今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】   作:沙希斗

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「チェーザレ」と「ルクレツィア」は、実の兄妹でありながら愛し合っていたらしいです。


カンタレラ(3)

 

 

 

 

 【ボルジャ家】に関しては多くの噂が飛び交っていたが、肝心な地下牢の場所に関しては、やはり一般人には知られていないようだった。

 だが幽霊の噂があり、「深夜になると屋敷の地下から叫び声や呻き声が聞こえるらしい」と言われたので、ならば一旦屋敷内に忍び込み、その声を辿れば地下牢に行けるのではと考えた。

 地下から聞こえる声ならば、恐らく地下牢に閉じ込められている犯罪者のものだろうと考えたからである。

 

 

 その日の深夜、裏門の門番兵が交代する隙を狙って屋敷内に侵入したベナトールは、隠れながら気配を殺しつつ下の階下の階へと下りていった。

 なるべく地下を目指そうとそうしたのであるが、何せ部屋数が多く、階段も多いため、迷いそうになる。

 堂々巡りになっていやしないかと不安になった頃、その声は響いた。

 

 この辺りか……。

 

 耳を澄ませながら階段を下りていく。長い螺旋階段が続くようになり、声も徐々に明確に聞こえるようになってきた。

 階段の終りに重々しい扉があるのが見え、そこに見張り兵がいる。

 気絶させようかと思っていると、丁度巡回の時間だったらしくて扉が開いたので、隙を見て中に滑り込んだ。

 

 やはりここが地下牢だった。

 

 巡回通路は狭かったが、入り組んでいたために上手く相手が通らない場所に潜んでやり過ごす。

 相手はランタンを持っていたが、通る場所以外は暗がりなので、見付かる事はなかった。

 

 見張り兵が過ぎた後は通路も暗闇になったが、夜目と気配で牢屋に入れられている者を探す。

 

 いくつかの牢屋に分けられて何人か入っていたようだが、呻き声と叫び声は、主に一番奥から響いていた。

 その場所まで行ったベナトールは、中にいる者が奥の方で石壁に磔にされているのを、僅かに見えるシルエットで確認した。

 体型からして男だと分かったが、ぐったりと首を垂れているので顔が分からない。

 と、急に首を持ち上げた者は、怯えた様な仕草をして叫んだ。

 

 アレク……!

 

 その声は、間違いなくアルバストゥルのものだった。

 何度も叫んでいるのか声は枯れてしゃがれ、他人のもののように聞こえていたが、ベナトールがアルバストゥルの声を聞き間違えるはずはなかった。

 

「アレク!」

 

 ベナトールは檻の格子を掴んで中に囁いた。

 シルエットがピクリと身動ぎした。

 

「アレク! 俺だ、分かるか?」

 声の方に顔を向けたかに見えたが、明らかに怯えている。

 

「……あ……。あぁ……!」

「助けに来たのだアレク! すぐにここから出してやるからもう少し辛抱しろ」

「……嫌だ……、来るな……!」

 

 シルエットは何かに逃れるように頭を振り、悶えている。

 

「怖がるな。俺が分からんのか?」

「来るなあぁ!!!」

 

 声を掛ける度に怯え、叫び、もがいているのが分かる。

 声の場所に反応してというよりは、あらぬ方向を向いたりしているので、幻覚を見ているのではと思われた。

 

「こうなるまで何をされたんだクソッタレ……!」

 ベナトールは歯軋りした。

 

 とにかく檻が邪魔だ。一刻も早く中に入らなければ。

 扉の場所を探して手探りで鍵を探り当てる。南京錠になっているそれを、力任せに引いてみる。

 何度もガチャガチャやってる内に壊れ、中に入れた。

 

 だが磔になっている枷の部分がどう頑張っても外れない。その内巡回が回って来たのでそいつを脅して枷の鍵を奪おうと近付くまで待っていると、その前に違う者が現れた気配がした。

 

「巡回ご苦労。彼の様子は?」

 青年と思われる声がする。

 

「これからそちらに回ろうと思っていた所です。一緒に御覧になりますか?」

「そうしよう。お前も来るか? ルクレツィア」

「……。行くわ、お兄さま……」

 

 【ルクレツィア】だと?

 ベナトールはその名に聞き覚えがあった。

 

 確か当主【チェーザレ】の妹君だったはず。という事は、今『お兄さま』と呼ばれた青年は――!

 

「鍵が壊されております!」

「何!? 中はどうなっている!」

 

 見張り兵は慌ててランタンを中にかざした。

 檻の中は隠れる所がないので、ベナトールは見付かる覚悟を決めた。

 

「! 誰だっ!」

 ビクリとしてそう呼ばわった見張り兵に続き、二つのランタンが掲げられて、中がかなり明るくなった。

 

「……。ほぉ、ベナトール殿ではないか。わざわざ御自ら助けに来られたのか?」

 

 わざと『御自ら』などと言っているのは煽っているつもりなのだろう。

 

「……。俺を知っているとは、余程ハンターに詳しいと見えるな?【チェーザレ】」

「き、貴様恐れ多くも御当主様に向かって……!」

 

 長剣の束に手を掛ける見張り兵を宥めつつ、彼は口を開いた。

 

「下がって良いぞ」

「しし、しかし――!」

「ここからはお前には知る権限はない。知ろうとするならば彼と同じ目に合わせるが、それでも良いか?」

 

 ぐったりしているアルバストゥルを顎でしゃくりながら言われた見張り兵は、慌てて引き下がって行った。

 

「あなたが、【ベナトール】なのね」

 牢屋の中に灯りをともしつつ言うルクレツィア。これでアルバストゥルのいる檻の中は、昼間とほぼ変わらないような明るさになった。

 

 ハッキリと見えるようになったアルバストゥルの姿を改めて見て、絶句するベナトール。

 

 ハンターの中でも発達した筋肉の持ち主だった彼の体躯はやせ細り、一回りも二回りも縮んだように見える。

 傷の無いヶ所は無いのではないのかと思えるほどの拷問の痕があり、誘拐された時に着ていたと思われる、軽装備の皮鎧もボロボロに垂れ下がっている。

 

 髪も髭も伸び放題になっており、こけた頬も相まって、実年齢よりも老けて見えた。

 

 暴れているせいなのか、枷が当たる部分の肉が削げ、骨まで見えるのではないかと思う程抉れてしまっている。

 彼は今、ぐったりしたまま目を閉じ、呼吸だけを繰り返している。

 その息遣いには幸いながら乱れは無い様子だが、もうそれしか出来ないといった風情であった。

 

「……なんて……、こった……!」

 

 直視出来ない程の酷い状態に、ベナトールはショックを隠し切れないでいた。

 そして、もっと早く来れていればと激しく後悔した。

 

 ルクレツィアは、泣きそうな顔で目を逸らせている。

 恐らく見るに耐えないのだろう。

 

「……。言い訳になるがね、私もここまで酷い仕打ちをするつもりは無かったのだよ。だがね、彼がどんな事をしようが決して『歌って』くれないものだから、仕方が無かったのだ」

「……。こいつを『歌わせて』、何を聞き出すつもりだ?」

「それは君に直接聞いても答えてくれないものさ。即ち『君の正体を聞きたい』のだ」

「……。俺の正体を知ってどうすると?」

「そりゃあ確定出来れば貴族間と連携して見張り、君の動きを把握出来るだろう? そうすれば何かあった時に素早く対処出来るではないか? 例えば処刑されるのを防ぐ、とかね」

 

「……。何の、話だ?」

 

「君がそう隠そうとするから彼を誘拐せざるを得なかったのだ。彼が一番君との絆が深いという噂があったからね。まあ正解だったわけだが」

「…………」

「しかし、ここまでしぶといとは思わなかったよ。これにはかなり想定外だった。すぐに『歌って』くれさえすれば、ここまで酷い状態にならずにそれこそ初日に解放してやれたのだ」

 

 その時、アルバストゥルがピクリと反応し、ゆっくりと首を持ち上げてベナトールを見た。

 

「……。オッサン……?」

「分かるのか?」

 

 彼は先程のようにあらぬ方向を見て幻覚に怯えるような事はせず、ハッキリとベナトールを視界に捉えている。

 

「……なぜ……ここへ……?」

「お前を助けに来たに決まっているだろう」

 

 そう言うと、彼はハッとした顔になった。

 

「……すまん……! 俺は……、俺は、あんたのランクを……喋っちまった……!」

「なんだそんな事か。気にせんで良い。ハンターの事を調べる者ならば、いずれは分かる事ではないか」

「……だが俺は……、俺はあんたを……危険な……目に……」

「……。見縊るなよアレクトロ。俺がこの程度の事でどうかなるとでも思うのか?」

「……すまんオッサン……、俺の……せいで……!」

「何を気にしている? お前のせいではない」

 

 そう言ってやっても、アルバストゥルは感情が不安定になっているのか「……すまん……すまん……」と泣きながら繰り返している。

 

「……。どうやら、そろそろ限界なようだな」

 そう言ったチェーザレは、口の端を釣り上げながら聞いた。

 

「さてベナトール。君のためにここまで彼は頑張っているのだ。君の口から直接話してもらおうか」

「……。そうすれば、こいつは必ず解放してくれるのだな?」

「当たり前だ。そのためにわざわざ誘拐してこんな目に遭わせたのだからな」

「解放すれば、金輪際こいつと関わらんと誓うか?」

「誓う。それさえ分かればもう彼には用は無いわけだからな」

「……。それを違え(たがえ)れば、どうなるか分かっているな?」

「分かっている」

「……。良かろう。俺の正体は――」

「やめろおぉっ!!!」

 

 アルバストゥルは彼の言葉を遮るように絶叫した。

 今の体力でそこまでの声が出た事に、その場にいた全員が驚いた。

 

「……めろ……。頼む、言わないで……くれ……」

 体力を消耗し切ってしまったのか、消え入るような声になっている。

 

「では代わりに『歌え』アルバストゥル」

「待て貴様、なぜその名を――!?」

「くく、彼が直接その口から話してくれたのだよ。しかも誘拐して来たその日にね」

 

 あれ程他人に知られるのを嫌がっていた本名をこんな輩に喋るのは、どんなに屈辱的だったろう。

 

「それだけではない。彼は全て初日に話してくれたよ。自分のランク、その説明、君のランクとその説明もね」

「――!」

 

 アルバストゥルは自分からベラベラと喋る性格ではない。そして自分のランクを自慢する事も。

 ましてや他人のランクをベラベラ喋る事など――。

 

「……。【カンタレラ】、か……?」

 

「良く知っているね。その通り」

「……。【カンタレラ】とは、それ程の作用があるのか……」

「本来ならば毒殺させるための薬なのだがね。効き目を薄めれば自白剤の代わりにもなるのだ。だがそれ程効き目があるはずの薬でも君の正体を『歌う』事だけは決してしなかった。ここまで自白を押し込められるとは、余程精神力が強いのだろうね」 

「そのために……。そのために、お前はこんな目に……っ!」

「さあ話は終わりだ。『歌え』アルバストゥル! この者の正体は?」

 

 苦悶の表情で呻きながら抵抗していた彼だったが、とうとう口を開いた。

 

「……ギ……」

 

 だが、出かかった言葉を閉じ込めるように歯を食い縛ったかに見えた次の瞬間、彼は口から大量の血を溢れさせた。

 

「アレク!?」

「きゃあぁっ!!」

 

 驚愕したベナトールの声とルクレツィアの悲鳴が重なる。アルバストゥルはたちまち呼吸困難に陥り、ゆっくりと目を閉じてがくりと首を垂れた。

 

 そして、全身の力を抜いて動かなくなった。

 

「アレク! おいアレク!!」

 ベナトールは慌てて彼の顎を掴み、無理矢理口を開いて血が溢れ続けている口の中を覗き込んだ。

 

 やはり舌を噛み切っている。

 

「……。驚いたな。『歌わない』ようにするためにここまでするとは……!」

 チェーザレは戦慄すら覚えた。ベナトールの正体を隠すためなら、死をも選ぶと言うのかこの者は! と。

 

 呼吸が完全に止まっている。

 血を喉に詰まらせたのだ。

 

 ベナトールは彼の口を開かせた状態のまま深く息を吐き出すと、彼の口を口で覆って思い切り吸い込んだ。

 それを繰り返して血を吸い出すと僅かに呼吸が復活したかに思えたが、またすぐに止まってしまった。

 

 出血が続いているせいである。

 

「あ、あのっ!」

 ルクレツィアは狼狽しながらも懐からレースのハンカチを取り出し、「こ、これ……!」とおずおずと差し出した。

 

「恩に着る!」

 ベナトールは引っ手繰るようにしてそれを受け取ると、舌を挟むようにして口の中に突っ込んだ。

 

 だが見る見る内に血を吸い込めなくなったハンカチは、真っ赤に染まったまま血を滴らせ始めた。

 

 やはりこんな物では足りん!

 

 歯軋りしつつ自分の服を破いているベナトールに、「ごめんなさい……」と彼女は言った。

 

「謝る事は無い。ありがとうな」

 

 ハンカチよりは面積の広いベナトールの服により、どうにかそれ以上血を詰まらせる事は止められたようだった。

 

 呼吸はなんとか復活してくれたが、弱々しく、今にも止まりそうになっている。

 元からかなり衰弱しており、体力の限界が近付いていたのだ。その上でこんなに出血すれば、心臓が持たない。

 

「枷を外せ、チェーザレ!」

 

「……それは君の正体を――」

「ここまで隠し通そうとしている奴を前にして話せる訳がなかろう! サッサと鍵をよこせ!」

「ごめんなさいお兄さま!」

 

 ルクレツィアは兄に体当たりをするようにして鍵を奪い、ベナトールに渡した。

 

「おのれルクレツィア、裏切るつもりか!?」

「いいえ、愛するお兄さまを裏切る気など毛頭無いわ。でもこの者をこんな所で死なせたくないの! 彼は言ったわ。『ハンターらしくフィールドで死にたい』って。そしてそうならずにここで死ぬかもしれない事をとても残念がってたわ。だからお願い、ここで死なせないであげて!」

「感謝するルクレツィア。元より助ける気でここに来たのだしここで死なせる気などもない!」

 

 枷を外してアルバストゥルを抱え込んだベナトールは、出口に向かって駆け出した。

 

「待て貴様! であえぇっ!」

 チェーザレの呼び掛けに答えて兵士達がわらわらと集まって来る。

 

「どけえぇっ!!!」

 殺気を放ったベナトールの鋭い眼光とあまりの迫力に居合わせた全員がたじろぎ、手を出せる者は誰一人いなかった。

 

 その間を抜けて、ベナトールは矢のように駆けて行った。

 

 

 

 




重量のある武器である「ハンマー」を主に使うベナトールでも、流石に磔の枷は壊せなかったみたいです。
というか自分が磔にされていたなら手足が折れようが千切れようが構わずに抜け出すのでしょうが、大事な仲間であるアルバストゥルをそんな目に遭わせる訳にはいかなかったのでしょう。

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