今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】 作:沙希斗
話は前後するが、ベナトールが命令を受けた日から更に数日経った頃の事。
彼は誘拐犯の手掛かりを探り当てていた。
吹き矢を使ったハンターを見付け、脅してある貴族に雇われた事を白状させたのだ。
「【ボルジャ家】、じゃと!?」
事が事だけに【ギルドマスター】に報告していたベナトールは、驚愕した彼の言葉をかしづいたまま聞いていた。
「はい。確かに雇われたハンターは、その名を口にしました」
「名門貴族ではないか! そんな者が、いったい何のためにアレクトロを……!?」
「分かりません」
「【ボルジャ家】には悪い噂が立っておる。なんでも『政敵を次々に毒殺させる』と。今の当主【チェーザレ】も、抵抗勢力と見た者を家に招いては毒殺しているという噂がある。それらの暗殺には、その家だけに代々伝わっている特別調合の毒薬が使われるという。そしてその薬は致死量でなければ自白剤の代わりにもなるらしいのじゃよ。その名は【カンタレラ】というそうなのじゃが……」
「……。『カンタレラ』には『歌を歌わせる』という意味合いがあります。つまりその真意は――」
「アレクトロを、強請る(ゆする)つもりか!?」
「そうなるでしょう、な……」
「じゃ、じゃが、何のために……!?」
「……分かりません……」
「とにかく、一刻も早く助け出してやるのじゃ!」
「元より、そのつもりです」
「アレクトロさえ無事ならば、多少手荒い真似をしても構わん! ただし殺すのだけはやめてくれ」
「……。承知しました」
ベナトールは、少し残念そうに答えた。
話は誘拐された日に再び遡る。
意識が朦朧となったアルバストゥルは、【ルクレツィア】と呼ばれた女の兄と思われる、青年の声を聞いていた。
「さあ『歌え』。お前の名は?」
「……アレクトロ……」
頭の中で響くその声は、脳に直接語り掛け、脳内をざらついた舌で舐め回されているような感覚がして非常に気持ち悪い。
なのに抵抗出来ず、絶対命令を受けたかのように従ってしまう。
脳内では必死の抵抗が続いている。こんな事は言いたくない、喋りたくない! と。
だが、口からは言われるままの返事が出てしまう。
「それは、本当の名か?」
「…………」
「『歌え』アレクトロ。真(まこと)の名を!」
嫌だ! こんな奴に言いたくない! こんな奴に支配されるなど……!
「……アル……バストゥル……」
「くくく、良い子だアルバストゥル」
……畜生! てめぇらなんぞに……っ!
「ランクは?」
「……SR……」
「SRとは?」
うるせぇ、てめぇらに説明なんぞ……!
「……スキル、ランク……。ハンターランク上位の……、上……」
「ほぉ、随分と良い腕を持っているのだな」
「…………」
「さてここからが本番だ。【ベナトール】という者を知っているだろう?」
「――!」
思わずピクリと反応した彼を、相手が見逃すはずがない。不気味に口角が釣り上がっていく。
「くく、やはりお前を誘拐して正解だったという訳だ」
オッサンが、目的か!?
「『歌え』アルバストゥル。彼のランクは?」
駄目だ! オッサンに危険が及んでしまう! 俺のせいでオッサンが……っ!
「……GR……」
クソッ! 抵抗出来ねぇ……っ!
「GRとは?」
「……G級、ランク……。SRの……上……」
「それは凄いな。やはり彼が超ベテランだという噂は本当だったと見える」
オッサン……、すまねぇ……っ!
「本当の目的はここからだアルバストゥル。『彼の正体』は?」
やはり、それが目的だったのか……!
そのために俺を誘拐したのか。オッサンの正体を聞き出すために。
「…………!」
「抵抗しても無駄だよアルバストゥル。さあ『歌え』! 彼の正体は?」
言うものか……っ!
苦し気に喘ぎ、苦悶の表情で抵抗するアルバストゥル。
出かかった言葉を押し殺し、歯を食い縛る。
「無駄だと言っただろう。『歌え』アルバストゥル! 抵抗すればするほど苦しいだけだぞ?」
「……言う……ものか……!」
言うまいと抵抗する度に頭が締め付けられる。脳が握り潰されるのではという感覚になり、気が遠くなっていく。
だが気絶してしまうと全て相手の言い分通りに喋ってしまうという事だけは分かるため、舌を噛んだ痛みで無理矢理意識を取り戻した。
「……。意外にしぶといな。やはり、絆の深さは噂通りか……」
恐らく、ソロ狩りを好む孤高なハンターであるベナトールの、数少ない組狩りの相手の中でも特に絆が深い者がアルバストゥルであると彼らは結論付けたのだろう。
そしてそれ程絆を深めているならば、彼の正体も知っているはずだと考えたのだ。
「まあいい……。時間はいくらでもあるのだ。これからお前が『歌う』まで、何日でも付き合ってやるまでさ」
「…………」
声は「見張っていろ」と告げるとそれきり黙り、足音が遠ざかって行った。
ずっと黙って事の成り行きを見守っていたルクレツィアが、声を掛けた。
「抵抗しなければすぐに解放してあげるのに。お前が『歌わなければ』何日もこのままなのよ? だから『立派な筋肉がやせ細るのは見たくない』と言ったのに」
「……黙れ……!」
「お兄さまは抵抗する者には容赦しないわ。お前に施された【カンタレラ】には自白の力があるの。そして、強く作用すれば対象を死に至らしめる事も簡単に出来る。お前はハンターとしてフィールドで死にたいのでしょう? ならばこんな所で死なないで」
「……あの人の……、正体を探って……どうする……つもり、だ……?」
「それはお兄さまにしか分からない事なの。だからお願い。早く『歌って』」
「……断る……」
「そう……」
ルクレツィアは悲しそうな溜息を付くと、「後はお願いね」と先程【ブレスワイン】を手渡した控えの者に告げて出て行った。
アルバストゥルはぐったりとなったまま、地下牢と思われる場所に残された。
その日から何日も、彼は自白を迫られた。
そして食事を与えられないどころか、【カンタレラ】の量も徐々に増えていった。
それ程アルバストゥルが抵抗していたからなのだが、逆に言えば彼の精神力がそれ程強かったとも言えた。
【カンタレラ】だけでは足りないと業を煮やした青年は、拷問にすら掛け始めた。
その頃になると【カンタレラ】の強い作用で幻覚、幻聴が始まったアルバストゥルは、特に見張りしかいなくなった夜の闇に怯えるようになった。
(この場所は地下ではあったが、僅かに日が差す時間帯があり、それによって昼夜の区別がついた)
だが、何が彼を押し止めるのか、ベナトールの正体を『歌う』事だけは決してしなかった。
余りにも哀れで惨たらしい様子の彼を、ルクレツィアはいつも悲痛な面持ちで見ていた。
【ボルジャ家】の屋敷は、【西シュレイド王国】の王都である【ヴェルド】にあった。
別名【城塞都市】とも呼ばれる【ヴェルド】には、外周全方位を囲む物々しい外壁や、戦争もしくは【モンスター】に備えた大砲、【大型固定弓(バリスタ)】などが数多く備え付けられており、それが都市の特徴ともなっていた。
一見華やかに見える場所ではあったが、経済的格差が大きく、経済力に乏しい市民は厳しい生活を強いられているという、人によっては住みにくい都市とも言えた。
ベナトールは少しでも日にちを稼ぐために、【ギルドナイト】の特権を利用してまず【ミナガルデギルド】の本部まで気球で行き、そこからなるべく足の速い竜車を使って【ヴェルド】まで急いだ。
だがそれでも最低五日はかかってしまう。
本当は全て気球で移動した方が遥かに速いのだが、【ギルトナイツ】で使っている気球で【ヴェルド】に行けばバレてしまうし、怪しまれずに行けるとしても【古龍観測隊】の気球を借りるのは手続きがやっかいなので、諦めたのだ。
なるべく屋敷近くの宿屋に泊まり、様子を探る。
本当ならばすぐにでも突入したかったが、アルバストゥルがどこに閉じ込められているかも分からない状態で正面から突っ込めば、彼の命が無くなるだろう。
それに多くの兵隊に囲まれてにっちもさっちもいかなくなる。
自分一人ならば皆殺しをしてまでも逃げ切る自信はあるが、そんな大袈裟な事をすれば指名手配されるだろう。
彼を無事に助け出したいならば、突入ではなく潜入。つまり見付からずにこっそり入る必要がある。
それには彼のいる位置を正確に把握しておく必要があるのだ。
さて、どうするか……。
犯罪者など幽閉する者を閉じ込めておくならば、恐らく地下牢だろう。
だが問題はそれがどこにあるか、である。
どうにかして見取り図を手に入れられねぇかな。
ベナトールは、そんな事を思いながら宿屋の部屋から見える立派な屋敷を見ていた。
わざと屋敷の近くで暴れでもすれば、犯罪者として捕まるだうか?
いや門番兵に捕まったとしても外に放り出されるのが関の山だろうな。
それでは地下牢に入れられるどころか、下手をすればその場で切り捨てられ兼ねんな。
何か地下牢に入る手立てはねぇもんか……。
ちと、噂の類いを探ってみるか。
そう考えたベナトールは、大衆が集う酒場の場所を聞いて出掛けて行った。
「ボルジャ家」は教皇にまで上り詰めた名門貴族なんだそうです。
ですが「モンスターハンター」の世界で「教皇」が存在するのは相応しくないと個人的に思いましたので、城主として扱う事にしました。
「王都ヴェルド」の説明は、情報サイトで調べたものです。
彼らが何故ベナトールに疑いをかけているか。
それは「ギルドマスター」とよく行動を共にしているからです。
彼の戦闘能力の高さは王族貴族の間では知られていたがために、直接本人を誘拐して正体を聞くのは不可能だと判断し、「ならば一番絆の深い者を誘拐しよう」となったようです。
始めは「ハナ」を誘拐する予定だったようですが、幸いにも最近ハナはカイとくっ付いた影響でもうベナトールにべったり、という事がなくなっていましたので、「一番絆の深い者はアレクトロという人物である」と判断されたようです。