今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】   作:沙希斗

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一番有り得ない組み合わせを考えたら、こんな話になりました。


ベナトール、パパになる?

 

 

 

「――と言う事で、頼むねベナトール」

 

 【ギルドナイツ】専用の控室で、呼び出されたベナトールは同僚の【ギルドナイト】に、籠に入って眠っている赤子を押し付けられた。

 

「おい待て、俺にも任務というものが――」

「その任務は当分の間免除してもらうように【ギルドマスター】に頼んでおいたから。私の任務が終るまでその子は貴方に任せたいのよ」

「……。俺の手に掛かれば赤子など微塵の躊躇も無く殺せるのを知っての事、だろうな?」

 

「貴方は殺さないわ」

 

 彼女は確信さえしているかのような口振りである。

 

「だって、その子には罪は無いもの。貴方が殺すのは罪のある者だけ。そうでしょう?」

「…………」

 

 渋面を作っているベナトールに、彼女は満面の笑みで言った。

 

「だから貴方が一番信用出来るの。他の者には不安で任せられない。ね、お願いね」

「……。俺は、赤子など、扱った事は――」

「この機会だから勉強なさいな。赤子を相手にする事が、この先あるかもしれないんだし」

「…………」

「粉ミルクはこれね。この子は【ケルビ】の乳から作ったものが一番好きなんだ♪ おしめはここに入れとくから。やり方が分かんないなら【召使アイルー】にでも教えてもらいなさい」

「……。お前は、教えてくれんのか?」

「だって今おしめ外したら起きちゃうでしょ。じゃあ私行くから。少しだけお別れね、私の大事なお姫ちゃん。おじさんに良くしてもらうのよ」

「…………」

 

 赤子にそっとキスをしてからヒラヒラ手を振りながら出て行く彼女の後ろ姿を目で追いながら、ベナトールは長い長い溜息をついたのだった。

 

 

 

「お帰りなさいませにゃ」

「……。おう」

「その籠は……って、旦那様この子どこから拾って来ましたのにゃ!?」

「拾って来たのではない。同僚に無理矢理押し付けられたのだ」

「その御方に捨てられましたのにゃっ!?」

「そうではない。そいつの任務が終わるまで一時的に預かるだけだ」

「それは、いつまでですのにゃ?」

「分からん。とにかく迎えに来るまではこいつの世話をせにゃならん」

「お早く帰って来てもらいたいものですにゃ」

「まったくだ……」

 

 と、赤子が目を覚ました。

 

 そして覗き込んでいる彼とエリザベスを見た途端、張り裂けるような声で泣き始めた。

 

「どど、どうすれば良いのだ!?」

 ベナトールは狼狽えた。生まれてこの方赤子など扱った事も無いのだ。

 

「取り敢えず抱き上げて――」

 

 言われてむんずと首後ろを掴み、片手で持ち上げる。

 当然泣き声は更に加速した。

 

「そそ、そんな抱き方では死んでしまいますにゃっ!」

 

 慌てるエリザベスに抱き方を教えてもらう。

 筋肉隆々の大男が壊れそうな赤子を抱いている様は、なんとも危なっかしい。

 

「お、落とさないで下さいませにゃ!?」

「ばば馬鹿者、落としたら死ぬだろうが!」

 

 中々泣き止まない赤子にオロオロしていると、ハナがやって来た。

 

「赤ちゃんの泣き声が聞こえたと思ったら、やっぱり出所はここだったのね? ってか、いつお父さんになったの!?」

「こいつの父は俺ではない!」

「じゃあお母さん? ベナって子供産めたんだ」

「んな訳あるかっ!!」

「やだもぉ叫ばないでよっ、もっと泣いちゃったじゃないっ」

「おめぇのせいだろうがっ!」

「お腹すいたのかな? それともおしめ?」

「俺に分かるはずが無かろう」

「私も分かんない。困ったわねぇ……」

「取り敢えずお前抱いてみろ」

「えぇ!?」

「泣き止むかもしれんだろうが」

 

 渡されたハナも危なっかしく抱くので、泣き止んでくれない。

 ベナトールはとうとう耳を塞いでしまった。

 

「私、レインに聞いてみる」

「そうか、それは有難い」

 

 一旦籠に戻したハナは、彼女の元まで駆けて行った。

 

 

「オッサンが親父になったって!?」

「あれ? お母さんの間違いじゃなかった?」

 

「なぜお前らまで来ている……」

「レインが行くのに俺が行かねぇわけねぇだろが。オッサンの育児を見れる良い機会だってのに」

「オレはたまたまアレクんちに来てたんだけどね。でも考えはアレクと一緒だよ」

 

「それにしても、ヤルこたヤッてたんだなオッサン」

 

「何を考えている馬鹿者! 俺の子では無いわ!」

「んじゃどっから拾って来たんだよ?」

「同僚から頼まれたみたいですにゃ」

「あーあ、その人災難だな。一番預けるのに向いてねぇ奴なのに」

「あいつは俺を信用してだな……」

「腹減ったからって食うんじゃねぇぞ? オッサン」

「食うかっ!!!」

「あぁもぉ叫ばないでよぉ。ますます泣いちゃうじゃない」

「レインよどうにかしてくれ、俺にはこいつが何を求めているのかさっぱり分からんのだ」

「やだおしめ濡れてるじゃない。そりゃ泣くわよ気持ち悪いもん」

「交換出来るか?」

「お安い御用よ」

 

 自信たっぷりに言ったレインは、慣れた手つきでおしめを交換した。

 

「……ほぉ、器用なもんだな」

「私、小さい時から近所の子の面倒見てたからね」

「赤ちゃんの世話も任されてたの?」

「うん。というか、子供の頃にお隣さんに赤ちゃんがいたの」

「へぇ~~」 

「そうか。なら俺の子が生まれても安心だな」

「やだ、まだ早いわよっ」

「真っ赤になっちゃって、可愛い」

 

「ところでさ、この子の名前、なんていうの?」

 

「それが、聞いとらんのだよ」

「普通聞かない?」

「聞くもんなのか?」

「当たり前じゃない。赤ちゃんにとって、名前を呼んでもらったり、声掛けしてもらったりするのは大事なコミュニケーションなのよ?」

「そうなのか……」

「まぁとにかく、知らないなら名前以外でなるべく声掛けする事ね」

「承知した」

 

 泣き止んだ赤子をそっと抱いてみるベナトール。

 

「オッサンが抱くと潰しちまいそうだな」

「黙れ」

 

 ところが赤子は彼を見上げた途端、再び泣き出した。

 

「わはは、嫌われてやんの」

「そ、そんな事を言っている場合ではない、どうすれば良いのだ」

「もしかして、筋肉が硬いからなんじゃないのか?」

 

 カイに言われたので、エリザベスに抱かせてみる。

 泣き止んだ所を見ると、どうやら正解らしい。

 

「ふむ、泣く時はエリザベスに任せるしかないようだな……」

「仕方ありませんにゃ」

 

 そう言うエリザベスだったが、顔付きを見るとまんざらでもなさそうである。

 

「太い手では細かい作業は出来なさそうだから、おしめもエリザベスに任せた方が良いかもね」

「分かりましたにゃ」

「オッサン、出番ねぇなぁ」

「……。ミルクぐらいならば……」

「やってみる?」

 

 キッチンに連れて行かれたベナトールは、レインに粉ミルクの作り方を教わって、哺乳瓶を持って戻って来た。

 レインに言われるままにそっと口元に哺乳瓶を宛がうと、飲んでくれた。

 

「あら、やっぱり食べさせるような事は上手なのね」

 

 ホッとしている彼に、レインは言った。

 

「夜泣きするかもしれないから、今教えたみたいにミルク作ってあげてね」

「分かった」

「おしめも頑張ってね、エリザベス」

「了解ですにゃ」

「レイン、なんなら泊まり込みで――」

「却下! 俺の大事な【嫁】を他人の男の家に同居させられるか」

「……。俺が女を襲うとでも?」

「気持ちの問題だっつの!」

「日中はなるべく見に来てあげるから」

「そりゃありがた――」

「却下!」

「それは許してやれよぉ」

「みんなで見れる時に見に来ようよ。ベナが食べないとも限らないしさ」

「だから食わんと言うのに」

 

 

 一週間近く経った頃、任務を終えて迎えに来た同僚は、若干やつれつつも満足そうに赤子を抱いたまま一緒に寝ているベナトールを見て、柔らかい微笑みを浮かべたのだった。

     

 

 

 

 

 




身長二メートル余りの筋肉マッチョが赤子相手に奮闘しているのを想像して、リアルで笑いながら書いてました(笑)
「旦那はどうした」と思うでしょうが、シングルマザーもしくは旦那は死んだという設定にしております。

最初にエリザベス(召使アイルー)に「死んでしまう」と言われた首後ろを掴んでぶら下げるやり方は、仕舞いには慣れてやる度にキャッキャと喜んでいたみたいです。


おまけ。

【挿絵表示】

寝ているベナトール(パートナー)。

起こすと誤魔化されました(笑)

【挿絵表示】

「パートナー」にはいくつかの性格があり、男女の違いも含めて性格によって色々喋る事が違います。
しかも雇ってすぐと絆を深め始めた頃、完全に信頼した頃と絆の深さ(クエストに同行させる回数)によっても話し方が変わってきますので、それぞれで気に入った性格の者を「育てる」事が出来るのが面白いです。

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