今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】   作:沙希斗

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事は「竜機兵」だけでは済まされなかったようです。
そのせいでえらい事に……!


東シュレイド共和国の陰謀(2)

 

 

 

 

「おい、起きろ!」

 ビシリと頬に何かを打ち付けられ、ベナトールはゆっくりと目を開けた。

 

 先程いた所とは正反対の、比較的狭い場所にいる事が分かった。

 そして、両腕を広げた状態で、鎖で繋がれている事も。

 

 体を見ると、一応深手の傷だけ治療してあるようだった。

 まだ死なれては困るという事らしい。

 

 

「……あいつは……死んだ、のか?」

 研究員の姿を見付けたベナトールが尋ねると、彼は言った。

 

「いや生きとるよ。かなり深刻な状態じゃがの。……しかしよくもまぁ生身の【人間】が、あそこまで【竜機兵化】した者を痛め付けられたものじゃなぁ。誰の差し金かは知らんが、大したものじゃて」

 

 背後に拷問用の、様々な器具が置いてあるのが見える。

 

「その分こっちも、この通りですがね……」

 

 あいつは『死ぬまで【地下牢】に閉じ込める』と言っていたが、その前に何かを聞き出そうという事か……。

 

「いや普通の者なら最初にあ奴が向かって行った時点でとっくに捕らわれとるぞ? なんとも見事な体躯と筋肉をしておるが、どういう鍛え方をすればこうなるのじゃ」

 

「……。『独りで狩りをする時期が長かった』とだけ、言っておきましょう」

 

「やはり、ハンターではあったのじゃな?」

「今更、『一般人です』とはもう言えないでしょう」

「シラを切ってもその点はバレバレじゃものなぁ……」

 

 研究員は可笑しそうに笑った。

 

 

「さて、捕らわれた意味は、分かっておるな?」

 真面目な顔になって聞く研究員。

「誰の差し金じゃ?」

 

 黙るベナトールに、彼は鞭を振り上げた。

 

「言え! ハンターならば【ミナガルデ】か? 【ドンドルマ】とかいう所か? それとも軍の中で元ハンターがいて、その者らが裏切りを企てたのか?」

 

 何度もビシビシと鞭を打ち付けられたが、【人間】なんぞ【モンスター】の攻撃に比べたら屁でもないと思っているベナトールには、まったく効いていなかった。

 ただし皮膚は裂けるので、体中に痛々しい傷が無数に出来た。

 

「少しは、気が済みましたかな?」

 

 息切れを起こしている研究員に、平然と言ってのけるベナトール。

 

「……。しぶとい、のぉ……」

「俺にそんなものは、効きませんぜ?」

「ほぉ……。ならこれならちっとは効くのかの?」

 

 研究員は半ば嬉し気に、火にくべていた鉄棒を取り出して彼の胴に押し付けた。

 ジュウゥッ! と音を出しながら肉が焼けたが、ベナトールは呻き声すら上げない。

 熱い事は熱いが、こんなものは精神をコントロールすればいくらでも耐えられるからである。

 

「なんと! 声すら上げんとは……」

「俺に何かを聞き出そうとしても無駄ですぜ? 【大統領】が飼っている軍隊と同じです。死ぬまで口を割るつもりはありません」

「どうじゃろの? その大口がいつまで持つか見物じゃわい」

 

「……。それまで、大人しく捕まっているとでも?」

 

 次の瞬間、吠えたベナトールは腕を繋いでいた鎖を引き千切った。

 

 狼狽える研究員の首を掴んで持ち上げ、「殺されたくなければもう一度さっきの【実験室】に連れて行け」と凄む。

 震えながら頷くのを確認してそのまま手を放し、落ちた研究員に言った。

 

「立て。余計な真似をすると――」

「わわ分かっておる!!」

 

 

 【実験室】では他の研究員や助手などが大勢いたが、案内させた研究員が大人しくするように注意した。

 それでも余計な真似をしそうになった者を見てベナトールが睨むと、一睨みで逆らう者はいなくなった。

 

 先程は隠れながらだったので全体的に見渡せなかった(というよりは広過ぎて目が届かなかった)が、【実験室】の奥の端にはもう一体、地面に転がっている【竜機兵】がいた。

 ただしこちらは【出来損ない】で、ただつぎはぎの生物素材と金属がくっ付いて【竜機兵】の形をしているだけだった。

 

 なぜならそいつには、内臓が全く無かったからである。

 

「『外殻一体分は揃ったが内臓分が無い』とか抜かしていたが、この分では骨があるかどうかも怪しいもんだな」

「お主はどこまで聞いておったのじゃ」

「【素材倉庫】あたりからだな」 

「なんと、あそこに忍んでおったのかぁ!?」

 

「まぁ気配を消すのは得意なんでな。だがあれだけの大量密猟の証拠を見せ付けられると、【大統領】の本気度も分かるってもんだな」

「そうじゃろう。あの御方は兵器開発には手立てを惜しまずに協力して下さるのじゃ。お陰で【竜機兵】の研究も進むわい」

 

「あんたよく戦争加担の研究なんぞやってられるなぁ。こんな事やってて恥ずかしくねぇのかぁ?」

「ワシは研究さえ出来ればそれでええんじゃよ。それが何に使われようが、どこで仕えようが、それは関係ないのじゃ」

 

「……。もったいねぇなぁ……」

「何がじゃ?」

 

「【古生物研究所】なんかに務めてたら、戦争の加担なんぞしなくとも思う存分【ドラゴン】の研究とか出来るんじゃねぇのかよ?」

「ワシは【生物研究】だけではもう飽き足らんようになったのじゃよ。【竜機兵】は【意思を持つ兵器】じゃ。しかも【ドラゴン】ではなく【人間】のな。【ドラゴン】と同等の能力を持つ【人間】の兵が作られる。それが軍隊であってみろ、どれだけ素晴らしい事か……!」

 

 ベナトールは呆れた。

 

「それを再現させるという事が、どういう事か分かって言ってるとはとても思えん発言だな? そのせいで【旧シュレイド王国】がどうなったか、その後人類がどんな道を辿ったか、知らん訳ではあるまいに」

「【現シュレイド】がどうなろうが、人類がどうなろうが知った事ではないのだよ。ワシが研究さえ出来ればな」

 

「……。それを聞いて安心したぜ。これで微塵も後悔無くあんたを殺せる。ここの破壊もな」

 

「……やれるもんなら、やってみるがええ……」

 首を掴まれた研究員が苦し気に言ったその時、銃声が響いた。

 

 いつの間にか軍の方に連絡が行っていたらしく、遠巻きに囲まれていた。

 

 気配を察して先読みしていたベナトールは逃れたが、次から次へと撃ち込まれた際に研究員に当たった時の返り血を浴び、体の自由を奪われた。

 

 相手が【竜人族】だったからである。

 

 たちまち動きの鈍くなった彼に容赦無く銃弾が浴びせられ、彼は倒れて動かなくなったが、それでもまだ死んではいなかった。

 

 

 

 

 【ミナガルデギルド】の【ギルドマスター】は、連絡が来ない潜伏員の行方を知る手掛かりを、僅かながら掴みかけていた。

 【ドンドルマギルド】から送られた潜伏員の報告により、軍の施設の前で誰かと話していたという証拠を掴んだからだ。

 

 そしてどうやら、彼は軍の施設の中にいるらしいと分かった。

 

 最初は捕らえられて脱出出来ないでいるのだろうと思ったが、調査の状況から察するに、どうやら何かに協力するために自ら入ったのではという事になった。

 軍の様子を調べるはずの【ギルドナイト】が軍に加担するようになるのは前代未聞である。もし本当にそうなっているのであれば、直ちに取り戻して場合によっては粛清せねばならない。

 

 

 【ドンドルマギルド】の【ギルドマスター】は、ベナトールが軍施設内に侵入するという報告をしたまま何日も連絡が無いのを気にかけていた。

 

 捕まる前に皆殺しをしてでも逃げ出すような奴だし、例え捕まったとしても自ら軛(くびき)を破壊してまで脱出するような奴なので、早々くたばるとは思えないのだが、それでも相手が相手なので心配だった。

 

 

 

 更に日にちが経った頃、【ミナガルデギルド】に【あるもの】が届けられた。

 いや『届けられた』というよりは『落とされた』と言った方が正しいような出来事だった。

 

 【ギルドマスター】が自分の部屋で【ギルトナイツ】と会議をしている最中に、上空からバルコニーに落ちて来たからである。

 

 夜だったので【ギルトナイツ】と出てみると、【それ】は小型の【ドラゴン】のような姿をしていた。

 丁度人間サイズだったので【ドラゴン型古龍種】の幼体かと初めは思ったが、今現在確認されている、どの【古龍種】とも形が違っていた。

 更に奇妙な事に、【それ】は生物組織と金属が融合したような姿をしていた。そして特に金属の融合部分が外れ、全身血塗れで喘いでいた。

 

『……【マスター】……』

 

 警戒して遠巻きに眺めていた面々は、苦し気に話し始めた相手の【声】が、聞き覚えのある事に気が付いて愕然とした。

 

「おおお主……、お主、まさか……!?」

『……はい……。【リーヴェル】で、潜伏を……命じられて、いた者……です……』

「なぜ……こんな姿に……? この姿は、まるで……」

『……俺は、【竜機兵化】したの、です……』

 

 全員絶句。

 

『……【リーヴェル大統領】……は……【竜機兵】を、再現しようと……してます……』

「……。【イコール・ドラゴン・ウェポン】を、じゃと!?」

『……はい……。に、【西シュレイド】を……攻める、ために……』

「そ、それで……それでお主はこんな姿にされたと……いうのか……?」

『……いいえ……』

 

 一同は、次の言葉に多大なる衝撃を受けた。

 

『……俺……は……、俺は、自ら、望んだの……です……』

 

「……。なんじゃと!?」

「今……、今、何と言った!?」

『……自ら……望んだ、と……』

 

「嘘だっ!」

 潜伏員と仲が良い者が叫んだ。

 

『……嘘じゃ……ない、んだ……』

「嘘だ!! 何をされたんだ!? 無理矢理気絶させられたのか!? マインドコントロールされたのか!? 脳を侵して意思を支配するような薬でも飲まされたのか!?」

 

『……どれでもない……。確かに長い間説得は……されたが……、最終的には、自分でこの姿に……』

「……そんな……!」

『……俺は……、お、俺は、力が……力が、欲しかったんだ……』

 

「どういう……事じゃ?」

 

『あぁ【マスター】、俺は【ギルドナイト】より強い力が……欲しかったんです……。それこそ、【ドラゴン】に……匹敵するような……』

 

「なんちゅう馬鹿な事を考えるんじゃ! 儂はそこまでの力を望んではおらん。【ギルドナイツ】は【モンスター】ではなく【人間】を取り締まる組織じゃ。確かに一人で集団を相手にする事もある。その時にはハンターですら考えられんような戦闘能力を発揮する事もあるじゃろう。じゃがそれは肉体も精神力もそれが出来るように訓練しているからこそ出来る事。決して【人間】の能力を超えた力を身に付けている訳ではない。それはお主自身が分かっておる事じゃろう!? 【ギルトナイツ】は一人で軍隊に匹敵する能力を身に付けておる。それが『王族の近衛と互角に渡り合える』と謳われる所以じゃ。それ程の能力がすでにありながら、なぜそれ以上を望む!? なぜそのような愚かな考えを持つのじゃ!!」

 

『……俺は、【ドラゴン】の力に……憧れたん、です……。それで【人間】を、捨てる事にゴボッ! ……なって、も……っ!』

 元潜伏員だった者は血を吐き、苦し気に呻きながら悶え始めた。

 

 そろそろ限界らしい。

 

 だが、慌てて医務室に運ぼうとした者を制止して、【彼】は言った。

『……助かりたくゴホッ! ない……。俺はどの道、処刑される……身だ……。ここに……【連れて来られた】のは、【彼】の代わり……に……この事実と、【彼】の伝言を……、伝えるゴホゴホッ! ……ため……』

 

「おいしっかりせいっ! 【彼】とは!?」

『……【ドンドルマギルド】の、【ベナトール】……』

 

 その名を聞いた途端、全員が凍り付いた。

 

「あ奴が、あ奴がどうかしたのか!?」

『……俺は【彼】と闘って、破れ……ました……。【彼】は……【彼】は【モンスター】にゴホッ! ……変わって……っ!』

 

「それは!? それはどういう事じゃ!?」

『……【竜人族】の、血……を……』

「【竜人族】の血がどうしたと!? おい頑張って伝えてくれ!!」

『……【彼】ゴホッ! ……は……【ドンドルマ】へ……狩られ……に……』

「なんじゃと!? よく聞こえん、今何と言ったのじゃ!? おいっ!!」

 

 元潜伏員の息は、もう無かった。

 

 

 

 話はベナトールが軍に囲まれてハチの巣になった時点に遡る。

 

「博士! 大丈夫ですか!?」

「……おぉ、間に合うた、ようじゃの……」

「酷い怪我だ! お前ら博士諸共殺すつもりで撃ちやがったな!?」

「……なに出血が多いだけで、当たった場所自体は命には別状が無い所じゃて、心配はいらん。ちと痛いがな……」

「良かった……!」

 

「こいつはどうされるんです? まだ微かに息があるようですが……」

「我々で回収して速やかに――」

「待て待て! 例え軍でも回収は許さん!」

「どういう事です?」

 

「こ奴はここまで銃弾を浴びながらまだ生きておる。これ程の生命力のある者は滅多におらんじゃろう。それにこ奴は今ワシの血を浴びた。【竜人族】のな。じゃからこのままではどの道死ぬか【モンスター化】するしか他は無い。良い実験素材じゃと思わんか?」

 

「……。成程、そういう事でしたら……」

「有難う。もう下がって良いぞ」

「――はっ!」

 

 

 ベナトールは死なないように、経過を見守られながら観察を続けられた。

 

 純粋な【竜人族の血】を浴びたためか、それとも彼自身の体躯や筋肉のためなのか、変化は一日目で現れた。

 

 今にも止まりそうな呼吸は弱々しく、当然のように意識は無い。

 

 が、まず血を浴びたヶ所から鱗や甲殻が形成された。それが日を追うごとに徐々に広がっていき、やがて体全体を覆った。

 黒を基調に、体の両脇に赤紫のラインが入った黒い翼を持つ【ドラゴン】のような姿に変化し、もはや【彼】が【ベナトール】であった面影は一つも無くなった。

 

 今現在確認されているどの【モンスター】にも似ていなかったが、強いて言うなら顔はどことなく【ラオシャンロン】に似てなくもなかった。

(ただし鼻先には角は無かった)

 

 【彼】が【ベナトール】であった頃の髪型は、長い縮れ毛を後頭部で紐で纏めてあって、【美容室】では【ポルタ髷(まげ)】として注文出来るものだったのだが、今の【彼】もその名残りなのか、後頭部に目立つ角が一本生えていた。

(ついでに言うと髭の名残りのように、下顎に飾り鱗があった)

 

 首筋から尾まで流れるように、鬣のような飾り鱗が生えており、尾の先はそのまま先細っている。

 全体的に見るとやはり筋肉質であり、【竜機兵化】した潜伏員よりも大きかった。

 

 

 外見が完全に【モンスター化】した頃に、【彼】はついに目覚めた。

 目が開いた事で、それが赤紫の色をしていると分かった。

 

 まだ自分がどういう状況に置かれているか分からない様子だったが、まず手を見、それからゆっくりと自分の姿を見回し、己の変化を確認するように体や翼を動かした。

 それから悲しみに沈むように顔を下げた次の瞬間、吠えた。

 

 オオォ~~~!!!

 

その声は部屋全体をビリビリと震わせた。 

 その場にいた者全員が戦慄し、耳を押さえながら恐怖で固まった。

 

 【彼】は念のために生命維持装置付きの檻に入れられていたのだが、全てを破壊しながら出て行った。

 巻き添えを食った研究員や助手が死傷し、軍が駆け付けて一斉射撃を行ったが、【モンスター】の体を手に入れた【彼】には効かなかった。

 

 あの【竜機兵】が吊られている【実験室】に向かった【彼】は、吠えながら実験に使う全ての器具や素材などを破壊していった。

 

 それにより、【人間】を【竜機兵化】するための装置や【竜機兵】そのものを作り出すための装置などが壊滅的な被害を受け、重要な研究を担う研究者などが殺された事もあり、もう実験も研究も続けられなくなった。

 

 完全回復していた元潜伏員が【竜機兵化】して立ち向かったが、互角どころか圧されて苦戦を強いられ、深刻なダメージを負った。

 

 そしてその時、【彼】は言ったのである。

 

『まだ【人間】としての意識がある内に、お前に伝言を頼みたい……』

『……貴様……喋れた、のか……』

 

『お前が死ぬ前に、【ミナガルデギルド】でこの事実を伝えてくれ。【リーヴェル大統領】の陰謀を。そして、俺がどうなったかを』

『……なぜ、自分で、伝えん……?』

 

『お前も見ただろう。俺はもう【モンスター】だ。【人間】を見ると本能的に狩ろうとしてしまう。【ミナガルデギルド】の本部に行けば、ハンターだけでなく【ギルトナイツ】を差し向けられるだろう。俺は【黒龍】と対峙した時に彼らと共に闘っているのだ。彼らを殺したくはない』

 

『……【黒龍】は……、【ギルトナイツ】で退治したはず……。お前は、やはり……』

『そうだ【ギルドナイト】だ。ただし【ドンドルマ】のな』

『……そうだった……のか……。それで、それでメンバーに……』

『今まで隠していて、すまんかったな』

 

『……名は……?』

『【ベナトール】だ』

 

『……聞いた……事……が……』

『頼むしっかりしてくれ。これからお前を【ミナガルデ】に運ぶ。事切れる前にちゃんと伝えるんだぞ?』

『……お前……は……?』

 

『俺は【ドンドルマ】に狩られに行く。もう【人間】には戻れんだろうからな。だからどうせ狩られるならば、故郷の者に狩られたい』

 

 そうして【彼】は追撃されながらもその場から飛び立ち、【ミナガルデ】で潜伏員を落として【ドンドルマ】に向かったのだった。

 

 

 

 【ミナガルデギルド】から連絡を受けた【ドンドルマギルド】の【ギルドマスター】は、ハンター及び【ギルドナイツ】に「人間サイズの【未確認モンスター】を見掛けたら報告し、もし戦闘に突入したら必ず捕獲するように!」と厳重注意した。

 

 伝書鷹の文書には『ベナトールが【モンスター】に変わったらしい』という事と『【ドンドルマ】に向かった』という事だけしか書かれていなかったので、困惑しながらも、その通達を出したのだった。

 

 そしてその【モンスター】に、たまたま【テロス密林】で狩りをしていた三人が出遭ってしまった。

 

 

「……なな、何だこいつ……!?」

 アルバストゥルは面食らった。

 

 今まで見た事が無い【モンスター】だった。人間サイズ、もしくはそれより少し大きいぐらいの体躯をしているのに、その姿はどう見ても【ドラゴン型古龍種】のものだった。

 だが黒い体色に赤紫のラインが入ったような姿の【古龍】なんか、今まで確認されていない。

 

 大きく発達した筋肉を持ち、その点ではなんだか【ラージャン】を彷彿とさせた。

 【それ】は、こちらに気付くや否や威嚇するように立ち上がり、吠えた。

 

 オオォ~~~!!!

 

 その大音量は〈高級耳栓〉クラスである。そしてそのスキルを身に付けている彼でさえ、思わずビクッとしてしまうような恐ろしさがあった。

 

 【モンスター慣れ】して〈胆力〉が付いている(大型モンスターに会ってもビクつかない)彼でさえそれである。他の二人が平然としているはずがない。

「ば、馬鹿おめぇら固まってんじゃねぇ!」

 あまりの恐ろしさで凍り付いている二人を張り倒し、対峙する。

 

 相手はすでに肉迫しており、慌ててかざした【大剣】にぶつかって来た。

「くうっ!」

 衝撃が凄まじい。なのにそれでも相手は止まらなかった。

 

 赤紫色の目を爛々と輝かせながら腕を振り上げ、ガードの上から振り下ろして来た。

 火花が散ったがアルバストゥルはそのまま捲られ、横様に吹っ飛ばされた。

 立ち上がった直後に飛び付かれ、慌ててガードしてまた飛ばされる。

 

「は、速ぇ! 攻撃出来ねぇ……」

 ガードするのが精一杯で、攻撃に転じられない。

 

 相手は吠えながら向かって来る。しかも、どうやら執拗にアルバストゥルだけを狙っているようだ。

「なぜ……、俺だけ……?」

 まるで他の二人は眼中に無いかのような行動に、彼は混乱していた。

 

 そして、ある事に気が付いた。

 

 この素早さはどこかで闘った覚えがあるのだ。

 いや、『見た覚えがある』と言うべきか。

 この躍動感、筋肉のしなり具合。そしてこの声。

 

 俺はこれを知っている? 

 

 馬鹿な、初めて対峙した【モンスター】だぞ!? こんな奴今までに一度も見た事ねぇんだ。

 だが確かに知ってる? いや【何か】に似てるんだ。それは【何だ】?

 

 

「なんで、一切こっちを狙って来ないんだろう?」

 

「分かんない。普通なら、同じエリアにいるハンターも、攻撃対象にされるのに……?」

「だよなぁ。隠れてて【ヘイト】が極めて低いとかいうんじゃないんだもんなぁ。これだけ近くで目立った場所に立ってるのに」

「……ねぇカイ、なんかこの声、聞き覚えない?」 

「オレも、さっきからそう思ってるんだけど……。【何か】に似てるような……?」

 

 ハラハラしながら見ているしか無い二人も含めて、三人はただ混乱していた。

 

 その時、狩猟目的に設定されていた【イャンガルルガ変種】が現れた。

 

 見ていた二人は武器を構えたが、アルバストゥルはそれどころじゃなかったので嘘だろと思った。

 

 降り立ち、威嚇をした【イャンガルルガ変種】に対し、【謎のモンスター】は殺意を剥き出しにして睨んだ。

 それは【殺気】を放ったと言えるべくもので、そのあまりの凄まじさに、あれだけ好戦的な【イャンガルルガ変種】が怖気付き、なんとたった一睨みで逃げて行ってしまった。

 

「助かった……!」

 

 いや目の前の脅威はまったく消えていないのだが、二頭を相手にしなくてよくなった事だけを、取り敢えず三人は喜んだ。

 

 そしてアルバストゥルは、この【殺気】の持ち主を知っていた。

 

 【アカムトルム】に似ているが、あれ程野生的で突き刺すような、殺意は無い。

 むしろ黒々としたオーラで包み込み、対象を呑み込むような凄まじい威圧感がある。

 それは恐ろしく、圧倒的なのに、どこか悲し気な雰囲気を纏うこの特徴的な【殺気】の持ち主は――!

 

「……。オッサン!?」

 

「……え!?」

「アレク、今……今、なんて!?」

「……これは……! この【モンスター】は……。【オッサン】だ……」

「……う、嘘だ……」

「そ、そうよ! そんな事、そんな事……あるわけ……!」

 

 そう言いながらも、二人は気付いてしまっていた。

 先程から【何か】に似ていると思っていたこの声が、ベナトールのものである事を。

 

「間違いない。この……この【殺気】の特徴は……」

 あまりのショックで【大剣】を下げてしまったアルバストゥル。

 

 だが、相手は躊躇なく向かって来た。

 

「やめ――!?」

 下から上に腕が振り抜かれた。それによって、左下脇腹辺りから右肩にかけて、大きく抉り裂かれた。

 

「ぐはっ!!」

 彼は大量の血飛沫と共に吹っ飛んだ。だが相手は追い打ちをかけるように追い掛けて来た。

 

「アレク!?」

「きゃあぁ! アレク!!」

 

 止めを刺すかのように胸の中央目掛けて腕が振り下ろされた。

 だが、爪が届く寸前で、相手はピタリと動きを止めた。

 

『……。アレク……?』

 

「……オッサ……っ! ゲホケホッ!」

 大量喀血しているアルバストゥルを見て、ハナが慌てて【生命の粉塵】を掛ける。

「喋れる、のか……?」

 回復したアルバストゥルは、思わず我が耳を疑った。

 

「【意識】が、まだ残っているんだな?」

 確認するようにカイが聞く。

 

『……あぁ……』

「ホントに、ベナ……なんだよね?」

『そうだ……』

「なんで、なんでこんな……姿に……!」

 

 ハナはショックのあまりに口を覆い、ぽろぽろと涙を零している。

 

『……。純粋な【竜人族の血】を、浴びてしまってな……』

「……そんな……!」

『悪かったなアレク。もう抵抗せんからサッサと狩ってくれ』

「なんだと!?」

『俺はな、【ドンドルマギルド】のハンターに、狩られるために帰って来たのだよ。【東シュレイド】からな』

 

「じゃあ……。じゃあ【ギルドマスター】が言ってた【人間サイズの未確認モンスター】って……」

『【マスター】がそう言ってたのなら、それは【俺】の事だろう』

 

「帰ろうベナ! 【街】へ」

『いいや、もう帰れんよ……』

 

「馬鹿野郎! 諦めんな! 【ドンドルマ】の医療技術を舐めんじゃねぇぞ!? 俺が【モンスター化】しかかった時と同じようにして治せば――」

『それによって、お前ら全員が死んでも、か?』

「なんだと!?」

 

『お前の場合は初期段階だったから、主に俺の血だけで済んだのだ。ここまで完全に【モンスター化】しちまうと、入れ替えるまでに相当な血を必要とする。お前ら含めて何人死ぬかも分からん程の、な。【俺】だけのために、そこまでの命を犠牲にしたくない』 

 

「い……や……! 嫌! 嫌よ! どれだけの命を犠牲にしたって構わない! 何人死んでもっ! 私の命を捧げたってっ!! ベナが【このまま】なんて嫌っっ!!!」

 ハナは泣き叫びながら、激しく首を横に振った。

 

『ハナよ、聞分けてくれ』

「嫌っ!!」

『頼む、ハナ』

「嫌っっ!!!」

『……。そうか……』

 

 【ベナトール】は悲し気な顔をした後、口の端を不気味な笑みで歪ませて、次のように言った。

『ならば、このまま心臓を貫かれても、文句は言うまいな?』

 

 そうして、右手だけで彼女の首を掴んでゆっくりと持ち上げた。

 

『大量の血を浴びるには、心臓を破壊するのが一番だ。お前がそのつもりならば、最初の餌食にするとしよう』

 

 言いながら、左手の爪を胸の中央付近に宛がう。

 

『このまま押し込めば、お前は確実に死ぬ。覚悟は良いな?』

 

「やめろおぉ!!!」

 次の瞬間、カイが絶叫しながら【太刀】で【ベナトール】の胸を貫いた。それは勝手に体が動いてしまった行動だったのだが、彼はハッとなって狼狽しながら【太刀】から手を放して後退ってしまった。

 

『がはっ!!』

 喀血した【ベナトール】はそっとハナを下ろし、嬉しそうに笑いながら【太刀】の柄に手を添えた。

 

 そうされるのが、始めから分かっていたかのように。

 

『カイ、ありがとな』

 そして次の瞬間、自ら抉りながら【太刀】を抜いた。

 

 この日は幅広の刃を持つ物を使っていたために肺が大きく損傷し、【ベナトール】は三人の目の前で、大量の血を噴き上げながらその場に崩れ落ちた。

 

 そして、もう二度と動かなくなった。

 

「嫌ああぁ~~~!!!」

 ハナは絶叫し、泣き叫びながら【ベナトール】を起こそうとした。

「嫌ぁっ! 嫌よ! 起きて! 目を開けてよぉっ!!」

 

「……。まだ、まだ間に合うかもしれない」

 アルバストゥルは決意を込めた様に言った。

 

「いやきっとまだ間に合う! 【クエストリタイア】して【オッサン】を連れて帰ろう! 【マスター】が何とかしてくれる。絶対死なせやしねぇって!!」

「だよな! オレの命を懸けたって良い!」

「私だって! そのまま殺されたって良かったんだからっ!」

「とにかく早く連れて帰ろう!」

「了解!」

 

 

 帰って来た三人に事の顛末を聞かされた【ギルドマスター】は、直ちに【ベナトール】への輸血を開始した。

 血の提供を望んだ三人だったが「G級ランクじゃないと耐えられん」と断られ、【彼】は特別な部屋に入れられて面会謝絶となった。

 

 【彼】のために、主に【ギルドナイツ】の血が集められた。 

 

 報告を受けた【ミナガルデギルド】の方でも提供者があり、それでも足りない場合は処刑対象者からも集めた。

 

 どうせ殺すのならという事で、彼らの血は致死量になった。

 

 大量の血液を保存するために、【フルフル】の皮が使われた。傷修復能力の高い成分が入っているために、血が固まったりなど劣化しないからである。

 遠くから運ばれて来るものも同様に【ブヨブヨした皮】に入れられた。

 

 【ドンドルマ】など近くにいた者から提供されたものは取った端から入れていったので、無理をして貧血になったり死にかけた者が出ても、待機していた医療係がすぐさま【回復系アイテム】などで対処した。

 元々ハンターが使う物も傷修復だけでなく血液を増量する効果があるのだが、医務室では特別調合でその効果を高めた物を使うので、使われた者の回復が早いのだ。

 

 

 【ギルドナイツ】及び【GRハンター】の血が功を奏したのか、【ベナトール】の体が徐々に元に戻っていった。

 

 【ベナトール】の名は有名で、特別な者以外はPTを組まない孤高のハンターなのにもかかわらず、その数少ない同行者から彼の戦闘能力の高さや滅多に攻撃を食らわない立ち回りの鮮やかさを聞いている者などもいて、その外見や身に纏うオーラに恐れを抱きつつも憧れる者は多かった。

 

 なので彼を目指してGRになったにもかかわらず、普段は恐れて遠巻きに見ていた連中も、「彼を助けるなら!」と進んで提供してくれたため、ハンター全体から言うと五パーセントもいないようなGRハンターの貴重な血はそれ程苦労せずに集まり、惜し気もなく使われたのである。

 

 

 元々驚異的な生命力と回復力を持ち合わせている彼は、元に戻るのも早かった。

 なので【彼】が心配していた多くの命を犠牲にする事も無く、(処刑された者から提供されたもの以外は)死人が出なかった。

 

 だが、やがて目が覚め、自分の手や体を見て元に戻った事を知り、見守っていた【ギルドマスター】が心底安堵した様子を見ても、彼の第一声はこうだった。

 

「……。生き残って、しまったんですね……」

 

 

 

 面会許可が下り、ハナが泣きながら飛び付き、幼子のようにわんわん泣いたまましばらく離れないのを苦笑いしながら頭をポンポンする。

 

 カイが嬉し泣きし、照れ隠しに仏頂面をしているいつものアルバストゥルの目に光るものを見付け、微笑む。

 

 突っ込んだハナをアルバストゥルが追いかけ回し、それをレインが微笑ましそうに見る。

 

 そんないつもの光景が戻って来ても、ベナトールは寂し気な目をしていた。

 

 

 後日、【ギルドマスター】から【ミナガルデギルド】からの報告を聞かされたベナトールは、【イコール・ドラゴン・ウェポン】を再現させる計画が永久中止になり、関係者の中で特に罪が重かった者や大量密猟の軍の指導者などが全員処刑された事を知った。

 

 素材倉庫にあった大量の素材は押収され、調査の後に希望するハンターに配られたという。

 

 【竜機兵】が吊るされてあった巨大な【実験室】など研究に使うものは全て取り壊され、ただし貴重な古代資料である【竜機兵】だけは【ハンターズギルド】内で厳重に保管される事となり、【ギルドナイツ】同様秘密裏に扱われる事となったという。

 

 

 そして、現【リーヴェル大統領】が失脚し、新しい大統領が【リーヴェル大統領】に就いたという噂が立った。

 

 失脚した大統領は行方不明になり、逃亡したとか亡命したとか果てには【ギルドナイト】に殺されただとか様々な噂が飛び交った。

 

 だが、その真相は定かではない。

 

 




元はたまたま「ベルセルク」の無料試し読み(一巻だったかな?)を読んでいる時に、「ガッツ」が拷問を受けているシーンを見て「ベナトールの拷問シーンを見てみたい」と思い立ったのがこれを書いたきっかけです。

「竜機兵」などに繋がるとは思いも寄らなかったんですが、話を考えている内に何故か「東シュレイド共和国」が再び陰謀を企てる話に発展していきました。

拷問シーンしか考えてなかったのに書き始めたらどんどん話が膨らんで行き、こんな長い話になってしまいました。
一シーンだけ思い付いてここまでの話になるとは自分自身でも思いも寄らなかったので、「天才じゃね?」とか思ってしまいました(笑)


あ、アルバストゥル(当時はアレクトロ)がモンスター化した話は「アレクトロの、ハナへの一方的な思いやりによる罪と罰について(第38話)」を参照して下さい。

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