今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】   作:沙希斗

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「かわいい子だよ……」の続き。
今回はオッサンが自業自得でえらい目に遭ってます。

これで「かわいい子だよ……」の話は終わりです。


かわいい子だよ……(2)

 

 

 

「血をよこせえぇ!!」

 

 そんな事を言いながら兜から覗く目を血走らせつつ向かって来る様は、まるで吸血鬼のようである。

 だがどうやら【大剣】には【バルラガル】の素材は使われていなさそうなので、【喰血竜(がけつりゅう)】とは関係ないのだろうなと彼は思った。

 

 【長リーチ】の【大剣】なので当然通常リーチである【中リーチ】より攻撃範囲は広い。

 が、そんな間合いなどとっくに見切っている彼には、どんなに攻撃力が高かろうがただの長い棒きれを振り回しているのと変わらない。

 なので必殺の威力を持って攻撃して来るアルバストゥルを、逆に面白がりつつ避けていた彼ではあったが、しかし急に動きを止めて立ち止まった。

 

 直後に振り下ろされた一撃は、彼の左肩に食い込んだ。

 

「……。そら、欲しいならくれてやろう」

 

 【大剣】は肩に食い込むだけに(とど)まらず、鎧を引き裂き鎖骨を砕いて胸のあたりにまで達している。

 という事は、肺まで到達した可能性が高い。

 にもかかわらず、彼は微動だにせずにその場に立ち尽くしている。

 

「氷……。いや【闇属性】か……」

 

 瞬時に傷口が凍ったのを感じてそう呟いたベナトール。

 【氷属性】ではないと判断したのは、凍っただけでなく体内及び体表から、赤黒い稲妻のようなものがスパークしながら出て来たからである。

 

 それは、【複属性】と呼ばれている二つの効果をもたらす属性を有している武器の属性の一つだった。

 

 【闇属性】の属性効果は氷と龍。

 これを扱う【モンスター】は、【黒穿竜(こくせんりゅう)メラギナス】と【黒蝕竜ゴア・マガラ】。

 一応【剛種】のカテゴリーに入っている奴もいるから【凄腕】でも狩れなくはねぇが、資格があるからと言っておいそれと手出しが出来る相手ではない。

 それにどちらの武器と比べても形が全く違う。

 これは恐らく【親方】が作ったものではないはず。

 

 ならば、誰からこの武器を譲られた?

 

 

 案の定アルバストゥルの動きが止まり、嬉しそうに目をぎょろぎょろさせて【大剣】が己の血を啜っているのを見ながら、彼はそんな事を考えていた。

 

 凍り付いた傷は次の瞬間溶け、しかしまた凍り付くという事を繰り返している。

 流血によって溶けるのを、氷属性が抗っているようだ。

 

 それとも龍属性の方がそうさせるのだろうか?

 

 【古龍】もしくは【リオス科】などの一部の【モンスター】に対して強力に作用する龍属性は、人間に対してどんな効果をもたらすかは未だに未知数である。

 

 強化前だったのか、それとも初めからこの程度の切れ味しかないのか、身に受けた切れ味はすこぶる悪かった。

 恐らく赤ゲージ程しか無いだろう。

 

 彼は予測して自身が致命傷を受けない事を知ったからこそわざと受けたのだ。

 なぜなら獲物を与えない限りはこの【大剣】は血を求め続け、彼の呪縛を解かないだろうと判断したからである。

 

 こちらから攻撃して無理矢理手から跳ね飛ばさせるか彼が疲れるのを待つかしようかとも考えたのだが、攻撃するのも野暮だし疲れるのを待つのは彼の体力を考えるとかなりの時間を要すると思ったのだ。

 あまり時間をかけ過ぎるとそれだけ彼が立ち直りにくくなるだろうし、キャンプに帰らせたとはいえカイの容態も心配である。

 

 ので、彼は今の内にアルバストゥルの手を跳ね除け、すぐに下がった。

 

 

 【大剣】から手が離れた事で、アルバストゥルは我に返った。

 

 ぼーっとした頭で何があったか考えつつ、右手で頭を押さえながら見回す。

 分解が進んで骨だけになっている【ランポス】の残骸を見付け、そういや【ランポス】と闘ってたんだっけと思い出して、散乱しているその数のあまりの多さに愕然とする。

 

「……。これ……、俺が全部やった……のか?」

 群れの一つが全滅し兼ねない程の数に、俺はなんて事をしてしまったのだろうと罪の意識に苛まれる。

 

「そういやカイは!?」

 カイの姿が無いのに気付き、慌てて体ごとあちこちに向きながら探そうとして、そこでようやく目の前に大男が立っているのに気が付いた。

 

 見上げた彼は、腰を抜かしそうになった。

 自分が今まで振り回していた【大剣】を、左胸あたりに食い込ませていたからである。

 そして鎧姿で誰であるかを知り――。

 

「……お、オッサ――!?」

「やっと気が付いたか? チビ助」

 慌てて【大剣】に取りすがり、しかし躊躇する。

 この深手では抜いた途端に大出血するのではと思ったのだ。

 

「構わん……。どっちみち抜かねば傷は塞がらんからな」

 ベナトールがそう声を掛けると、アルバストゥルは意を決したように柄を持つ手に力を込め、上に引き抜いた。

 

 案の定、氷の効果を無くした傷が、見る間に溶けて血を溢れさす。

 その量に狼狽したアルバストゥルは、ベナトールが喀血しながら蹲った事で更に慌てた。

 【大剣】を脇に投げつつ焦ってポーチを弄る彼を、ベナトールは咳込みながらも大丈夫だと言うように手で制して、自分のポーチから【回復薬】を出す。

 が、数本呷っても出血すら止められなかった。

 

 おかしい。

 二人は同時に同じ事を考えた。

 

 なぜならベナトールは元々驚異的な回復力の持ち主なので、例え【応急薬】だったとしても数本飲めばたちどころに傷が塞がっていたからである。

 アルバストゥル自身もそれを幾度も見て来ているので、彼の異変におろおろしてしまう。

 血が止まらない上に傷が塞がる気配もない。このままの状態では、彼は失血で気を失い、最悪の場合死んでしまい兼ねない。

 

「龍属性、か……」

 

 治療しようと胴鎧を脱がし、呼吸が楽になるようにと兜も外している途中で、ベナトールはぼそりとそう漏らした。

 

「なんだって?」

「恐らく、龍属性の影響で回復力が落ちているのだろう。……あるいは、拒絶反応か……。氷属性の影響はもう無くなっているが、この属性は体内にしばらく残り、続ける……。これが効く【モンスター】がじわじわと弱って行くのを、俺は……何度も……」

「馬鹿野郎! 苦しいなら喋んな!」

 

 脂汗が浮き出た顔で浅い息を吐きながら、時折喀血するベナトールの様子にアルバストゥルは気が気じゃない。

 

 なのに、彼はこんな事を言って来た。

 

「……この武器を……、誰に、貰った?」

「んな事よりてめぇの心配しやがれ!」

「お前が……公式以外の武器を持っている事の方が、心配……だ……。話してくれアレク……。場合によっては、【マスター】に報告……せにゃならんゲフッ! 俺にも……責任がゲフゲフッ!」

「わわ分かったっ! 分かった話すからもう喋んな!」

 

 ぜぇぜぇと血の絡む息をし始めたベナトールの傷に、【回復薬】を染み込ませた厚く畳んだ布を押し当てて圧迫しつつ仰向けに寝かせた。

 

 とにかく少しでも血を止めねばならない。

 

 そうしてやりつつ、アルバストゥルは今までの出来事を自分が覚えている範囲でなるべく詳しく話した。

 

 

「……そうか……。そんな……事、が……」

 ベナトールは静かに目を閉じたまま、囁くような声で言った。

 

 彼がそんな様子になるのは、苦痛に耐えている時である。

 表情はほぼ変えないが見た目よりもかなり苦しんでいるのだという事を、今までの付き合いからアルバストゥルは知っている。

 だから、一刻も早くこんな話は切り上げて、早く帰って回復させてやりたかった。

 

 出血は止まらず、厚く畳んでいるはずの布も、既に真っ赤に染まってしまっている。

 彼は、アルバストゥルが圧迫している上から右手で傷を押さえていた。

 

「……アレク……。悪い、が、この【大剣】は……、預からせて、もらう……」

「分かってる。てか、もう二度と使う気はねぇ。だからむしろ没収してくれ」

「……分かっ、た……」

 

「俺は、罰せられるのか?」

 

 そう聞くと、しばしの無言の後疲れたように長い息を吐いてから、急に目を開けて起き上がった。

 

「ちょ、おいオッサン! 寝てねぇと死んじま――!?」

「いやもう問題無い。心配かけてすまんかったな」

 

 布をどけて傷を見せた彼を見て、アルバストゥルは呆気に取られてしまった。

 あれ程流れ続けていた血が止まっているどころか、傷がほぼ塞がっていたからである。

  

「ククッ、そんな間抜けな(つら)をするな」

 可笑しそうに口の端を持ち上げている彼に、まだ開いた口が塞がっていないアルバストゥル。

 

「えっと……、龍属性が、抜けたって事……か?」

「そう言う事だ。こうなりゃ回復は早い」

「いや早過ぎんだろっ!?」

「がっはは、まあ俺の身体は生まれ付き特別仕様だからなぁ」

「どんだけ特別なんだこのバケモンっ!」

 

 彼は豪快な笑い声を響かせてから、「さて、先程の質問だが……」と真面目な顔を作った。

 

「罪を決めるのは【ギルドマスター】だが、それを判断して処刑を下すかどうかの選択は【ギルドナイツ】に任されている。お前の場合の罪だが――」

「いいぜ。覚悟はいつでも決めている。オッサンに殺されるなら、俺は悔いは無い」

 

 アルバストゥルはベナトールの言葉を途中で遮り、自分の腰から【剥ぎ取り用ナイフ】を抜いてベナトールの前に置いた。

 

「……。良いんだな?」

「あぁ。ただレインには『すまない』と伝えておいてくれ。ただし死体は届けなくて良い」

「――了解した」

 

 ベナトールはそう言うと【剥ぎ取り用ナイフ】を拾い、ピタリと切っ先をアルバストゥルの心臓の位置に宛がった。

 アルバストゥルは力を抜き、そっと目を閉じて『その時』を待った。

 

「何やってんだよっ!!」

 

 と、そんな怒声が聞こえ、アルバストゥルは思わず目を開けて声がした方へ向いた。

「この野郎っ! 何のつもりだ!?」

 甲高い声の主は飛び付くようにしてベナトールの手を掴み、ナイフを奪いつつ殴った。

 カイが復帰して来たのだ。

 

「カイ、これには訳が――」

「どんな訳でもアレクを殺そうとするなんて、オレが許さない!」

 

 カイは説明しようとしたアルバストゥルの話を聞こうともせずに、兜の隙間から怒りの眼差しを真っ直ぐベナトールに向けている。

 

「……。くっくく……」

 ベナトールは黙ってカイを見詰めた後、可笑しそうに笑い始めた。

 

「何が可笑しい!?」

「がはは! いやなに、やはりお前らは面白いなと思ってな」

「なんだとっ!?」

「がははは! 俺が本当にこいつを殺すとでも思ったのか?」

「……。それは、どういう――」

 

 アルバストゥルが困惑したように言うのを遮って、ベナトールは続けた。

 

「カイ。お前もこいつが正常じゃない事は分かっていただろう。こいつはどうもこの【大剣】に取り憑かれていたようなのだ。攻撃する程に【血】を求めるこの【大剣】にな。……だからこいつに罪は無い」

「なら、……ならさっきのは……?」

「くくっ、冗談に決まっているだろう。ちと【ギルドナイト】の真似事をしてみたかっただけの事。本気ではない」

「俺は、許されるのか?」

「許されるも何も、端からお前の罪はねぇよ。安心しな」

 

「なぁんだ。冗談キツイなぁ」

「迫真の演技だったろう? カイよ」

「迫真過ぎだよぉ。本気になっちゃったじゃないか」

「がははは! 俺もおめぇに殺されるかと思ったぜ」

「嘘付け、オレがあんたを殺せるわけないだろぉ」

「いや分からんぞ? 本気になれば、あるいは……」

「ホントにぃ?」

「やめておこう。本気になられたら困る。まだ俺は死にたくない」

「大丈夫。ハナはオレが責任持って護るからっ♪」

「おめぇなぁ、それは言って良い冗談じゃねぇだろう」

「わははは、まだ引き摺ってるんだ」

「だいたいおめぇがだな……」

「はいはい、孫を嫁に出すのは辛いもんねっ、おじいちゃんっ♪」

「誰がジジイだコラァ!!」

 

 仲睦まじい(笑)二人のやり取りを眺めながら、アルバストゥルはなんだか複雑な気分だった。

 果たして他の【ギルドナイト】だったら、俺を救っただろうか?

 そう考えたからである。 

 

 

 別の【竜車】で来ていたベナトールと別れて帰った二人は、「特にレインには言わないでおこう」と示し合わせてそれぞれの帰途に着いた。

 狩りでの出来事だという事もあったが、そんな事で余計な心配を掛けたくなかったからだ。

 

 

 帰途に着いたベナトールは、【ギルドマスター】に報告する前にこの【大剣】を調べてみた。

 するとやはり初期製作段階にあたる強化前のもので、次の強化には【辿異種ティガレックス】の血と尾骨から取れる髄液が必要だと分かった。

 そしてそれからは【辿異種ドラギュロス】の素材で強化していくようだ。

 

 初期段階で【邪眼大剣】という名前が付いているこの【大剣】は最終強化で【邪眼大剣カィティ】という名前に変わるらしいのだが、その強化途中の名前を並べていたベナトールは、ゾッとせずにはいられなかった。

 

 【邪眼大剣・ォタミ】

 【邪眼大剣ダネスエ】

 【邪眼大剣レガケナ】

 【邪眼大剣カィティ】

 

 これは、死者からのメッセージなのだろうか。

 それとも、【大剣】に閉じ込められた魂の呻きなのか?

 

 ともかく【ギルドマスター】に報告し、【大剣】を預かってもらう。

 

 

 【武器研究家X】と名乗っていた男は、数日後に「調査のため」と称して研究室に【ギルドナイト】が訪ねて来た事で腰を抜かしたが、研究資料及び研究施設の重要部分を全てギルドに提供する条件で研究を続けられる事となった。

 

 ただし、定期的に【ギルドナイト】の調査が入るようになったという。

 

 

 

 




「邪眼大剣」の名前を、一列ごとにそれぞれ縦読みしてみて下さい。
そこには、死者のメッセージらしきものが……((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

読み終えた友人は、「依頼人は殺されなかったんだね」と言っていました。
これは、これ程の武器を作り上げる程の研究者なら、生かして置いて今後の武器開発に役立ってもらおうと「ハンターズギルド」が判断した、と私が個人解釈したからです。
ですが「彼」がもし施設の提供などを拒んでいたら、その場で処刑されておりました。

それからベナトールが処刑しなかったのは、単に最初からそのつもりではなかったからです。
なのでカイが復帰して来ようが来まいが、アルバストゥルの心臓を突く寸前で止める魂胆でした。

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