今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】   作:沙希斗

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サブタイトルを見て分かるように、やっかみが起こした悲劇です。
グロテスクな描写がありますので、苦手な人は注意して下さい。

一万字を超えたので、長いです。


リア充爆発しろ!

 

 

「んじゃ、行って来るぜ」

「行ってらっしゃいませにゃ」

「行ってらっしゃい、気を付けてね」

「レイン」

「……ん?」

 

 チュッ!

 

「うふっ♪ 愛してるわっ」

「……ゴホン、じゃあな」

 この会話の後に、悲劇が訪れるなど誰が想像しただろう。

 

 

 

 アルバストゥルがクエストに行っている間に夕食の買い物を済ませようとしたレインは、【メゼポルタ広場】の一角にある食料店を覗いてあれこれと吟味していた。

 店員とにこやかに会話を交わしながら、今日は寒いから【ホクホク鍋】にしようか、【グラグラタン】にしようか、【ドッキリゾット】なんかも良いわねぇなどと考えながら食材を買い、ついでに部屋に花でも飾ろうかと、少し歩いて花屋に行った。

 

 アルバストゥルの好みは分からないので、(というよりは部屋に花などを飾る趣味のない奴なので)自分好みの花を選ぶ。

 それは野山に咲いているかのような、小さな花が集まった紫の花。

 そして、それを引き立たせるようなレース状の白い花も買った。

 どうせすぐには帰って来ないしと色々寄り道して帰っていると、ある一角で数人の男に取り囲まれた。

 

 恰好から察するに、どうやらハンターのようである。

 

「な、なんですか?」

 不安気に聞いたレインに、男共は下卑た笑いを浮かべている。

 

「よぉ姉ちゃん、あんた【アレクトロ】とか言う奴の彼女なんだってな?」

「それが何か?」

「あんな偏屈で不愛想な奴のどこが良いんだよ? あんな奴さっさと見限って俺らと遊ばねぇか? もっと楽しくなるぜぇ?」

「結構です」

「つれねぇなぁ、あいつがクエ行ってる間、寂しい思いしてんじゃねぇのかぁ?」

「いいえ、ちっとも寂しくなんかありません」

 

「ケッ、可愛くねぇ女だな」

 そう言いつつもニヤニヤ笑いは消さぬまま、男の一人が彼女の腕に手を伸ばした。

 

「放して下さいっ! 【守護兵団(ガーディアンズ)】を呼びますよっ!?」

「騒ぐな」

 男は口を塞いだ。

 

「実は(はな)からこうするつもりだったんだよ姉ちゃん。悪いが少しの間眠っててもらうぜ」

 手の中には【ネムリ草】のエキスを浸した布があり、レインはくたりと力を抜いた。

 

 買い物籠が落ち、中から食材やら花やらが散乱した。男共はそれを見て、特に花に対して憎々し気に踏みにじった。

 幸せの象徴のように思えたからである。

 

 男共はレインを担ぐと、どこかに消えていった。

 

 

 

 ふいに窓から何かが放り込まれた。

 

 カタンと乾いた音を立てて落ちて来た物を不審に思って見に行ったフィリップは、それを拾うなり全身の毛を逆立てた。

 主人が【ジォ・ワンドレオ】に行った時にレインに土産として買って来た、サンゴの髪飾りだったからである。

 

「れれレイン様――!!」

 フィリップはそれを抱えてオロオロとその場を行ったり来たりし始めた。

 だが次の瞬間そのまま外に飛び出した。

 

 

「たた大変ですにゃあぁ!!!」

 慌てふためいて彼が駆け込んだのはベナトールの家だった。

「フィリップではないか。どうしたのだ?」

 泣きながら半狂乱になっている彼を落ち着かせ、話を聞いてみる。

 

「ここ、これが窓から放り込まれたのにゃ!」

 差し出された物を見て、ベナトールは途端に険しい顔になった。

 

「……。これだけか?」

「これだけでしたにゃ」

「本当に、他には何も投げ込まれてないのだな?」

「他には何も無かったですにゃ」

「ならば、手掛かりはこれしかねぇのか……」

 

 呟きつつ受け取った髪飾りを矯めつ眇めつしていた彼は、髪を止める裏の部分に巧妙に挟み込まれた畳んだ紙を見付けた。

 そこにはこう書かれてあった。

 

『お前の女は預かった。殺されたくなければ一人で夜の【沼地】に来い。丸腰防具無しを守らなければ、それを見た時点で女を殺す。誰かに、特に【守護兵団(ガーディアンズ)】に話しても同様だ。来るまでは生かして置いてやるから安心しろ。ただし無傷でいるとは限らんがな』

 

「…………」

「どどどうしよう、ぼ、ボク話してしまいましたにゃ」

 一緒に読んで狼狽しているフィリップに、ベナトールは言った。

 

「……。ま、なんとかなんだろ」

 

「そんな悠長な事を言わないで下さいませにゃあぁ!!」

「アレクは、まだ帰って来とらんのだな?」

「まだですにゃ! だから間に合わないかもしれないと思ってここに来ましたのにゃ!」

「お前の判断は正しいぜフィリップ。よく俺に知らせてくれたな」

 

 ベナトールに頭をポンポンされて、フィリップは泣きじゃくった。

 

「良し、助けに行って来るからお前は家で待っていろ。だがもしアレクが帰って来ても、絶対にこの事は言うな」

「なぜですかにゃ? 旦那さんが一番心配するのではないのですかにゃ?」

「だから、だよフィリップ。あいつが知れば我を忘れて助けようとするだろう。それではあいつにまで危険が及んでしまう。それは避けねばならん」

「分かりましたにゃ」

 

「どれだけ聞かれても言うな。動揺もしちゃいかん。出来るな?」

「頑張りますにゃ」

 

 ベナトールは口の端を上げてもう一度彼の頭をポンポンすると、エリザベスに「行って来る」と告げた。

 

「お気を付け下さいませにゃ」

 心配そうに見送る二匹に、彼は去り際に一瞬手を上げた。

 

 

 

「よぉ姉ちゃん、気が付いたか?」

 目を開けたレインに、そう声がかかる。

 

 頭痛がしたのでこめかみを押さえようとして、棒に後ろ手に縛られて磔にされているのに気が付いた。

「悪ぃな。ちと作用し過ぎちまったか?」

 眉間にしわを寄せてきつく目を閉じた彼女を見て、男の一人が言った。

 

「……。ここ、どこ……?」

「【クルプディオス湿地帯】。いわゆる【沼地】ってとこだな」

 別の男が言った。

 

「【ドンドルマ】から比較的近いとこだからな。ここなら奴もすぐ来れるだろうぜ。それに夜は毒沼が湧く。墓場には丁度良いと思わねぇかい?」

 喉の奥でくつくつ笑う男に、レインは背筋をぞわぞわした舌が舐め回したかのような錯覚を覚えて怖気(おぞけ)立った。

 

「あの人を、殺す気なの……?」

 

「そうだよ? そうでなければこんな手の込んだ事をわざわざしない」

 三人目が言った。

 

「なぜ!?」

「あんな偏屈がリア充なのが気に食わない。それだけさ」

「そんなの、そんなのただのやっかみじゃない!」

「どうとでも言え。お前は奴が死んだ後、俺らの『慰み者』になる運命なんだからな。吠えとくなら今の内だぞ」

 

 男の一人が顎を掴んで来たので、レインは涙を流しながら悔し気に睨んだ。

 

 

『レイン』

 と、背後で囁き声がして、レインは思わずビクッとなった。

 

『怖い思いをさせてすまん。もう少し我慢していてくれ』

 その低く、野太い声には覚えがあった。

 だが口を開きかけた彼女に、声は『そのまま、黙っていろ』と言った。

『喋られては怪しまれる。助かりたいなら俺の言う事を聞くんだ。返事は手先を動かせ』

 

 言われるままに、後ろ手の手先だけで返事するレイン。

 

『良し。今からロープを外す。が、手は後ろのまま組んでいろ。まだ縛られているふりをするんだ』

 手先を動かす。

『合図したら逃げろ。【キャンプ】の場所は分かるか?』

 手先を動かす。

『良し外した。もう少しの辛抱だ』

 そう言うと、囁き声は消えた。

 

「――ふぐっ!?」

 

 すぐ後で、一番近くにいた先程レインの顎を掴んでいた男が、喉から声を漏らすように呻いて倒れた。

 骨が折れる音はしていない。という事は彼は気絶させただけのようだ。

 

「なな、何があった!?」

 急に倒れて動かなくなった者を見て、周りにいた者達が騒めく。

 

 その間に次々と誰かが気絶していく。

 

 それでもとうとう気付かれたようで、背後で首を掴んでいたベナトールに、その後ろから「動くな」と【ライトボウガン】が構えられた。

 

「……ふん。やはり勘が鋭いな。流石はSRというところか」

「……。貴様、【アレクトロ】ではないな?」

「あいつは生憎クエスト中でな。代わりに俺が来てやったのよ」

「という事は、【召使アイルー】が貴様に話したのか……」

「脅迫状を見たのが俺の部屋に来てからだったものでな」

「なるほど。まぁどうでも良い。約束は約束だからな」

 

 そう言うと男は、【ライトボウガン】をレインの方に向けた。

 

 その動きを察していたベナトールは、引き金を引く寸前に今まで首を掴んでいた男を放り投げ、その者に弾を当てて盾にした。

 【貫通弾】だったらしい弾は投げられた男を突き抜け、軌道は逸れたがレインの耳の数センチ横を通って洞窟のある岩壁に着弾した。

 

 月明かりはあったが、彼女の目には僅かに様子が分かる程度にしか映らない離れた場所で急に起こった銃声と、耳元のすぐ脇で唸りを上げて通り過ぎた弾丸とで、悲鳴を上げてパニックになる。

 

 そしてベナトールの合図も待たずに走り出してしまった。

 

「野郎っ!!」

 仲間を撃たれた怒りと人質が走り出した事でロープが切られた事実を知り、もう一度ベナトールに【ライトボウガン】を向ける男。

 

 だが連続で撃っても避けられたのを見て、違う弾を装填した。

 弾を変えても当たらなければ同じなのだが、男はベナトールを狙わずに、レインを狙って撃った。

 

 パニックで足がもつれ、逃げる場所も分かっていずにただ闇雲に走っていたような状態だったレインは、偶然にもベナトールのすぐ近くに来ていた。

 だがそれでも抱き付いて避ける事は間に合わないと判断したベナトールは、軌道上に自らの体を差し出し、背中で弾を受けた。

 

 【貫通弾】ならレインも犠牲になった距離だったのだが、幸いにも貫通しなかった。

 しかし【通常弾】だと思われた次の瞬間、背中の筋肉が爆発したように弾け飛んだ。つまり【徹甲榴弾】だったのだ。

 

「うがっ!?」

 ベナトールは衝撃に声を上げた直後、大量喀血した。

 レインの間近になっていたために、彼女は顔にまともに吐いた血を浴びてしまった。

 

「きゃああぁ!!!」

 すぐ近くならハッキリと様子が分かるレインが、体を反らせた後前のめりになった彼が自分にもたれ掛かり、更に何度も喀血を繰り返しているのを知って悲鳴を上げた。

 

「きゃあぁ! ベナトールさん! ベナトールさんしっかりしてえぇっ!!」

「……。汚してゲフッ! すまん、な……」

「そんな事は良いの! 良いから死なないでえぇ!!」

「……安心しろ……。俺は、この程度ではゲフゲフッ! 死なん……」

 

 そう言うベナトールだがぜぇぜぇと苦し気な呼吸になっている。そしてその中にはヒューヒューという吹き損じた笛のような音も交じっていた。

 

 肺から空気が漏れているのだ。

 

「チッ、外したか……。だが肺でもそこまで損傷すればもう助かるまいよ」

 撃った男がそう言った。

 

 本当は心臓に当てるつもりだったらしい。 

 

「女を狙えば貴様は避けないだろうと思ってな。やはりその考えは合っていたようだな」

「…………」

「【アレクトロ】本人が来ないなら、この計画は失敗だ。だが貴様を生きて帰す訳にはいかんのだよ」

 

 前にハナが誘拐された時は、犯人グループはわざと貫通しない【通常弾】を『使ってくれていた』。それは彼が軌道上にいるハナを護り続けるのを知った上でなぶり殺しをしたかったためである。

 それが分かっていたからこそベナトール自身も何度も撃たれても耐えられたのだ。彼らは自分を殺す事が目的で、ハナは殺さないと知っていたから。

 

 が、今回は即座に殺す目的で【徹甲榴弾】を使われた。

 心臓を外されたとはいえ、即死しないだけで瀕死になったのは間違いない。

 

 レインには「この程度では死なん」と言ったが、長くは持つまいなとベナトールは思った。

 そして、こうなる予想が付いていた彼は、アルバストゥルを来させなくて本当に良かったとも思った。

 

 

「さて。貴様が完全に死ぬまでその状態で見届ける暇は無い。止めを刺させてもらうぞ」

 男は【ライトボウガン】を構え直し、ピタリと後頭部に狙いを付けた。

「頭を吹き飛ばせば、もし万が一死体が残ったとしても身元が分からんだろうからな。脳ミソぶちまけやがれ」

 

「……。いい加減にゲフッ! しろ……!」

 レインの前で蹲っていたベナトールは、なんとふら付きながらも立ち上がった。

 

「な……! 化け物か貴様は!?」

 たじろぐ相手に血を吐きつつ吠え、向かって行く。

 撃たれたが、男が狼狽していたために弾が逸れ、レインにも当たらなかった。

 

 その隙に走り寄り、いやむしろ飛び付くようにして距離を詰め、正面から首を掴んだ。

 持ち上げられた男は驚愕の表情のまま首の骨を折られ、がくりと全身の力を抜いてぶら下がった。

 

「動くな貴様! でないと――」

 

 気絶から覚めたらしい者がレインを盾にして【剥ぎ取り用ナイフ】を構えたが、そんな事はお構いなしにぶら下げていた男を投げ捨てるや否や肉迫し、その者の首を折る。

 やや乱暴にレインを突き飛ばし、直後に振り下ろされた【片手剣】を、今首を折ったばかりの男をかざして盾にして防いだ。

 

 相手の【片手剣】がまだ肉の盾に食い込んでいる間に手を伸ばし、その者の首を折る。

 糸が切れた人形のようにその場に落ちた者に乗り、踏み台にしつつ次の者に飛び付いて首を掴む。

 喀血した隙に【双剣】の一つで脇腹を斬られたが、構わず折って脇に放り投げると、そこで力尽きてベナトールは俯せに倒れた。

 

「きゃあぁ! ベナトールさんっ!!」

 離れた場所では様子がよく見えずに状況が掴めていなかったレインは、彼が倒れた事で我に還り、駆け寄った。

 

 だが背中の大穴から血を噴出させながら苦し気に喀血を続けている彼に、どうして良いか分からずにただオロオロしている。

 幸いにもというのか誘拐犯は全員殺せていたので、もう危害を加えられる心配は無かったのだが、状態は深刻だった。

 

 そしてこのままにして置けば、血の臭いを嗅ぎ付けた【モンスター】を誘う危険性もあった。

 

「…………」

「しっかり! しっかりしてえぇ!!」

「……レイ……、ガフッ! みが、ある……!」

「何? なんて言ったの!?」

「……頼みが……」

「何? 何でも言って!」

「……【キャンプ】……に……、お、【応急薬】があるゲフッ! はずだ……。すまんが、取りに行っ……ガフッ! くれ、んか……?」

「分かった! すぐに取って来るから頑張って! 絶対に死んだらダメだからね!?」

 

 泣きながら、今度こそ正確な【キャンプ】の方向へ駆け出したレインを見て、ベナトールは安心したように喘ぎながら目を閉じた。

 

 

 ふと、何かの気配を感じて彼は目を開けた。

 目だけを動かして見回すと、視界の端に赤いものが近付いて来ているのが映った。

 

 やはり、来たか……。

 

 【イーオス】である。彼の血の臭いを嗅ぎ付けて来たのだ。

 今の所数は三匹。だが、これから増えるのかもしれない。

 【イーオス】は彼に近寄ると、様子を見るように取り囲んだ。

 

 丁度その時、レインがエリアの入り口に入って来たのが見えた。

 

「……ゲフッ! るな……!」

 声を掛けようとしたがすでに呼吸困難に陥っていたベナトールの声は擦れ、彼女には届いていない様子。更に駆け寄って来ている。

 

「来るなあぁ!!!」

 

 ベナトールは今肺にある空気全てを声と共に一気に吐き出した。

 暗がりの中で突如聞こえた大声に、レインの足がビクッと止まる。

 

 ……良し、止まってくれた……。

 

 【ランポス型】の【鳥竜種】には視力が低いという特徴がある。そのまま動かないでいてくれれば見付かる事はないだろう。

 その間に、一匹でも多く数を減らさねばならない。

 

 だが、吐き出した分の空気が肺に入って来てくれなかった。

 

「……すぅ、かはっ! す、すぅ……」

 ベナトールは意識して息を吸う事を試みた。

 肺は酸素を要求している。だが損傷が激しいために少しずつしか入って来ない。

 

 しかしそんな状態でも、彼は顔近くにいた【イーオス】の脚を掴んで引き摺り倒した。

 悲鳴を上げて横倒しにひっくり返った相手の首を掴む。

 

 が、折る力は残って無かった。

 

 せめて絞殺そうと試みたが、相手が窒息する前にもがいて逃げられてしまった。

 そこで、近くに【双剣使い】の死体があるはずだと思い出した。

 自分が力尽きる前に、最後に殺した者が【双剣使い】だったはずだと。

 もう起き上がる力は残っていない。だから緩慢な動きでそちらの方向へ這って行く。

 

 その時ペッと音がした。

 体の横にいた一匹が毒を吐き掛けたのである。

 毒液は偶然にも背中の大穴に掛かってしまった。たちまちそこから壊死が始まっていく。

 

 【イーオス】の毒性自体は低く、普段ならば放って置いて自然解毒に任せても、それ程体力の低下は無い。

 が、今は動くだけで体力が削られていくような状態である。しかもまともに呼吸が出来ていないのだ。だからますます息が吸えなくなってしまった。

 

 そして、悲劇はそれだけでは収まらなかった。

 極浅い呼吸しか出来ない事に苦しみつつも、【双剣使い】の死体の元へ徐々に体を引き寄せ続けていた彼に、ついに【イーオス】が噛み付いたのだ。

 

 死体は他にも転がっている。

 だからまだ生きて動いているベナトールより、死んで動かない死体を選んだ方が、反撃の恐れを抱かずに済むはずである。

 だが他の死体には目立った傷が無い。対してベナトールの背中には大きく抉れて肉が爆ぜ、筋肉組織が剥き出しになっている傷がある。

 どちらが美味そうに見えるかは、一目瞭然だろう。

 

 ……クソッタレが……っ!

 

 ベナトールは背中を喰われながらも、それでも体を引き寄せ続けた。

 

 ……あと少し……。

 

 死体の脇に転がっている【双剣】の一本が霞んだ視界には映っている。

 だが手の届く範囲に来て右手を目一杯に伸ばし、【双剣】に触れる寸前で、彼の息は止まってしまった。

 喀血して血を吐き出す力が無くなり、喉に血が詰まってしまったのだった。

 視界が暗転していく。

 

 ……レイン、生きてくれ……。

 

 意識が途切れる前に、彼の脳裏に浮かんだのはそんな言葉だった。

 

 

 視界の明るい場所を辿って【キャンプ】に着いたレインは、【アイテムボックス】からあるだけの【応急薬】を引っ掴み、胸に抱えて駆け戻った。

 だが暗がりから突如大声で叫ばれ、その切羽詰まった空気にビクッとなって止まってしまった。

 

 それでも、おずおずと彼女は近付いて来ていた。

 そして赤いものに囲まれた彼の様子が目に入った途端、嫌な予感がして足を速めていった。

 

「……い、嫌……!」

 【イーオス】に貪られている彼が見え、レインはあまりの光景に立ち尽くしてしまう。

 【応急薬】が転がり落ち、そのままへたり込みそうになった。

 

「嫌あぁっ! ベナトールさんを食べないでっ!!」

 

 死体(実際はまだ心臓は動いているのだが、呼吸が無いので死んで見えた)の形で彼が何をしようとしていたかが分かったレインは、せめて食べられるのだけは阻止しようと、彼がまさに手にしようとしていた【双剣】の一本を拾い上げ、両手で持って泣きながらだがキッと【イーオス】を睨んで胸の前で構えた。

 

 【村】にいた時から護身刀で【ランポス】と闘って来た彼女である。それは一匹もしくは数が少ない時に限られたが、【ランポス系】との闘い方は知っていた。

 

 そこでベナトールに食らい付いている一匹の首を、横から切り裂いた。

 完全に油断していた相手は不意を突かれて吹っ飛び、その場でもがいて起き上がろうとしたがすぐにぐったりとなって動かなくなった。

 

 奇襲に気付いた他の二匹が警戒の声を上げる。

 

 切り掛かったが避けられ、代わりに毒液を吐かれた。

 肩に掛ったのを無視し、その内の一匹を袈裟掛けに斬る。

 だが死ぬ事は無く、噛み付いて来た。

「きゃあぁあ!!」

 悲鳴を上げて振り払おうとしている所にもう一匹が迫る。

 

 もうダメ!

 ギュッと目を閉じて致命傷を覚悟していると、悲鳴と共に二匹が吹っ飛んだ。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 声が聞こえて目を開けると、ハンターが三人駆け寄って来た。

 彼らは近くで狩りをしていた時に上空の【古龍観測隊】から連絡を受け、駆け付けて来たのだった。

 

「酷い怪我だ……!」

 レインを見てそう言った一人は、慌てて【回復薬グレート】をポーチから出して噛み傷に掛けてくれた。

「ありがとうございます。でも私よりベナトールさんを……」  

 

「【ベナトール】、だって!?」

 

 彼女に【解毒薬】を渡していた一人は、驚愕したように言った。

「ホントだベナトールさんじゃないか!」

「なんて酷い怪我を――!?」

 彼の元に近寄った二人は、狼狽した顔になった。

 

「息、してない……」

 

「なんだって!?」

 慌てて一人が彼の頸動脈に触れる。

「心臓はまだ動いてるぞ!」

 嬉しそうに言った彼に、一同は安堵の声を上げた。

 

「とにかく早く【キャンプ】に運ぼう!」

「あぁ!」

「他の奴らは?」

「こいつらはダメだ。首の骨を折られてる」

 そんな事を言いながら【キャンプ】に戻る。

 

 傷の状態を見て、ベナトールの呼吸停止の原因が喉に血が詰まった事であると判断した彼らは、その中で一番肺活量のある者が彼の口を口で覆って血を吸い出した。

 

「……。かはっ、……けふけふ……っ」

 呼吸が復活し、弱々しくではあるが咳をし始めるベナトール。

 

 背中の傷は今ある回復アイテムだけでは完全に塞ぐ事は出来なかったが、安定した呼吸になり、命に別条が無くなるまでには回復してくれた。

 

 ただし三人は、その回復力の凄まじさに舌を巻いていたが。

 

 

「――なら、ならベナトールさんは、撃たれた後で闘ったのか!?」

 

 帰路の竜車の中で、レインから今までの状況を聞かされた三人は、全員が信じられないという顔をした。

 

「防具を着けてない状態で【徹甲榴弾】なんて撃たれたら、普通即死だぞ」

「だよなぁ、実際あそこまで肺が損傷してたというのに。逆に死んでない方がおかしいぞ」

「その上で【イーオス】に食われてたって!? よく生きてたよな!」

「てか、俺達が来てなかったら死んでたな。息してなかったもんな」

「だなぁ、危ないとこで駆け付けられて良かったよ」

「本当に助かりました。この恩は一生忘れません!」

「大袈裟だなぁ、当たり前の事をしただけじゃないか」

「だな。二人共助かって良かった」

 

 笑い合った三人は、ベナトールの意識が無いのを良い事に、彼の体を触り始めた。

 

「意識があったら絶対触らせてはもらえないからな。今の内に触っとこうぜ」

「だな! てか、意識あったら殺され兼ねんしな」

「そりゃ怖ぇなぁ。んじゃなおさら今の内に触っとかねぇとな♪」

 

 レインは止めようと思ったのだが、彼らにとってそれ程憧れている存在なのだろうと、苦笑いしながらも黙って見ていた。

 

「オイこの腕の筋肉見てみろよ! 俺らの何倍あるんだろうな」

「すげぇよなぁ! どう鍛えたらこんなになるんだろうな」

「この手の感触! ゴツイだけじゃなくてけっこう硬ぇぞ。おめぇも触ってみろよ」

「ホントだぁ! 掌がこんなに盛り上がってる」

 

「どれどれ……。あぁ多分、『ハンマーダコ』だな」

 

「この人【ハンマー使い】だもんなぁ、タコみたいになって、もう手の形が決まっちまってるんだろうなぁ」

「えへへ、俺ベナトールさんと握手しちゃった♪」

「意識ねぇけどな」

「あ、ずるいオレも握手する!」

「意識ないけどね」

 

 お互いにそう言った三人は、ケラケラ笑っている。

 

 

 医務室まで運んでくれた三人だったが、名乗らず、「この事はベナトールさんには言わないでくれ」とレインに念押しして去って行った。

 触りまくった事がバレるのが恥ずかしいのだろう。

 

 それから「殺人を犯した事は俺達の秘密にしとく」とも言っていた。

 ハンターの武器を使っていないとはいえ殺人は殺人である。正当防衛と言えなくも無いが、それでも彼の名誉が傷付いたりあらぬ噂を立てられたりするのを、彼らも避けたいのだろう。

 

「彼の命を助け、彼に触れられた事は、俺達の一生の宝物だ」    

 彼らはそう言って心底嬉しそうに笑っていた。 

 

 

 意識の戻ったベナトールは、触られた事をバラしたレインに苦笑いしていた。

 

「レインよ」

「はい?」

「そいつらにまた会うような事がもしあったら、『見付け次第殺す』と伝えて置け」

「そんなのあんまりじゃ……」

「がはは、冗談だよ」

 

 彼はなんだか嬉しそうだった。

 

 

 

 クエストから帰ったアルバストゥルに事情を話すと、「見張りを付ける!」だの「護衛を雇う!」だの挙句の果てには「もう絶対クエ行かねぇ!」だのと大騒ぎされた。

 

「外出禁止! これからは全部フィリップにやらせろ」

「旦那さん、それは無茶苦茶ですにゃ」

「そうよぉ、私だってずっと家にいるのやぁよ?」

 

 すったもんだの末困り果てたレインは、ベナトールに相談した。

 やって来た彼は、諭すようにアルバストゥルに言った。

 

「おいアレクよ、心配なのは分かるが、そんな事を言うなら家にいても狙われる危険はあるのだぞ? 今回の目的はお前だったが、レイン自体が狙われるかもしれんのだし」

 

「怖ぇ事言うな! 分かったなら全部鍵かけて窓も締め切ってやる」

「そんな不健康な事やだ」

「うるせぇ! 健康的な生活してぇなら、なら【村】に帰りやがれ!」

「本末転倒だにゃ」

「心配性ねぇ、もう大丈夫よ」

 

「おめぇらよくそんな呑気に構えてられるな? 俺はこの先仕事にならねぇぜ。クエ中それどこじゃなくてミスって【モンスター】に襲われたらどうしてくれんだよ!?」

「ならば【守護兵団(ガーディアンズ)】にでも護衛を頼むか? だが御大層にいちいち護衛を引き連れて外歩き回ってたら余計に目立つぜ? 王族貴族じゃあるめぇしそんな事やってたら、余計にやっかむ連中が増えるだろうぜ。それでも良いのか?」

「……。それでも、レインの命が護れるならば……」

 

「アルバストゥル」

 ベナトールはとうとう呆れて本名で諭した。

 

「気持ちは大いに分かるぜ? だがそれは余りにも大袈裟というものだ。子供を過保護に護るよりもな。やっかみというものは誰にでもある。お前も大なり小なり持ち合わせているだろう。今回はちと度が過ぎたかもしれんが、たまたま大事になっただけだ。これからはもう少しお互いに気を付けて護ってやれば良いだけの話なんじゃねぇのか? それともいっその事【ギルドナイト】とかいう究極の護衛でも雇うか? そこまでやりてぇなら勝手だが、そんな実在するかどうかも分からんような連中に護らせるなどという事は不可能だろうが?」

 

 アルバストゥルは、渋々今まで通りに、ただし自分達がいる時は極力護衛する事で承知したのだった。

 

 

  

  




実際に爆発させてみました(笑)
いやベナトールの生命力なら死なないだろうと思いまして。

この話、始めはレインが「応急薬」を持って帰って来た時点で治療して終わってたんですが、それから何日かして更に追い詰められた夢を見ましたので、後でそれらのシーンを付け足しました。
付け足す前のものも投稿しようと思ったんですが、こっちの方がリアリティーがあるように思えたので、こちらだけを投稿する事にしました。
(助けに来たハンターの言動も可愛かったので)

例によって、出て来る料理名は全て実際に「フロンティア」世界で食べられているものです。

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