今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】 作:沙希斗
「ねぇアレク、【ニトロダケ】採りに行かない?」
悲劇は、そんな会話から始まった。
「んなもん一人で勝手に採りに行きやがれ」
「だって、一人で行ったってつまんないんだもん。ねぇ付き合ってよぉ」
「だーもぉっ! 女かおめぇは!」
「え、確かにたまに女に間違えられるけど……」
「真剣に悩むな! 分かった付き合ってやるよ!」
「ホント!? わ~~いっ♪」
カイに付き合わされて【樹海】まで渋々付いて行ったアレクトロは、【ニトロダケ】のある《4》で、自分だけ【オオツノアゲハ】などを取っていた。
「アレク、【ドキドキノコ】を見付けたよ。食べてどうなるか試してみよっか」
「やめとけ、ろくな事にはならんぞ」
【ドキドキノコ】というのは、食べるとランダムに体力二十回復、武器倍率+十、防御力+四十、スタミナの上限−二十五、スタミナ減少無効(三分間)&スタミナの上限+二十五、体力半減、体力とスタミナの上限百五十、声帯麻痺(声が出なくなる)、のいずれかの効果があるという物で、ギャンブル性を求めるハンターが面白がって食べたりするキノコである。
忠告を無視して食べたカイは、そのまま動きを止めた。
そして、ぼーっと立っている。
なんか様子がおかしい。
そう気付いたアレクトロが声を掛けようとすると、【太刀】を構えて切り掛かって来た。
「なんの真似だ?」
避けつつ腕を掴む。
が、振り払ってまた切り掛かって来る。
「お、オイ何やってんだ?」
困惑して避け続けたアレクトロだったが、とうとうキレて「いいかげんにしやがれ!」と、切り上げて吹っ飛ばした。
「急になんだってんだよ、ったく……!」
と、ゆらりと起き上がったカイの口から、信じられない言葉が出る。
「……【モンスター】め……!」
「――なっ!?」
再び切り掛かって来たカイの攻撃は、本気としか思えない激しさだった。
何度か避けていたが、ついに避け切れずにガードしてしまうアレクトロ。
カイごときの攻撃でまさかガードを使うとは思わなかった彼だったが、『ごとき』と馬鹿にしていた者が、意外にも強かったと思い知った。
ガードしつつ、避けつつカイの攻撃をいなしながら、もしかしてコイツは幻覚を見ているんじゃないかと考えた彼。
だが、【ドキドキノコ】で幻覚を見るという事は、聞いた事が無い。
もしかして、なんか別のもんを食ったんじゃねぇのか?
防戦しながらチラチラと、今までカイが採取していた箇所を見ていたアレクトロは、そこに【混沌茸】が生えているのに気が付いた。
【混沌茸】は、それを食べた【モンスター】をも幻覚を見るという、強力な幻覚作用のあるキノコである。
まずいぞこれは……。
恐らくカイは、【ドキドキノコ】と間違えてこれを食べてしまったのだろう。
食べる前にキノコを見なかった事を、アレクトロは後悔した。
巨大な体躯の【モンスター】が幻覚を見る程強力なのだ。それより小さなハンターなら、もしかしたら当分の間、その作用が抜けないかもしれない。
それに、幻覚作用を消す薬も分からない。
「カイ! おいカイ! 目を覚ませ!!」
アレクトロは声を掛けながら防戦したが、やはり分からない様子。
このままでは、怪我をさせちまう。
アレクトロは【本能】ともいえる、敵に対しての攻撃衝動を抑える事に、限界を感じ始めていた。
手合わせの感覚でいようと思ったのに、本気で闘ってしまいそうだ。
辺りに、
主にカイのものだったが、その中にアレクトロが【大剣】で【太刀】を弾く音も、交じり始めていた。
そして思わず振り被ってしまった彼は、ハッとなって振り下ろす直前で動きを止めた。
そうしないとカイを両断してしまうからである。
その刹那、カイが突いて来た。
ズドッ!
肉体を貫く音が聞こえ、アレクトロの手から【大剣】が滑り落ちる。
迷い無く彼の胸を捉えた【太刀】は、長々と背中から突き出している。
二人は、そのまま動きを止めた。
時が止まったかのような静寂が包む。
……コイツに殺されるんなら、死んでもいっか……。
一瞬そう考えたアレクトロだったが、時が動き出したかのように周りの音と共に激痛が襲って来ると、その考えは消し飛んだ。
「ぐあぁ!!!」
見悶えしつつ痛みに耐え、
やはり、目は虚ろなままだ。
「……カイ……。目を覚ませ……」
言いつつ、両手で彼の頬を挟む。
苦痛で力が入り、爪を立ててしまうが、カイの目に光は宿らない。
そしてカイは、【太刀】を抉りながら抜いた。
大量の血と共に、アレクトロがその場に崩れ落ちる。
カイは返り血を噴水のように浴びながら、【太刀】を斜め上段に構えた。
逃げる力も無くなった事を悟ったアレクトロは、胸を押さえながらあえぎつつ、止めを刺されるのを静かに待った。
だが、踏み込んだカイは、ハッとなったように動きを止めた。
目に光が宿りはじめ、【太刀】が下がる。
狼狽の表情が表れ、自分の手を見て血濡れになっているのに気が付き、その先にある【太刀】に視線を彷徨わせる。
血が滴っているそれを愕然としたように見、そして血溜まりの中、あえぎながら静かに自分を見詰めているアレクトロに気付いて、ビクッとなって【太刀】を取り落とした。
「……お、おいら、何を……」
片側の顔を隠すように、手で額を覆うカイ。
そして力無く膝を付くと、「アレク……? おいらが、やったのか……?」と震える声で聞いた。
「……カイ、目が覚めたんだな。よかっ……」
気が遠くなりかけたアレクトロ。
だが激痛と、悲鳴に近いカイの呼びかけで無理矢理意識を戻された。
体を反らして歯を食い縛り、苦痛に抗う。
カイが泣きそうな顔で自分に呼びかけつつ、【生命の粉塵】を掛けているのが見える。
が、やがて視界がぼやけ、アレクトロは目を閉じた。
「アレク!! アレク!!!」
ぐったりとなって動かなくなってしまったアレクトロに、カイは必死で呼び掛けつつ、【生命の粉塵】を掛け続けた。
ポーチにある分だけでなく、調合した物も掛け続けたが、彼の意識は戻らない。
「おいら……、おいらのせいだ……」
気が付いたら目の前に、血塗れのアレクが倒れてた。
訳が分からなかったが、自分が持っている【太刀】が、血で濡れていた。
きっと、おいらが刺してしまったんだ。
カイは、ハンターがどんな理由であれ、人に
だから、【クエストリタイア】して【ハンターズギルド】に報告し、そのまま彼の前から去ろうと考えた。
場合によっては殺人担当の【ギルドナイト】に殺されても、それで仕方がないと思った。
【街】に戻ったカイは、アレクトロを医務室に預けると、その足で【ギルドマスター】の元へ向かった。
「おぉカイ。久しいの」
にこやかに話しかけて来る【ギルドマスター】に、「折り入って、話があります」と告げる。
その顔がただ事ではないと見た【ギルドマスター】は、「こっちへおいで」とカウンターの奥の部屋に連れて行った。
目を開けたアレクトロは、自分がベッドに寝かされている事を知る。
そこが【ベースキャンプ】のテントではなく、部屋の中だと気付いた彼は、起き上がって見回した。
傍らにベナトールがいるのに気が付き、「オッサン、ここは?」と訊ねる。
「医務室だ。目が覚めたようだな」
「アイツは?」
「カイは今、【ギルドマスター】と話し合ってる」
そう聞いた途端、アレクトロは勢いよくベッドから下りようとして苦痛に顔を歪めた。
「馬鹿者、まだ寝てろ!」
無理矢理寝かせようとするベナトールに、「寝てられっかよ!!」と抗う。
「アイツが、アイツが危ないんだ。オッサン頼む。【マスター】の所へ連れてってくれ!」
「アレクよ……」
ベナトールは諭すように語りかけた。
「全ては【ギルドマスター】が決める事だ。例えカイがどうなっても、俺達はそれに従うしかないのだ。それが分からんお前ではあるまい?」
「てめぇはそれで良いのかよ!?」
アレクトロは彼の襟首を引っ掴んだ。
ベナトールは黙っている。
「……。そうかよ。ならもう頼まねぇや」
転げ落ちるようにベッドを下り、壁や柱を伝ってそろそろと移動して行くアレクトロ。
ベナトールは無言で見送っていたが、やがて立ち上がって彼を担ぎ上げた。
「てめぇ! 放しやがれ!!」
もがくアレクトロを黙ったまま運び、【ギルドマスター】の部屋へ。
肩から彼を下すや否や、首後ろを掴んでぶら提げて、部屋の中へ放り込んで去って行った。
彼とてカイが殺されるかもしれない危機を、黙ってただ待つ事は出来なかったのだ。
が、【ギルドマスター】の決定は絶対だと思っているので、せめてアレクトロの思いだけは叶えてやろうとしたのである。
いきなり部屋に放り込まれた者を見て、二人は唖然としつつ同時に言った。
「アレク!?」
「アレクトロか!?」
アレクトロは苦痛に顔を歪めつつ、「……やってくれるぜ、あのオッサン……!」と呟いた。
駆け寄ったカイに支えられて【ギルドマスター】に向き直り、アレクトロは口を開く。
「【マスター】、お願いがあります」
「あぁその事じゃがの。もう話はついた」
「――! そう、ですか……」
遅かった。これでもうカイは……!
唇を嚙んで項垂れたアレクトロの耳に、【ギルドマスター】の声が届く。
「何を勘違いしとるか知らんが、カイは咎め無しじゃぞ」
「――え!?」
驚いたように顔を上げたアレクトロ。
「で、ですが、コイツは俺を殺そうと――」
「意識して殺そうとした訳ではないのじゃ。罪に問える訳がなかろう」
「で、では――!」
「無論、今まで通りに働いてもらう。ハンターとしてな」
「良かった……!」
そう言うと、アレクトロは全身の力が抜け、その場にだらしなく転がった。
「お、おいアレク!?」
慌てて助け起こそうとしたカイの耳に、規則正しい寝息が届く。
「ち、ちょっとアレク? 【ギルドマスター】に失礼だろ!」
「よいよい、それだけ気を張り詰めていたんじゃろう。そのままにしておやり」
「ですが、せめて別の部屋で――」
「愛されておるな、カイよ」
冗談ともつかぬ【ギルドマスター】のその言葉に、カイはそれでもこれ以上ないというくらいの笑顔を作り、「はい……!」と答えた。
挿絵としてカイと闘っている風に撮影したかったんですが、「パートナー」が雇い主に武器を向ける事は(システム上)ありませんので、小型「モンスター」を攻撃している最中に、上手い具合に戦闘っぽくなるようにして撮影しました。
難しかった……(^^;)
それでも攻撃した「モンスター(モス)」が映ってしまっていますね。