今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】   作:沙希斗

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「予兆」の続き。
この先も少し続くのと、最後の正月ネタの話に全体の話が絡むのとので、恐らく連日投稿になると思います。
(正月ネタの話をなるべく正月期間内に投稿したいので)

少し長いです。


蘇りし【伝説】

   

 

 

 

 【ミナガルデ】で復興の手伝いをしていたベナトールは、破壊された噴水のある公園で歌っていた、吟遊詩人の歌が妙に心に引っ掛かった。

 彼女は澄んだ声で、しかし淡々と、こう歌っていた。

 

 ♪数多の飛竜を駆遂せし時

 伝説はよみがえらん

 数多の肉を裂き 骨を砕き 血を啜った時

 彼の者はあらわれん

 土を焼く者

 鉄【くろがね】を溶かす者

 水を煮立たす者

 風を起こす者

 木を薙ぐ者

 炎を生み出す者

 その者の名は ミラボレアス

 その者の名は 宿命の戦い

 その者の名は 避けられぬ死

 喉あらば叫べ

 耳あらば聞け

 心あらば祈れ

 ミラボレアス

 天と地とを覆い尽くす

 彼の者の名を

 天と地とを覆い尽くす

 彼の者の名を

 彼の者の名を♪

 

 

「……。【飛竜】を駆逐する、だと?」

 嫌な予感がする。一度【ドンドルマ】に帰った方が良いかもしれない。

 

 そう考えて公園を出ようとしたその時、一人の男が近付いて来た。

 

「貴方は【ドンドルマギルド】に所属しているハンター、ベナトールさんとお見受け致しますが?」

「……。だとしたら、どうなのだ?」

「【ミナガルデギルド】の【ギルドマスター】がお呼びでございます。一度本部へ御越し下さいませ」

 

 【ミナガルデギルド】の本部は自然要塞を利用した、崖の中腹の洞窟の中にある。なので人工よりもむしろ自然地形の建造物といった印象である。

 【ヒンメルン山脈】は硬い岩肌で出来ており、人口掘削が難しいために、洞窟の形ほぼそのままを利用したギルド施設が多いようだ。

 ちなみに【大衆酒場】も洞窟の中にある。

 

「【マスター】、お呼びでございますかな?」

「ベナトール、よぉ参った」

 

 ベナトールが到着すると、彼だけを残して他の者は全員退室した。

 いや、そう思えたが何人かが残った気配がする。ハンターにさえ気付かれない程に、巧妙に気配を隠しているが。

 

 そして、部屋に鍵がかけられた。

 

「これはの、『秘密を守る者』にしか話せん事なのじゃ。つまり【ギルド】内での機密事項じゃでの」

「……。では、残った者は全員【ギルドナイト】なんですね?」

「左様。もっとも、今退室した者達にはお主の正体は知らせてないがの。あ奴らはただ、儂がお主だけに話があるものじゃと思うておるはずじゃ」

 

「――で、話とは?」

「お主、伝令が来るまで吟遊詩人の歌を聞いておったじゃろう。その歌が何を意味するのか、知っておるか?」

 

「……黒龍伝説……」

 

「そうじゃ。一般的には御伽話と言われている。ハンターの中でもそれで通っておる。じゃが、それは我々【ハンターズギルド】が禁忌にしておる【モンスター】じゃからじゃ。けどの、【黒龍ミラボレアス】は伝説ではない。実在するのじゃよ」

「……。あの歌は『飛竜を駆逐する』と歌っておりました。俺はそれが妙に引っ掛かり、嫌な予感がしておりました。もしや――」

「左様。どうやら現実になりそうなのじゃよ」

 

「【ミラボレアス】が、復活したと?」

 

 

 

 その頃、【ドンドルマ】では【ラオシャンロン】の進撃を受けていた。

 

 ベナトールがいないので三人で出撃したアルバストゥル達だったが、何度も【古龍迎撃】を受けている彼らにとってはそれ程難しくないクエストであった。

 

 

 討伐に成功し、嬉々として剥ぎ取っている二人を尻目に、アルバストゥルはふと【ラオシャンロン】の来た方向が気になった。

 

 それは、【シュレイド地方】の方向からだったのだ。

 

 そして、【彼】は始終怯えているように思えてならなかった。

 まるで、何かの大いなる恐怖を感じてここまで逃げて来たような……。

 

 

 彼の報告を受けた【ドンドルマギルド】の【ギルドマスター】は、ある疑念を確かめるために【ミナガルデギルド】に伝書鷹を飛ばした。

 そして返書を見、それが現実に起こるであろう事を予想して、恐怖した。

 彼は、ある童歌を思い出した。

 

♪キョダイリュウノゼツメイニヨリ、デンセツハヨミガエル

 ヨミガエリシデンセツハ

 ムゲンノユウキヲモツエイユウニヨリ、ウチホロボサレル……♪

 

「……ベナトールを行かせておったのは幸いじゃったわい」

 彼は誰にも分からぬように独り言ちた。

「じゃが、果たして【伝説】を打ち負かす事など出来るのじゃろうかのぉ……」

 

 

 

「【旧シュレイド城】があった場所にの、異常な数の【ガブラス】が群れておるそうじゃ」

 

 【ミナガルデギルド】の【ギルドマスター】は、そう切り出した。

 

「【ガブラス】は【古龍】を呼ぶと昔から言われておる。じゃが、報告書を見る限りその数が尋常ではない。とても【古龍】が引き連れている数とは比べ物にならん。あの場所は今でも常に禍々しい空気が漂い、人間どころか【モンスター】をも近付かん。なのに、まるで空が【ガブラス】で出来ているかのように真っ黒になっていたらしい」

 

「それはまた、凄まじいですな」

 

「真相を確かめねばならん。本当に【伝説】が復活したのかを。【ガブラス】の調査だけならハンターでも出来るかもしれんが、これは禁忌が絡んでおる。じゃからお主ら【ギルドナイト】だけでやってもらいたいのじゃ」

「なるほど……。それで俺だけ呼んだのではなかったのですね? 【伝説】が本当に復活していた時に闘えるように」

「そういう事じゃ」

 

 残った【ギルドナイト】達の気合が入った気配がする。未だに出て来ないのは、恐らくお互いに顔を知られないようにするためだろう。

 

 共に調査に向かうならばその者の顔を見られるのだろうが、それまでになるべく知られないようにしておきたいのだろう。

 

 【ギルドナイツ】が闇の組織であるために。

 

 ましてやベナトールは【ドンドルマギルド】の【ギルドナイツ】メンバーである。【ミナガルデギルド】の【ギルドナイツ】の実体など、詳しい事は知られない方が良いのだ。

 これは、顔を隠す事で暗躍する【ギルドナイツ】メンバーを護る目的もある。顔が知れればそれだけ正体がバレやすいからだ。

 

 だったら俺の顔も見るなよとベナトールは思ったが、それはあくまでも突っ込みである。彼の場合は【ギルドマスター】と共に行動する事も多いので、【ミナガルデギルド】でも知られているからだ。

 

 

 【旧シュレイド王国】の跡地に向かう人数は、彼を入れて四人であった。

 表向きはクエスト扱いになっているのだろう。

 なので制服ではなく各自でハンター用の装備で来ているため、同行していても結局兜で隠れて顔を見る事は出来なかった。

 

 ただ体型と防具から判断して、女と思われる者もいた。

 

「うっひゃ~~~、すげぇなこりゃ」

 声からして比較的若いと思われる一人が、空を見上げて言った。

「ここまで来ると、始めから空は【ガブラス】で出来ているのかと思ってしまうね」

「んな訳あるかい」

 

 親し気に話している三人を尻目に、ベナトールは無言で見上げていた。

 

 【旧シュレイド王国】の跡地は、なぜかそこだけいつも空が異様な紫色に染まっており、黒雲漂う不吉な雰囲気がある。

 その空を更に災厄で塗り潰すかのようにして、【ガブラス】は群れ飛んでいた。

 しかし普段は比較的低く飛んでいるはずの【彼ら】は、高度を高く保ったままグルグルと【旧シュレイド城】の上を旋回していた。

 

 まるで、【伝説】の復活を迎え入れるかのように。

 

「いよいよ(やっこ)さんのお出ましって訳なのか?」

「まあとにかく城に入ってみようぜ」

 

 内部が瓦礫と化した城は、それでも屋上だけは比較的完全な姿で残っている。

 それは、まるでそこが【伝説】と闘うために設えられた舞台のように見えた。

 

 と、一人が空を指差した。

 

「お、おいあれ――!」

 その方角を見ると【ガブラス】の空が一部だけ空き、そこだけ元あった紫色の空が見えていた。

 そしてその空も割れ、その場所だけ光が差し込んだ。

 

 だがその光は希望の光ではなかった。

 

 見た者全員が恐怖に慄くような、いや恐怖どころか死ぬ事でしか救われないような、完全なる絶望の光だった。

 なぜなら、そこから降りて来たものがいたからである。

 

 それは、地獄の使者そのものだった。

 いやむしろ、地獄の神自らが姿を現したといっても良かった。 

 

 上空からゆっくりと近付いて来るその姿は、御伽話に出て来る【ドラゴン】そのものである。

 だが異様に細長く、まるで巨大な大蛇に手足と翼を付けたかのように見える。

 そして地獄の闇で生まれた龍であるかのように、漆黒の鱗を身に纏っていた。

 

 そう。まるで闇がそのまま【ドラゴン】の形になったかのように。

 

「これが……、【黒龍】なのか?」

 こちらに飛んで来るのを見ながら、一人が言う。

「た、たじろぐな! 怖気付いていると闘えんぞ」

 そう言う一人の声も、震えている。

「むしろ、闘えるのだろうか……、こんな奴と」

 女性と思われる一人が呟いた。そう思わざるを得ないような雰囲気なのだ。

 

 

 始めから【旧シュレイド城】が戦闘舞台であるかのようにここを目指した【黒龍】は、ズズゥン……、と重い地響きと共に降り立った。

 

 その圧倒的な大きさと迫力。生きとし生けるもの全てを飲み込み、食らい尽してもまだ足りぬと言わんばかりの圧力を持つオーラ。

 一目見ただけで一般人なら即死しかねない程の、絶望的な威圧。

 畏怖として畏れ敬うなどという行為すら許されない。蘇ったであろう【黒龍】は、恐怖しか感じられない存在だった。

 

 だが、ベナトールは兜の中で笑っていた。

 体は恐怖で震えながらも、こんな強大な敵と闘える事を喜んでいた。

 

 もしかしたらここで死んでしまうかもしれない。

 むしろ生きて帰れる自信が無い。

 怖くて怖くて、体が勝手に後ろにじりじりと下がって行く。

 なのに、それでもこんな恐怖と闘える事が嬉しかった。

 

 グルァオォ~~~!!!

 

【黒龍】はどの【モンスター】の怒り咆哮よりも恐ろしい声で吠えると、特大の火球を吐き出した。

 

「固まるな馬鹿者!」

 自分の恐怖を無理矢理バネにして飛び付き、正面で凍り付いていた一人を抱え込むと、ベナトールは転がった。

 

 ギリギリでその脇を火球が通り過ぎる。

 

「す、すまねぇ。恐怖で動かなくなっちまってた……」

「安心しろ、俺も怖い」

「そ、それ余計に怖ぇから!」

 

「ふ……、この世にもう恐怖はねぇと思っていたが、まさかここまで怖ぇものがあったとはなぁ。だがその『恐怖』と闘って死ねるなら、本望だと思わんか?」

「ちち、違ぇねぇ……。オレも数々の『恐怖』と闘って克服して来たけどよ、ここまでの『恐怖』と闘えるなら、例え死んでも本望だぜ」

 

「ま、まぁ死ぬ気で闘えばなんとかなんじゃね? 腐っても俺ら【ギルドナイト】なんだし」

「そうね。『王族の近衛兵や軍隊相手に一人で互角に渡り合う』と誉れ高い、【ギルドナイト】の力をこの『恐怖』にも見せ付けてやりましょう!」

 

「おぉっ!!!」

 四人は恐怖を跳ねのけるようにして声を上げると、それぞれに散って行った。

 

 三人の武器はと見ると、【双剣】【弓】【ライトボウガン】である。

 ベナトールは【ハンマー】なので、どうしても正面を取る事になる。

 巨大で邪悪な顔を常に見ながらの戦闘になった訳だが、それが逆に『恐怖』に対しての克服を早めさせてくれた。

 

 

 【双剣使い】が後ろ脚付近に陣取り、踵辺りを乱舞している。

 【黒龍】は意に介さないというようにそのままゆっくりと進んでいたが、背中側で翼を狙っていた【ライトボウガン】の者が気になったのか、緩慢な動作で振り向いた。

 

「ぐあぁっ!!」

「あぁっ!!」

 その時苦し気な二人の声がした。

 

 【双剣】の者が足先に引っ掛けられ、うねる尻尾に【弓】の者が跳ね飛ばされたのだ。

 【黒龍】はただ振り向いただけである。攻撃すらしていない。

 

 なのに二人が重傷を負った。

 

 【ライトボウガン】の方に体を向けた【黒龍】は、後ろ脚を縮める動作をした後翼を振って飛び上がり、火球を吐き出した。

 【ライトボウガン】はなんとか避けたようだったが、【黒龍】はホバリングしつつ狙いを付け直し、連続でブレスを吐いて執拗に【ライトボウガン】を攻めている。

 全て避け切れなかった様子の【ライトボウガン】は、とうとう火球の端に当たって身を焼いた。

 

「ぎゃあぁ~~~!!!」

 火達磨になって転げ回る相手に、降りた【黒龍】が這いずるようにして迫る。

 

 隙を見て回復していた【双剣】が、助けようとして高速でのたくる体に巻き込まれた。

 慌ててベナトールが引き摺り出した時には、もう彼の息は無かった。

 

「……。這いずるだけで、即死、するとは……!」

 

 彼の体は全身の骨がぐちゃぐちゃに折れており、内臓も同様になった、それは酷い有様だった。 

 

「す……まん。すまん……。俺の、ために……」

 辛うじて助かった様子の【ライトボウガン】は、火傷だらけの体を引き摺りながら傍に来て、声を殺して泣いた。

 

 【弓】の者は気絶している様子。このままでは戦闘にならないと判断し、一旦二人を見張り台裏に下がらせた。

 そこに壊れていない兵舎があり、簡易ベッドが残っていたからだ。

 

 その間にベナトール一人が引き付ける。無謀だが無傷なのは彼しかいず、二人が逃げる時間を稼ぐにはこの方法しか無かったからである。

 

 

 対峙した【黒龍】は、まるで自分との闘いを楽しんでいるように見えた。

 

 【彼】にとってはベナトールはあまりにも小さく、矮小な生き物に見えるはずである。

 そんな虫けらのようなものがまだ無傷で生きている。それをなんだか面白がっているように見えた。

 

『我を、もっと楽しませよ』

 彼にはそんな声が聞こえたように思えた。

 

 口の端が持ち上がったベナトール。しかし彼は攻めあぐねていた。

 

 巨大で馬鹿長い体躯の割には頭は小さく、しかも二足歩行をしている間はかなり高い位置に頭があるため、到底届かない。

 体を伸ばして四足になっている時は頭が下がり、届きやすくなるのだが、這いずりに巻き込まれると即死になるのはもう見たし、四足になるために前脚を付く動作自体が圧し潰す攻撃になっている。

 巻き込まれたら、もちろん圧死だろう。

   

 死ぬまでに【双剣】が陣取っていた後ろ脚付近が一番安全なように思えたが、これも振り向き動作に巻き込まれれば重症になるのは必至である。

 

 攻撃せずに避けながら観察していたベナトールは、腹這いでブレスをする時、空中ブレスから着地する際に頭が下がる瞬間、【彼】が城壁に近付き過ぎたりなどして飛びながら大きく移動し、体勢を立て直すために屋上の中程に降り立つ際に頭が下がる瞬間。その時にのみ攻撃チャンスがある事を見い出した。

 

 

 頭を執拗に攻めるベナトールに、【黒龍】は苛付き始めたらしい。

 

 この煩わしい生き物をなんとか捉えようとブレスや這いずりで追いかけようとするのだが、正面付近に陣取っているからなのか全体の動きが見えるのと、圧し潰しや振り向きの範囲に巻き込まれにくいのとで、未だに彼に傷を負わせる事すら出来ないでいた。

 

 

「すまん、待たせた」

 回復した二人が高台に姿を現した。

 

 それを見付けた【黒龍】が、急速にそちらに向き直った。

 振り被っていたベナトールは急激な動作に回避が間に合わず、うねる尻尾にしたたかに打ち据えられた。

 

「ぐおっ!?」

 跳ね飛ばされ、遠くに転がって行くベナトール。胴が千切れたかと思うような衝撃だった。

 

「大丈夫!?」

 女性だと思われる【弓】が駆け寄って来る。俯せ状態で顔を上げたベナトールは、飛び上がった【黒龍】がゆっくりとこちらに体を回転させたのを見た。

 

「……俺の事は良いから逃げ――!」

 言い掛けたが間に合わず、空中ブレスが二人に襲い掛かる。

 

 二人はまともに食らって即死するはずだった。

 

 だがそうはならなかった。

 

 なぜか弾かれたように、その場から吹き飛ばされたからである。

 

「おい無事か!? 危なかったな」

 【ライトボウガン】が声をかけた。【黒龍】はと見ると、怯んで短い悲鳴を上げ、体を捩っている。

 

 一瞬訳が分からなかったが、彼がもう一度同じ弾を撃った事で、合点がいった。

 【黒龍】の背中に乗るように撃たれた弾が着弾する前に空中でばらけ、無数の小さな弾になってそれぞれが爆発したからである。

 

 つまり【拡散弾】を撃ち込み、上手い具合に爆発させる事で爆風で二人を飛ばしてくれたのだ。

 

「ありがとう!」

 礼を言った【弓】は、まだ動けないでいたベナトールに【生命の粉塵】をかけた。

 

「すまん、恩に着る……」

 ベナトールは二人に礼を言った。

 後は自分で回復し、再び【黒龍】に対峙する。

 

 二人はやはり先程と同じように背後に位置して翼を狙っていたが、特に【ライトボウガン】より近付く立ち位置になる【弓】は、振り向きの尻尾に巻き込まれないように注意しながら闘っていた。

 

 二人の活躍によって翼がボロボロになったが、それでも飛べないという事にはならないようで、それどころかますます空中からの攻撃を多発するようになった。

 だがその頃には二人が慣れて来て、どちらかが撃ち落とすなんていう事もやって見せた。

 

 

 ベナトールの活躍で角が折れ、強力な攻撃で、片目が潰れた。

 

 矮小な虫けら如きにここまで傷付けられるとは思わなかったのだろう。【黒龍】は残った片目を怒りに燃えて血走らせ、口から火の粉を漏れさせながら、激しく向かって来るようになった。

 

「おい、あれ【激龍槍】なんじゃねぇのか?」

 遠くで攻撃している分周りを見回す余裕があるのか、【ライトボウガン】が指差した。

 

 チラリとそちらに目を走らせたベナトールは、城壁の一部にそれらしきものが備えられているのを見た。

 

「どうも、そうみたいね」

 【弓】も気付いたらしい。

 

「なら、あそこに誘い込めねぇかな?」

「確かに【激龍槍】まで誘導出来ればかなりのダメージを稼げるけど、上手くいくかな?」

「やってみる価値はあるだろうが……。機能しねぇと御陀仏だぞ」

 

 なにせ、【旧シュレイド城】は千年以上前の代物なのだ。

 

「備え付けられてる【大砲】や【バリスタ】は、見た感じ生きてた。だからなんとかなるとは思うんだが……」

 

 飛び道具に詳しい【ライトボウガン】が言うなら、もしかしたらいけるのかもしれない。

 

「よし、駄目元でやってみるか!」

 ベナトールは元気付けるように言った。

 

「おう! こちとら死ぬ覚悟はとっくに出来てんだ。どうせ死ぬなら派手にぶちかましてやろうぜ!」

「了解! なら失敗しないでよね?」

「するかよ」

「俺が誘導する。お前達は攻撃しつつ先に【激龍槍】の位置に走ってくれ」

「了解」

「スイッチはオレが押すわ」

「了解した。なるべく引き付けて作動させてくれよ? 俺には構わんで良い」

「了解。でも気を付けろよ?」

「分かっている」

 

 ベナトールは常に頭付近にいるので、誘うのは簡単に出来る。

 だから背後にいる二人は攻撃しつつ徐々に前に行き、隙を見て【激龍槍】の方へ走った。

 

「避けろ!!」

 ベナトールの声が後ろから追い掛けて来て、左右に飛ぶ。

 

 直後にブレスが二人の間を擦り抜けた。

 

 二人が【激龍槍】の元まで無事に辿り着いたのを確認したベナトールは、わざと真正面に回り込んだ。

 

 武器を仕舞い、挑発するように前をウロウロする。

 

 ブレスだけ避け、圧し潰しのギリギリ届かないぐらいの位置にまで踏み込んだ。

 見ていた二人はいつ彼がやられるかとハラハラしていたが、上手く誘いに乗った様子の【黒龍】が彼を追い掛け始めたのを見て、気合を入れ直した。

 

 【激龍槍】の位置まで誘導される【黒龍】は、高台から見下ろすとうねうねと這いずる黒くて馬鹿でかい蛇のように見えた。

 角が折れ、片目の潰れた邪悪な顔が徐々に迫って来る。二人は恐怖に慄いたが、逃げ出す事はしなかった。

 

 【黒龍】は密着する程【激龍槍】の位置に近付くと、ゆっくりと体を持ち上げ、後ろ脚で立ち上がった。

 そして頭をもたげ、深く息を吸い込んだ。

 

「今だ押せ!!」

 真下でベナトールの声がして、それまで恐怖で凍り付いていた二人は我に還り、慌てて【ライトボウガン】が付属のハンマーでスイッチを叩いた。

 

 ガシュンッ!!

 

機械的な音がして、根元からいくつかに分かれた巨大な槍(というよりは棘)が壁から飛び出し、見事に【黒龍】を貫いた。

 悲鳴を上げかけ、代わりに大量の血を吐く【黒龍】。

 

 三人は機能してくれた【激龍槍】に感謝した。

 

 巨大な槍がゆっくりと壁に吸い込まれると、それに合わせるかのように【黒龍】の体が傾き、ゆっくりと横倒しになった。

 そして一度だけ苦し気にもがいた後、そのまま動かなくなった。

 

「……。やった、んだよな……?」

「やった……、みたいね?」

「そのようだ、な?」

 

 血塗れの【黒龍】は、ピクリとも動かない。

 だが、三人はそれがまだ信じられなかった。

 

「オレら……、本当に、【伝説】を撃ち滅ぼせたんだよな?」

「……。信じられんが、どうもそうらしい」

「私達、倒せたんだよね?」

「そうだよ! 倒せたんだよ! 【黒龍】を!」

「やったじゃないっ♪」

「一人、犠牲になったがな……」

 

 ハイタッチして喜びを分かち合っていた二人は、ベナトールの言葉で急に現実に戻されて、神妙に俯いた。

 そして、「これはお前の分だから……」と剥ぎ取った素材をいくつか転がされたままになっていた死体の傍らに置き、三人で冥福を祈った。

 

 

 彼の形見と素材を持ち帰った三人の報告を聞き、【ミナガルデギルド】の【ギルドマスター】は無念がりつつも大いに喜んだ。

 知らせを受けた【ドンドルマギルド】の【ギルドマスター】も同様だった。

 

 しかし秘密裏にではあったが二つの【ギルド】で開かれた、功績を称える勲章式をベナトールは辞退し、そのまま部屋に帰って行った。

 

 そのようなものには興味が無かったし、手放しで喜ぶ気分にもならなかったからである。

 

 

 

 

 




他の小説ではもっと凄まじく、世界滅亡レベルの「モンスター」として「黒龍」が書かれていたりしてますが、うちの「黒龍」はゲームレベルなので「伝説」と言ってもこんなもんです。

ちなみに「X」、「XX」などに出て来る薙ぎ払いブレスやテオの技を身に着けた「黒龍」ではなく、「無印」からいる火球しか吐けない「黒龍」の方です。

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