今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】   作:沙希斗

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オッサンが化け物ぶりを発揮。


カンタレラ(5)

 

 

「生死を確かめて参れ!」

 

 そんな命令を受けて馬を駆り、竜車を探していた近衛兵は、朝になって道の遠くに微かに幌が見えたのに気付いて【双眼鏡】を覗いた。 

 穴だらけの幌を引き摺るようにして走っている竜車を見て、間違いなく彼らが乗っている竜車だと確信する。

 追い掛けようと馬を急かすと、何故か道から逸れて脇に入り、森の中に入り始めた。

 

 何をしているのだろうと追い掛ける。

 追い付いた頃には森の中に止まっていた。

 

 馬の足を〈襲歩(しゅうほ)(ギャロップ)〉から〈速歩(はやあし)(トロット)〉に緩め、近付くと【御者アイルー】がいなかった。

 馬から下りて中を覗くとそこら中にバリスタの弾が刺さっており、その中で同じように背面全体に弾が刺さったまま俯せになっている大男を見付けた。

 もう一人いるはずだがと中を見回したが、囚われていた方の男の姿が無い。

 

 逃げたのか?

 

 そう思いつつ、ならばせめてこの男だけでも確かめようと近付いた。

 彼は今こちらに後頭部を向けた状態になっている。

 呼吸を確かめようとして更に近寄る。

 

 と、顔をこちらに向けて睨んだ。

 

 その眼光にビクッとなる。

 彼は滝のような汗を流していた。

 しかも口元は血でべっとりとなっている。

 呼吸もかなり苦し気に見え、これなら止めを刺さずとも、つまり自分がわざわざ手を下さずともこのまま放って置けば死ぬだろうと思われた。

 

 なのに、この気迫はどういう事だ?

 

 彼は怖気付いた。気迫どころか殺気と言って良い程の凄まじさがある。

 死にかけの者からこれ程の威圧を感じるとは……!

 これは確実に自分で手を下さねばと長剣の束に手を添えようとした瞬間、大男は口を開いた。

 

「……。殺せるとでも、思って……いるのか?」

 

 擦れてはいるが低く、唸るような声に思わずたじろぐ。

 それでも長剣を抜こうと束を握った彼に、大男は更に畳みかけた。

 

「……こんな、状態でも……、お前は、俺には勝てん……!」

 

 そしてなんと、立ち上がった。

 

 呑むような威圧で見下ろされ、完全に戦意を無くして震え始めた彼を見て、大男は言った。

 

「主(あるじ)に伝えろ……。『お前の思い通りにはさせん』とな」

 

 近衛兵は逡巡したが、踵を返して帰って行った。

 

 

 

 帰って来たアルバストゥルは、鎧を着て見た事もない獣に乗った兵士が猛スピードで竜車から離れて行く背中を見た。

 それで何かあったと思い、杖代わりにしていた【ピッケル】を放り出して、まろびながら幌に近付いて中を覗いて驚愕した。

 

 なんと、ベナトールが立ち上がっていたからである。

 

 慌てて幌の中に入ろうとした直後、彼が大量の血を吐き出しながら膝から落ち、蹲ったのを見て更に慌てた。

「あぐうぅっ!!」

 声を上げながらまだ喀血を続けていた彼を支えようとすると、気付いたのかこちらを向いた。

 

「……どこ、に……。ゲフッ! 行っ……いた?」

 

 聞き取れない程の絶え絶えの声に泣きそうになりつつ、それでも彼は懐から布に包んでいた【氷結晶】を出して見せた。

 

「……。これ、を……?」

 うんうんと頷くと、理解したのか「……りがと、な……」と体の力を抜いた。

 

 彼が放り出した【ピッケル】も持ちながら後から帰って来た【御者アイルー】は、その様子を見てパニックを起こした。

 それを宥め、二人で彼を支えて上半身だけ起こした状態にする。

 【氷結晶】を額に置き、少々動いてもずれないように固定した。

 

「……ま、ん……な……」

 

 大きく喘ぎながら言う彼に、アルバストゥルは泣きそうな顔のまま【回復薬グレート】を見せた。

 【アイテムボックス】にはそんな高性能な薬は入っていないため、道々で見付けたり【御者アイルー】が採って来てくれたりした素材で調合したものである。

 

 微かに頷いたので、口に宛がう。

 少しずつ流し込むと、咳込みつつも全部飲んでくれた。

 

 

 そろそろと楽な姿勢になるように寝かせると、【御者アイルー】はやれやれと肩を回しながら御者台に戻ろうとした。

 がその途中で全身の毛を逆立たせ、怯えた声で叫んだ。

 

「ら、【ランポス】にゃあぁっ!!」

 

 その頃にはもう竜車が囲まれていた。

 恐らく血の臭いを嗅ぎ付けたのだろう。

 

 竜車に繋がれている【アプトノス】がパニックになり、暴れる事で大きく幌内が揺れる。

 アルバストゥルは慌ててベナトールを押さえ、【御者アイルー】も大慌てで手綱に取り付いて制御した。

 揺れが落ち着くとアルバストゥルは健気にも、転がって脇に退かせていたバリスタの弾の一つを持ち上げて構えた。

 鋼鉄製の矢状の弾は、槍程の大きさがある。

 だから手に持っても武器として使えない事はなかった。

 

 そのまま外へ飛び出そうとした彼だが、その前にベナトールの雰囲気が瞬時に変わったのを見てたたらを踏んだ。 

 彼は全身から気迫を放ちながら、目を閉じたままこう言った。

 

「失せろ……!」

 

 【彼ら】から見れば幌内で横倒しになっている彼は、背中の一部しか見えていないはずである。

 にも関わらずびくりとなり、飛び掛かる寸前だったものも急停止した。

 それから慌てて踵を返し、逃げて行った。

 

「たた、助かりましたにゃ……」

 【御者アイルー】がへなへなと御者台に座り込んだ。

 長い安堵の溜息を付いて、アルバストゥルがベナトールの方を見ると、苦悶の表情になっていた。

「ぁうぅっ!」

 だが心配する彼を余所に、すぐにその表情は治まった。

 

 そして、「腹が、減ったな」と言った。

 

「【アイテムボックス】にな、確か【携帯食料】と【栄養剤】が、あった……はずだ……。お前も……、少しでも、摂取……しておけ……」

 

 呼吸は相変わらず苦しそうだが、どうやら【氷結晶】のおかげで少し熱が引いたのと、先程飲ませた【回復薬グレート】が効いたのとで食欲が出たらしい。

 

 取って来たアルバストゥルは、どちらも差し出した。

 

「俺は、【携帯食料】で、良い……。食欲が……無いなら……。【栄養剤】だけでも、飲んで……おけ……」

 

 今まで何も食事を与えられていなかったアルバストゥルだったが、絶食期間が長引いたせいなのか、逆に食欲が無くなってしまっていたのだった。

 しかし少しでも栄養を取ろうと、彼の言う事を素直に聞いて【栄養剤】を喉に流し込んだ。

 

 ベナトールは時折むせながら、それでもモシャモシャと不味そうな顔で【携帯食料】を咀嚼していた。

 

 

 ハンターは一般人と比べて燃費が悪い。 

 それはそれ程狩猟にエネルギーを使うから、という理由なのだが、従ってすぐに腹が減ってしまう。

 なので何も食べないでいると筋肉が落ちるスピードも早い。

 【大剣使い】であるために、元々筋肉が発達していたアルバストゥルが急にやせ細ってしまったのは、恐らくこのためだろうと思われる。

 

 

 

「【サシミウオ】でも釣って来ますにゃ」

 

 竜車を道路に戻して進めていた【御者アイルー】は、しばらくしてそう言った。

「お二人共、まだ【アイテムボックス】に入っていた【携帯食料】と【栄養剤】しか摂取しておられませんにゃ。少しでも精の付く食材を食べなければいけませんにゃ」 

 

 そこでアルバストゥルも立ち上がろうとすると、「貴方はダメですにゃ!」と強い口調で止められた。

 

「朝に採掘した時も、力が入らずに【ピッケル】を使うのを苦労しておられましたにゃ。ボクが心配した通りに、まだまだ安静が必要ですにゃ。……それに魚釣りとは精神の集中が必要になるものですにゃ。貴方がいると逆に気が散りますので付いて来ないで下さいませにゃ」

 

 びしりと短い指を目の前に持って来られ、アルバストゥルは逡巡しつつも頷いた。

 ベナトールは苦笑していた。

 

 

 近くに水場がありそうな場所に差し掛かった所で再び竜車を森に入れて止め、【彼】は出掛けて行った。

「付いて来てはいけませんにゃよ!」

 またそう念を押されたアルバストゥルは、ベナトールの傍で大人しく待った。

 

 意外にも釣りが上手かったらしい【御者アイルー】が、【サシミウオ】だけでなく【ハリマグロ】やら【キレアジ】やら沢山の魚を釣って帰って来たので、「焼くぐらいなら」と許しを得たアルバストゥルは焼く係を買って出た。

 ベナトールは横倒しか俯せにしかなれなかったので、幌の中から寝っ転がったまま二人の様子を眺めていた。

 

 【こんがり肉】を焼く事も得意だったアルバストゥルが上手い加減で次々に焼き魚を作っていく。

 その美味そうな匂いで自分の食欲も湧いた彼は、焼きたてを頬張ってしまってベナトールの視線に気付き、バツが悪そうな顔になって串刺しの一本を持って行った。

 

 起きるのを手伝って上半身を支え、食べさせようとしたが「自分で食えるわ」と言われたのでそのまま渡す。

 が、盛大にむせたのを見てやはりと思い、水を飲ませてから少しずつ千切って渡した。

 彼は不満そうな顔をしたが、それでも素直に従った。

 

 

 

 もうすぐ日が落ちるという頃、ベナトールは「こっちに来い……」とアルバストゥルを呼び寄せた。

 

「胸に、耳を当ててみろ」

 

 何事かと面食らった彼だが、言う通りにしてやる。

 

「心臓の……音が……、聞こえる、な?」

 頷くと、ベナトールはこう言った。

 

「夜の闇が……、怖くなったら思い出せ。お前は、一人じゃない……。すぐ近くに俺が、いる事……を……、忘れる……な……」

 

 胸から耳を外したアルバストゥルは、しっかりとした目付きでベナトールを見て頷いた。

 口の端を持ち上げた彼に笑顔を返した彼だったが、通常よりもゆっくりになってしまっていた鼓動と、雑音の交じる肺の音が聞こえて沈痛な気持ちになっていた。 

 そして、これ以上心配かけてはいけない! と心に誓った。

 

 

 それからも夜になる度に幻覚、幻聴は襲って来たが、怯えながらも必死で目を閉じ、叫ぶのだけは堪えた。

  

 ベナトールは彼が気遣ってくれているのを知りつつも、衰弱していく我が身の儘ならなさをもどかしがっていた。

 

 

 

 




痩せ我慢は彼の特徴とはいえ、ここまで無理しなくとも(苦笑)

前にも書いた事がありますが、「モンスターハンター」の世界にも一応いるとされる「馬」は、未確認生物と言われる程の珍しい存在です。
なのでもし扱えるとしても王族貴族ぐらいしかその存在を知りません。
ベナトールは立場の関係で彼らとの交流の中で「馬」の存在を知り得たようですが、そういう訳なのでアルバストゥルが知りようがないのです。

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