今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】   作:沙希斗

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「ハナはカイと結婚する予定だ」と友人に言われたのもあって、アレクトロに他の嫁さんを宛がう必要が出て来たため、こんな話を考えました。
別にわざわざ彼女が出来るエピソードを考える必要も無いんでしょうが、すぐに思い付いて書けたので投稿します(笑)

一万字は超えませんでしたが、少し長めです。


ある日、森の中

 

 

 

 いきなりなんだけど、私はピンチに陥っていた。

 【リオレイア】の回転尻尾に巻き込まれ、吹っ飛ばされた先に岩壁があって、受け身を取る間も無く思い切り背中を叩き付けられた。

 俯せ状態で地面に落ち、呻きながら仰向けになった所で、まるで私が苦しむ様を見て楽しむかのように、【彼女】はゆっくりとした足取りで近付いて来た。

 動けずに、ただ喘いでいる私を見下ろし、そうして片足を持ち上げて私の胴に乗せた。

 体重が徐々に掛かって来て、それと同時に巨大な顎(あぎと)が開いたのを見、ずらりと並んだ牙と喉の奥が見え、それがゆっくりと私に向かって下りて来た。

 

 なぜこんな事になったんだろう……。

 私は、ただ【シルクフォーレの森】で、山菜を採りに来ていただけなのに。

 

 

 

 私はいつものように、【ココット村】の自宅を出て【シルクフォーレの森】に向かった。

 村の者は大抵この森で山菜やキノコなどを採って生計を立てていたし、私達にとってはそれが当たり前の営みだった。

 確かに森と、そこから続く【シルトン丘陵】には【モンスター】がいて、危険に遭遇する事もあった。

 

 けど、村付きのハンターさんがいつも助けてくれていたし、【ランポス】や【ブルファンゴ】ぐらいなら、囲まれさえしなければ護身刀を使って自分達でもなんとかなっていた。

 むしろ【ブルファンゴ】は【アプトノス】とは違う肉質の生肉が取れ、そっちの方もけっこう美味しいもんだから、男達が狩りの対象にしている程だった。

 だけど子供は敵うどころか餌食になってしまうので、【森丘】に出る時は必ず大人が二人以上付くか、元から連れて行かないかで護っていた。

 

 

 その日もいつものように山菜を採り、キノコも採ろうと森の奥の水場がある場所に向かった。

 ここにある大木の根元に【アオキノコ】やら【特産キノコ】やらがよく生えていて、特に【特産キノコ】は行商人に渡せば高く売れるから、あまり採れるものではないけれど見付けられるだけ採ろうと、夢中で採っていた所だった。

 

 ふと、背中に風圧を感じたのだ。

 

 それは、木々の間を吹き抜ける風ではなかった。そんな優しいものではなく、吹き飛ばされるように起こった風だった。

 振り向くと、丁度緑がかった巨大な【飛竜】が舞い降りた所だった。

 

 そんな! いるなんて聞いてないよ!?

 私は恐怖に凍り付きながらそう思った。

 

 【飛竜】(取り分け【リオス科】)が【森丘】を住処にしている事はよくあって、だから村の者ならおなじみと言う程よく見かける【モンスター】ではあったのだけれど、この日は事前の情報が無かったのだ。

 情報を調べては村付きハンターにクエスト依頼を出す【村長】が、「【リオレイア】の依頼は無い」とハンターに話していたのを聞いてたし、だからこそ危険は無いと判断して、村の者が出て来ていたというのに。

 

 どどどうしよう……!

 

 私はパニックになりながらも、気付かれない内にと、とにかくそのエリアを離れようとしてゆっくり這って行った。

 

 怖くて怖くて立てなくなっていたから。

 

 でも、あともう少しでそのエリアから出る! という時に、背後で爆発的な咆哮が上がった。

 

 見なくても分かる。見付かったのだ。

 

「ひいぃっ!!」

 その途端、私はせっかく採ったキノコやら山菜やらが一杯に入っていた持ち手付きの籠をかなぐり捨てて、後ろも見ずに弾かれたように駆け出した。 

 後ろから重々しい足音が急激に迫って来る音がする。でも間一髪でエリアの出口に辿り着き、私は身を投げ出すようにして隣のエリアに逃げ込んだ。

 

 ……た、助かった……。

 

 腰が抜けてその場にへたり込んだ。止まるかと思った心臓は、今は早鐘のように打ち続けている。

 胸を押さえながら落ち着くのを待ち、息を整えて立ち上がる。

 もったいないけれど収穫は諦めようと決め、【村】に帰ろうと歩き出す。

 見通しの悪い森ではなく、丘から回って帰る事にした私は、【シルトン丘陵】へ向かった。

 

 

 のんびりと草を食む【アプトノス】の群れの中を進みながら、いくらか心が穏やかになった頃の事。

 突如彼らがそわそわし始めたかと思ったら、リーダー格と思われる、一回り大きなものが声を上げた。

 それを合図に、半ばパニックになりながら彼らは河を越えて逃げて行った。

 突然の事で私もパニックになり、その上に脇を走り抜ける群れに翻弄されて右往左往する。何が起こったのか分からずにいると、離れた場所から甲高い声が上がった。

 

 見ると青い鱗と黄色い嘴が特徴の、二足歩行の爬虫類がいた。

 

「【ランポス】!」

 思わず声に出す。

 

 一匹だけ見えたから護身刀を構えようとしたら、次々に現れ始めた。これじゃ危ないと他のエリアに逃げる。だけど慌てて崖に囲まれた狭い場所に逃げ込んでしまった。

 

 そして、そこで私は死を覚悟した。

 

 ギャオォ~~~!!!

 

至近距離から咆哮を聞かされ、硬直しながら思い切り耳を塞ぐ。

 硬直が解けない内に回転尻尾を受け、飛ばされる。

 岩壁に背中を打ち付け、一瞬気が遠くなる。

 俯せで落ち、呻きながら仰向けになって見えたものは、ゆっくりとこちらに近付いて来る【リオレイア】だった。

 

 ……こっちに移動してた……なんて……。

 

 体が動かない。痛いだけじゃなくて恐怖で全身が固まってしまっている。

 間近で足を止め、喘ぎながら震え慄く私を見下ろした【彼女】は、片足を持ち上げて私の胴に乗せた。

 そして、徐々に体重をかけて来た。

 それと同時に巨大な顎(あぎと)を開け、ずらりと並んだ牙を見せ付けながら、ゆっくりと近付けて来た。

 洞窟のような喉の奥が見える。

 

 い、嫌だ! 食べられたくない! 死にたくない! 嫌だ嫌だ嫌――!!!

 

『ギャウッ!!』

 その時、鋭く吠えたものがいた。

『グァ?』

 その鳴き声に【リオレイア】が反応して首を向ける。

 

 そこには【リオレウス】の顔があった。

 

 【レイア】に続く【レウス】の登場に、私は生きる事を諦めた。もう絶対に助からないと思った。

 でも近付いて来た【レウス】は、なぜかあまりにも小さかった。

 

 雛だろうか? でもその割には一匹しかいない。親とはぐれて母を求めて来たのだろうか?

 

『クルル、グァウッ』

『グルル……』

 小さな【レウス】と【レイア】が会話している。やはり親子のようだ。

 

 と、私に乗せられていた【レイア】の足がどいた。

 

 不思議に思っていると、【レイア】は小さな【レウス】に近付いて行き、愛情を示すかのように頭をこすり付けると、飛び立って行った。

 

 訳が分からない。なぜ私は食べられなかったんだろう?

 

「おい、まだ生きてるよな?」

 その時小さな【レウス】が人間の言葉を喋った。

 

 えぇっ!? どういう事!?

 

 すぐ傍まで近付いて来た、小さな【レウス】を見ながら混乱する。

「うわひでぇ、内臓逝ってんなこりゃ」

 小さな【レウス】はそう言うと、ポーチから何かを出して私にかけた。それは白い粉で、かかった側から苦痛が和らいでいった。

 

「一応これも飲んどけ」

 傍らにしゃがんだ小さな【レウス】は私を支え起こしながら、次に緑色の液体が入った瓶を取り出して蓋を開け、私に渡して来た。

 

 躊躇してると、「【回復薬グレート】っつう奴だ。毒なんざ入ってねぇからサッサと飲みやがれ」と促された。

 恐る恐る口を付けると、ハチミツで苦みを無理矢理誤魔化したような味がする。思わず吐き出そうとしたら「全部飲め」と言われたので我慢して、顔を顰めて飲み干したらあれ程苦しかった痛みが殆ど無くなった。

 

「もう大丈夫だよな?」

 空になった瓶を取り上げてポーチに仕舞った小さな【レウス】は、私が頷くのを確認すると「話せるか?」と聞いて来た。

 

「……。なんで、雛が喋ってるの?」

「――あん? 俺は雛じゃねぇよ」

「だって、雛の恰好してるじゃない」

「これは【レウス】シリーズっつうハンターの防具だよ。見た事ねぇのか?」

 

 そう言われて改めて見てみると、雛などではなくてちゃんと【人間】の恰好をしていると分かる。

 

「【人間】だったんだね」

「ったりめぇだろ馬鹿。――あぁ俺が【レイア】と話してたから勘違いしちまったかな」

 そう言った相手は、「これで分かんだろ」と兜を脱いだ。小さな【レウス】の顔の下から青い髪と褐色の肌をした青年の顔が現れて、優し気に口元を上げて見詰められた。

 

 見た目から言うと同じか少し上ぐらいの歳だろうか? 夜の闇を取り込んだかのような黒い瞳の中に、驚いた顔をした私が映っている。

 

 不思議そうな顔で余りにもまじまじと見詰めるから、「な、なに!?」と面食らっていると、こう言われた。

 

「おめぇ、変わった目の色してんだな」

 

 私の目の色は青味がかった灰色。でも光の加減で紫の光彩が入るのだ。

 

「ね、ねぇ、あなた【モンスター】と会話出来るの?」

 気を逸らせるつもりで聞く。ずっと見詰められるのが恥ずかしかったから。

 

「おう。ある程度は分かんだよ。ただし【リオス科】限定だがな」

 意図通り真っ直ぐ向けていた視線を緩ませてくれた事に、少しホッとする。

 

「へ、へぇ……。それはあなたがハンターだから?」

「いんや。いくらハンターでも会話出来る程には理解出来ねぇと思うぜ」

「そうなんだ……」

「さて。あんまのんびりしてっと【モンスター】に狙われちまうぜ。村まで送ってやるよ。【ココット村】から来たんだろ?」

 

 手を引いて立たせてくれた彼に、「なんで分かるの?」と聞く。

 

「一般人がこんな所をウロウロ出来んなら【村】が近くにある証拠だからな。俺も丁度そこへ帰る途中だったから、まぁついでだ」

「帰るって、あなた村付きのハンターじゃないわよね? 見掛けない顔だもの」

「俺は【街】の人間だからな。だが生まれは【ココット】だよ」

「そうなの!? 名前聞いて良い?」

「アレクトロだ」

「たぶんあなた知ってるわ。【アレクトロ(独り者)】って呼ばれてた子が【村】に住んでた事があったもの。あなたがそうだったのね!?」

 

「おめぇの名前は?」

「レイン」

「【レイン(光)】……。良い名前だが、覚えがねぇなぁ」

「あなた交流したがらなかったじゃないの。だから覚えてないだけよ」

「かもなぁ……」

 

 

 そんな話をしながら歩いていると、開けた草原に出た。

 

「止まれ!」

 突然鋭く囁かれ、ビクッとなって止まる。

 

「こっちに来い!」

 近くの岩に隠れるように指示され、彼は陰から外を窺っていた。

「何もいないわよ?」

「しっ! 声出すんじゃねぇっ」

 先程とは違って緊迫した声で囁く彼。

 

 と、遠くに青いものがポツンと現れた。

 しかも、どんどん数を増やしている。

 

「チッ、数が多い。これじゃ生かしたまま突破すんのは不可能か……」

 そう呟いた彼は、兜を被ると「良いか、ぜってぇそっから動くんじゃねぇぞ」と低い声で言い放ち、外に飛び出して行った。

 

 近付いて来た青いものは【ランポス】だった。けど一番前にいたものの姿を見て、私は目を見開いた。

 普通の大きさの三倍ぐらいはあったから。

 そして、真っ赤な鶏冠をしていたから。

 

「なるほど、おめぇがいたから群れてたんだな!」

 そう言うや彼は背中の【大剣】に手をかけ、抜くと同時に切り付けた。

 大きな【ランポス】は悲鳴を上げて仰け反った。だけど流石に一撃では死ななかった。

「それでこそ【ドスランポス】だ。もうちっと楽しませてくれよぉ!?」

 彼はまるで楽しんでるかのように闘っている。

 

 その頃には周りの【ランポス】達も加勢していた。けど彼は、なんと巻き込みつつ一度で数匹を退治していた。

 その間にも四方八方から飛び付いて来る。だから全て避ける事は出来ない様子だったのだけれど、多少飛び付かれたり噛み付かれたりしても意に介していないように見えた。

 

 すぐに勝敗は決し、瀕死になった様子の【ドスランポス】が逃げていく。そうなったら周りの【ランポス】達も慌てて付いて行くようになる。

 

「なんだよもう終わりかよ。弱ぇな」

 そう言った彼は追う素振りは見せず、こっちに引き返して来た。

 

「今の内にサッサと帰ろうぜ」

「追わないの?」

「殺す必要がねぇからな。数の関係で闘わざるを得なかったから止むを得ずそうしたが、逃げてくれたからそれで良い。狩猟対象でもねぇしな」

 

「だって、後で悪さするんじゃ……」

 

「言っとくが奴らにとっては『悪さ』してんのはこっちの方なんだぜ? 縄張りに入ったのは俺らなんだからな。だから闘わざるを得ないならなるべく逃げ出すように仕向けた方が良い」

 

「ハンターって、【モンスター】を狩るのが仕事なんじゃないの?」

 

「確かにそうだし、一般的に見たらそれしか無ぇように見えるだろうな。だが【モンスター】だからっつってただ闇雲に狩ってる訳じゃねぇんだぜ? 奴らだって『生きて』生活してんだから。自然の理に沿ってな。それは俺ら【人間】も同じだし、だからこそ人間にとっての脅威になるものとして、依頼された分だけを狩るのがハンターの仕事な訳だよ。それ以上の、密猟とか生態系を壊すような狩り方をしてるような奴は厳しく取り締まられて、下手したらハンター資格剥奪どころか制裁の対象として殺される場合だってある。だからそんな輩以外は、【命】の重さとそれを奪う事への罪悪感を常に感じているものなんだ。そして同じ【命】を持つ者として、その【命】を懸ける覚悟もな」

 

 熱く語る彼の、兜の隙間から覗いていた真剣な眼差しに、私はハンターとしての心構えを見た気がした。

 

 

 彼が【街】から乗って来ていた竜車まで案内してくれ、歩いて帰れる距離ではあったんだけど、せっかくなので甘えて乗せてもらう。

 

「【村長】帰ったぜぇ~~」

 【村】に入るや否や、彼は荷物もろくに下ろさない内から【村長】の元に駆け寄った。

「おぉ! アレクトロかぁ!? よぉ帰ったのぉ!」

 嬉しそうな【村長】と彼のやり取りを見ていたら、微笑ましくてこっちも幸せな気分になった。

 

 だって、実の孫が帰って来たみたいなんだもん。

 

「帰る途中で【リオレイア】に遭遇しましてね。襲われて死にかけてた者を助けたんで、ついでに連れて帰って来ました」

「おぉレインではないか。運が良かったのぉ」

「はい。アレクトロさんが通り掛かってくれて本当に助かりました」

 

 お礼を言うと、彼は照れながら「アレクで良いよ」とぶっきらぼうに言った。 

 

「アレクトロよ。少しは滞在してくれるのかの?」

「一週間程の予定なんですが、良いですかね?」

「良いも何もここはお主の故郷じゃろうが。一週間でも一ヶ月でも好きなだけ滞在するがええ」

「そんな長くいたら宿代が……」

「なんじゃそんな事を気にしとるのかぁ? お主が住んでいた家があるじゃろうが」

「あの家、まだ残ってるんですかい!?」

「『まだ』という程そう年月は経っとらんじゃろが。いつ帰って来ても良いようにはしておったから安心せい」

「……。では、お言葉に甘えて……」

「レインよ、荷物を運んでおやり」

「はいっ、【村長】」

「良いよ、俺一人で運べるし」

「遠慮しないの、ついでだから運んであげるって」

 

 彼は困った顔をして黙ってしまったけれど、拒絶はしなかった。

 

 

 

 それから彼が滞在している間、気が向いた時に私は訪ねて行った。

 彼は会う度に迷惑そうな顔をしていたけれど、無理に追い出す事まではしなかったので、話したりたまに料理を振舞ったりしてあげた。

 

 狩猟場所が重なるからなのか村付きハンターは気に入らないふうだったけど、彼が【街】の上位ハンターだという事もあってか【ハンター慣れ】しているような上位にあたる【モンスター】が出現した場合は、彼に頼ったりしていたようだ。

 

 【アレクトロ(独り者)】という呼び名の通り、彼はあまり誰かと交流したがらない性格なようだったし、幼い頃からその性格を知っている、彼を知る村民はそっとして置いたため、頻繁に訪ねる私は変わり者扱いされた程だった。

 自分から積極的に交流しようとしないだけで、交流を持とうと近付く者に対しては邪険に扱う訳ではないようなので、それが分かった私は何かと世話を焼いた。

 

「おめぇ、変わってんのな」

 彼にまで呆れられたが、なんだか独りのままにしておきたくなかったのだ。

 

 

 やはり故郷は居心地が良かったのか、一週間を過ぎても彼は帰らなかったので、ならばとこっちも彼に甘えて採取をする時に付いて来てもらったりした。

 初めて出会った時のように【森丘】が危険な場所であると認識している彼は、乞われると面倒臭がりながらも付いて来てくれ、その度に私は彼の雄姿を目にする事となった。

 

 狩猟対象となっていた【リオレウス】と遭遇した時などは、あれ程恐ろしい相手に臆するどころか楽し気に対峙して討伐してのけたのを見て、私は驚愕を通り越して戦慄さえ覚えた程だった。しかも凄い事には隠れている私に危害が及ばないような立ち回りをしてのけたのだ。だから突進に巻き込まれる事もなかったし、ブレスが飛んで来る事もなかった。

 

 いきなり遭遇した日などは私を護りながら闘ってくれ、そのせいで怪我を負わせてしまった事もあった。

 それでも私が危険だと判断するとどんなに重症でも私を護ろうとするので、そんな姿を見るのは非常に辛かった。

 

 

 

 ある朝、いつものように彼の家を訪ねた私は、とっくに起きている時間帯に寝ている彼を見て、始めは狩りの疲れが出たんだろうと思った。

 そっとして置こうとふと顔を見て、一気に血の気が引いた。

 

 俯せ状態で寝ていた口の周りのシーツが、真っ赤に染まっていたから。

 

「あ、アレク!?」

 慌てて駆け寄る。揺さぶろうとして背中に手を当て、息を飲む。

 

 呼吸が無い――!?

 

 震える手を伸ばして頸動脈に振れると、微かではあるけど脈打っているのが分かった。

 

 生きてる……。

 

 安堵している場合でない。呼吸が無いならこのままでは確実に死んでしまう。

 

 でもなんで!? 昨夜も変わらずに一緒に【森丘】から帰って来て、別れ際に「じゃあな」って笑ってたじゃない。それがなぜこんな事に!?

 

 とにかく呼吸の確保が先だ。そんな事を追及している場合ではない。

 

「だ、誰か来て!! 助けてえぇ!!!」

 泣き叫ぶような私の悲鳴を聞き付けて、「どうした!?」と村の男が入って来た。

 彼の様子を見て愕然とし、仰向けにするのを手伝ってくれる。

 

 そこで、ようやく彼の胸が奇妙に歪んで大きく膨らんでいるのが分かった。

 

「い、医療に詳しい者を呼んで来るっ!!」

 男はそう言って駆け出して行った。

 間も無く連絡を受けた【村長】と、医療係が駆け込んで来た。

 

「これは……!」

 

「どうなのじゃ!?」

「どうなってるの!?」

 私と【村長】が同時に叫んだのに対し、医療係は緊迫した声で言った。

 

「胸部に大きな内出血が起こっています。肋骨が肺に刺さっているのか肺が敗れているのか分かりませんが、その出血で呼吸が止まってしまっているんでしょう。直ちに胸部を切り開いて内出血を止める必要があります!」

 

「ならすぐにやってくれ!」

「手持ちの麻酔素材が足りません! 【マヒダケ】はありますか!?」

「レイン! 彼の【アイテムボックス】を見てくれ!」

「分かりました!」

 

 慌てて彼の家にあった【アイテムボックス】を探ると、幸いにも採取していたようだった。

 

「ありました!!」

「よし、直ちに調合します!」

 麻酔薬を調合して彼に施した医療係は、「あなたは見ない方が良いですよ」と私を外に出し、薄刃の短刀を取り出した。

 

 心配だった私が窓から見ていると、胸の真ん中あたりを裂いたのが分かった。

 途端に思った以上の量で血が吹き上がり、私は悲鳴を上げる。

 

「肋骨が一部砕けている。これは役に立たないから取り除いてと。肺には刺さっていないようだ。肺と……。心臓も少し傷付いてるな。外見に傷は無かったから、何か細いもので圧迫されたのかもしれない」

 そう言いながら、医療係は止血した。

 その段階で彼の呼吸が復活し、弱々しいながらも肺が動くのを見て一同が安堵した。

 

 【生命の粉塵】をかけ、包帯で巻く。

 

 呼吸が止まったのはいつの時間か分からないけれど、でも長い時間止まっていれば朝までに死んでしまっていたはずなので、きっと夜の間は一人で苦しんでいたのだろう。

 

 そう思うと居たたまれなかった。

 

 当たり前のように「絶対安静」と言われたので、私が看護する事に決め、みんなが帰った後に残る。

 意識が無いまま苦し気に喘いでいる彼を見て、気付いてあげられなかった自分を責めた。きっと私を庇った時に怪我をしたのを隠していたのだろう。

 

 そういえばと思い当たってはたとなる。昨日の夕方【森丘】に付いて来てくれた時、木の影の暗がりからいきなり【ブルファンゴ】が飛び出して来た事があった。あの時に私を庇って避け切れずに斜め後ろから突進を受け、飛ばされた先で「ぐはっ!」と苦し気な息を吐いたのではなかったか? 

 

 でもすぐに起き上がって【ブルファンゴ】を倒し――。

 

 あの後平然としてたけど、もしかして回復しなかったの? 

 こんな重症を負っていたのに、それを隠して別れるまで一人で苦痛に耐えていたの?

 血を吐くまで我慢していたのなら、相当苦しかったはずなのに。

 

「馬鹿だね……」

 そう呟いたら涙が溢れて来て、私は座り込んでいたベッドの脇で口を覆い、声を殺して泣いた。

 

 

 少しして、頬に何かが触れた。

 

 ハッとなって彼を見ると、目を開けていた。そして自分は苦しそうなのに、弱々しい指で私の涙を拭こうとしていた。

「……アレク……」

 優し気な目で私を見ている。涙がますます溢れて来た。 

 

 それを見て、彼は何かを言おうと口を開けた。

 

「喋らないで、お願いだから喋らないで!」

 叫ぶように言うと口を噤み、代わりに私の頬に触れさせていた手を持ち上げて頭をポンポンし、ニッと笑って目を閉じた。

 一瞬狼狽したけれど、規則的な寝息が聞こえて来たので安堵する。

 

 それからの彼は、驚異的な回復を見せた。

 

 

 喋れるようになった時に聞いた話によると、あの時【ブルファンゴ】に飛ばされた先に運悪く木の枝があり、思い切り胸を叩き付けられたのだとか。

 

「なんで回復しなかったのよ!?」

 

「もちろん回復はしたさ。だが回復量が足りなかったみてぇでさ、おめぇと別れた後もなんか胸痛ぇな~? とか思ってたわけ。でも夜だったのもあって良いや寝ちまえってんで寝たんだよな。ハンターってのは寝るだけでもけっこう回復するもんだからな。でもすんげぇ息苦しくなって目が覚めてさ。朝だって事は分かったんだがいつの時間かは分からなくて、んで起き上がろうとしたら息が出来なくなって、俯せになって血ぃ吐いた時点で気が遠くなっちまったんだよな。だからおめぇが見付けてくれてなかったら俺死んでたわ。来てくれてありがとな」

 

「私か変わり者で良かったでしょ?」

 冗談めかして言うと、「おう。変わり者で助かったわ」と笑った。

 

「あのさ」

 そして急に真面目な顔になった彼は、次にこう言った。

 

「俺、全快したら【街】に帰るわ」

「えぇ!? 帰っちゃうの!?」

「おう。やっぱ【村】の【モンスター】じゃ物足りん。村付きのハンターにも申し訳ないしな。分け前取っちまう事になる訳だから。確かにここは良いとこだし居心地も良い。だが俺はやっぱ【街】で生活する事にするわ。そっちの【モンスター】とのやり合いの方が燃えるし」

 

「そっかぁ……」

「ありがとなレイン。今まで付き合ってくれて」

 

 普段「おめぇ」としか呼んでくれない彼が、私を真っ直ぐ見詰めてはっきりと私の名を呼んでくれた。その時、その眼差しと言葉の調子で彼の想いが伝わった気がした。

 

「私も行くっ!!」

 次の瞬間、私はそう叫んでいた。

「私も行く! ずっと一緒にいる!!」

 

 彼は驚いたような顔をし、戸惑った表情をし、それから嬉しそうに笑った。

 

 そうして優しく抱き締めてくれ、そのまま頭を撫でてくれた。

 

 何度も、愛おしそうに。




はい。ハッキリ言ってベタです。
クサいです。

こんな話に付き合って下さって、ありがとうございました(笑)

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