今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】   作:沙希斗

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これは前回の「触らぬ神に祟りなし?」を書いて思い付いた続きです。
時系列でいうと「四人が憤慨したエリザベスに追い出された後」の話になります。

これを書いていた時、書きながら「ベナトールでもこんな弱気になる事があるんだな」と思いました。
普段「語らない」ベナトールが「語っている」ため、滅多に無い彼の「一人称(独白)」になっております。


混濁の中での告白

   

 

 

 

 ――逃げろハナ!

 嫌よ! 

 オレはどうなっても良い! でも君だけはせめて……。

 彼を放しなさい! でないと……!

 やってみろ嬢ちゃん、それが出来るならな。

 きゃあぁ~~~! 人殺しぃ~~~!!

 

 

「……そうだ……、俺は【人殺し】だ……」

「旦那様? 大丈夫ですかにゃ?」

 

 ふと目を開けると、エリザベスが心配そうに覗き込んでいた。

 

「うなされておりましたにゃ、汗一杯ですにゃ」

「……あぁ……。ちと昔の夢を見てしまってな……」

「熱で悪い夢を見てしまわれましたかにゃ?」

「……。そう、だな……」

 

 あれは【ギルドナイト】になってから、初めて処刑任務を執行した時の夢。

 処刑対象とその恋人と思われる少女を殺し、二人の返り血を浴びて帰って来た晩から、何日かはうなされてた夢だ。

 最近は見なくなったのだが、【ハンター風邪】の熱に浮かされて見てしまったらしい。

 

「眠れないにゃら、【ネムリ草】を煎じましょうかにゃ?」

「……そうだな。頼む……」

「畏まりましたにゃ」

 

 

 

「あれ、ベナ寝てるの?」

「はい、少し前に【ネムリ草】を煎じた薬湯を飲まれましたので、今は眠っておられますにゃ」

「そっか……。まだ熱高いね」

「朝診断されたばかりですからにゃ、昼前になったぐらいでは下がりませんにゃ」

「じゃあ、起きるまで待ってる」

「いつになるか分かりませんにゃよ?」

「うん。良いの」

 

 

 ――父さん、母さん、うわあぁ~~~!

 お主【ギルドナイト】になる気はないか?

 少し、考えさせて下さい……。

 

 

「……さん……」

「ベナ、起きたの?」

 

 目を開けると、今度はハナが覗き込んでいた。

 

「……ハナ、か……」

「ベナが泣いてるとこ、初めて見ちゃった」

 

 泣いている……?

 

 言われてゆっくりと目に手を持って行ってみると、確かに涙の痕があった。

 

「……汗だ」

 そう言ってみるが、誤魔化せるはずもない。

 

「なにか、悲しい夢でも見たの?」

 

 慈しむかのような笑顔。

 やめろ、そんな顔で見られたくない。

 

「……詮索など、されたくはない……」

 

 初めて殺めた少女と同じ名である娘に、そのような感情を抱かれたくはない。

 

「あなたはどうしてそう自分の感情を抑え込むの? どうして全て自分で抱え込もうとするの? 悲しい時は素直に泣けば良いじゃない」

「……。感情を抑えねば……。人を殺める事など、出来んのだよ……」

 

 なぜこんな告白をしてしまったのだろう?

 一番聞かれたくない相手に。

 

「……俺はなハナ。お前と、同じ名の少女を、過去に殺してしまった事があるのだ……」

 

 熱が高いと、人は素直になるとでもいうのか。

 

「……殺す必要はなかったのではと、ずっと悔んでいた。だから……、だからせめて罪滅ぼしのために、お前を護ろうと思ったのだ。俺の命に代えてもな……」

 

 だが、お前はカイを選んだ。

 だから、その役はカイに託そう。

 

 そういう気になったからなのか? ハナが俺から離れたから?

 

「そっか……。辛かったね」

 

 ぎゅっと抱き締めてくれる小さな体。

 子供のような無邪気さを、これからも俺に向けてくれるのだろうか。

 

 俺は何を考えている? こんな小娘に愛おしさを感ずるなどと。離れる不安を掻き立てられるなどと。

 

 高熱で気弱になっているようだな。馬鹿らしい。

 

「でもねベナ。その人と私は違うんだよ? 私はその人の代わりになれない。だからね、そこまでしてまで護ってくれなくても良いの。もう自分の身は自分で護れる程強くなったんだもん。あなたのお陰でね」

「……。そうか……」

 

 だが、それでも俺は、お前を護ろうとするのだろうな。

 アレクと同じだ。体が勝手に動いちまう。

 

「辛い過去を、話してくれてありがと。いつか――」

「……うん?」

「いつか、私に隠そうとしている事を、そしてそのせいで抑え込んでいる今までの感情全てを、話してくれるまで、待ってるね」

「……。いずれ、な……」

 

 もう、俺の正体は分かっているのだろうな。

 

 俺の口から、全て話すような事が、この先あるのだろうか。

 分かっているのなら全て話してしまえば良いではないか。なぜ俺は隠そうとする?

 この小娘が他の者に言い触らすとでも?

 

 そうだな。

 

 俺はそれを恐れているのだ。俺の口から直接話し、まだ確信していないであろう事実を確定させる事で、口封じのために殺したくないが故に。

 

 【ギルドマスター】の命が一度でも下れば、こいつをも手にかけねばならなくなる。

 同じ【ハナ】という人間を、もう一度殺さねばならなくなる。

 

 自分の命に代えてでも護りたいと想った娘の命を、自分の手で奪わねばならなくなる。

 

 そんな事は、したくない。

 

 だが、いずれ話す時が来るのかもしれんな。

 俺はその時に、生きているのだろうか。

 

 ……俺は……。

 

 あぁ頭が回らん。思考が混濁する。

 くそ、熱が高いと考える事も出来んのか。

 

 

「お昼になったね。食欲ある? 【アンアンゾースイ】ぐらいなら食べられるんじゃない?」

「……そうだな……」

「作ってあげる♪ 一緒に食べよ?」

 

 ウキウキしたように台所に向かうハナの背中を目で追う。

 

 俺と比べりゃ随分小せぇが、初めて出会った頃よりは成長してんだな。

 こうやって、じっくり見る事もそういや無かったが、まぁ一般的に見た【美人】の類いなのだろうな。プロポーションとか見ると。

 

 カイの奴は、言い寄られて仕方なくくっ付いたのだろうか。

 それとも付き合っている内に惚れてくれたのだろうか。

 

 ……くだらん。ただ寝てるだけだとこんなくだらん事も考えるようになるのか。

 

 

「お待たせぇ、元気になるように【不死虫】と【ゴールドエキス(数十種の肉から取った黄金色の出汁)】も入れたからねぇ。精を付けてねっ♪」

 

 その時、玄関のドアを開ける音がした。

 

「ベナトールさん、お昼まだでしょ? 食欲あるんなら御粥食べない? 【薬草】と【シモフリトマト】で作ったから消化に良いよ」

 

「あらレインも持って来てくれたの?」

「ハナも来てたんだ」

「うん。ここで作ったの」

「そっかぁ。流石に二つは食べられないね。残念」

「じゃあさ、半分こして食べてもらおうよ。後の半分は私達が食べっこしよ♪」

「いいわね、そうしよっか」

 

「じゃあまず私のからね。ふぅふぅ、あ~~ん」

「……自分で食えるわ」

「そんな緩慢にしか腕上がんないじゃん。肝炎のだるさは異常なんだから。こんな時ぐらい甘えなさい」

「……むぐ」

 

「次私のね、あ~~ん」

「あちっ!」

「きゃっ、ごめんなさいっ」

「レイン、ちゃんとふぅふぅしてあげないと火傷しちゃうわよ?」

「そうよねごめん。ふぅふぅ、あ~~ん」

「むぐ……」

 

「ねぇねぇ、どっちが美味しい?」

「……ふむ……」

「もちろん私のよねぇ?」

 

「……高熱で、味がよう分からん……」

 

「なによつまんない」

「でも、食べてくれるだけでいっか」

「そうね♪」

 

 

「――お、モテモテじゃねぇかオッサン」

「あ、良いなぁ、オレにも食べさせてくれよ。あ~~~ん」

「あんたは自分で食べれるでしょっ」

「これはベナトールさんのために作ったんだから、あなた達には無いわよ」

「つれねぇなぁレイン。んじゃ後で食わせっこしようぜ」

 

「……おめぇら、せっかくの病人の特権を邪魔せんでくれ」

 

「なんだよ、意外にそういうの好きだったんだな。んじゃ俺が食わしてやんよ。あ~~ん」

「……あっちぃわ! どうせ食わすなら冷ましてからにしてくれ」

「我儘だなぁ。ふぅふぅ、ほれ」

「げほっ!? 量が多ぃおえぇっ!」

「うわきったねぇっ!?」

「あんたが悪いんでしょおっ!!」

「にゃあぁ! もぉ旦那様が悪化するので出て行って下さいにゃあっ!!」

 

 

 

 翌日――。

 

「旦那様? もう起きて大丈夫ですのにゃ?」

「あぁ、心配かけたな。この通りだ」

「軽い人でも最低三日はかかりますのに……。ホントに旦那様は人間ですかにゃ?」

「どうだろな? よく言われるように【化け物】かもしれんな」

「それは物の例えなのでは……」

「がっはっはっ! アレクのとこへ行って来るわ」

「行ってらっしゃいませにゃ」

 

 

「アレク、いるかぁ?」

「ベナトールさん、もう治ったのぉ!?」

「おう。この通りだぜ」

「凄い回復力なのねぇ……」

「まぁ、タフなのは自覚してるがな」

「それでも程があるんじゃ……」

「アレク、昨日は気遣ってくれて――」

 

「…………」

 

「おい、もしかしてうつったのか!?」   

「どうもそうみたいなのよ」

「がっはっはっ! こりゃ傑作だな、俺をからかうからそんな事になるのだ」

「……うるせ、ゴホッゴホッ!」

 

「どれ、食わせてやろう」

「……レインがやってるからやめむぐっ」

「あら意外に食べさせるの上手なのねぇ」

「ハナがな、病気や怪我の時によく看病していたのだよ」

「じゃあ少し寂しくなったんじゃない?」

「……まあ、な」

「……寂しそうな顔してんじゃゴホッ! ねぇよ……」

「……。しんどいだろうから、また来るわ。水入らずを邪魔しちゃ悪いしな」

「そんな気を使わなくても良いのに……」

 

「じゃあな【アルバ】、今の内に甘えられるだけ甘えとけよ? 復帰したら【剛種(SR枠で一番強い種類)】や【HC(ハードコア)モンスター(特異個体)】のクエに連れ回して、鍛えまくってやるから覚悟しとけ」

 

「……冗談キツイぜ……」 

 

 

 

「ハナよ」

「……ん?」

「どうもアレクの【ハンター風邪】は長引きそうだから、時々見に行ってくれんか?」

「分かった。でも水入らずを邪魔しちゃ悪いから、時々にするね」

「そうだな。そうしてくれ」

「了解♪」

「それとだな、昨日の事は忘れてくれ。ただ高熱に浮かされて、世迷言をほざいていただけだ」

「……。分かった。でも、待ってるね」

 

「いずれ、な」 

 

 

 




これを書いた時、友人と「もうハナは知ってるだろうね」という話をしたんですよ。
でも「ハナは彼が自分の口から言うまで待つんだろうね」と友人も言ってました。

「言うと思う?」
「言わないだろう」
「だよねぇ」
「もしベナトールが言うとしたら、死ぬ間際になるんだろうなぁ……」

そう言ったら「死なない話を書けばいいだろw」みたいな事を言われました。
はい。私も死なせるつもりはありません(笑)

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