今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】   作:沙希斗

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前回の「サンドリヨン(その二)」を書いて思い付いた「その二」の続きです。
これで「サンドリヨン」の話は終わりになります。


長い(八千字超え)ので、そのつもりで読んで下さい。


サンドリヨン(その三)

 

 

 

 ここの所、ハンターの間ではこんな話が囁かれている。

 

 

「なぁ、また殺されたって聞いたぜ」

「オレも聞いた。どういう事だろうな?」

「何がだ?」

「おめぇ知らねぇのか? ここんとこな、なんでかハンターが次々に殺されてんだと」

「殺されてるって……。ハンターなら【モンスター】に殺される事は珍しくねぇんじゃないのか?」

 

「それがよ、どうも相手が【人間】らしいんだわ」

 

「なんで分かんだよ?」

「手口がな、どう見ても人間の仕業としか思えねぇような殺され方をしてんだとよ。ナイフみてぇなので突いたりだとか、銃創の痕にしか思えんような傷があったりだとか」

「しかもよ、全て的確に急所だけを狙われて殺されてるらしいぜ」

「つう事はよ、対人戦のプロの犯行だよな。ハンターは勘が鋭いから、余程間抜けな奴以外は例え襲われたとしても確実に急所だけを狙って殺すような真似は不可能なはずだもんな」

「だよなぁ……」

 

「もしかしてよ、【ギルドナイト】の仕業なんじゃねぇのか?」

 

「そう思うだろ? でもよ、狙われてる奴らが奇妙なんだわ」

「と言うと?」

「殺された奴らがな、全員褐色の肌を持つ大柄な体躯の奴らばかりらしい」

「しかもよ、どうも【ハンマー】だとか【大剣】だとか、大型武器を使ってるような筋肉隆々の奴ばかりが狙われてるんだと」

 

「そういう奴らに恨みでもあんのかね?」

 

「さあなぁ……」

「でもプロの犯行っつう事はよ、恨み持った奴が【ギルドナイト】を雇ってるとか?」

「まさか、【ギルドナイト】は傭兵みてぇな真似はしねぇはずだぜ? あいつらが殺るのは違反者だけなんだからな」

「んじゃそういう体躯の連中がたまたま違反してるとか?」

「考えられなくもねぇが、型で押したみてぇに同じような体躯の奴らだけを狙うかね?」

「だよなぁ。しかもだな、クエ中に殺されるわけじゃねぇんだと。クエ以外の、プライベートの時に殺されてる奴らもいるらしい」

「中にはハンターと間違えられてなのか、そういう肌と体躯の一般人が街中で殺されたっつう話もあるとよ」

「そいつら気が休まらねぇなぁ……」

「だよなぁ……」

 

 

 

 【大衆酒場】でその話を聞いたアルバストゥルは、ベナトールの【マイハウス】まで出向いて行ってその話をした。

 

「……。ハンター殺し、ねぇ」

「いやハンターだけとは限らんみてぇだけどな。中には一般人も含まれてるらしいし」

「で、殺されてる連中が決まってると?」

「そうらしい。いずれも褐色の肌と大柄の体躯、筋肉が発達した連中なんだと。そう。丁度あんたみてぇな」

 

「お前も当て嵌まるんじゃねぇのか?」

 ニヤニヤ笑うベナトールに、アルバストゥルは「俺デカくねぇっつの!」と返した。

 

「なぁ、あんたなんか心当たりあるんじゃねぇのか? 誰かに恨み買ってるとか」

「恨みを買ってる点で言えば、指の数では足りんだろうぜ」

「それは公けに殺した場合だろ? 闇から闇に抹殺してんじゃねぇのかよ?」

「一般的にはそうだがな。だが、対峙している連中から見れば、俺の場合は『闇』じゃねぇだろな。堂々と姿晒して宣言して殺してる訳だからな」

 

「相変わらず危ねぇ道辿ってんなぁ」

 アルバストゥルは呆れた。

 

「あんたの戦闘好きには呆れるぜ。それで処刑対象者以外にバレたらどうするつもりなんだよ?」

「そんなヘマはせんよ。『死人に口無し』を利用してるだけだからな」

「どうだか、現にバレてるからこんな殺人事件が起きてるんじゃねぇのか?」

「たまたま対象が俺と似ているからって、バレた事にされても困るぜ?」

「まぁそうなんだけどなぁ……。とにかく気を付けてくれよオッサン。俺はまだあんたに死なれちゃ困る」

「そのつもりだ。俺もまだ死ぬ気はねぇからな。まぁ忠告ありがとよ」

 

  

 

 そんな出来事が続いたある日の事。

 街中を歩いていたベナトールは、ふと、何かの気配を感じた。

 

 付いて来ているな。

 

 それを察した彼は、分かっていながらも気付かないふりをして、わざと人気の無い場所へと歩き出した。

 路地裏の奥の、少しばかり暴れても誰にも見付からないような場所で立ち止まると、振り向いて言った。

 

「出て来い」

 

 声を掛けた場所には誰もいなかった。そして、当たり前のように出て来る者もいなかった。

 

「気付かんとでも思っているのか? それとも隙でも作らんと出て来る気にならんか?」

 

 普段と同じような物言いと自然体を崩さないまま、彼はわざとらしい仕草をして目を閉じた。

 それは傍から見れば、傾き始めた太陽の光が眩しい、といった仕草に見えた。

 と、その瞬間、胸の中央付近に僅かな風圧を感じて彼は半身になった。

 

「よぉ、いらっしゃい」

 

 ニヤリと笑いつつ、出て来た者に声を掛けるベナトール。既に腕を取られた状態になっていた者は、驚愕の顔になっている。

 

「こんな危ねぇもん振り回すもんじゃねぇぜ? 嬢ちゃん」

 

 見た目からして成人前と思われる女は、掴まれた手にナイフを持っていた。

 

「……なぜ分かった!?」

「分かるも何も、とっくに気付いてたぜ? あんたが付いて来てた事はな」

「気配は、消していたはず……!」

「そうだな。一般人は気付かんだろうよ。いやむしろハンターでも怪しいかもなぁ」

「……。随分、勘が鋭いのねぇ」

「まあな。気配を読むのは得意だからな。そして【殺気】もな」

 

 不敵に笑ったベナトールは、次のように聞いた。

 

「お前が殺ったのか?」

「何を?」

「しらばっくれるな。最近世間、特にハンターの間で話題になってる特殊殺人だよ。褐色の肌を持つ大柄な連中を殺しまわってるって話しじゃねぇか? 俺のような、な」

「……。だとしたら、どうするつもり?」

「さてな」

 

 彼は不敵な表情を崩さないまま、掴んだ手に力を入れてナイフを落とさせ、それを足先で踏んでから言った。

 

「殺人を犯すのは勝手だが、理由が知りたい。なぜ同じ奴ばかりを狙う?」

「……。それを知ってどうするの?」

「いや、特に深い意味はねぇよ。ただ俺が理由も無く殺されたくねぇだけだ」

「…………」

 

 しばし黙った女は、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「……少し前にね、【西シュレイド王国】で公開処刑があったでしょう?」

「【サンドリヨン】が処刑されたやつか?」

「そう。……彼女はね、私の姉なの」

 

 そう言うと、女は悲痛な顔をした。

 

「姉さんは……。捕まるはずのない人間だったわ。それまで任務は確実に成功していた。……なのに……。なのに、あの時は何故か捕まってしまったの」

 

 彼女は、泣きそうな顔で続けた。

 

「私は捕まえた人間が憎い! 後でそれが【ドンドルマ】に住む褐色の肌を持つ大柄な体躯のハンターだと知った時、そいつに行き付くまで片端から殺してやろうと思ったの!」

「そいつは迷惑な話だなぁ。という事は、おめぇも【サンドリヨン】なのか?」

「そうよ。でもね、今回は任務としてじゃなく、個人的な恨みとしてそいつを殺したいの! だって、そいつに捕まりさえしなければ、姉さんは死なずに済んだのだもの! 暗殺者が公衆の目に晒されて死ぬなんて、どんなに屈辱的な事だったかあなたには分からないでしょうね!」

  

 涙さえ見せて、感情の高ぶりのままベナトールを詰る彼女。

 だが彼は同情する気配すら見せずに鼻で笑って言った。

 

「くだらんな」

 

「なんですって!?」

「いくら殺しのプロでも失敗はする。それがたまたま陛下を狙った時に捕まっただけの話じゃねぇか。国王陛下ともなれば、自分を殺そうとした者を見せしめとして公開処刑を行うのは当然の話だろう。【サンドリヨン】がどういう教育を受けてるか知らんが、()()()()()()の身内一人が人目に晒されて殺された事で逆恨みするなど、片腹痛いわ」

「たかが、ですって!? 私にとって、姉さんがどんなに大切な人だったか――」

「おめぇがどう思ってようが関係なかろう。そのためにどれだけの関係の無い人間が巻き添え食って殺されたと思っている? そんなくだらん理由で殺されるとは、俺も馬鹿馬鹿しいぜ」

「黙れ! ハンター風情が暗殺者の気持ちなど分かるものか!」

「吠えてぇなら今の内に吠えるだけ吠えとくんだな。おめぇも捕まえて公衆に晒してやるよ。姉の時と同じようにな」

「……! お前、お前まさか……!」

「くっふふ、察しの通り、おめぇの姉とやらを取っ捕まえた張本人だよ」

 

 ベナトールはアッサリと肯定した。

 これ以上無駄な死を増やさないようにという事もあったが、自分が殺されないという自信もあったからである。

 

「……。そう。やっと見付けたわ……」

 彼女はゆっくりと口の端を釣り上げた。

 嬉しそうに、しかし不気味に。

 

 それを確認した(というよりはわざわざ自分がそうであると認めさせた)ベナトールは、彼女を突き飛ばして距離を離させ、今まで踏んでいたナイフをそのまま滑らせて彼女の方へ送った。

 

「ほれ、返してやる。殺してぇなら好きなようにしな」

「あなた馬鹿なの? 私は【サンドリヨン】なのよ? 暗殺のプロに武器を返して無事で済むとでも思ってるの?」

「さてな。だが殺られる気はねぇよ」

「大した自信ねぇ。その大口がいつまで持つか見物だわ」

「無駄口叩いてねぇでサッサと来な。本当に俺が殺せるならな」

「見縊らないでっ!」

 

 ナイフを拾うや否や、飛び付くように向かって来た相手を難無く躱す。

 

 密着した相手は素早い捌きで次々にナイフを閃かせていく。

 風切り音が連続で奏でられ、その連撃は止まる事がない。しかも全て的確に、急所あるいは一撃で瀕死になるヶ所を狙って来る。

 

「くく、やはり的確だな」

 

 ベナトールはそんな中でも楽しそうに笑っている。

 しかも全て避けており、相手のナイフは掠りもしていない。

 

「素早いわね……」

「ほれどうした。殺しのプロがその程度じゃ、【サンドリヨン】の名が泣くぜ?」

「馬鹿にするなあぁっ!」

 

 激昂して吠えた彼女が薙いだナイフを飛び退って避け、少し距離を取るベナトール。

 次の一手を見ようと構えもせずに立っていると、銃を向けられた。

 

「おいおい、それを使うのは勝手だが、騒ぎが大きくなるのは困るんじゃねぇのか?」

「……っ」

 

 咄嗟に構えたのだろう彼女は、悔し気に唇を噛みながら仕舞った。

 

「まぁ俺としてはナイフだろうが銃だろうが関係ねぇがな。だが判断は正しいと思うぜ」

 

 相変わらず馬鹿にした口調のベナトールに、憤怒を露わにする彼女。

 

「そう怒るな。せっかくの美人が台無しだぜぇ?」

「黙れ姉の仇!」

「いくら向かって来ようが、もう通用しない事は分かっているだろう。いい加減諦めたらどうだ?」

「うるさいっ!」

「懲りねぇ奴だなぁ」

 

 ベナトールは苦笑しながら再びナイフを持つ手を掴みつつ、反対の手で首を掴んだ。

 

「さて、そろそろ終わりにしてやる」

 彼は不敵に笑いつつ、首を掴む手に徐々に力を入れていった。

 

 気絶した彼女を抱え、【ギルドマスター】の元へ。

 陛下のお供として狩りに同行した事に端を発しているため、一応相談してみようと思ったのだ。

 

 

 

「――という訳なんですわ」

 

 彼が事の成り行きを説明すると、【ギルドマスター】は床に転がっている彼女を見ながら、「うーむ」と唸りつつ腕組をした。

 

「こいつどうしましょうかね?」

「これでもう殺人は止まるじゃろうけどのぉ……。じゃが、【サンドリヨン】はハンターとは関係の無い世界で生きとる存在じゃから、ハンターの犯罪者として処刑する事は間違っとるしのぉ……」

「俺もそう思います。が、関係の無いハンター及び一般人が巻き込まれて殺されたのは事実です。俺が彼女の姉を捕まえた事が発端ならば、俺にも責任がありますし……」

「いやそれは単なる逆恨みじゃろう。お主が捕まえなければ陛下は【サンドリヨン】によって殺されていたのじゃし。現に陛下は大変お喜びになられていたではないか? それによって多大な貢献をもたらせてくれて、儂も感謝しておるし」

「そりゃそうなんですがね。そのせいでこんな騒ぎになった事は事実ですし……」

 

「じゃが、このままこ奴を野放しにしとく訳にはいくまい?」

「俺は別に構いませんがね。いつ襲って来ようが殺されない自信はありますし」

 

「じゃが気が休まらんじゃろう? 【仕事】にも支障が出るのではないか? 何より正体を見られる可能性もあるぞい。仲間も巻き添えになるかもしれんしの」

「ふぅむ……」

 

 腕組して考えていたベナトールは、「なら、せめて思いを遂げさせてやりましょうかね」と言った。

 

「どうするつもりなのじゃ?」

「【闘技場】ですよ。そこに武器自由で放り込んで俺と闘わせるのです。見物人はいりませんが、見たいならば【マスター】はこっそり陰から見学して下さっても結構です」

「武器自由は良いが、お主は何で闘うつもりじゃ?」

「そんなものいりませんよ」

 

「まさか武器無しで闘うのではあるまいな!?」

「そのまさかですが、何か問題でも?」

 

「いや問題あるじゃろう! いくら何でもハンデが大き過ぎるぞい。危険じゃ」

「見縊ってもらっちゃ困りますぜ【マスター】。俺が『この程度の小娘』に殺られるとでも?」

「じゃ、じゃがしかしこ奴は【サンドリヨン】じゃぞ!? 腐っても暗殺のプロじゃ。そんな輩を相手に丸腰で挑むなど――」

「御安心を。俺も暗殺のプロです」

「分かっとるが安心出来んわいっ!」

 

 ニヤリと笑ったベナトールであったが、【ギルドマスター】には突っ込まれた。

 

「……。せめて防具を着けて――」

「そんな『卑怯な』事をさせるつもりですかい? むしろこいつに防具を着けさせたいくらいですぜ?」

「お主の自信はどこから来るのじゃ……」

「……。自信というのは嘘になりますかな。単に戦闘好きなだけです」

「分かっておったが、とことん呆れる奴じゃのぉ」

 

 溜息を付く【ギルドマスター】を見て、彼は自慢気にさえ見えるような表情で笑った。

 

 

 

 後日、決闘の旨と日付を伝えて「入念に準備して来い」と解放したベナトールは、彼女が【闘技場】に現れるのを待った。

 

「よぉ、忘れ物はねぇか?」

 

 嬉し気に笑う彼を、彼女は憎々し気に睨んだ。

 彼は更に畳みかけるように次のようなセリフを吐いた。

 

「小便は済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタふるえて命ごいをする心の準備はOK?」

 

 完全におちょくっている。

 

「あぁこれはな、悪魔退治だか吸血鬼退治だかを題材にした小説の主人公が言うセリフでな。内容は詳しく覚えてねぇんだが、敵と対峙する時に必ず吐くセリフなんだわ。なんか印象深いもんだから心に残っててよ。一度使ってみたかったもんでな」

 

 ニヤニヤ笑っている彼に向けて、いきなり発砲する彼女。

 だがとうに銃を出すのを見抜いていた彼に通用するはずがない。完璧に軌道を読んで避けている。

 

「銃だろうがナイフだろうが俺には関係ねぇと言わなかったか?」

 

 連続で発砲されるのを避けていく。撃鉄を起こす仕草はかなり素早いものだったが、彼に弾を当てる事は叶わない。すぐにシリンダー内の弾が無くなった。

 

「俺がリロードの暇を与えるとでも思っているのか?」

 

 弾を取り出そうとした彼女に密着するベナトール。舌打ちしながら銃尻で殴ろうとするのを避ける。楽しそうに口の端を持ち上げたまま。

 

「……避けるばかりしないで少しは攻撃したらどうなの!?」

 

 言われて彼は、彼女の眉間を人差し指でトン、と小突いた。

 

「――!?」

 

 直後、彼女の視界が揺らぎ、よろよろと後退りながら尻餅を付いた。

 

「俺が攻撃すればこうなるんだが、それでも良いのか?」

 

 くつくつ笑いながらベナトールは言った。

 

「お前なんぞ一撃で屠れる。だから武器もいらんのだ。それすら分からずに挑もうとするとは、とんだ愚か者だな」

 

 圧倒的な力の差を見せ付けられ、戦慄すら覚えた彼女だったが、今更退く訳にはいかない。例え諦めても【サンドリヨン】として殺人任務をこなす毎日が待っているだけだし、それが嫌だからといって脱退も出来ないのだ。

 

 なぜなら脱退した者。つまり裏切り者は殺されるからである。

 

 

「なぁおめぇ、どうしても殺す事しか出来ねぇのなら、どうせならもうちっと役立つ任務をしたくはねぇか?」

「どういう事よ?」

 

 ベナトールは、勿体ぶった様に次のように言った。

 

「【ギルドナイト】の話を聞いた事はねぇか?」 

 

「噂なら……」

「その組織【ギルドナイツ】はな、主にハンターの違反者を取り締まり、行き過ぎた密猟などの【モンスター】の生態バランスを崩す愚行を行う者を、時には処刑したりしている。どうせ殺すならそっちの方が役に立つと思わねぇかい?」

「私に【サンドリヨン】を裏切れって言うの!? そんな事をすれば処刑されるのは私なのよ? そしてそれを手助けしたと知れればあなただって――」

 

「んなもん死んだ事にすれば良いだろが。いくらでもでっち上げは効く」

 

「【サンドリヨン】の情報収集力を舐めないで! バレない方が不可能だわ」

「【ハンターズギルド】の機密密閉力も舐めてもらっちゃ困るぜ」

「なんでそんな事が分かるのよ?」

「【ギルドナイト】の噂はあっても存在そのものは謎だろう? ましてや【ギルドナイツ】という組織名を知ってる者は、ハンターの中でもそうはいねぇ」

「じゃあ、なんであなたは知ってるのよ?」

 

 ベナトールは、意味ありげに笑った。

 

「……まぁなんだ。おめぇにその気があるなら【ギルドマスター】に推薦してやらんでもない、というこった」

「断ったら?」

「それは自由だよ。ただ俺は無謀な復讐に駆り立てられているおめぇの、決して成し遂げられない無念さを推し量り、その捌け口を少しでも役立つ方に持って行ってやりてぇと思ったまでだ」

「…………」

「俺は別にそのままでも構わねんだぜ? 気が済むまで何度でも復讐に来てくれてもよ。だが虚しいと思わんか? 今のままでは何度挑んでも無駄だという事はもう充分過ぎる程分かったはずだ」

 

「……。鍛えれば……」

 

「そりゃ勝手だがな、おめぇが死ぬまでに成し遂げられねぇと思うぜ?」

「あなたの方が先に死ぬでしょお!?」

「どうだろな。確かに先に歳は取るだろうが、それでも復讐は出来ねぇと断言出来るぜ。鍛え方が違うからな」

 

 そう言って、これ見よがしに筋肉を見せ付けるベナトール。

 半ば呆れたように見ていた彼女は、寂しそうに溜息を付いた。

 

「……そうね。とっても悔しいけど諦めるしかないみたい」

「そうか? そりゃ残念だ。もう少し遊べると思ったんだがな」

「こっちは本気で殺そうとしてんのに、完全に舐められてるんだもん。敵う訳ないじゃない」

「その気があるなら鍛えてやらんでもねぇがな」

「仇に鍛えてもらいたくなんて無いわ」

 

「【ギルトナイツ】に入れば鍛えられんでもねぇかもな。なんせハンター仕込みだからな」

「ただのハンターじゃダメなの?」

 

「ハンターになりたきゃ【訓練所】に通えば誰だってなれるぜ。付いて行ければの話だが。だが【ギルトナイツ】は元あるハンターの戦闘能力を更に高め、その上で対【モンスター】用だったものを対【人間】用として訓練するのだよ。対人戦のプロとしてな。だからハンターの筋力を持った暗殺者が出来上がる。それがどんなに一般的な暗殺訓練を受けた者より戦闘面に置いて優れているか分かるだろう? 奴らは『王族の近衛兵相手に一人で互角に渡り合える』とまで言われている。『一人で軍隊に匹敵する能力を持っている』ともな。もちろん【サンドリヨン】も足元にも及ばんはずだ」

 

「じゃあ、まずハンターにならなきゃ話にならないじゃない」

 

「まぁそうはなるわな。元々ハンターの中から生まれた組織だからな」

「私【モンスター】なんかに興味ないもの」

「そうかそりゃ残念だ。鍛えてもらえば復讐の機会を与えられると思ったんだが」

「あなたそんなに死にたいの?」

「いんや? ただ機会を与えれば諦めずに済むかなと思ったまでだぜ。おめぇの場合は対人戦は出来てるんだから、後は筋力を鍛えて更に戦闘能力を伸ばすだけで済むからな。だがただの訓練じゃハンター並みの筋力は養えねぇ。俺と対等に闘いてぇなら筋力を付けてからじゃねぇと話にならん。そう思ったまでだ」

 

「なぜそこまで煽るの? まるで早く殺しに来てくれとでも言わんばかりじゃない」

 

「それが出来ればそうして欲しいだけだ。今のままでは諦めざるを得ないならば、諦めないで出来るやり方を知ってる俺が復讐の機会を与えたかったのだよ。それが望みなのだろうが?」

「あなたおかしいんじゃないの? 普通は相手が復讐を諦めてくれたら安堵するはずよ、『これでもう殺されずに済む』って。まったく逆じゃないの」

「まあそだな。だが俺は戦闘好きなのでな。闘える機会があれば闘いてぇし、それが出来ねぇなら残念に思っちまうのだ。相手が俺を殺そうとしてるとか、そんなのは関係ない。ただ『闘えるか否か』だけだ」

「……狂ってるわね」

「そうかもな。誉め言葉と取っておくわ」

 

 ベナトールはニヤリと笑った。

 

 

「さてと」

 彼は話が付いたと言いたげに言葉を切って、続けた。

 

「どうするね? 復讐を諦めて【サンドリヨン】に戻るか、諦めないためにハンターになって【ギルトナイツ】に入るか」

 

 黙ったまま考えていた彼女は、ぽつりと言った。

 

「……。【サンドリヨン】は、裏切れないもの……」

「そうか。なら仕方あるまいよ」

 

 残念そうに答えた彼は、踵を返して彼女を残したまま【闘技場】を出て行った。 

 

    

 

 

 

 




オッサン、勧誘失敗の巻(笑)

これだけ情報を話せば彼の正体がバレバレになると思うんですけど、例え彼女が噂を流して「サンドリヨン」の集団に襲われるような事があったとしても、彼は殺されない自信があるのだと思います。

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