今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】 作:沙希斗
そこは、まさに【獄炎地獄】と呼ぶに相応しい場所だった。
暗闇に光る紅い溶岩。
草木も生えぬ、不毛の地。
溶岩の熱と、暑さと、そして黒く冷えて固まった、溶岩の地があるだけの世界。
そんな中で蠢くものといえば、鬼か魍魎の類いしかなさそうなものだが……。
グワオオォ!!
天を向いて猛々しく吠えたのは、炎の化身かと見紛う程全身が紅い、【古龍】。
獅子の頭に、後ろに反る形の先の長く曲がった角を生やし、その姿に皮膜状の翼が付いたような外見をしている。
まるで獄炎の神から遣わされた獣であるかのように、恐ろしく、また雄々しい姿をしている。
【彼】は、その世界全てを震撼させるように吠えたと同時に体の周りに火の粉を撒き散らせると、一瞬遅れてカチッと牙を打ち付け、火花を作った。
ボボボン!!
たちまち【彼】の周囲が爆発する。
「うっひょ~~! 相変わらず派手だなぁオイ!」
逃げながら、アレクトロが言う。
「がっはっはっ! 流石に上位【テオ】の粉塵爆発は、迫力あるなおい!」
嬉しそうに、ベナトールが答える。
彼らは【炎王龍】事【テオ=テスカトル】を狩りに来ているのである。
ちなみに【彼】というように、この種類(テスカト科)の雄の個体を【テオ=テスカトル】と呼ぶのだが、雌の個体では【ナナ=テスカトリ】と呼ばれている。
ハンターの間で通称【ナナ】と呼ぶこの雌は、雄が炎の化身のように紅いのに対し、揺らめく紫を秘めたような、不思議で美しい蒼色。その角も反ってはなく、冠を被っているかのような不思議な形をしている。
ハンターの間ではこれをたった独りで狩る事が、ベテランの証とされている。
楽しそうな二人とは対照的に、彼らに比べて存在感の無い男が一人。
カイである。
どうしても欲しい素材があって付いて来てはいたものの、圧倒的な上位【テオ】の迫力に臆しているのか、それとも他の理由があるのか、どことなく動きが悪い。
「カイよ。もしかして〈地形ダメージ軽減〉のスキルを付けていないのではないのか?」
特に攻撃を受けていないにも関わらず、しょっちゅう【回復薬グレート】を飲んでいる彼に、目敏く気付いたベナトールが言う。
「〈地形ダメージ軽減(大)〉であれば、奴に近付いても【龍炎】をかなり軽減させられるはずなんだがな」
発覚状態の【テスカト科】の【モンスター】は、【龍炎】と呼ばれる陽炎のような炎を常に纏っているために、近付くだけでも火傷してしまうのだ。
だが〈地形ダメージ軽減(大)〉のスキルならば、その【龍炎】をかなり軽減させ、火傷を最小限に抑えて立ち回る事が可能なのである。
元々このスキルは溶岩の熱を軽減するために開発されたものなのだが、【龍炎】にも効果がある事が分かり、【テスカト科】を狩るハンターには大変有り難いスキルになっている。
「あぁ無理無理。コイツにスキルのうんちく垂れても無駄だぜ。分かんねぇから」
「分かってるよスキルの事ぐらい。でも――」
「でもスキルの種類が多過ぎて、覚えられねんだろ? だから的確に【モンスター】に合わせたスキル構成を組めない」
カイの言葉を酌んで付け足すアレクトロ。
「ならば、その都度【クエスト】に行く前に、教えとくべきだったかな」
「常にじゃねぇけどしょっちゅう教えてんだぜ? 俺も。だが例え教えてもその防具が作れなきゃな。コイツ素材ねぇからクエ行かな過ぎて」
アレクトロ程熱心に【クエスト】には行かないカイは、いざという時になって素材が足りずに武具が作れないなんて事はしょっちゅうなのだ。
だからいつも行き当たりばったりな恰好で【クエスト】をこなしている。
「でもまあ良いんじゃねぇの? その分俺がなんとかすりゃ済む話なんだし。クエ行ってなくても自分で食えてりゃそれで生活は出来るんだしな」
「まあそりゃそだな。食えてりゃ俺らみてぇに、わざわざ危険な状況に身を置いて、命を縮める必要もない」
「だな。だから安心しなカイ。スキルが無くてもいざとなったら俺が護ってやんよ」
「愛されてる奴は違うなぁ、カイよ。羨ましいぜ」
「仕舞いにゃ殴るぞ!? オッサン!」
落ち着いて話しているように見えるが、攻撃しながら、回避しながらでの話しである。
それに付いて行っているカイは、流石にアレクトロに連れ回されて、鍛えられているというべきか……。
「殴るんだったらこいつを殴れ。――ほら来るぞ!」
予備動作無しの突進。
「馬鹿逃げたら逆に危ねぇっつの!」
逃げようとするカイの前に立ちはだかって、ガード。
【テスカト科】の突進はかなり速い上に先読みして自分に向かって来るため、逃げた方が逆に避け辛いのだ。
振り返った【彼】は、大きく息を吸い込むや炎の息を吐き出した。
【グラビモス】と違って右、左と首を振りながら薙ぎ払うため、回避するにしてもガードするにしても二回行わなければならない。
ガード出来ない【ハンマー】を使っているベナトールだが、まるで縄跳びの縄を越えるかのように、ごろんごろんと横転がりして二回火炎放射を越えている。
「器用だな~オッサン!」
ガードすると一回目の反動でガードを解かれて二回目を食らってしまうため、大きく回り込みつつアレクトロが言う。
「【ハンマー】は、回避して攻撃に転ずる方が多く攻撃出来るんでな」
そう言うと、今度は粉塵爆発をも回避してみせた。
彼は常に頭に張り付くようにして攻撃している。
と、【テオ】が横倒しになり、もがいた。
その目は焦点が合っていない。意識が朦朧となっているのだ。
その隙に急いで近付いて、翼に最大溜めをかますアレクトロ。
ただでさえ一振り一振りの攻撃力が高い【大剣】は、溜めるとかなりの脅威になる。
起き上がった【テオ】の翼爪は折れてしまっていた。
その間にカイはというと、尻尾に張り付いて【鬼人化乱舞】で切り込んでいる。
一生懸命尻尾を切ろうとしているのは明白なのだが……。
「カイよ。今いくら攻撃しようが、尻尾は切れんぞ?」
半ば呆れてベナトールが言う。
「そうなの?」
「そうなのってお前……。【古龍】の尾は体力が低くならんと切れん事を、知らなんだのか?」
【古龍】の多くは自己再生能力があまりにも高いために、余程弱ってからでないと尾を切る事が出来ないのだ。
だから逆をいえば、尾が切れたという事は余程弱っているという証拠になるのである。
「前にも教えてんだが、忘れたみてぇだな」
呆れる二人にてへっと笑うカイ。
これで許されるのが、彼の特権というべきか。
まあもっとも、いくら言っても効果が無いので諦められているともいえるのだが。
バオオォ~~~!!!
再び横転してもがき、起き上がった【テオ】は、特大に吠えるや否や攻撃力と俊敏さが増した。
口の端からはひっきりなしに黒煙と火の粉が漏れている。
【彼】は息を吸い、火炎を吐き出した。
横に回り込もうとしたカイは、規模を増したブレスに自分の足が追い付かず、巻き込まれて吹っ飛ばされた。
この状態の【テオ】のブレスは、通常の倍になるのだ。
すかさず駆け寄ったアレクトロが、【生命の粉塵】を掛ける。
ガード出来ない【双剣】を使っていたカイは回避するかブレスの範囲外まで大きく逃げるしかないのだが、どちらも間に合わないようだ。
ベナトールはそんなブレスをものともせずに、なんとブレス中の顔の真横で攻撃したりしている。
グルルルゥ!
唸った【テオ】が、周りに塵粉を敷きはじめ――。
まずい!
切り込もうとしたカイを、アレクトロは切り上げで浮っ飛ばした。
ボボボボン!!!
直後に大規模な爆発が起きる。
アレクトロは巻き込まれ、その場に崩れ落ちた。
「アレク!!」
カイの悲鳴に近い叫びに気付いたベナトールは、【閃光玉】を投げて彼を抱え上げた。
「【ベースキャンプ】に戻るぞ!」
そう言い放って走る。
カイも慌てて続く。
到着してテント内の簡易ベッドに寝かせ、鎧を脱がせて状態を見たベナトールは、あまりの酷さに絶句した。
全身の皮膚が焼け爛れ、肉まで黒焦げになっている。
おまけに吹き飛んだ溶岩が熱で溶けてガラス質になっている物が、体中に刺さっている。
簡易ベッドのシーツ(といっても薄汚れたボロ切れを敷いたようなもの)が、たちまちじくじくと染み出す体液と、刺さった個所から出る血で染まっていく。
当然、彼の意識はない。
これは、助からないかもしれない……!
ベナトールはそう思った。
怒り時の粉塵爆発をまともに食らったのだ。体の表面だけでなく、内臓までやられているかもしれない。
「アレク!! アレク!!!」
カイは自分の兜を取って半狂乱になって彼の名前を呼び続けている。
それでも泣きそうな顔でポーチから【生命の粉塵】を取り出し、必死で掛けている。
が、そんな物で回復するかどうか……。
だが、何もしないでこのまま死を待つなどという事はとても出来ないので、二人はあらゆる回復の手段を使った。
幸い表面の火傷や傷はある程度回復したのだが、意識が戻らない。
まさかと胸に耳を付けたカイは、愕然とした。
心臓が、止まっている。
「アレク!! 死ぬなアレク!!!」
必死で心臓マッサージを施すカイ。
「逝くなアレク!! 戻って来い!!!」
それを見たベナトールも事態に気付いて参加し、二人は交代で心臓マッサージを続けた。
が、鼓動は蘇らない。
「アレク!! アレク!!!」
「帰って来いアレク!! おいチビ助!!!」
と――。
「……チビ、呼ばわり、すんじゃ、ねぇ……!」
目を閉じたままだが、彼は確かにそう言った。
帰って来た……!
帰って来てくれた……!
二人はがっしりと手を組み、抱き合った。
その後、【リタイア】をすすめるカイを押し切って【テオ】の前に出たアレクトロは、見事に止めを刺して【クエスト成功】させた。
「まったく、たいしたもんだぜチビ助よ!」
ベナトールに思い切り背中を叩かれて、「いってぇな! てかチビ呼ばわりすんじゃねぇっつってるだろ!!」と食って掛かるアレクトロ。
「今度からアレクが死にかけたら、『チビ助』って呼ばなきゃね♪」
いつもの彼の様子に心底嬉しそうなカイ。
「勘弁してくれよ……」
嬉しさもあって、心の底から大笑いしたカイとベナトールであった。
体力が落ちないと尻尾が切れない「モンスター」はなにも「古龍」だけに限らず、「飛竜種」である「アカムトルム」なんかもそうです。
「フロンティア」の世界には他にもいたりするので、多分再生能力の高い個体は種類に限らずそういう体の構造になっているものと思われます。