今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】 作:沙希斗
「れっいっん~~♪」
「はっあっい~~♪」
いつものように窓の外から聞こえて来た弾む声に、レインもいつものように同じ調子で答えて外を見る。
今日は【森丘】でピクニックをする予定なのだ。
ハンター達が狩場にしている【シルトン丘陵】は、大型【モンスター】さえいなければその穏やかな風景も相まって、かなりのんびりした雰囲気を醸し出している地域である。
受付嬢に確認して採取クエスト用に提供されているフィールドを選んだので、レインも連れて行けている。
ただ絶対に安全だとは言い切れないので、ハンター三人は武装して同行していた。
といっても大型【モンスター】を狩猟する事は想定していないので、それぞれに普段の服装に近いラフな恰好をしている。
なので背中や腰に武器を装備していなければ、一般人の若者が【森丘】に遊びに来たように見えなくもなかった。
「ねぇ、お弁当広げるとこどこにするぅ?」
「んなもんどこでも良いからちゃっちゃと食って帰っちまおうぜ」
はしゃいでいる女性二人とニコニコしながらそれに付いて行っている男一人とは正反対であるかのように、むくれ顔の男が一人。
アルバストゥルである。
【ベルキュロス】にやられていつ死ぬかも分からないような状態だった(実際に何度か心臓が止まった)彼は、医務室から出てもまだ狩猟許可が下りなかったのだ。
だからこうして養生のために、付き合いたくもないピクニックに半ば無理矢理付き合わされていた。
だが本人もずっと家にいるのは退屈以外の何物でもなかったし、フィールドに出れば多少なりとも【モンスター】の相手が出来るため、大型【モンスター】さえ相手にしなければ退屈凌ぎにはなるだろうと思って、嫌々ながらも付いて来たのだった。
「もぉっ、どうせなら楽しんだらどうなのよぉっ」
「ケッ、んなくだらねぇ事なんざ楽しめるかよ」
「相変わらず素直じゃないわねぇ~~!」
「うるせぇよ」
そんな会話を交わしつつ、なだらかな坂道のエリアに差し掛かった時だった。
前方に、猫に似た黒毛の獣人族がいた。
【彼ら】は入って来た四人を見付けると、小躍りするようにピョコピョコと跳ねた。
「あら可愛い♪ 【アイルー】ちゃんこんにちはぁ」
レインがのんびりした口調で近付いて行く。
「待てレイン、そいつらは【アイルー】じゃ――」
言い掛けたアルバストゥルは、彼女が「きゃっ」と短い悲鳴を上げて尻餅を付いたのを見た。
「あ~~ん、お弁当取られちゃったぁ」
情けない声が耳に届く。
「言わんこっちゃねぇ」
呆れたアルバストゥルは、嬉しそうに弁当が入ったバスケットを頭に掲げて逃げて行く黒毛の獣人族を追い掛け、蹴りを入れた。
「にゃあぁっ!」
猫のような悲鳴を上げた相手は、バスケットを放り出して逃げて行った。
「やだ、私のサンドイッチ返してよっ!」
違う方向からも声が上がり、ハナがサンドイッチの入ったバスケットを取り返している。
「あ、こら【ジャンボピザ】返せっ!」
食いしん坊のカイは、ハンター用の食事である【ジャンボピザ】を持って来ていたらしく、それをくすねられて憤慨している。
【繁殖期】だったせいで獣人族の数が多く、取り返したと思ったら別の個体にまた盗まれるという事を何度も繰り返し、ようやくハンター三人が全て追い払った頃には、三人共ぜぇぜぇと息を切らしていた。
「全部、取り返し、たわよね……?」
「た、多分……。少なくとも、【ジャンボピザ】は、無事だよ」
「てめぇは、どんだけ、【ジャンボピザ】に、固執して、んだよ」
「だって、みんなで、食べようと思って、持って来た、からね」
肩で息をしながら喋っている三人に、レインは「【アイルー】さんたち可哀想、意地悪しないで分けてあげたら良かったのに」と残念そうに言っている。
「むぁだ分かっとらんのかおめぇはぁっ!!」
アルバストゥルはとうとう大声を出した。
「あのなぁレイン、あいつらは【アイルー】じゃなくて【メラルー】っつう別の獣人族なんだよ。確かに外見は同じだし毛色ぐれぇしか見分けが付かねぇけどな、別の種類なんだわ。でな、あいつらは『手癖が悪い』っつう特徴があってだな、無闇に突っ込むと今回みてぇに盗まれまくる訳。んで取り返すにはぶん殴るしか方法がねぇ訳よ。……まぁあいつらの巣に行って取り返すっつう方法もあるがよ、そこまで行くの面倒臭ぇし、ガラクタ置き場探ってそん中から見付ける必要があんだよ。つまり奴らが気に入るもんはどっちみち取り返せねぇ訳。だからんな厄介な奴らには
「だってぇ……」
「だってじゃねえぇっ!! 息切れしてまで取り返してやったこっちの身にもなってみろ!」
「まぁまぁ、全部取り返せたんだから良いじゃないの」
「うんうん。【ジャンボピザ】も無事だったんだし」
「【ジャンボピザ】なんかどうでも良いわっ!!!」
「すんごく美味しいんだよこれ♪ 早く食べようよレイン」
「うんっ♪」
「あ、あそこのお花が咲いてるとこにしようよ」
「良いねぇ♪」
「くぉらおめぇら! 無視してんじゃねぇっ!!」
弁当の中身を見せ合ったり、カイ自慢の【ジャンボピザ】を引っ張り合って千切ったりしながらきゃいきゃいやっている三人を尻目に、アルバストゥルは一人だけブスッとして、それでもちゃっかり【ジャンボピザ】に舌鼓を打ったりしていた。
【ロイヤルチーズ】という高級チーズを使っているので味わい深く、生地もカリッとした中にモチモチした食感があって噛み応えがある。料理名の通りのどでかいピザなので、大食いであるハンターにも受けが良いピザなのだ。
ただ【クラブマンティス】という鋏を持つカマキリや、【ペッパーバグ】という独特の風味が出る小さな虫を使っているのは、レインには言わないで置こうと彼は思った。
と、視界の端にちらりと映るものを見て、アルバストゥルは身構えた。
それはトコトコと目の前にやって来て止まり、上を向いて鳴いた。
ギャアッギャアッ!
それに答えるように、岩の陰やら崖の裏からやら色んな所から青い影が飛び出して、あっという間に四人を取り囲んだ。
【ランポス】が匂いを嗅ぎ付けて集まったようだ。
「チイッ、レインを中に入れろ!」
アルバストゥルは食べかけの【ジャンボピザ】を口にくわえながら【大剣】を構えた。
後の二人もレインを中に入れて背を向け、【ランポス】に相対する姿勢でそれぞれの武器を抜いている。
ハンターだけなら大した事はない相手だが、一般人には脅威にしかならない。下手をすれば致命傷を負わされる程鋭い爪や牙を持っているからだ。
「このままの陣をなるべく崩すな。死んでも維持しろ!」
くわえていた【ジャンボピザ】を殆ど噛まずに飲み込んで、指示を出すアルバストゥル。
「死んだら維持出来ないでしょっ!」
「例えだ馬鹿、それぐらい分かりやがれ!」
「チーズべったり付けた口で言っても迫力ないよ、アレク」
「うっせぇ! てめぇこそ口の周りの【パワーラード】を拭きやがれ!」
「きゃあっ! 前見て前っ!!」
レインの悲鳴と同時に飛び掛かって来た一匹を切り払う。
それが戦闘開始の合図になり、【ランポス】達は次々に飛び掛かって来た。
レインを中に入れた背中合わせのまま、掛かって来る片端から切り払い、斬り上げる。
ガード出来る武器を持つアルバストゥルとハナは、なるべくレインを護りつつ闘った。
ガード出来ない【太刀】を持つカイは、その分素早い動きで長い刀身を利用した、数匹を巻き込みながらの攻撃を中心にして攻めている。
じりじりと隣のエリアに通じる場所まで移動しながら闘っていき、隙を見て隣のエリアまでダッシュした。
「た、助かった……」
「ま、護れて良かった……」
「こ、怖かった……」
へたばって大きく息を吐いていた三人は、ふとアルバストゥルの様子がおかしいのに気が付いた。
「――アレク?」
「大丈夫?」
べっとりと脂汗をかいている。隠そうとしているが、まだきつかったらしい。
「ごめん、誘わなければ良かったね」
「……いや……、自分の体調を舐めて付いて来た俺も悪いから……」
「早く帰ろう、【ジャンボピザ】は諦めるから」
「あんたは違う心配をしなさいよっ!」
【街】に帰った四人は医療係に大目玉を食らった挙句、「ぜっっったいに安静にしといて下さいね!!」と再びアルバストゥルは【医務室】のベッドに戻されたのだった。
これを読んだ友人は、「ジャンボピザってそんなに美味しいんだねぇ」というような事を言って笑ってました。
いや多分、カイだから単純に食い物に執着しているだけだと思います(笑)
食材、料理名は説明も含めて全て実際に「フロンティア」世界で使われているものです。