今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】 作:沙希斗
「れっいっん~~♪」
「はっあっい~~?」
窓から弾んだ声で名前を呼ばれたレインは、自分も同じような調子で返事をした。
外を見ると案の定、ハナがニコニコ笑って立っていた。
「ねぇねぇ、ずっとアレクを待ってるだけじゃ退屈でしょ? 私ね、美味しい【ポルタケーキ】のお店知ってるんだぁ。一緒に食べに行かない?」
「良いわねぇ、行きましょ行きましょっ♪」
説明すると、【ポルタケーキ】とは【メゼポルタ広場】でよく売られているケーキの事である。
「フィリップも行かない?」
「誰もいなくなる所に旦那さんを入れるわけにはいきませんにゃ。ボクはお留守番してますので、どうぞ楽しんで下さいませにゃ」
「そんな硬い事言わないで、ちょっとぐらいは良いんじゃないのぉ?」
「いいえハナさん。ボク達【召使アイルー】は、旦那さんのいない間の留守を預かるのも仕事ですにゃ。誰もいなくなるなら家を空けるわけにはいきませんにゃ」
「そうなのぉ? 残念ねぇ……」
「じゃあお土産に買って来てあげるっ♪」
「お気遣いありがとうございますにゃ、レイン様」
「じゃあうちのジョセちゃんにも買ってあげよっと♪」
「ジョセちゃん?」
「うんジョセちゃん」
「ジョセフィーヌだろ?」
その時苦笑を交えながら別の声がした。
「あらカイ、いたの?」
「いたのじゃないだろぉ? 君はホントに食べ物の事になると周りが見えなくなるんだねぇ」
「あらカイさんこんにちは」
「君も今気付いたみたいに言わないでくれよ」
女性二人はてへっと笑った。
「ハナの【召使アイルー】はジョセフィーヌって言うんだ。女の子なの?」
二人は歩きながら喋っている。
「そうよぉ。ちなみにベナの【召使アイルー】も女の子なの。エリザベスって言うのよ」
「うちの【召使アイルー】は雄だけどな。確かアルジャンだったか?」
「だったかって、あなた自分の【召使アイルー】の名前覚えてないのぉ?」
呆れたように言うハナに、カイは「いや普段は『アル』って呼んでるからね」と返した。
「あら素敵なお店ねぇ」
「でしょでしょ? 私のお気に入りなんだ♪」
二人(+男一人)は御伽話に出て来るお菓子の家のような外観をした、店の前に立っていた。
中に入ると陳列棚があり、奥で食べられるようにもなっているようだ。
「あら【ポルタクッキー】もあるじゃない。フィリップのお土産にはこっちの方が良いかしら?」
「そうねぇ、日持ちもするからそっちの方が良いかもねぇ」
「どうせならどっちも買っちゃおうかしら。――あ、【ポルタチョコ】もある。アレクののお土産はチョコにしよっかなっ♪」
「日持ちがするならそっちでも良いかもね。アイツ食べ飽きてそうだけど」
「え、アレクって、チョコみたいな甘いものはあんまり食べないのかと思ってた。なんか意外ねぇ」
「それにはちょっと訳があってね……」
ハナはクスクスと笑いながら、次のような話をした。
「【ドンドルマ】ではね、【繁殖期】になると【バレンタインデーイベント】と【ホワイトデーイベント】っていうのが毎年あるわけ。【繁殖期】の頭に【バレンタインデーイベント】があって、中頃に【ホワイトデーイベント】があるの。毎年特別にイベントがあるんだけど、その時にね、【バレンタインデーイベント】では女性が男性に【ポルタチョコ】を、【ホワイトデーイベント】では逆に男性から女性へ【ポルタクッキー】を送る事になってるの。一般人はそれだけで終わったりそれぞれでパーティーを開いたりするらしいんだけど、ハンター世界では【ハンターズギルド】が特別なクエストを提供する事になっててね、それをクリアしたら特殊な武具が作れる素材が貰えたりするわけよ。毎年違ったクエストや、クエスト内容が同じでも違う武具が作れたりするから、そういうのを集める事が好きなハンターは頑張っちゃったりするのね。でも相手がいないと出来ないイベントだから、その時期だけ付き合わされる男女がいたりもするわけなのよ」
「あぁそれで【ポルタチョコ】をいつも貰う事になる男性ハンターは、【ポルタチョコ】を食べ飽きちゃうって訳なのね?」
「そういう事」
「でもアレクって、そんなにモテるタイプじゃないと思うんだけどなぁ……?」
「甘いわね」
ハナはここぞとばかりにニヤリと笑った。
「アイツ、ああ見えてけっこうモテモテなのよ?」
「ええぇ~~~!?」
たちまち泣きそうな顔になったレインに、カイがフォローする。
「大丈夫。あいつがモテるのはハナだけだから」
「あんもぉっ、ネタ晴らししないでよねっ」
つまりは、毎年付き合わせて飽きさせているのはハナだったという訳なのだ。
「酷いハナ、私をからかったのぉ!?」
「てへっ、ごめんねっ」
「アレクがモテなくて安心したろ?」
ニヤニヤ笑っているカイに「うん」と返したレインだったが、内心は安心半分、物足りなさ半分というような心境だった。
「ついでに言うとな、毎年【寒冷期】の最後から【繁殖期】の始めにかけて位の頃に【お年玉イベント】というのもあってな。その時もハンターは特別なクエストで武具が作れるようになってる。まあこれは男女関係ないんだけどね。で、その時は【ポルタモッチー】っていう、真っ白でよく伸びる食べ物が【街】の住民全部に配られるんだよ。モチモチしててけっこう美味しいんだ」
「へぇ~~、なんか楽しみ♪」
「一番おめでたい時期らしいから、その時はみんなで盛大なパーティーしようねっ♪」
「うんっ♪」
きゃいきゃい言いながら奥のテーブルに向かう二人。
どうやらここでケーキを食べる事にしたらしい。
「おっいっしぃ~~~♪」
運ばれて来た【ポルタケーキ】を一口入れた途端、レインは目をキラキラと輝かせた。
「でっしょおぉ? だって他の店と食材が違うもの♪」
「何が違うの?」
「普通のお店は【まんまる卵】と【ドライマーガリン】と【蜜トンボ】がベースらしいんだけど、このお店は【モンスターエッグ】と【猛牛バター】と【プレデターハニー】をベースに使ってるんだって。あと【長寿ジャム】が間に挟まってるでしょ? 高級食材ばっかりなのに、ゼニーはちょっと高いだけだなんて、お得よねぇ」
「オレとしては【蜜トンボ】の方が好きかもなぁ。中に交ざってるトンボの歯応えがプチプチしてて」
「あんたはいる所で【虫網】使って取って、そのまま食べたりしてるからでしょっ。そんな感覚を一般人に持ち込まないでよね」
そう言われてレインが嫌悪感を示すような表情になっているのに気付いたカイは、慌てて「ごめんごめん」と謝った。
「ねぇ【モンスターエッグ】って、【モンスター】の卵の事でしょ?」
「そうよ」
「なんか可哀想ねぇ……」
「【繁殖期】になると増え過ぎる【モンスター】が、間引きの対象として依頼に出るぐらいなんだから、丁度良いのよ。成長したものを依頼で間引くか生まれる前の卵の時に間引くかの違いだけなんだもの」
「そんなものなのねぇ」
「いちいち『可哀想』なんて言ってたら何も食べられなくなるわよ? 普段食べてるお肉なんかも【アプトノス】とか【ブルファンゴ】とかじゃない。【村】でもそうしてたんでしょ?」
「そうよねぇ、気にしてたらキリ無いわよねぇ」
「そういう事っ。そんなの気にしないで食べちゃえば良いのよ。美味しいものをさ」
「そうね、実際美味しいもの、【モンスターエッグ】も【アプトノス】も♪」
「……。『食はグロに勝る』、か……」
「カイ、なんか言った?」
「いや何も」
次に向かった服屋で、女性二人が買う服をとっかえひっかえ試着しながらきゃいきゃいやっているのを暇そうに眺めていたカイは、そこの店員に声をかけられた。
「あなた随分ボーイッシュな恰好してるわねぇ。そういうのが好みって子も多いけど、ちょっと冒険してラブリーな恰好にしてみない? きっとあなたすんごく可愛くなるわよぉ」
「あ、あの、オレ……」
「ヤダ『オレ』なんて言葉までボーイッシュなのねぇ。どんな服が良いか分からないなら私が選んであげるわ。ちょっとこっちに来なさい」
腕を引かれながら助けを求めるような顔でハナを見たカイだったが、ハナは笑いを堪えるのに必死な顔で様子を見ている。
女性二人は面白くなった展開を見ようと、自分の服選びをやめて試着室まで付いて来た。
案の定何枚かひらひらが付いたり可愛らしい色合いの服を選んだりした店員がやって来て、「良いじゃない!」とか「可愛いわ♪」とか言いながら、鏡の前で彼に合わせている。
「ちょっとこれ着てみてよ」
「オレ、男なんですけど……」
「嘘おっしゃいっ、あなたのような可愛らしい男の子がいますかっ。良いからサッサと脱ぎなさいっ」
「いやあのそのぉ」
「もぉっ、そんなに嫌がる事はないでしょぉっ!?」
店員は今着ている服を引き千切らんばかりの勢いで、まず上半身の服を剥ぎ取った。
「ああ胸が小さいのが恥ずかしかったのねぇ、ペチャパイなんか気にしなくて良いのよ。胸が小さくてもあなたは充分に可愛いんだから」
ハナはとうとう「ぶふぅっ!!」と吹き出した。
「わ、笑ってないでなんとかしてくれよぉっ!」
「きゃはは、きゃははは! 苦しい死ぬ、あたし死ぬ!!」
「ちょっとハナ、カイさん可哀想よぉ。確かにその服似合いそうだけど」
「レイン君まで……」
「ほら早く着て。それから下も――」
「それだけはやめて下さいっ!!」
カイは真っ赤になって、とうとう店を飛び出した。
「ヤダそこまで嫌がる事ないじゃない。そう思わない?」
店員に聞かれた二人は、ようやく彼女が納得するまでカイが男性である事を説明したのだった。
あくまでも「女子」会です(笑)
なお、文中に出て来るイベント及び食材や食べ物は、全て実際に「フロンティア」の世界で使われているものです。
(ただし季節はそれらしいものに合わせております)