの腐った心なんかわかるもんか!」
「口の悪い王女様だ……。奴らの殺し合いが始まるまであと8時間、と言ったところか。反乱軍がアルバーナにたどり着くのは。そうなればもうだれも止められない。さてビビ元王女。ここで悠長に油を売るわけにはいかないよなァ?」
「まあ、もうグダグダ聞いてる暇はねえな」
ご高説を垂れてるクロコダイルの目の前で海楼石の格子に軽くノックしてみる。その音に、初めてクロコダイルは今まで空気としてしか扱ってなかったこっちを見た。
確かにこれは固いな。相当丈夫だ。
「仲間を助けたいか?」
「それは……!」
クロコダイルはおもむろに懐から鍵を取り出し、放った。鍵は地面に落ちることなく、直前に図ったように穴が開き吸い込まれていった。
そんな茶番に構っている暇はない。
クロコダイルの発言を無視して海楼石の格子を見渡していく。
「ナミ。こういう牢屋って扉が一番耐久性が低いのか?」
「……そうよ。遠慮なくやっちゃいなさい!」
泥棒の達人であるナミに問えば、俺の意図を理解したうえで太鼓判を押してくれた。その言葉に容赦なく扉に手をかけた。隙間に見えた細い棒きれにこの体に勝る耐久力があるとも思えなかった。
甲高い金属の悲鳴が聞こえたと思えば、すぐに鍵穴から放射状に罅が入った。クロコダイルの顔が凍りつく。
足を引っ掛けて格子を両手で思いきり引っ張れば、観念したかのように鍵部分が粉砕。ようやく扉が開かれた。
「何ィ……!?」
「よっしゃ~~~!!でられたぞ~~~!」
「セイキよくやったわ!」
「悪い、ちょっと心の整理を付けてた」
ナミとウソップはもろ手を上げて喜ぶ一方で、ルフィとゾロ、スモーカーは厳しい顔のまま出てきた。
「クロコダイル~~~!」
怒り心頭なルフィが叫ぶ。渋い顔のままの彼に右手を突き出し、お前を倒すと宣言した。その後ろで更なる手を打つべく俺はスモーカー大佐に話しかける。
「スモーカー大佐。よければ共闘しませんか? 私達の利害は一致しているはずですけど?」
「……断る。てめえら海賊となぞ手を組まん」
「……そこを何とか」
「断る」
机の上のワインの封を切りつつ、彼と手を組もうと画策するが、彼は首を縦に振ってくれない。
「じゃあ今この時だけは、お互い手は出さないってことではだめ?」
「断る」
「……」
botかな?
ひたすらNOを言い続ける煙野郎に辟易しつつ、ルフィに他のワインを投げ渡す。しかしこいつしか勝ち目が薄いから食い下がるしかないわけで。
「何だ? 今酒なんて飲んでる暇ねえぞ?」
「こいつの弱点は水だ! 水気があれば切れるし殴れる!」
クロコダイルは驚愕に彩られた。ロビンさえも険しい顔をしている。ルフィたちにとって、それが何よりの証明だった。弱点をさらけ出したクロコダイルに向かって、ワインを両手にぶっかけながら俺は吶喊する。
勝ちの目が最もあるのは今だ。周りは水の地下。そして相手は動揺している今だからこそ畳み掛ける必要がある。
「二輪咲き(ドス・フルール)」
「ほげ!?」
だけどそれは彼女に止められた。ロビンに両足をつかまれ、顔面をしたたかに打ち付ける。
「このやろ……!」
「退くぞ」
逃げる。いくばくかの冷静さが戻ったとはいえクロコダイルの口からその言葉が出るとは思ってもみなかった。ここで逃げられてはこちらも困るどころの話ではない。だが急いで体勢を立て直す前にバナナワニが従順に俺たちの前に立ちふさがり、道を塞いだ。
「女ぁ……。お前は必ず殺す!」
「待ちやがれ!」
一連の行動で一気にヘイトを集めてしまったらしく、ルフィの叫びを無視し、通路の扉が閉まるまでクロコダイルはこっちをにらみ続けた。その形相と吹き上がる威圧感に思わず怯んでしまった。だがそんなことにかまけている暇もなく、扉が閉まると同時に、社長室は一気に崩壊を始めた。あちこちから浸水が発生し, あっというまに水かさが増してゆく。素直に俺以外命の危機である。
なんとか浸水しきる前にバナナワニをすべて倒し、溺れるルフィ達を抱えてレインディナーから脱出した。
レインディナーを囲う池から何とか全員這い上がった。目の前で壮大な陰謀を語られたスモーカー大佐に最早俺たちを逮捕する気はなかった。逃がす様に別れると、それと入れ替わる形でサンジ達と合流を果たした。本来ならチョッパーがクロコダイルの囮をし、その隙に救出という作戦とたてていたらしいがそれも俺の行為でご破算となったらしい。それについてチョッパーは心底安心していた。
「マツゲがちょうどいいやつを知ってるって」
話は反乱の阻止に移る。とにもかくにも首都に行かねば話にならない。その移動手段をどうするかだったが、チョッパーがラクダのマツゲの仲介で、ヒッコシクラブという大型のカニを手懐けてくれた。
だが、町の外れとはいえ、こんなものが人目に触れれば騒ぎになるのは当たり前だ。そして俺はこの後の展開に心あたりがあった。
「早く乗れ! クロコダイルだ!」
「何?!」
数少ない燃料を使い、レーダーで全周警戒を行えば、ジャミングを受けたようにある方角にノイズが広がる。空中を蠢く砂の塊、間違いなくクロコダイルだ。俺の言葉を受けて、ルフィは蟹から降りて俺の前に立つ。
「お前ら先行け! 俺一人でいい!」
「無理だ! 勝てない! 一緒に来い!」
「だめだ! ここであいつをぶっ飛ばす!」
「だめだじゃねえ! 勝てないって言ってるんだよ!」
いきなり視界が逆転した。ルフィが上、いや下にいる。
全身を包む浮遊感に腕を伸ばして投げられたとすぐに理解した。
俺がヒッコシクラブに乗ったのを確認して、ルフィは不敵な笑みを浮かべて叫んだ。
「ビビを宮殿までちゃんと送り届けろよ!」
「行け! チョッパー! アルバーナに!」
「駄目だ! 待て!」
「セイキ! 船長命令だ! 従え!」
「~~~~~~~~!!! くそッ!」
俺が今から戻っても、クロコダイルに蹂躙されるだけ。ならばここにいた方がいいという冷徹な思考が出した結論のせいで、ゾロの船長命令という言葉に従わざるを得なかった。