今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】 作:沙希斗
前回のものは「もしも(パラレルワールド)の世界」でしたが、今回は違うため前回からの続きではありません。
ですが、ほんの一部だけ前回の話と絡んでいる部分があります。
【森丘】は、相変わらず狩場には相応しくない程のんびりした雰囲気が漂っていた。
今回ベナトールは、【西シュレイド王国】に呼ばれて国王陛下の狩りの共としてここに来ていた。
【ハンターズギルド】で言えば【ミナガルデギルド】の方がギルドの場所は近いので、ハンターを雇うならそちらの方が手っ取り早いはずなのだが、王子が【ドンドルマギルド】にも依頼を出している関係でか、何故かわざわざ【ドンドルマギルド】の方に依頼が回って来たのだ。
お忍びの依頼とかで、最も安心及び信頼出来るハンターをという事だったため、実際に何かと呼び出されては城に出向く事も多かったベナトールが指名されたのだった。
もちろん陛下の身辺警護は近衛兵が担当しているのだが、やはり狩りともなるとその専門職であるハンターを雇う事が常識なため、ベナトールだけでなく他のハンターも雇われる事がある。
つまり彼だけが特別扱いされている訳では無いのだが、何故今回ベナトールかというのは、やはり陛下が【ギルドナイツ】の存在を認め、その暗躍を黙認している事も大きいのだろう。
【森丘】に着いたのは日が暮れた頃だったため、狩りは明日からという事にして、今日は野営をする事になった。
野営と言ってもやはり王族ともなれば立派なテントを設えて来ており、とても忍んで狩りをやっているとは思えない雰囲気がキャンプ地に広がっている。
「どうだベナトールよ。こっちに来ぬか?」
今彼のいる焚火の反対側で豪勢な食卓に囲まれている陛下に声を掛けられたが、彼は「いいえ、見張りをせねばなりませんので……」と断った。
どちらにせよ大勢の従者が身の回りの世話を焼いているので、彼がもし呼ばれるままにそちらに行ったとしても、足元に平伏す程度で同じ席には着かせてはもらえない。
陛下だからといって緊張はしない彼だったが、気が休まらない食事をするより見張りをしながら腹を満たした方がいくらか気が楽だったのだ。
焚火の火を絶やさないようにして、夜通し見張る。
気の優しい近衛兵の一人が声を掛けて来たが、獲物を追い詰めるためなら何日も寝ずに張り込むなどは当たり前というくらいに徹夜に慣れている彼は、その交代の意思表示も断った。
お忍びという事だったので、今回の警護は近衛兵しか連れて来ていないようである。
翌朝、選りすぐりの近衛とベナトールだけを連れた陛下は、【シルトン丘陵】の方へ向かった。
【イャンクック】を狩るという事だったのだが、よく見かける場所には【彼ら】が生息している形跡、つまり縄張り主張のためにしゃくれたクチバシを使って地面に穴を空けているとか、【ハチミツ】を狙って集まる虫やミツバチなどを食べた形跡だとか、糞や鱗が落ちているとか、そういうものが無かった。
「いないようだな……」
「どうされますか?」
「ふむ……。一応【シルクフォーレ】の方も回ってみたい」
「畏まりました。ただし、森の中は見通しが悪うございます。充分にお気を付け下さいませ」
「分かっておる」
森の中に足を踏み入れると、そこには【ブルファンゴ】がいた。
「一旦エリアから出て――」
注意を促そうとしたベナトールだったが、向かって来たので正面で迎え撃ち、武器出し攻撃で【ハンマー】を振り上げた。
突進して来たにも関わらず返り討ちにあった相手がそのまま死んだのを見て、一同が驚愕の声を上げている。
「今晩は焼肉ですな」
兜を脱いで振り向き、ニッと笑ったベナトールに、陛下は引き攣った笑いで答えた。
そんなふうにベナトール一人が脅威となる小型【モンスター】を行く先々で排除しながら、森の中を進む。
一応近衛も戦闘の意を示したが、彼にとっては逆に足手纏いだったし、彼らが動くより先にベナトールだけで排除してしまえていたので、彼らの出番は全く無かった。
だが更に進んだ時、ベナトール一人だけでは対処出来ない事があった。
【ドスランポス】率いる【ランポス】の群れに囲まれたからである。
「出番だぜ近衛共、今まで活躍出来なかった分せいぜい頑張りな!」
声を掛けたベナトールは、【ドスランポス】に真っ直ぐに向かって行った。
群れで囲まれた時にはボスではなく、まずは数を減らす事が先決なのだが、彼の場合群れなど脅威ではないため手っ取り早く頭を潰す戦法に出る。
近衛は陛下を中に入れて囲み、なるべくその円を崩さないようにして闘った。
ベナトールはそれでも【ドスランポス】一点に的を絞るのではなく、広範囲の攻撃に切り替えて【ランポス】をも巻き込みながら闘っている。
なので、陛下近くで飛び付こうとしているもの以外は、ほぼ彼一人だけで殲滅していた。
「近衛の息遣いが激しいようですが、まだ散策されますか?」
全てを蹴散らしても息一つ乱していないベナトールは、息を切らせている近衛兵を見てそう言った。
「いや……。ここまでにしておこう」
群れの脅威に懲りたのか、陛下は言った。
「畏まりました」
ベナトールは戻りながら、途中でやっつけた【ブルファンゴ】を担いで帰った。
その晩、一番上等な【生肉】を剥ぎ取って陛下に献上し、自分は内臓や尾など、肉以外の部位で我慢した。
肉の部分は全部他の者に渡した。なにせ大勢なので、そうしないと行き渡らないからである。
だが実は、彼は内臓部分も好きであった。
なぜなら内臓部分の方が肉より栄養があるからである。
ただし生でさえもかぶり付く彼を見た者が食欲を無くしたのであるが。
余程【ドスランポス】が怖かったのか、翌日陛下は森に入る事を拒んだ。
しかし丘の方には【イャンクック】の生息形跡が無かったので、今回は【イャンクック】の狩りは諦める事になった。
狩りが終了したとなって彼以外が気を抜いていた時の事である。
帰路の準備を整え始めた従者の一人が、何気なさを装って陛下に近付いたのをベナトールは見ていた。
それは侍女の一人であったのだが、なんとなく普段とは違う雰囲気を纏っているのを彼は察していた。
彼女には怪しまれないように、しかしいつでも陛下を護れるように身構えていると、案の定他の者には見えないような位置でナイフを取り出したのが見えた。
直後に陛下に襲い掛かったのを寸での所で止める。
ナイフを叩き落としつつ片手で首を掴んで持ち上げた刹那、銃声が響いた。
「……。ほぉ、中々正確だな」
不敵に笑った彼の胸の中央付近に、小さな穴が空いている。
彼女が襲い掛かったのを見て陛下を庇っていた近衛兵や、それを見た陛下と従者らが、愕然と彼を見ている。
が、彼は倒れない。
「……この……、化け物……!」
彼女は次に、ベナトールの額に狙いを定めて撃った。
が、額に穴が空く事はなかった。
引き金が引かれる直前に首を曲げ、弾をやり過ごしたからである。
「このまま首の骨を折る事も出来ますが、どうされますか?」
ベナトールは心臓のある位置に弾を受けたにも関わらず、平然と陛下にそう言った。
「い、いや殺さないでくれ……」
陛下は狼狽しつつ、震える声でそう言うのがやっとだった。
「畏まりました」
彼はそう言うと、指に力を入れて気絶させ、地面に下ろした。
「すまんが、誰かロープを持って来てくれんか?」
そう聞いて従者にロープを持って来させ、逃げないように後ろ手に縛ってグルグル巻きにして転がした。
「そ、そなた、大丈夫なのか?」
恐る恐るというように、陛下が聞く。
「何がです?」
「何がですではなかろう!? その傷の位置からして心臓を撃たれたのではないのか? 何故ピンピンしておる!?」
「御安心下さいませ。位置は正確ではありましたが、弾は心臓には達しておりませんので」
「まことか!?」
「はい。この鎧はG級用ですからね。頑丈さが桁違いなのです。それにこいつが使ったのは【モンスター】用の武器である【ボウガン】ではなく【人間】用の【銃】です。いくら殺傷能力があってもその弾を受けたとて、【モンスター】仕様の装備をしている俺には何の効き目もありません」
「まことにそうか? そなたまさか痩せ我慢をしているのではあるまいな?」
「御冗談を。いくら俺でも心臓を撃たれて痩せ我慢なんぞ出来ません。本当に心臓に弾が達しているなら撃たれた時点でとうに死んでおります」
「それはまことに偽りではあるまいな?」
「それ程お疑いならば、証拠を御覧に入れましょう」
言いながら胴鎧を脱いだベナトールは、「ほらよく御覧下さいませ、貫通してないでしょう?」と、裏側を見せた。
確かに表に開いていた小さな穴は、裏には無かった。
ようやく納得した様子の陛下を見て、彼は笑みを返しながら再び胴鎧を身に着けた。
帰路の竜車の中で目を覚ました彼女を見下ろして、彼は言った。
「よぉ、目ぇ覚めたか?」
もちろん陛下とは別の竜車になっており、従者が乗るものの一角に彼女は縛られたまま転がされていた。
ベナトールは、その見張りを買って出ていたのだ。
「……! 何故生きている!?」
「残念ながら俺はあの程度では死なんよ。不死身なんでな」
「化け物め……!」
「そりゃそうとよ、おめぇ侍女に紛れ込んでたようだが、誰かに雇われたのか?」
「それを話すとでも?」
「まぁ、そうだろな」
ベナトールは納得したように言うと、「陛下がな、帰ったらおめぇを拷問に掛けるとよ。死にたくなかったら早目に吐いといた方が良いぞ」と面白そうに言った。
「…………」
と、悔し気に睨んでいた彼女が、口を開けつつ舌を出したのを彼は見た。
「おっと」
その瞬間、自分の指を彼女の口の中に押し込むベナトール。
「死なれちゃ困るぜ?」
構わずに歯を食い縛る彼女のせいで、彼の指から血が滲む。だがそれが当たり前であるかのように、彼は痛がりもせずにそのまま指を固定している。
つまり彼女が舌を噛み切ろうとしたのを防いだのだ。
「ホレ噛み切ってみろ。指事噛み切れるならな」
彼女は再び歯を食い縛ったが、そんな事は出来るはずもない。悔し気に睨んでいる。
「やはり暗殺者ともなれば、失敗した時の対処は覚悟しているようだな」
ニヤリと笑ったベナトールは、帰るまでそのままにしておく訳にもいかないため、取り敢えず猿轡を噛ませた。
城に着いた陛下は彼女を地下牢に入れ、磔にした。
彼女が自害する前に自白剤を飲ませ、朦朧とさせたまま自白するまで拷問に掛け続けた。
そして彼女はとうとう自白したのである。「私は【サンドリヨン】だ」と。
【サンドリヨン】とは孤児を集めては暗殺者に仕立てる組織名の事である。
以前王子が狙われ、結婚相手の候補を決める舞踏会で殺されかけた事があった。
その時には王子と似た容姿の【ギルドナイト】を派遣して王子の身代わりとして送り込み、返り討ちにして殺していた。
が、今度は別の【サンドリヨン】が陛下を狙ったらしい。
【サンドリヨン】は王族貴族を中心に狙う傾向があるようで、ハンター世界には縁の無い暗殺組織のはずだった。
が、今回は狩りのお供としてベナトールが付いていたため、彼もその存在を認識する事となった。
彼女は結局核心を喋る事無く公開処刑で殺された。
だが【サンドリヨン】がそれで引き下がる事は、恐らくこの先も無いだろう。
ベナトールは、新たな敵が現れたような気がして内心で面白がった。
オッサンの戦闘好きには困ったもんだ(笑)