今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】   作:沙希斗

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これで「カンタレラ」の話は終わりになります。


カンタレラ(6)

 

 

 

 

「着きましたにゃ」

 

 四日目の晩、【ミナガルデ】に着いた事を知らされたベナトールは、目を閉じたまま「近くへ……」と囁くように言った。

 耳の良い【御者アイルー】がすぐに気が付いて口元にやって来ると、掠れた声で続けた。

「すまんが、本部に連絡を……。普通の医務室に入れられて、いらん噂が広まっては、まずい……」

 

 彼は苦し気な息を吐いてから、続けた。

 

「……俺の名を出せば……、特別室に通される、はず……。二人共入れてくれるように、頼んで、くれ……」

「畏まりましたにゃ。もう少し頑張って下さいませにゃ!」

 

 言うなり駈け出した【御者アイルー】の遠ざかる足音を聞いていた様子のベナトールは、再び静かに喘ぎ始めた。

 

 一応二人共に帰路の間は【携帯食料】や【栄養剤】、【御者アイルー】が釣って来た魚などで最小限の体力は維持していたのだが、弾はずっと刺さったままだったし、恐らく深い所は内臓に達しているはずなので、彼が動けないままずっと横倒し、もしくは俯せで苦痛に耐えていたのは変わりが無かったのだ。

 

 その間に浅手及び抜いても命に別条が無いヶ所だけ弾を抜こうとした彼ではあったが、アルバストゥルを手伝わせようにも弾を抜く筋力すら失われている今の彼の状態では無理だと判断し、諦めたのだった。

 

 しかしそんな状態でも兵士と闘おうとして立ち上がったり、気迫だけで【ランポス】を追い返したりしていたのだから、その化け物ぶりは常に近くで見ていたアルバストゥルにとってはもはや恐怖ですらあった。

 

(余談だが、逃げ帰って半泣きになりながら報告した近衛兵に対し、チェーザレは「この無能めが!」と止めを刺さなかった怒りのままに切り捨てたらしい)

 

 

「あぅ……」

 

 声を掛けたアルバストゥルを、ベナトールは片目を開けて見た。

 続いて両目になり、こう言った。

 

「……苦しいのか?」

 

 ぶんぶんと首を横に振る。彼の苦しみに比べれば、天と地ほどの差があると思ったからである。

 

「そう不安そうな顔を、するな……。心配せずとも死ぬ事は、ねぇよ……。ただ、早く弾を抜いてもらいたいとは、思ってる……がね……」

 

 口元は笑っているが喋るのも辛そうなので、アルバストゥルはもう声を掛けるのをやめた。

 彼が黙ったのを確認すると、ベナトールは再び目を閉じた。

 

 少しして特別医療班がやって来て、二人はハンターが通る所とは別の場所を通って運ばれて行き、【ギルドナイツ】専用の医務室に入った。

 ベナトールとしては【ドンドルマ】の方に入りたかったようなのだが、今の体力では帰る事もままならないと判断し、【ミナガルデ】の方で少し体力及び傷の回復を待つ事にしたらしい。

 

 そして、彼のその判断は正しかったようだ。

 

 

 手術室に彼が入ると、医療係は「もう安心ですよ」と微笑んだ。

 それを見て、彼の目からすうっと光が消えたのだ。

 

「気を失ったのか?」

「そのようです」 

 そう話していると、一人が緊迫した声で叫んだ。

 

「呼吸停止!」

 

「なんだって!?」

 慌てて人工呼吸を行う。

 幸いにもすぐに呼吸は復活したが、意識は戻らない。

 更に、今度は極度に血圧が低下している事が分かった。

 

「これでは、全身麻酔は無理だな……」

「心臓が持ちませんもんね……」

 

 話し合った担当者は、深手の所だけ局所麻酔で手術を行う事にした。

 

 

 手術中、弾の一本が心臓を掠めていたのが判明して、彼らの血の気が引いた。

 運良く傷は表面だけだったようなのだが、他にも肺、肝臓などの命にかかわるようなヶ所にも弾は何本か刺さっているのが分かった。

 

「……。帰路の途中で何度か血を吐いていたと【御者アイルー】から報告を受けました」

「これが証拠だな」

「思った以上に、かなり深刻な状態だったんだな……!」

「弾を抜かなかったのは、彼自身の判断だそうです」

「流石だ。ここに来るまでに抜いてしまっていたら、その場で即死していたかもしれない」

 

 こんな状態で今までただ静かに耐え続け、しかも意識が保てていたというのだから、誰もが信じられないと思った。

 恐らくもう体力の限界はとっくに超えており、精神力だけでここに来るまで持ち堪えていたのだろう。

 

「……相変わらず、化け物だなこの人は……」

「ですね……」

 

 彼らはその生命力の凄まじさに戦慄を覚えるとともに、なんとしてでも助けなければと一丸となって手術、治療したのだった。

 

 

 ちなみにアルバストゥルの方はベナトールの処置が良かったのか命に別条が無い程までには回復していたため、舌の再生さえどうにかすれば、他の治療は別段難しいものではなかった。

 

 ただ【カンタレラ】の影響で夜になると幻聴、幻覚で怯えた。

 どうやら闇を見るとそれが起こるらしいと分かったので、個室に移してそれが抜けるまではなるべく部屋を明るく保つようにした。

 

 療養中チェーザレが二人の受け渡しを要求して来たが、逆に【ハンターズギルド】を敵に回し兼ねない状況に追い込まれたため、やむを得ずに引き下がった。

 

 ベナトールはどうにか自力で動けるまでに回復すると、【ミナガルデギルド】の関係者の心配をよそにアルバストゥルだけを置いてサッサと【ドンドルマ】まで帰ってしまった。

 

 

 

 その日から、ベナトールは仲間とは一切関わらなくなった。

 

 アルバストゥルは幸いにも回復自体は早かったので、【ドンドルマ】に帰っても長いリハビリ期間が必要ではあったが、ハンターへの復帰も果たす事が出来た。

 

 その間レインには、【ギルドマスター】から「ベナトールと組んで泊まり込みで色々とやっている」という通達が出ていた。

 実際に体力及び筋力を付けるため、【訓練所】で泊まり込みのリハビリを続けていたので少なくとも「泊まり込みで」の部分は合っていた。

 

 失ってしまった筋肉のせいで始めは鎧も含めて【片手剣】すら重く感じていた彼だったが、元々体力には自信があったので付き合っていた【教官】の方が音を上げる程に厳しい訓練を自分に課したりしていた。

 

 噛み切った舌もギルドの医術で再生し、喋りにも支障は無い。

 

 だが、彼がいつベナトールの部屋を訪ねても、彼は部屋にはいなかった。

 仲間達は心配し、急に関わらなくなったベナトールを訝しがったが、理由を知っているアルバストゥルは「【仕事】が忙しいんだよ」とかなんとか言い繕って、あまり彼に気を回さないように配慮した。

 

 

 

 そんな日が続いたある日、アルバストゥルは【ギルドマスター】の部屋を訪ねてこう言った。

 

「オッサンに会わせてくれ」

 

「……。あ奴は、もう会うまいよ」

「どうしても直に話してぇ事があるんだ。会わせてくれよ【マスター】」

 

 いつもの口調と違う彼に本気度を察した【ギルドマスター】だったが、「あ奴は話さんじゃろうよ、アレクトロ」と言った。

 

 すると彼は、二人しかいない部屋で明後日を向き、そこに誰かがいるかのように話しかけ始めた。

 

「おいオッサン! 聞いてんだろうが? 出て来やがれ」

 

 当然のように、それに答える者はいない。

 だが彼は続けた。

 

「そこにいる事は分かっている。あんたの気配を察せねぇ程俺の勘は鈍っちゃいねぇんだぜ? 話があるんだ。出て来てくれ」

 

 初めからそこには誰もいないのだが、アルバストゥルは確信しているかのように声を掛け続けている。

 が、誰も出て来ない。

 

「……。そうかよ」

 そう呟いた彼の雰囲気が、瞬時に変わった。

 

「出て来ねぇなら、出て来ずを得ないようにしてやる!」

 そう言うや否や、アルバストゥルはいきなり【ギルドマスター】に掴み掛った。

 

「このジジイをブチ殺されたくねぇなら――」

 言いながら首に手を伸ばす。だがその手が【ギルドマスター】の喉に掛かる事は無かった。

 

 彼の喉元に、【サーベル】の切っ先が突き付けられたからである。

 

「……。よぉ」

 してやったりと言うような顔で不敵に笑った彼に、何も無い所から現れたかのように姿を現した【ギルドナイト】姿のベナトールは、鋭い眼付きのまま黙って【サーベル】を仕舞った。

 

「待ちやがれてめぇっ!」

 無視してそのまま帰ろうとするベナトールの肩を乱暴に掴んで引き戻し、胸ぐらを掴むアルバストゥル。

 

「話があるっつってんだろが」

「……。俺は無い。手を放せ」

「ふざけんなてめぇっ!!」

 

 アルバストゥルはますます胸ぐらを掴む手に力を込め、彼を殴った。

 そんなものは簡単に避けられるはずのベナトールはしかし、黙って成すがままにされている。

 

「よく聞けオッサン! あんたが俺を避けるのは構わんが、他の奴らと関わらんのはどういうこったコラ!? あいつらがどんなに心配してるか分かってるよな!? 俺ももう誤魔化し切れねぇとこまで来てんだ。このまま喋っちまっても良いのかよ!?」

「……。その結果が、どうなるか分かっているのなら好きにすれば良い。お前にそれが出来るならな」

「てめえぇっ!!」

「ベナトールよ」

 

 やり取りを見ていた【ギルドマスター】は、静かに言った。

 

「お主の気持ちはよぉ分かる。そしてアレクトロもよく分かっていよう。じゃが好むと好まざるにかかわらず、お主はもう『一人』ではないのだ。それは自分でも分かっているじゃろう?」

「……。だからこそ、もう関わりたくは無いのです。大事な仲間にこれ以上危険が及ばないために……」

 

「甘えるのもいい加減にしやがれ!」

「……。甘えだと?」

 

「そうだ。あんたのその考えはてめぇの優しさを誤魔化すための甘えに過ぎん。俺らはなオッサン、あんたと関わったその日からとっくに覚悟が出来てんだよ。特に俺はあんたが【ギルドナイト】だと知った時からずっと、あんたに命を懸けるつもりで来てんだ。だから今回の事だってあのまま死んでも後悔は無かった。奴らの目的を知った時点で正体バラすくれぇなら死んでやろうと思ってたからな。むしろそのせいであんたに関する事を喋っちまった方を後悔した」

 

「……馬鹿者、俺の正体よりてめぇの命の方が大事だろうが!」

「いいやあんたの正体守る方が大事だね。【ギルドナイツ】はそれ程機密的事項だからな。特にオッサンのような特殊な存在はな」

「……。そのために……。お前の命が無くなるなど、俺は耐えられん……。俺に関わったばっかりに、俺のために死ぬ事になるなど……っ!」

「ようやく本音が出たなオッサン。ありがとな」

「…………」

 

 アルバストゥルは笑顔で力一杯ベナトールを抱き締めた。

 

「オッサンは【殺人者】だが、あんたと付き合う奴はみんな、あんたが誰よりも優しいのを知っている。感情を押し殺し、常に『触るな危険』のオーラを纏って接触を避けようとするのは、その誰に対しても向ける慈しむ程の優しさを、悟られないための照れ隠しだという事もな」

「……。俺は……、関わる者の死を見たくないだけだ」

「分かってるさ。だからPTも組みたくねぇんだろ?」

 

 体を離したアルバストゥルは、顔を見てニッと笑った。

 

「俺も同じだオッサン。だから死ぬなら俺だけで良いと思っている。それで誰かが生きられるならそれこそ本望だ」

 

 アルバストゥルは満足したような顔をして、言った。

 

「帰って来いよオッサン。あんたが俺の死を見たくねぇってんならお互いに護りっこしようぜ! もちろん、あいつらもな」

 

「ほっほっほっ」

 思わず吹き出した【ギルドマスター】は、彼に言った。

 

「命令じゃベナトール。仲間の元へ戻ってやれ」

 

「……。しかし――」

「まだ言う事があるのか? それとも儂の命に背くか? もう答えは決まっているじゃろう」

「…………」

「これ以上仲間を心配させるでない。ハナなど、この前泣いて頼んで来たぞ? これ以上待たせると【伝家の宝刀】を抜くのではないのか?」

「あ、そりゃまずいぜオッサン、【大老殿】に呼び出し食らったら何言われるか分かんねぇぞ」

「……。むぅ」

 

 明らかに困った顔をしているベナトールを見て、二人はケラケラと笑った。

 

 

 

 その日、意を決したかのように帰って来たベナトールは、真っ先にハナの部屋を訪ねた。

 驚いた顔をして口元を覆い、固まっている彼女に彼は言った。

 

「ただいま、ハナ」

 

「お帰り、ベナ!」

 彼女は満面の笑みで駆け寄って、力一杯彼を抱き締めた。

 

 丁度やって来てその幸せそうな光景に居合わせてしまったカイは、複雑な心境になりつつも自分も幸せな顔になって、そっと部屋から出て行ったのであった。 

 

 

 

 

 




友人に「このままベナトールが帰らなくなるかと思った」と言うと、「それならそれで良いんじゃない」と言われましたが、それだと五人での絡み(というか四人のオッサンいじり)が無くなって、寂しいのでやめました。
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