今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】 作:沙希斗
すぐさま待機させていた竜車に飛び乗って猛スピードで街道を駆け抜け、【ヴェルド】の街門から外へ出てすぐの事である。
大きな風切り音がしたと思ったら、竜車の幌が破れて中に何かが飛び込み、木の床に突き刺さった。
それを確認した直後、次から次へと幌を破りながら同じものが飛び込んで来ては床に刺さっていった。
それは【バリスタの弾】であった。
「あの若造がぁっ!」
ベナトールは怒り声で吠えた。竜車を引いていた【アプトノス】が怯え、暴れる。
「止まるな! もっと急がせろ!」
「これ以上は無理ですにゃ!」
ただでさえ限界速度で走らせていた【御者アイルー】が、悲鳴に近い声で叫ぶ。
「頼む! なるべく急がせて――!」
言い掛けた彼の背中に一本が刺さる。
避けられるのにそうしなかったのは、軌道上に横たえたアルバストゥルがいたからである。
彼はそのまま庇うように四つん這いになって上に覆い被さった。
その背に当たり前のように何本もの矢状の弾が刺さっていく。ハンターが使う【弓】の矢ではなく、【古龍迎撃】に使われる【大型固定弓(バリスタ)】の矢(弾)である。篦(の。矢の棒の部分)も鏃も【弓】のものに比べて太く大きいのだ。
だが彼は体に力を入れた状態のまま、身動ぎもせずに歯を食い縛っている。
防具を着けていない(それどころか服をアルバストゥルに提供したため上半身裸)ので貫通してそのまま下にいるアルバストゥルに突き刺さってもおかしくないような勢いなのにそうならないのは、それだけ彼の筋肉が衝撃を吸収しているからなのだろう。
竜車がようやく射程距離から離れ、泡を吹いて走っていた【アプトノス】の速度を幾分か緩めた頃、アルバストゥルの目が僅かに開いた。
「……。目が覚めたか?」
すぐ上から声がして、どうやらベナトールが四つん這いになって自分に覆い被さっているのだと彼は気が付いた。
状況が飲み込めずに面食らったが、優しく口元を上げて見詰めている彼の息が荒いのと、やたらと星が見えると思ったら竜車の幌が破れて穴だらけになっており、それにつれて周りを見回すと鋼鉄で出来たいくつもの太い矢が床に刺さっているのとで何が起きたかを瞬時に理解し、ハッとなった。
……まさか……!
愕然となっている彼の顔に、血がかかる。
それまで抑えていた様子のベナトールが、とうとう堪え切れずに血を吐いたのだ。
「……あぅ……!?」
「すまん、な……」
ベナトールは呻くように言うと、床に刺さったバリスタの弾を薙ぎ倒しながらゆっくりと横倒しになった。
「あぅ! あぐぁっ!」
噛み切った舌が機能せずに言葉にならない声を出すアルバストゥル。
「そう興奮するな、(お前の)出血が増しちまう。……この程度など、大した事は無い……」
「あぁうっ!」
「弾を抜きさえしなければ、大出血はしない……。安心しろ。こんなもんじゃ俺は、死なんよ」
不敵に笑って見せるが、息は荒い。
「それより、まだ寝ていろ。【ミナガルデ】までは……もう少し日にちが掛る。そこからは気球を使うから、【ドンドルマ】までは早いの、だがな」
そんな事を言われても、寝られるわけがない。
「すまんが、しばらく寝る。なるべく話し掛けないで、くれ……」
こくこくと頷いたアルバストゥルを確認すると、ベナトールは目を閉じた。
体勢を変えながら力が入らない体をそろそろと持ち上げて四つん這いで緩慢に這い、彼が楽な姿勢になれるように移動する。
改めて見た背中(というよりは背面全体)に刺さっているバリスタの弾の数に愕然としたが、抜けば大出血するのでそのままにしておくしかない。どうしようも出来ないのは分かってはいるが、その姿がなんとも痛々しく、彼が庇ってくれた事に対しての罪悪感もあって、アルバストゥルは泣きそうな顔になっていた。
せめて少しでも彼の苦痛を和らげようと、万が一のためにと竜車に備え付けられてある【応急薬】などの回復アイテムを探してみたのだが、既に自分に施してしまった後なのか、回復系は残って無かった。
その証拠に拷問の痕や枷で傷付けられた傷が大分マシになっていて、その事実が逆に彼にますます罪悪感を抱かせた。
だからと言って後悔しても仕方ないので、ならばと回復力を高める薬である【活力剤】を掛けてはみたが、そもそも弾が刺さっている事により傷を塞ぐ事は不可能なため、どれだけ効果があるのかも分からなかった。
ただ彼が自分で言ったように刺さったままなら大した出血になっていないため、それだけが救いと言えた。
ベナトールは、ただ静かに目を閉じたまま、喘ぎながら苦痛に耐えているようである。
時折眉をしかめたり歯を食い縛ったりし、更には咳込んで血を吐いたりしているようだったが、叫ぶどころか呻く事すらせず、苦し気な吐息を漏らすだけにとどめている。
アルバストゥルはハラハラしながらも、なんて精神力なんだろうと思った。
自分ならば叫び、悶え続けるかその場でのた打ち回っているかのどちらかだと思ったからだ。
そもそも意識が保てるのかすらも自信が無い。
恐らく【ギルドナイト】としての任務中に重傷を負った場合、処刑対象者もしくは引き上げ中などでそれ以外の者に気付かれないように鍛えているのだろう。こんな状態になってさえも気配を消し続けるために。
アルバストゥルは額に浮いた脂汗を時々拭いてやりながら、その任務の過酷さと、それを耐える凄まじいまでの精神力に戦慄すら覚えた。
ふと、呻き声が聞こえた気がしてベナトールは目を開けた。
するとやや離れた場所で幌の隅に座り、わが身を抱えるようにして震えているアルバストゥルが目に入った。
その目は、怯えているようだった。
「……アレク? どうした?」
声を掛けるとびくりと身を跳ね上げ、あらぬ方向を見始めた。
「怖い……のか?」
彼は怯えた表情のまま身を縮こませた。
どうやら必死で自身が暴れるのを抑えているようだった。
「……アレ――ッ!」
彼の元へと身を寄せようとしたベナトールは、大量の血を吐いた。
「ベナトール様! お願いですから動かないで! 体に力を入れないで下さいませにゃあっ!」
【御者アイルー】の泣き叫ぶような声を聞きながら、それでも彼はアルバストゥルの方に手を伸ばし、喘ぐように言った。
「……可哀想に……。可哀想に……な……」
目を開けると、朝だった。
幻覚、幻聴で眠れないと思っていたが、どうやらいつの間にか眠っていたらしい。
囚われていた時にはそれらによって一睡も出来ないでいたというのに、それ程自分が衰弱してしまったのだろうか。
そんな事を考えていて、ふとベナトールの方に目を移したアルバストゥルは、目を見開いた。
大量に血を吐いた跡があったからである。
「ぁ、あぁうっ!」
慌てて近寄って生死を確かめる。
目を閉じたままだが息はしていてホッと胸を撫で下ろす。
が、呼吸が今までのものとは違っていた。
今までは荒く、いかにも苦し気な浅い呼吸だった。
それは恐らくバリスタの弾が肺に刺さっているためで、時折喀血している事からそれは明らかだった。
だが今は大きく胸を波打たせ、大袈裟にも思えるような呼吸に変わってしまっている。
傷付いた肺でそんな呼吸をするのはかなり苦しいはずなのだが、そうせざるを得ないという感じに見えた。
その上大量の汗をかいている。
そっと額に手を置いてみたアルバストゥルは、燃えるように熱いのを知って狼狽した。
彼はピクリと眉を動かしたが、そのまま目も開けずにぐったりとなっている。
恐らくそれ程余裕が無いのだろう。
重傷の身でろくな治療も出来ず、その上高熱に侵されたとあっては死んでしまうかもしれない。
慌てたアルバストゥルが縋るような目で【御者アイルー】を見ると、【彼】は「分かりましたにゃ」と言って竜車を道脇から森の中に入れて少し進めて止めた。
「ボクが、【氷結晶】を掘りに行って来ますにゃ」
その言葉を聞いて、アルバストゥルは多少ふら付きながらも立ち上がった。
「まだ立ってはいけませんにゃ!」
慌てた【御者アイルー】は彼の目を見て理解する。
彼も、付いて行くつもりなのだと。
「いけませんにゃ! 貴方に何かあったら――」
止めようとした【御者アイルー】だったが幌内に備え付けてあった【アイテムボックス】から【ピッケル】を出して勝手に出発しようとするのを見て、「分かりましたにゃ! 待って下さいにゃあっ!」と追い掛けた。
妙に静かになった気がして、ベナトールは目を開けた。
朦朧となった意識のままに見回してアルバストゥルの姿を探し、どこにもいないのを知って慌てて起き上がろうとして直後に崩れる。
歯を食い縛りつつ横倒しの姿勢から俯せになり、上腕を立てて喀血しながら上半身だけ浮かせる。
喘ぎながら更に見回して【御者アイルー】もいないのに気付く。
そして止まっている竜車が道路ではなく、森の中なのを見て二人で何処かに出掛けたのかもしれないと思い付く。
俯せ寝の姿勢に戻りつつ、多少は回復させたが、まだ歩くのも儘ならないはずのあいつが付き添いがあるとはいえ森の中を出歩いて大丈夫だろうかと心配していると、耳が遠くから微かに音が近付いて来ているのを捉えた。
それは、獣の走るような音だった。
それも蹄を持つ獣だと理解する。硬いものが地面を蹴る音がリズミカルに近付いていたからである。
だが【ケルビ】の駆ける音ではなかった。
【彼ら】ならば跳ねるように移動するからこんな細かな音にはならない。
何処かで聞いた事があるような気がする?
思い出そうとしたベナトールは、その音がすぐ近くで止まったのを知った。
やや遅れて人が降り立つ音がした。
やはり【馬】だったかと思い出す。以前貴族と交流した時に騎乗訓練などを見せてもらった事があったからだ。
と、足音は重厚な鎧が擦れる音と共に幌の脇に寄った。
チェーザレは何かやる奴だろうと書きながら思っていたんですが、ここまでやるとは思いませんでした。