今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】 作:沙希斗
「もしも(パラレルワールド)シリーズ」の最終話ではありますが、彼は現実で「ギルドナイト」なので、タイトルには「もしも」と付けておりません。
シチュエーションは同じですが、こちらは明り取りを「焚火」の方にしております。
何故なら彼は隠れて始末する「暗殺者」タイプじゃないからです。
「【マスター】、お呼びですかな」
ある日【ギルドマスター】の部屋に褐色の肌を持つ筋肉の塊のような大男がやって来て、足元に跪いた。
「ベナトール。お主に密猟団のカシラを始末して欲しいんじゃがの」
「承知しました」
「アジトについては以下の通りじゃ。しくじるなよ?」
ベナトールはアジトの場所や見取り図が書いてある紙を渡された。
「……。団員と戦闘になった時は?」
「致し方なし、じゃろうのぉ。逃がすにしても相手は密猟団じゃ。全員違反者として扱うしかないじゃろうしのぉ」
「では、そうなったら全員始末しても良い。と?」
「そうなるじゃろうのぉ」
「了解しました」
密猟団のアジトは、【ジォ・テラード湿地帯】の洞窟にあった。
【ミナガルデギルド】のハンターが【沼地】、それ以外、主に【ドンドルマギルド】のハンターが【旧沼地】と呼ぶ狩場である。
暗く寒い洞窟は【フルフル】が好む場所ではあるのだが、ここは天井が一部崩れており、焚火をすれば暖かいのと密閉じゃないので煙が抜け、従ってそれを嫌がる【モンスター】が寄って来ないのを利用して活用の場にしているらしかった。
今密猟団は酒盛りの真っ最中のようだ。
少し暗がりの、火がチラチラと照らす辺りに本日犠牲になったであろう、【蒼火竜】及び【桜火竜】の素材が無造作に並べられてあった。
剥ぎ取ったばかりのようで、まだ生々しい血が付いている。しかも【ギルド】所属のハンターと違い、必要な分どころか甲殻も鱗も全部剥いだんじゃないだろうかと思える程の量があった。
少し火が陰るあたりで壁際に【ラージャン】の金毛の敷物をしいて寄り掛かっているのが多分カシラだろう。
大きな鍾乳石の隙間からその様子を確認したベナトールは、やおらそこから出て、堂々と近付いた。
「よぉ楽しそうじゃねぇかおめぇら、俺も交ぜてくれよ」
「そそ、その恰好はまさか【ギルドナイト】!?」
「ほ、本物なのか!?」
「まぁわざわざ不安定な狩場にこんな相応しくねぇ恰好で来る酔狂はいねぇだろうな。【レプリカ】を着るにしてもいくらなんでも場所は弁えるだろうぜ」
「みみ、見付かったんなら仕方ねぇ、ブチ殺してやる!」
「まぁ待て待て」
殺気立ってそれぞれの獲物を構え、たちまち周りを囲む団員達を見回しながら、落ち着いた口調で言うベナトール。
「処刑命令が出ているのはカシラだけだ。おめぇらは逃げたきゃ勝手に逃げれば良い」
「舐めるな野郎っ!」
一斉に掛かって来るのをベナトールは含み笑いをしながら簡単に避けつつ、言った。
「くっふふ、やはり血気盛んな奴らは楽しくて良いなぁ」
「てめぇ!」
「このクソ野郎が!」
「ほれほれもっと頑張れ、ちっとも当たんねぇじゃねぇか」
そうしながら、彼はカシラに向かった。
「こいつらでは話にならん。そこで悠長に見学してねぇでおめぇも来ねぇか? こいつら以上の腕があるなら、の話だがな」
「……。ふん。随分と余裕だな」
「纏めて相手した方が早ぇからな。それとも手下置いて尻尾巻いて逃げるか? 俺はどっちでも良いがな。逃げたら逃げたでその先で始末すれば良い話だからな」
「逃げたら、手下は見逃してくれるのか?」
「そうしてやりてぇが、無理だな。俺が見逃したとしても同僚に始末されるだろうぜ。違反者を見逃す権利は、残念ながら【ギルドナイト】は持ち合わせてねぇからな」
「……そうか……」
カシラは呻くように呟くと、立ち上がるや否や奥に逃げた。
追い掛けようとして手下に阻まれ、切り捨てようと【サーベル】に手を掛けると、逃げた所から轟音が響き、同時に地鳴りと共に洞窟が崩れ始めた。
「ぐわぁっ!」
「ぎゃあぁっ!」
巻き添えになった団員達が、次々に岩やら鍾乳石やらに圧し潰されたり串刺しにされたりしていく。
「全員纏めて洞窟内で潰す気か!?」
恐らく使ったのは【大タル爆弾G】だろう。
奥に置いていたものを、数個纏めて起爆させたに違いない。
闘う意欲も失せて逃げ惑う団員達と一緒に崩壊していく洞窟の一部を避けていたベナトールだったが、入り口が崩れて出られなくなった。
……。参ったな……。
自分が潰される前に、運良く崩壊は治まってくれたようだ。
まだ生き残っている団員が何人かいる。
重傷者の呻き声が、暗がりに響いている。
軽傷者も何人かいたが、もう闘う気力はとうに失せているようだ。
「おい! 入り口はここだけか?」
一人に声を掛けたベナトールは、「いや、何ヶ所かある……」と言われて少しだけ希望を抱いた。
だが見回す限り密閉空間に閉じ込められたようになっており、他に空洞や通路らしき場所は見当たらなかった。
「……もうお終ぇだ。俺達ゃ全員ここで死ぬんだ……」
暗がりの中で嘆きの声が聞こえている。
それを無視して夜目と感覚で探っていたベナトールは、あるヶ所で空気の流れを感じた。
外に通じているようだが……。
試しにその場所を蹴ってみたが、やはりそのくらいでは崩れない。
「おい! 誰か【ハンマー】を持っている奴はいるか?」
そう聞いてみたものの、「持っている」と答える者はいなかった。
空気が通っているヶ所を手で掘ろうとしたが、重なっている岩が大きく、退かせられない。
「ふぅむ……」
しばし考えていたベナトールは、なるべく先が尖った長めの岩を探して両手で抱えた。
「でりゃあぁっ!!」
気合と共に体重を掛けて振り下ろし、空気が抜けている亀裂に叩き込む。
暗闇で突如響いた野太い叫び声と轟音に、生き残りがビクッとなって飛び上がった。
「なな、何事だ!?」
「いやなに、ここに空気の通り道があったものでな。崩せねぇかとやっているのだよ」
「なんだって!?」
「どこだ!?」
集まって来た軽傷者はそのヶ所を調べて掘り崩そうとしたが、やはり数人掛かりでも崩せそうにない。
「なるべく亀裂を広げてみるから、おめぇら協力して掘り崩してくれんか?」
「わ、分かった!」
こうして奇妙な連係が出来上がり、ベナトールと生き残りの軽傷者は、脱出するべく奮闘した。
長い時間が経った頃、僅かに亀裂から光が差し込んだ。
それからはベナトールが岩を叩き付ける度に少しずつ光が入って来るようになっていき、生き残りは歓喜の声と共に掘り崩しにますます力を入れるようになった。
が、出口が開かれ、一人ずつなら通れそうな程穴が広げられた時、事態は急変した。
「ご苦労……!」
そう呟いた一人が、息が上がってぜぇぜぇ言っているベナトールに襲い掛かったのだ。
「ぐおっ!」
分かっていた彼だったが【太刀】の洗礼を受け、脇腹を串刺しにされた。
それを合図に動ける者が次々に襲い掛かって来、【片手剣】と【双剣】で肋骨の一番下あたりと腹を刺された。
「悪ぃな。逃げさせてもらうぜ」
「……。ふん。俺から逃げられるとでも思っているのか?」
「寝言は地獄に落ちてから言いやがれ!」
「それは、こっちのセリフだ」
武器を引き抜こうとした生き残りは、その前に頭を掴まれた。
もう一人の頭も掴んだベナトールは、直後に二人を叩き合わせた。
勢い良く頭同士をぶつけられた二人は衝撃で頭蓋骨を割り、額から血を噴き上げながら崩れ落ちた。
「ひ、ひいぃっ!?」
それを見た他の者がたじろぎ、恐怖に駆られて我先にと出口に殺到した。
それを手当たり次第に彼は始末していった。
「…………」
武器を体に刺したまま、ベナトールはのしのしと倒れて、あるいは岩に挟まれて呻いている重傷者に近付いた。
彼らはあまりの恐怖で目を見開き、ただ戦慄に怯えてガクガクと震えている。
「……。悪いが、決まりなのでな。お前らも死んでもらう」
そう言ったベナトールは【銃】を抜き、全てを始末していった。
生きている者が自分以外にはもういない事を確認すると、体に力を入れつつ刺さった武器を抜いていった。
「ぐっ……! ゴボッ!」
吐血したベナトールは、やはり内臓に達していたかと思った。
しかしこのままくたばる気はさらさらないので、ふら付きながら隠して置いた気球まで帰って行った。
「お帰りなさいませにゃ」
「ただい――!?」
待機していた操縦係の【アイルー】に返事しようとしたベナトールは、大量吐血して歯を食い縛りながらその場に蹲った。
「べべベナトール様!?」
「……。なに、大した事はグボ……ッ!」
「血を吐きながら言うセリフではありませんにゃあぁっ!」
オロオロしながら突っ込まれ、ベナトールは喘ぎながら苦笑いした。
「すまんが……、【秘薬】を取って来てくれんか?」
そう言って気球の個室にある【アイテムボックス】から【秘薬】を持って来させる。
自力でそこまで行けない事はなかったのだが、気球は個人のものではなくて【ギルドナイツ】共同なので、【アイテムボックス】を覗いている時に吐血して、中の物を血だらけにはしたくなかったのだ。
「ふ~~~っ」
【秘薬】が効いて痛みが消える間に傷が修復される苦痛に耐えていたベナトールは、長い溜息を付いた。
【秘薬】という薬はどんな重症でもたちどころに回復させてくれる便利な回復アイテムではあるのだが、それ故劇薬であり、体、特に心臓への負担が大きいために、頻繁に使える物ではない。
【ハンターズギルド】では急激な回復で心臓が耐えられずにショック死する事を防ぐため、一クエスト二個までの携帯と決め、それを厳守させている。
【いにしえの秘薬】も同様で、こちらの方が作用がキツイために、一クエスト一個しか持ち歩けないようになっている。
【秘薬】【いにしえの秘薬】が合計三個しか持たせてもらえないのは、貴重だからという理由だけでなくてハンターの命を護る理由もあるのだ。
「今回は、珍しく派手にやられたのですにゃ」
任務でも滅多に攻撃を食らわないベナトールが血を吐く程の重傷を負う事はかなり珍しい事なので、操縦係は少し心配になった。
「それ程手強い相手でしたのにゃ?」
「……。いや、ちと油断した――と言うより、『分かっていて食らった』と言った方が正しいのかもな」
「分かっていて……。では、ホントは避けられたのですかにゃ?」
「そうだな。避けられん訳では無かった」
「ではなぜ?」
「……。ちと、出方を見たかったのだよ。場合によっては見逃してやらんでもなかった」
ベナトールは今までの経緯を話して聞かせた。
「……。にゃるほど、協力したのに攻撃されたからその場で始末したと?」
「まあ、俺が息を切らせているのを一隅のチャンスと捉えた向こうの判断は正しいがな。そうじゃねぇと全部避けられちまう訳だし」
「なら、何もわざと受けなくても良かったのではないですかにゃ? なぜ痛い思いしてまで受けてから始末する必要がありましたのにゃ?」
「さてな」
ベナトールは意味ありげに口の端を持ち上げると、「……まあ、急所を全部外してくれて助かったよ」と言った。
なんとか平成内にこのシリーズを終われて良かった……。
「ギルドナイト(暗殺者)」なのに堂々と姿を晒してみたり、瀕死を与えられないと分かるとわざと攻撃を食らってみたり、彼がどういうつもりなのか、作者の私でも分かりません(笑)