今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】 作:沙希斗
書いてて恥ずかしかったです(笑)
眩しい程に煌く陽光の下で、その身は躍動していた。
【鉄鉱石】を多く含んだ赤い地層で成り立つ谷が舞台の狩場、即ち【峡谷】で、先程から二人は戦闘を繰り広げている。
相手は【峡谷】の、狭い谷に吹き抜ける風を巧みに利用し、またそうする事で独自に進化したであろう、【飛竜種】の中でも特に翼が発達している美しいプロポーションをした【モンスター】だった。
その姿に相応しく『飛ぶ』事に長けているようで、地面には殆ど降りる事無く、攻撃する際も常に低空飛行で飛んでいるという【モンスター】である。
なので短い武器である【片手剣】や【双剣】などは、足先ぐらいしか攻撃が届かない。
【閃光玉】が効かないので、【クシャルダオラ】のようにそれを使って地面に無理矢理落として攻撃する、といった戦法も取れないため、短いリーチの武器を使う者は苦労する相手であった。
幸いにもアルバストゥルは【大剣】使いだし、頭に届きにくい普通リーチの【ハンマー】を使っているベナトールも、振り上げや【
「怒った。来るぞ回避しろ!」
薄黄色の体毛や深緑色の甲殻の一部が赤く染まったと思った途端、不意に上昇した相手を見てベナトールが注意を促す。
それから少しの間を置いて、真上から落ちるように相手が飛び下りて来たと思った次の瞬間、その周りを囲むように地面に雷撃が閃いた。
アルバストゥルは飛び下りるタイミングを見計らい、雷撃に襲われる寸前の所で横転回避した。
相手はそれだけに飽き足らず、上空から舐めるように雷ブレスを吐きながら追い掛けて来たり、全身を取り囲むように球状に雷を発生させ、それを放電してみたり、珍しく地面に降りたと思ったら直線的な雷ブレスを連続して吐いて来たりしている。
その常に舞い飛ぶような姿と雷を操る事から、この【モンスター】は別名【舞雷竜(ぶらいりゅう)】と呼ばれている。
ちなみに正式名称は【ベルキュロス】である。
二人は「【峡谷】で雷に襲われた」という話を聞き、【舞雷竜】狩猟の依頼を受けて来ていたのだ。
中々地面に降りないという性質から罠にも掛けにくく、麻痺も効かないので自由を奪う事も難しい。
毒は有効なのだがあいにく二人共毒武器ではないので、毒に期待して体力を奪うような事も出来なかった。
だがベナトールはまだしもアルバストゥルの方は有効なスキルで挑んでいるし、二人共に元から強力な武器を使っているので、四人で挑まなければならない程の強敵、かつ難敵である【ベルキュロス】でさえもそれ程苦戦はしていなかった。
この時までは……。
それは、【副尾】を攻撃したアルバストゥルが体外放電が始まった事を確認した頃だった。
【ベルキュロス】という【モンスター】は、【フルフル】などの電気を操るものと同じように体内に電気を作る仕組みを持っているのだが、体力が弱って来るとその組織が自らを蝕み始め、角や副尾などの発達部位を傷付ける度に、そこから体外に放電を始めるのだ。
その状態の時に部位破壊出来る部位を破壊すると、それらの部位からの放電に耐えられずにショートし、そのショックで死んでしまうといわれている。
【モンスター】は元々再生能力が人間とは桁違いに強いため、放電状態に移行してもしばらくすればその部位からの放電は回復してしまうのであるが、体内組織が自らを傷付けている以上、弱っている事には変わりはなかった。
何ヶ所かの放電が始まって、ふらふらと飛び始めた相手に、止めとばかりに切り掛かったアルバストゥル。
が、相手が死に物狂いで反撃して来た攻撃を、避け切れなかった。
いや彼自身は完璧に避けたつもりでいた。しかし避けた所にその攻撃はやって来た。
それは【鉤爪】と呼ばれている、両翼の中程に一本ずつ付いた、まるで鎖鎌を備えたかのような形をしている長い部位からの攻撃であった。
本当に鎖鎌を操るかのようにこの部位を使って攻撃して来る事があるのだが、アルバストゥルはそれを食らってしまったのだ。
今までは苦も無く避けれていたのに、相手が死なば諸共と言わんばかりに必死に振るった一撃が、避けた先に来てしまった。
「ぐあっ!!」
鎖のような長い部分に打ち据えられたのならまだ良かったのだが、その先端にある鎌のような爪部分に捉えられ、彼の体は宙に浮いた。
鉤爪は胸に食い込んでいる。その状態で振り回され、その勢いのまま思い切り岩壁に叩き付けられた。
それは叩き付けた部分の岩が砕ける程の力だった。
尚も振り回そうと相手は鉤爪を振るったが、その反動で鉤爪が抜け、アルバストゥルは血飛沫と共に俯せに地面に落ちた。
全身の骨が砕けたかと思う程の衝撃で、体が動かせない。
見る見る内に周りに広がっていく血の色は、絵の具のような鮮やかな赤。それは彼が心臓もしくはその場所に近い動脈を傷付けられた事を意味していた。
それでも僅かに頭を上げた彼は、視界に上空から迫って来るブレスを捉えていた。
が、身を捻る力は残って無く、そのまま意識が暗転した。
同じ時、苦し気な声を耳にして振り向いたベナトールは、避けたはずのアレクトロが鉤爪に捉えられたのを見た。
そして助けに行く間も無く振り回され、岩壁に叩き付けられたのも。
その場所が砕かれたのを見た彼は、背中側の骨が何本か折れたかもしれないと思った。
更に振り回されそうになった彼が血飛沫と共に落ちた時、致命傷を負った事を理解した。
そして上空からブレスを吐きながら向かって行く【ベルキュロス】が見えた瞬間、彼に飛び付いて抱えたまま転がった。
ブレスを避け、立ち上がろうとしたが、アレクトロの意識が無い。
胸の中央あたりから、鮮やかな赤色の血がとめどなく溢れ続けている。これは一刻の猶予もならない。
ベナトールは隙を見て【モドリ玉】を使い、【キャンプ】に帰る事に成功した。
簡易ベッドに寝かせ、胴鎧を脱がせてみると、案の定大きく胸を抉られていた。
勢い良く鉤爪が抜けた影響で、肋骨の一部が中から押し出されるようにして大きく開いている。
そこから動く心臓と肺が見え、大動脈あたりから斜めに心臓が抉れているのが分かった。
とにかく何よりも先に血を止めなければならない。
ベナトールはポーチからあるだけの【生命の粉塵】を掛けた。
心臓の傷は塞がったが、押し出された肋骨はまだそのままである。だがその方が逆に良かった。
なぜなら心臓も肺も、かなり弱っているのが見て取れたからである。
「アレク! おいアレクしっかりしろ!!」
声を掛けると彼はピクリと反応した。
が、両方共に動きは弱いままだ。
「……レイン、の……、元……へ……」
「あぁ分かっている! 分かってるから頑張ってくれ! 俺は死体を届けたくなどないぞ」
「…………」
肺の動きが止まった。
「おい呼吸しろアレク! 無理にでも息を吸うんだ!!」
そう言うと頑張ったが、すぐに止まりそうになる。
「おい頼むから頑張ってくれ!」
「……ッサ……、……に、……っ……」
彼は必死に声を出すようにそう言うと、呼吸と心臓を止めた。
囁くように言った言葉は、聞き取れなかった。
「クソッタレが……!」
ベナトールは歯軋りした。彼には伝わっていたからだ。
「オッサン、世話になった」
彼は最期にこう言って事切れたのだ。だがベナトールは諦めなかった。
なぜならアレクトロという男は、何よりも自然の理を重んじ、それに準ずる者だという事を知っているからである。
ハンターとして自然の理に従う事を誇りに思い、だからこそ死ぬ時はハンターらしく、フィールドで死ぬ事を選ぶような男なのだ。
その男がここで死ぬ事を選ばず、レインの元へ帰る事を望んだ。
だからまだ死ぬつもりは無いのだとベナトールは判断した。
「クソッタレが。サッサと帰って来い!」
上手い具合に肋骨が開いているのを利用して、ベナトールは直接心臓を握ってマッサージした。
合間に人工呼吸も繰り返す。
【クエストリタイア】を選び、【街】に帰る竜車の中でもずっとそれを繰り返した。
幸いにも途中で心臓が蘇り、街門に着く頃にはなんとか自力で心肺機能を動かせるまでには回復してくれたので、ようやく開いたままになっていた肋骨を元に戻し、包帯でぐるぐる巻きにした。
医務室に行く前にまず彼の家に行き、レインを呼ぶ。
一緒に付き添わせるつもりだったからだ。
竜車を直接家の前の道まで乗り入れた事態が、ただ事ではないと判断した彼女が幌の外から覗いて上げた悲鳴にフィリップも慌てて飛び出して来、二人して幌の中に乗り込んだ。
それまで目を閉じたままだったアルバストゥルは、レインの元へ帰り着いたのが分かったのだろう。目を開け、しっかりと彼女を見た。
「……間に合って……、良かっ……」
「アレク、アレクしっかりして!」
「旦那さん! 旦那さん!」
弱々しく上げた手を彼女が握ると、アルバストゥルは必死で何かを伝えようとした。
口元に耳を寄せたレインに、彼はこう言った。
「……愛……して……る……」
そして再び目を閉じ、ゆっくりと首を垂れた。
「おいアレク!?」
「起きなさいアルバストゥル! 死ぬ気がない者が逝ってどうするの!? 帰って来なさいっ!」
レインは泣きながらも、鋭い口調でそう言った。
アルバストゥル……?
聞いた事も無い名前を聞いて、困惑するベナトール。
「れ、レイン様、その名は――!」
慌てた様子で制しようとするフィリップを見て、ベナトールは聞いてはいけない名前だったのだと思った。
「良いの。私が付けた名前だもの。私が許します」
涙に濡れた顔をこちらに向けて、彼女はハッキリと言った。
「『この名前は二人だけの秘密にする』とアルバは言ったわ。『名前の力が誰かに移ると支配されるから』って。でもあなたになら【アルバストゥル】を託せる。あなたになら【アルバストゥル】を支配されても良い。だから、だからお願い、この人を助けて!!」
「――承知した!」
泣き叫ぶように訴えた彼女に、ベナトールは命に代えても彼を救う事を決意した。元々これから先もそのつもりではいたのだが、更にその決意が改まった。
「レイン、手伝ってくれ!」
竜車を医務室まで向かわせる間、ベナトールは心臓マッサージを、レインは人工呼吸を担当し、二人で蘇生を行い続けた。
その間フィリップは、オロオロしながらも彼の体を擦り、励まし続けた。
医務室に預ける頃には再び心肺機能が復活していたが、後で聞いた話によると、背中側の肋骨が何本か砕け、背骨にもヒビが入っていたとの事。
内臓もいくつか傷付いていたらしい。
「生きているのが不思議なくらいの状態でしたよ」
医療係にそう言われ、蘇生出来た事自体が奇跡に近い状態だったのだと理解した二人(+一匹)であった。
後日、話せるまでに回復したアルバストゥルは話を聞いて少しショックな様子だったのだが、「じゃあオッサンがいねぇ時に死ねねぇな」と苦笑いして頭を掻いた。
「元より死ぬ事を許すつもりはない。お前と遇った時からずっとな」
「チッ、厄介な奴と遭っちまったもんだぜ」
「その減らず口が利けなくなるまで付き合ってやる。覚悟するんだな」
「ケッ、ならてめぇも死なねぇようにせいぜい頑張るんだな。俺が生きてる間に逝く事は許さん。覚悟しとけデカマッチョ!」
「チビ助が抜かしおる。今の内に吠えるだけ吠えとくんだな。お前はレインに託された命だ。だから生かすも殺すも俺次第だという事を忘れるなよ?」
「上等だぜ。
「――ちょっと、何やってんの!?」
見舞いに訪れたハナは、口の端を持ち上げながらアレクトロの首に手を伸ばしているベナトールを見て、驚愕しながら言った。
しかしこちらに顔を向けた二人は、不敵な顔で笑っていた。
「――なに、ちょっとした御ふざけだよ」
「――まぁ、そんなとこだ」
なんとなく怖いものを見たような気になったハナだったが、「ふ、ふざけて首なんて絞めないでよねっ」と言った。
ずっと二人のやり取りを見ていたレインは、言葉や行動の裏に深い絆を感じて、羨ましいとさえ思ったのだった。
ベナトールは教えてもらうまで彼の本名を知らないので、彼の視点の時は「アレクトロ」のままです。
でも教えてもらったので、これから先は彼だけは「アルバストゥル」の名を使う事があります。
(他の二人はまだ知らないのでアレクトロのままです)
ちなみに彼は「首を絞める」のではなく、「首の骨を折る」つもりでいました。
まあ本気でそうするつもりはありませんでしたが。