今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】 作:沙希斗
その日は、いつもと変わらずに一日が終わるはずだった。
「おやすみ、ハナ」
二人でクエストをこなして帰って来た晩、ベナトールはハナを部屋まで送り届け、寝る時間にベッドの傍でそう言った。
「おやすみ、ベナ」
ハナはベッドの縁に腰掛けて、そう言ってハグを求めた。
ベナトールはいつもそうしているように、優しく笑いながら自然に身体を寄せていった。
と、自分の胸の中央付近に、違和感を感じた。
視線を落とした彼の目に入ったものは、自分に突き刺さったナイフ。
そして、それをしっかりと握っている、ハナの手。
「……。成程な」
呟いた彼に、ハナは涙を堪えたような声で「ごめんなさい……」と言った。
「お前が達した結論がこれなのなら、俺は甘んじて受けてやる。だがな」
彼は言葉を切って続けた。
「お前の非力な力では、俺は殺せん。本当に俺を殺してぇなら、全体重をかけて押し込まなければ」
そう言うと彼はハナを抱えたまま、ゆっくりと床に仰向けに寝た。
ハナは馬乗り状態になった。
「どうした?」
一突き目で殺せなかったからなのか、躊躇しているハナの様子を見て、ベナトールは言った。
「今更何を戸惑っている? お前は俺の正体が【ギルドナイト】という事を知り、この結論に至ったのだろう? 俺にこれ以上殺人を犯させないために」
彼は更に続けた。
「俺は命令には忠実に従う人間だ。だから任務に背かせる事は不可能だ。そして一緒に逃げる事も叶わない。【ハンターズギルド】から俺を辞めさせる事もな。それで考え抜いた末、俺を止めるにはもう殺すしかないという結論に達したのだろうが?」
ハナは黙っている。
「俺と言う人間を分かっているからこそお前が出した答えなら、俺は受けてやる。ほれ遠慮はいらん、サッサと押し込むが良い」
ハナはナイフを握る手に力を込めた。
が、その手は震えている。
「どうした、お前が止めねば俺はこの先もずっと人を殺し続けるぜ? 例え相手が【犯罪者】だと分かっていても、お前は俺が殺人者を辞めない事に耐えられないのだろうが? それを仕事にする事が。だからせめて、自分の手で引導を渡す気になったのだろう?」
「……どうして……」
「……ん?」
「どうして、【ギルドナイト】なんかに、なっちゃったの……?」
「さてな」
ベナトールは少し考える素振りをした。
「【ギルドマスター】直々の勧誘だったのも大きかったが、俺自身が戦闘好きなのも大きいのかもな。処刑相手と闘いたいがために、見付からずに殺さなければならない【暗殺者(アサシン)】もしくは【秘密警察】の役割を担う【ギルドナイト】という任務なのにもかかわらず、自ら正体を明かして闘うぐらいだからな。『死人に口無し』で口封じが出来るのを利用して。そして、個人戦よりも集団戦の方が好みだったりもする。――まぁこれは、黙って一方的に殺されるより、闘って死んだ方が良いだろうと思っての事ではあるんだが」
「……。殺す事に、躊躇は、無いの?」
「そりゃ無ぇと言えば嘘になる。最初の頃はよく寝れずにうなされたもんだ。だが、そういう感情全てを押し込むのは、もう慣れたよ。そうしなきゃ処刑は失敗しちまうからな」
そこでベナトールは目に力を込めて言った。
「ハナよ。【マスター】の命令は絶対なのだ。失敗は決して許されん。そしてな」
彼は次に決定的な言葉を発した。
「その処刑対象が例えお前になったとしても、一度命令が下れば殺さねばならん。躊躇せずにな」
これで、ハナの心に迷いは無くなった。
ハナの顔付きが変わったのを見て、ベナトールは不敵に口の端を釣り上げた。
次の瞬間、ハナは全体重をかけて捻じ込む様にナイフを押し込んだ。
今まで全体の三分の一程で止まっていた刃がベナトールの体内に刺し込まれ、根本まで入った。
びくりと反応したベナトールは、大きく胸を波打たせ始めた。
溢れていく血の量が明らかに変わり、その色もくすんだ赤から鮮やかな赤になった。
切っ先が、とうとう心臓に達してしまったのである。
「これで良い……。これで、もう助からん。良く、やったな。ハナ」
彼は苦し気な呼吸を続けながらも、驚く程静かな表情をしている。
今彼は、想像を絶する程の苦痛に苛まれているはずである。
なのに、表情の変化は無かった。
「さらばだハナ。あいつらに、よろしくな」
「さよなら、大好きな人……」
ハナがそう言うと、ベナトールは柔らかい顔で口の端を持ち上げた。
そして、右手をゆっくりとハナの頭の上に持って行き……。
ポンポン
その手はすぐに滑り落ち、糸が切れたように、パタンと床に落ちた。
あれ程苦し気に波打たせていた胸の動きが、止まっている。
ベナトールはいつもと変わらない、優し気な眼差しでハナを見詰め続けている。
だが、そこには、もう光は宿っていなかった。
ハナはナイフを抜いてみた。
心臓が止まってしまったので、もう血が出て来ない。
それがとても悲しくて、ハナはただただ泣いた。
「――ナ。おいハナ!」
遠くで聞き慣れた声がする。
その野太い声は、もう二度と聞けるはずがない声。
悲しくて泣きながら、それでも期待せずにはいられないハナは、ゆっくりと瞼を開いた。
そこには、紛れもなく今自分が手に掛けたばかりのベナトールの、戸惑ったような顔があった。
「……ベナ……?」
「どうしたのだハナ? 随分とうなされて泣きながら眠っていたぞ?」
「ベナあぁっ!」
夢だと分かった途端、彼女はベナトールに掻き付いて幼子のようにわんわんと泣き始めた。
「おいどうしたというのだ? それ程怖く悲しい夢でも見たのか?」
「ベナ、ベナぁっ。うわあぁ~~ん!」
彼女は泣き叫びながら、その合間に夢の話をした。
「……ほぉ、そいつは怖ぇな。ならば寝首を掻かれんようにしねぇとな」
ベナトールは面白そうに笑った。
「茶化さないでっ! 私は真面目に本当に、とっても怖くて悲しかったんだからっ!」
「そいつは悪かった。だがな」
ベナトールは真面目な顔を作ると、こう言った。
「お前が、本当にそう思うような事があるのなら、迷わず実行に移すが良い。俺にはいつでも受ける覚悟が出来ている」
「そんな事、言わないでよぉっ!」
「俺はろくな死に方をせんだろう。その報いは受けねばならん。それがお前なのなら大歓迎だぜ」
「出来る訳がないじゃないっ! もう二度とそんな事は言わないでっ!!」
「そうか……」
しがみ付いて泣き続けるハナを見ながら、彼はどことなく寂しそうだった。
ハナはもう、彼の正体は分かってるんだろうなぁ……。
何でこんな話を書いたかというと、何故か「ハナがベナトールを刺し殺そうとする夢」を見てしまったからです。
ちなみにこれを読んだ友人には「夢落ちだと分かってたけど」と言われました。
読んでてすぐにバレたみたいです(笑)
「書いてる間、ずっと『♪さよなら大好きな人~~♪』っていう歌が頭の中で流れてたよ」と言うと、「kiroroかw」と返されました。
正しくは「花*花」です。