今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】 作:沙希斗
前回のアレクトロは少々奥手でしたが、今回はそれよりは多少大胆になっているようです(笑)
少し長いです。
私が彼と【街】に行くと決めた次の日、彼はいなくなっていた。
どうやら夜中とか、私の気付かない間にこっそり帰る準備を進めていたらしく、朝起きてベッドどころか部屋中探してもどこにもいないのに私が気付いて焦っていると、書置きがしてあった。
『同居する家を建てたら迎えに行く。それまで待っていてくれ』
「……。これだけ?」
私は呆れてしまった。
気配を消すのはハンターの得意技とはいうけれど、黙って出て行った書置きがこれ?
まだ傷は完全に治ってなかったのよ? あなた「全快したら」って言ってたじゃない。まあ傷を押してという程でもなかったし、動けるし食べれるなら普段の生活に戻りたかったのは分かるけどさ、そんなに一刻も早く【街】に帰って私を迎える準備をしたかったの?
帰る途中で傷が悪化したらどうするつもりなのよ。まあ殆ど回復してたけどさ、それでも心配するじゃない。
てか、確かに「ずっと一緒にいる」って言ったけど、「同居する」とは一言も言ってないんだけどな。まあ今でも同居してるようなもんだったけどさ。ずっと私が付き添って看護してたわけだし。
「ほんっと、強引というか、人の気を知らないというか……」
私は溜息を付いた。
まあ彼らしいといえば彼らしいんだけどさ。
「よぉアレクじゃねぇか。しばらく見なかったようだが、どこか遠くに行ってたのか?」
「おぅオッサン久しぶり。里帰りしてた」
「里帰りっつったら【ココット村】か?」
「そうだ」
「随分長ぇ間帰ってたんだな。やっぱ居心地良かったか?」
「まあそういうこったな」
「なにニヤニヤしてやがる。さては【村】でなんか良い事あったな?」
「今は言えん。秘密だ」
「ほぉ、なら話してくれるまで楽しみに待つとするか」
「そうしてくれ」
「♪あるぅ日、森のぉ中、嫁さんにぃ、出会った♪」
「珍しいなアレク、歌なんか歌っちゃってさ」
「カイさん。旦那さんは【街】に帰ってからずっとこんな調子なんですにゃ」
「しばらく里帰りしてたんだって? その間に何か良い事あったのか?」
「知りてぇか?」
「なんだよニヤニヤ笑って気持ち悪いなぁ。彼女でも出来たのか?」
「流石カイ。よく分かってんじゃねぇか」
「お、やっぱそうなんだ♪ てか、よく君を好いてくれる人が現れたね。そっちの方が驚いたよ」
「うるせぇよ。まぁ変わりもんだっつうのは認めるけどな。――あ、おめぇだからバラしたんだからまだ誰にも言うなよ!?」
「なんでだよ? こんなめでたい事秘密にふぐぅっ!?」
「マジで他のもんに喋ったら殺すからな。とくにハナ」
「わわ分かった、分かったから首絞めるな今死ぬからっ!!」
「おめぇもだぞフィリップ。喋ったらどうなるか分かってるよなぁ?」
「りり了解しておりますにゃ、ですから睨まないで下さいにゃ」
「【大長老】様、ちと相談があるのですが……」
「おぉアレクトロか。どうしたのじゃ改まって」
「新しく家を建てたいと考えているのですが、融通出来る土地はありますか? 広い庭が欲しいなどと贅沢は事は申しません。家も大きいものとして考えておりませんので、今使っている【マイハウス】が建てられる程度の土地で良いのですが」
「それこそ【マイハウス】じゃいかんのか?」
「あれはあくまでも借りているものでございます。ハンターの特権として確かに大きく改築するなどある程度好きに出来ますけれども、やはり独立するともなると、【マイハウス】には居られないかと」
「独立したいのか? それはなぜじゃ?」
「同居する者が出来ましたもので……」
「おぉ、それはめでたい。そういう事ならば融通しよう。……して、婚礼はいつになるのじゃ?」
「ま、まだ早ぅございます!」
「こ奴真っ赤になりおって、可愛いのぉ」
「アレクトロ。【大長老】様から独立の話が来たのじゃが、お主近々結婚するらしいの?」
「いや【マスター】話が飛び過ぎですっ! まだそこまでいってませんっ!!」
「なんじゃつまらん」
「つまらんと言われましても……。まあ同居する事は確かですが」
「で、そのために【マイハウス】を出て新しい家を建てる予定だとか?」
「はい。そのつもりでおります」
「相手が来たら紹介してもらえるのかの?」
「それはもちろんです。そうするつもりでおりました」
「楽しみじゃのぉ。お主のような偏屈な者を好いてくれる娘というのは珍しいのじゃ。大事にするのじゃぞ?」
「酷い言われようですが、そのつもりです」
「お主が今使っておる【マイハウス】は、上位ハンターが住むようになるはずじゃ。引っ越してしもうたらもうそこには帰れなくなるが、それで良いか?」
「構いません。むしろ上位ハンターに使ってもらえるならば願ったり叶ったりです」
「良かろう。ならばお主が引っ越し次第そのように手配しよう」
「了解致しました」
「アレクぅ、聞いたわよ。あんた引っ越しするんですって?」
「話が早ぇな。漏らしたの誰だよ?」
「漏らすも何も、あんたが新しい家を建ててるのなんてバレバレじゃない。彼女が出来たんでしょ?」
「ぐ……。ちげぇよ!」
「隠したってお見通しなんだから。ね~~、カイ」
「おいてめぇ! なに話してやがんだよ!!」
「は、話してないよ。ないから襟首掴むのやめろ。苦しい……」
「そうよやめなさいよっ。
「あん!? いつの間に……。さてはおめぇら、俺がいねぇ間に寂しいからって急接近しやがったな?」
「なに勘違いしてんのよ? 別にあんたがいようがいまいがこうなってたわよ」
「まあ君がいない間に急接近したのは事実だけどね。でもそれはたまたまそうなったのであって――」
「そういう事っ。あんたを取らなかったからって拗ねないでよね」
「誰がてめぇなんぞに拗ねるかよボケ。こっちから願い下げだっつの!」
「相変わらず素直じゃないわねぇ」
「勘違いすんなこのクソアマ。良かったじゃねぇかよ【金魚のフン】同士でくっ付けてよ」
「ひっどおぉ~~~い!」
「そりゃそうと、よくオッサンが許したよな」
「ベナは寛容だもん。『どこの馬の骨とも分からんような奴とくっ付かれるよりは余程良い』って言ってくれたよ」
「『少々頼りねぇが、お前に託す』ってさ」
「……。オッサンも報われねぇなぁカイ?」
「どういう意味よ?」
「オッサン」
「よぉアレク、お前引っ越しするんだって?」
「あのお喋りめ……!」
「何の話だ。おめぇが家建ててるのなんかおめぇを知る奴ならみんな知ってるぞ」
「……そうかよ」
「で、その顔は話してくれる気になったんだな?」
「おう。まあそういう事だ」
「【村】で彼女が出来た話なら知ってるが、その事か?」
「あんのクソアマ! だからあいつにバレるの嫌だったんだよ!!」
「まあまあ、めでてぇ事じゃねぇかよ。むしろなぜ隠そうとしてたんだ」
「……。土地の融通が出来て、家を建てるとかして、落ち着いてから言おうと思ってたんだよ。てか、迎えに行って本人が来てからあんたには直接紹介しようと思ってたんだ」
「がっはっはっ! それは計画がちと狂ったなぁ!」
「愉快そうに笑うんじゃねぇよ……」
「そう気を落とすな。……で、婚礼はいつになるのだ?」
「まだそこまでいってねぇっつの!」
「なんだそうなのか。まぁ本人が来たら紹介してくれや」
「おう。そりゃそうとよ、あんたよくあいつらを許す気になったな」
「許すも何も、ハナがカイを選んだのならむしろ嬉しい事だと思わんか? どこぞの男を引っ掛けたのではないのだからな。あいつにとっては幼馴染とも言える訳だから、幼い頃から育んでいた愛が結ばれたのだと考えると、これ程あいつにとって幸せな事はなかろう? ちと託すには頼りねぇがな」
「実は寂しいんだろオッサン。娘を手放す親の気持ちみてぇでよ」
「そりゃ寂しくねぇと言えば嘘になるがな。今までずっと俺から離れなかったんだからな、あいつは」
「それによりによって相手がカイだもんなぁ、報われねぇよなぁあんたも」
「……。まぁ、俺が報われる事はこの先もねぇと思ってるよ」
「あんたも女作ったらどうだ?」
「女には興味は無い」
「あそ」
それから数週間程経った頃――。
「【村長】」
「おぉアレクトロ。お帰り」
「黙って出て行ってすみませんでした」
「いやむしろお前らしいと思うておったよ。レインが今もお前の家で待っておるのじゃ。早ぅ行っておあげ」
「はい!」
「良い笑顔じゃ、泣かしたら承知せんぞぉ」
「心得ております」
今日も彼の家で待っていた私は、ドアをノックする音で振り向いた。
「どうぞ?」
そんな畏まった事をする村民はいないので、不審がりながらも返事をする。
そして、入って来た人物を見て大きく目を見開いた私は、次の瞬間駆け寄って飛び付いた。
「おぉっと!」
不意に抱き付いた私を支え切れずによろ付く彼。
でもたたらを踏みつつも倒れる前に堪え、私を見詰めてこう言った。
「ただいま。迎えに来たぜ」
「お帰り。ずっと待ってたんだからねぇ!?」
「待たせて悪かったな」
「ううん、信じてたから良いの。それより何よあの書置きは。だいたいねぇ――!」
募った思いを吐き出そうとした私はしかし、「めっ!」というような顔をした彼が人差し指を私の唇に押し当てた事で黙らされた。
そして次の瞬間、彼の唇で口を塞がれて、更に何も言えなくなった。
それだけで、今までの思いや言いたかった事が全部とろけていってしまった。
そうして次の日、私は【街】に旅立った。
【街】に着いた私は、まず共同生活を始めるための家に案内された。
(その前に初めての【街】だった私はただ口をポカンと開けて街並みを眺め、彼に手を引かれながらもずっとキョロキョロ周りを見回して彼に苦笑されていた。だって家の数も人の数も【村】とは桁違いだったから)
道々竜車の中で「そんなに大きくない」と彼に聞かされていたのだけれど、【村】で生活していた家とは比べ物にならないくらい大きく、中も広かった。だから【街】での彼の活躍が証明されたように思え、なんだか頼もしかった。
ただ彼らしく必要最小限の、生活出来るだけの家具やら生活用品やらが揃えてあっただけなので、とても殺風景に見えた。
挨拶に回らなければならないというので取り敢えず荷物を置き、この【ドンドルマ】という【街】を統括されているという【大長老】という人物に会いに行った。
謁見を許されて通された【謁見室】で、私は見上げたまま固まってしまった。
そこに、鎧を身に着けたあまりにも大きなおじいさんが座っていたから。
「よぉこそ【ドンドルマ】へ。そう突っ立ってないでもうちっと近くに来るがよい」
上から降りて来たがなり声(実際はただ体格に見合った大きな声だったんだけど、普通に喋っても私にはがなり声に聞こえた)に、更にビクッとなってしまう。
「そぉ怖がらんでも良い。アレクトロよ、この者がお主の配偶者かぁ?」
「だだ【大長老】様っ! ですからまだそこまでいってないと――」
真っ赤になって狼狽える彼が、なんだか可愛かった。
次に向かったのは【ハンターズギルド】を統括しているという【ギルドマスター】の所。この方もおじいちゃんには違いなかったのだけれど、【大長老】様とは真逆の小さな御方だったので、その違いに少し拍子抜けた。
【竜人族】って、こんなに背丈のバリエーションがあったのかしら。
ていうか、【村長】と見分けが付かないんだけど、小さな【竜人族】ってみんな【村長】と同じ顔や姿してるの!?
「よぅ参ったのぉ! おぉ、ようアレクトロと似合うておる別嬪さんじゃ。こ奴は無口で不愛想で偏屈じゃが悪い奴ではない。これからもよろしゅう頼むぞ」
「はいっ! こちらこそよろしくお願いしますっ!」
「【マスター】、なんかその言い方酷くないっすか?」
「ほっほっ。一つだけ褒めるとすれば打たれ強いという事かのぉ?」
「それ、褒めてないんじゃ……」
【ギルドマスター】は見掛けよりも気さくな方だったので、(話がお上手なのと【村長】そっくりで親しみがあったもあって)つい長話になってしまった。
話し疲れて(というよりは笑い疲れて)、彼に「もう今日は街中を案内するのはやめる」と言われたので、物足りなさを感じた私だったのだけれど、素直に家路を歩いていた。
でも「その前に合わせたい人がいる」と言うので、途中で進路を変換してある区画に歩いて行く。
そこはハンター達が【ハンターズギルド】から借りて使っている、【マイハウス】という家が立ち並ぶ区画だった。
(詳しい話では、下位の者は一つの家で共同生活をしているのだそう)
その内の、特に大きな家の一つに案内され、彼は「オッサン、いるか?」とノックした。
中から野太い声で返事があったので、ドアを開けて入る。
そこには褐色の肌をした筋肉隆々の大男が椅子に腰掛けていた。
たじろいだ私に「ほぉ、あんたがこいつの嫁さんか?」と面白そうな顔をして言う。
「ちょ、オッサンまだそこまでは……」
「まあ硬ぇ事を抜かすなアレク。ベナトールだ」
「れ、レインです……」
狼狽える彼を制して手を伸ばす大男に、私はたじろぎながらも、そのゴツイ手と握手した。
髭面の顔は強面だったけれど、優しい目をしていた。
「こっちでな、よく世話になってるハンターなんだよ。ハンターのランクの中では最高峰と言われてる【G級ランク】の資格を持ってる人だ」
ハンターのランクなんて全く分からなかった私だけれど、風格や凄みが彼とは桁違いだったから、きっと物凄い人なんだろうな、とは思った。
「ベナぁ、いるぅ?」
その時若い女性の声がして、ピンク色のドレスのような甲冑を纏った人が入って来た。
見た目からすれば私よりは年下だろうか?
続いてすらっとした体型の青年が入る。この人も甲冑姿だからハンターなんだろう。
でもひょろっとして随分頼りなさそうな印象を受ける。
「アレク、来てたの?」
親し気にそう声を掛けた女性は、すぐに私を見付けて少し不審な顔をし、「誰? この人」と言った。
「こいつは俺の――」
「あぁ、あなたがそうなのね!?」
説明しようとした彼を制して嬉しそうに一人合点をする女性。そうして悪戯っぽい顔で笑って言った次の言葉に、彼の血の気が引いた。
「里帰りしてたかと思ったらこんな人連れて来ちゃって。この浮気者ぉっ」
「ち、ちょ、おま、何言ってやがるっ!?」
「あははっ、アレクが焦ってる。おっかしぃ~~~」
「張っ倒すぞてめぇっ!!」
ケラケラ笑う女性に憤慨した彼が向かって行った。
「やってみろアレク。それが出来るならな」
「ハナに手を出したらどうなるか分かってるよな? アレク?」
「うぉ!? ガードが増えてやがるっ」
彼女を護るように二人の男性が立ちはだかり、こりゃ敵わんとばかりに引き下がる彼。元々本気ではなかったようで、「丁度揃ったから紹介するわ」と私の方に向き直った。
「こいつはカイ。ガキの頃からの付き合いでな。相棒っつうか、まぁ【金魚のフン】だ」
「酷い言い方だなぁ、クエ中何度も助けてるだろ? まあよろしく」
「よろしくカイさん。あなた確か【ココット村】にいたわよね? 独りの時が多いはずのアレクが二人でいる事があるのを、昔見かけた事があるもの」
「うん。【村】にいた時からずっと付き回ってたからね」
「じゃあ同郷者って事?」
「そうとも言えるしそうでないとも言えるぜ。こいつの生まれはこっち(ドンドルマ)らしいからな」
「そうなんだ」
「そうよぉ、カイは私と同居してた事もあったんだから」
「誤解するような言い方はやめろよハナ。単に幼い時に一時期【大長老】様にオレが世話になってただけだろ」
「幼い時から一緒になる運命だったって事よねっ♪」
「ベタベタとこれ見よがしにくっ付いてんじゃねぇよこの【金魚のフン二号】」
「ひっどいわねぇっ!!」
「あ、ついでに紹介すっけどハナな。さっきのオッサンの態度を見て分かる通り、ちょっと前まではオッサンにベッタリだったんだが、なんでか俺が里帰りしてる間にカイとくっ付きやがったみてぇでさ。今ではこの通りなんだわ」
「なによその紹介の仕方。あったま来るわねぇっ! ベナは私の【教官】だから特別なのっ。だから別にカイだけにベタベタしてる訳じゃないのっ」
「あそ、まぁどうでも良いから握手ぐらいしてやれよ」
「なによぉっ。……あ、よろしく」
「よろしくハナさん。レインって呼んでね」
「じゃあ私もハナでいいよっ♪」
「四人でよくつるむ狩り仲間なんだよ。だからおめぇも仲良くしてくれると嬉しい」
「うん、分かった」
「やだアレク、『おめぇ』なんて呼んでんの? ちゃんと名前で呼んであげなさいよ。可哀想でしょお」
「真面目な話をする時以外は滅多に名前呼んでくれないのよねぇ」
ちらりと彼を見ると、拗ねたような顔になっていた。
「あ、分かった。普段名前で呼ぶのが恥ずかしいんだ」
それを見て気持ちを察したハナが、また悪戯っぽく笑う。
「う、うるせぇよ!」
「やだ照れちゃって、かんわいぃ♪」
「もう我慢ならねぇ! 歯ぁ食い縛れてめぇ!!」
「助けてナイトたちぃ」
そのやり取りが微笑ましくて、【村】では独りを好んでいた彼とは想像出来ない程の表情も見られたりして、あぁ、こっちでは彼は【アレクトロ(独り者)】じゃないんだなぁってなんだかあったかい気持ちになった。
「ねぇ」
「……ん?」
家に帰って一息ついた私は、彼に呼び掛けた。
「もう【アレクトロ(独り者)】じゃなくなったんだから、本名に戻したら?」
「そっちの呼び名で呼ばれる事の方が長ぇから、とっくに本名は忘れちまったよ」
「じゃあ、私が名前を付けてあげる♪」
「……。おめぇがこの先も離れないと約束してくれるなら、その名前受け入れてやるよ」
「うん約束する。だからあなたも約束して」
「何をだ?」
「これからはちゃんと名前で呼んでくれる事っ」
「えぇ!?」
「約束してくんなかったら一緒にいてあげないんだからっ」
「……。分かったよ。れれレイン」
真っ赤になって言う彼が可愛くて、私はクスクス笑った。
「じゃあ名前を教えるね」
私は彼の耳元に口を寄せ、囁くように言った。
「あなたの名前は、【アルバストゥル】」
「アルバ……ストゥル?」
「古代語で【青】っていう意味よ。あなたの青い髪にピッタリでしょ?」
「略してアルバか。ちとそのままのような気もするが、まあ悪くはねぇな」
「でしょ?」
「でもやっぱこの名前は、二人だけの秘密にしよう」
「どうして?」
「他に話すと、その言葉に秘められているおめぇ、いやレインの込めた想いが失われる気がする。ある国では名前には魔力が込められていると信じられていて、本名ではなくて【通り名】で呼ぶのが礼儀なのだそうだ。本名を知る者はその者の持つ魔力を支配出来ると考えられていて、その者を操れると言われているそうな。だからその国では名付け親とか本名を明かした者だけにしか本名が分からないようになってるらしい。つまり普段呼ばれている名前はあくまでも【通り名】であって、それが当たり前の世界なんだと。だから俺も普段は【アレクトロ】という【通り名】を使う事にするわ」
「分かった。アルバ」
「人前ではぜってぇその名前は口にすんなよ? うっかりでも駄目だからな」
「了解」
初めて私に見せた彼の凄んだような表情に、本気なのだなと思った。口封じのためなら殺しても良いと思わせるような表情だったのだ。
「……ぼぼボク、聞いてしまいましたにゃ……」
そんな声がしてハッとなって二人でその方を見ると、足元に小さな獣が立っていて、耳を伏せてガクガクと震えていた。
「フィリップ!? おめぇなんでここに……」
「ぼ、ボクは旦那さん付きの【召使アイルー】ですにゃ。旦那さんが引っ越したらボクも付いて行くに決まってますにゃ!」
「付いて行くって……。おめぇは別に俺専用の召使っつう訳じゃねぇだろが、もう俺がいた【マイハウス】には上位ハンターが入ってんだろ? なら新しい主人に仕えろよ」
「いいえ! ボクは旦那さん専用ですにゃ! 旦那さんに一生付いて行きますにゃっ!!」
「なぜそこまで俺に拘る? おめぇ俺に付くまでは、他のハンターに仕えてたんだろがよ?」
「ボクはもう旦那さん以外に仕える気はありませんにゃ、旦那さんがボクを捨てると言われるのなら、ボクはこの場で首を掻き切りますにゃっ!」
爪を出して身構えたアイルーを見て、彼は「わわ分かった、分かったからやめろ!」と慌てて抱き上げた。
「ボクを捨てませんかにゃ?」
「そこまですんのならもう捨てん。ここにずっといろ」
「……。本当ですかにゃ?」
「俺が、今まで嘘を言った事があったか?」
諭すような真剣な目で言う彼を見て、「フィリップ」と呼ばれた【召使アイルー】はようやく安心したようだった。
「その代わり、さっきの事は公言すんなよ?」
「分かっておりますにゃ、アルバ様」
「だからそれが駄目だっつうとろぉがっ! 窓から放り出すぞてめぇ!!」
「じじ冗談ですにゃ! お願いですからやめて下さいにゃあっ!!」
首根っこを掴んでぶら下げて、本気で窓から放り出そうとしている彼に、懇願しながらフィリップは暴れた。
「仲良くしようね、フィリップ」
「はいですにゃ、よろしくお願いしますにゃ」
解放された彼に声をかけたら、可愛らしくペコリと頭を下げてくれた。
それからの生活は、【村】にいた時からガラリと変わった。
なぜって、【村】では採取なんかでよくフィールドに出歩いて、それで生計を立てていたのに、彼が「例え下位でもこっちの【モンスター】は手強いから」と、一切フィールドには出してくれなかったから。
まあどうしてもと我儘を言ったら彼付きもしくは狩り仲間の誰かが付く条件でのみ出させてもらえたけれど、どっちにしても生活出来る物は大抵街中で買えたから、もう出歩く必要もなくなったというのもあった。
そうなると稼ぎは彼だけの腕に掛るようになった訳だけど、元々「SRハンター」と呼ばれる上位ハンターのかなり上の方のランクだった彼の収入は安定していたみたいで、だから彼だけに頼っても生活に困るような事にはならなかった。
その代わりに、毎日命懸けの仕事をこなして帰って来る彼の心配をしながら待つ身になった訳だけれども、彼は必ず帰って来てくれたし、時には大怪我してたり狩場の都合で何日も帰らないなんて事もしょっちゅうだったり、医務室から連絡が来てそこで何日も寝ずに看護するような重症を負う事もあったけど、それでも私は幸せだった。
フィリップがいてくれたお陰で一人で待っていても寂しくなかったし、狩り仲間のみなさんも、自分が狩りに行かない時なんかに遊びに来てくれたので、殺風景な部屋でもけっこう賑やかだった。
うん。私、やっぱり彼に付いて来て良かった♪
レインは「古代語で青と言う意味だ」と言っていますが、「アルバストゥル(albastru)」はルーマニア語の青と言う意味です。
これで彼の本名が決まりましたので、これからの話(過去編以外)は全部「アルバストゥル」という名前に変わります。
ただし今までの「アレクトロ」は「通り名」として使うという事ですので、本名を知らない(教えていない)者には彼は「アレクトロ」もしくは「アレク」で通すつもりのようです。
余談ですが、「モンスターハンター」を知っている者が「アルバ」と聞くと、「アルバトリオン」を思い出す人の方が多いと思います。
私もそうで「アルバトリ……違うアルバストゥルだって!」と脳内で修正しながら書いてました(笑)
ですがこのモンスターを知らない「2(ドス)」思考で止まっている(正確にはPSP世界も知っているが「アルバトリオン」には遭った事が無かったらしい)友人は、「アルバってアルバス・ダンブルドアみたいね」と、超有名な魔法学校の校長先生(正確にはアルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアというらしい)の事を思い出していました。