今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】 作:沙希斗
ちょっと長め(六千字超え)です。
胸を刺したこの手を、貴方は掴んだ。
「まだ未練があるのね……」
苦し気に目を見開き、喘ぐ貴方の唇を、私の唇で塞ぐ。
まるでその一口で死を飲み込むようにして、貴方は呼吸を止めた。「これで終い」と言うかのように。
「あぁまただわ……」
私は呟いた。
【愛】と名付けた我儘。心酔させてくれた貴方は、私を仕留めてはくれなかった。
いつしか彼女には、不吉な噂が立つようになった。
「彼女と恋仲になった者は、必ず死ぬ」
だが、まるで男を虜にする悪魔であるかのように、彼女に言い寄る男が数を減らす事はなかった。
それでも彼女自身は誰でも良いという訳ではないようで、慎重に選んでいる様子。
だが一度付き合い始めたら愛にのめり込むようなタイプだった。
彼女はハンターらしい引き締まったプロポーションをしているのだが、長身なので筋肉が目立たず、一見モデルのような細身の体型をしていた。なので装備を着けている時はいかにもハンターらしく勇ましく見えるのだが、普段着の時にはハンターだけではなく一般人の男共も声を掛けて来る。
翡翠色の切れ長の目とやや上がった眉は少し冷たい印象を持つものの、ルージュを引いたかのような色味の小振りな唇は艶やかで色っぽく、彼女は『絶世の美女』という言葉を欲しいままにしているかのような容姿をしていた。
【月刊・狩りに生きる】のスタッフにスカウトされた事もあるそうなのだが、モデルには興味が無いようで、今でもハンター稼業に身を置き続けている。
彼女が選ぶ恋人の中には彼女より身長が低い者もいたのだが、好きになった者の外見などは気にしないようで、従って凸凹コンビとからかいつつも、羨まし気に見る男の方が多かった。
他の者ともPTを組んでは狩猟を行うのだが、決まった仲間は作らないのか、それとも一度恋人が出来ると彼だけにのめり込むせいで仲間が離れてしまうのか、彼女が一定のPTだけで狩りを続けている姿は今の所見掛けていない。
そんな中、ベナトールは彼女と出会った。
それはG級の【モンスター】を狩る手伝いをしていた時だった。
GRのハンターは数少なく、貴重な存在なため、特定者以外では滅多にPTを組まない彼でも助っ人の要請を受ける事があるのだ。
その日は【
各ランク帯の駆け出しハンターの間で「先生」と呼ばれているこの【鳥竜種】は、素材目当てでない限りはベテランは見向きもしないか新しい武器の試し切りに使われる程度である。
G級でもそういう存在ではあるのだが、HR帯、SR帯として認識されているものよりも更に手強くなっており、G級上がりたてのハンターが瞬殺される事も珍しくない。
G級として認識された個体は攻撃力はもちろんだが、火の痰を吐くかのようなブレスの威力がとにかく凄まじく、通常種の【ゲリョス】のように左右に首を振りながら狂ったように突っ込んで来る時や連続で啄みながら向かって来る攻撃の時にも火炎弾を撒き散らす。その爆発範囲が意外にも広いため、余裕を持って避けたと思った以上に爆発の影響を受ける事があるのだ。
ベナトール自身も彼女同様ランクで言えばまだ下位ではあるのだが、下位【モンスター】の中でも1ランクに当たる者が狩猟出来る【イャンクック】と、例えば彼が狩猟出来る4ランクに当たる【ミドガロン】とは、手強さがまったく違う。
彼女はG級駆け出しであったがために【イャンクック】にはかなりてこずっており、苦戦していた。
そしてその流れで彼が助けた事から、なぜか気に入られてしまった。
彼の存在は元々各ランク帯のハンターにも憧れの対象であったし、【ベナトール】という名前を聞くだけで尊敬どころか畏怖の念すら込めて遠くから見詰めるような存在であった。なのでその彼が手伝ってくれるとあって、彼女だけでなく一緒に組んだPTの者らも感激しつつ戦闘に加わっていたのだ。
従って特別に彼女を護っていたわけでもなくて他の者も男女関係なく隔てなく助けてはいたのだが、何を勘違いしたのか彼女は自分が特別扱いされた。つまり憧れの【ベナトール】に加護の対象として認められたと思ったらしい。
その日から彼女は、何かに付けて付き纏うようになってしまった。
ベナトール自身にとっては正直迷惑でしかなく、かといって彼自身が邪険に扱うような性格ではなかったため、いつも言い寄られては困惑を滲ませた顔で口の端を持ち上げていた。
そうなれば彼の仲間達にも目に付くようになる。
「よぉオッサン、あんたにもとうとう女が出来たようだな」
「チビ助めわざと抜かしおる。俺が女に興味が無いのは知ってるだろう。正直迷惑しているのだ」
「あんな美人さんと付き合えるなんて、羨ましいな」
「なんなら譲ってやっても良いのだぞ? カイよ」
「それ、私の前でよく言えたわね」
「世の中には一夫多妻という制度があってだな……」
「良いじゃねぇかハナ。元々こいつはモテるんだから、嫁が二人になっても固ぇ事言うなよ」
「いや言うでしょうよっ! てかそんな事言うならあんたが取りなさいよっ」
「俺は無理に決まってんだろうが。あいつが怒ると怖ぇの知ってるだろ」
「あら何の話? ベナトールさんのお嫁さんの事?」
「……。なぜそこまで話が発展する?」
「お綺麗な方よねぇ、結婚式の日取りが決まったら教えてね、ベナさん♪」
などとからかわれたが、彼自身はまったく女に興味が無いので彼女に一方的に付き合わされている以上の進展は望みようが無かった。
それでも彼女は満足なのか、それとも単に彼が邪険に扱っていないだけというのに気付いていないのか、彼の恋人であるかのように公言しては付き纏っていた。
そんなある日、彼女から「二人きりで」という条件で、採取クエストに誘われた事があった。
丁度その頃【ギルドマスター】から「彼女の同行を探って噂の真相を確かめて来い」と言われていたのもあって、どうせ慕われているのなら恋人のふりでもしておこうと、不本意ながらも付き合う事にした。
「【森丘】ってさ、デートに相応しい場所だと思わない?」
彼が誘いに乗ったのが余程嬉しいのか子供のようにはしゃいでいる彼女に、ベナトールは特に感情の起伏も無いような顔を向け、無言でただ見詰め返した。
こちらはデートをする気などさらさら無いからである。
だがそういう態度も彼女から見れば彼が喜んでくれていると見えるらしく、心の底から沸き立つような、もう嬉しくて仕方がないというような笑顔を見せた。
そんな笑顔を見せられれば並みの男ならもうメロメロになってしまうのだろうが、ベナトールは微塵の感情も起きない。ただ綺麗な笑顔だなという事だけは分かる程度である。
通常ならばあまりの綺麗さに、もしくはそんな綺麗な笑顔を独り占め出来たという感動で惚けているか、積極的な者ならば「好きだぁ!」とかなんとか叫んで抱き付くかするような場面でも、彼はただ淡々と採取場所に移動したりしている。
女に興味が無いが故の今まで言い寄って来た男共とは明らかに違う態度も、彼女にとってはクールな男に見えるようで、「ねぇ、もうちょっと私を見てよ」などと言いながら腕を絡ませたりしている。だがされるがままになっているだけで特に彼からは何の反応も無かった。
採取クエストというのはただの名目だという事は分かり切っていたベナトールではあったが、デートに誘うのもプライベートではなくクエスト、つまりハンターとして行うというのが、彼としては少し気になっていた。
「ねぇ、どうして私を見てくれないの?」
業を煮やしたのか、彼女はサッサと先に歩いて行くベナトールの前に回り込み、切羽詰まった調子さえ見せて彼の目を覗き込んだ。
「ちゃんと私を見てよっ! 私は貴方しかいないの!」
そんな事を必死の形相で訴えられても、彼には微塵の愛情すら湧かない。
「……。何を勘違いしている? 俺はただお前に付き合ってやっているだけだ」
「こんなに、こんなに心酔しているっていうのに、なぜ貴方は振り向いてくれないの!?」
「……。生憎だが、俺は女には興味が無い」
「嘘よっ! 貴方は何度も私を助けて――」
「流れでそうなっているだけだ。お前だけを特別に護ってやっている訳では無い。お前はむぐっ」
彼女は話の途中で首に抱き付き、彼の唇を自分の唇で無理矢理塞いだ。
そのまま舌を入れられたが、彼には嫌悪感しか感じないので即引き剥がした。
「何を躊躇って(とまどって)いるの!? そんなの捨ててよ! もっと私を求めて!」
「躊躇ってなどいないし嘘なども付いていない。そんな態度を取られても迷惑なだけだ」
ちなみに彼は怒り口調で言っている訳では無い。ただ淡々と無感情に言いたい事を述べているだけである。
「こんなに、こんなに苦しいのに貴方は分かってくれないの!? もっと私を愛してよ!」
「悪いが俺は、お前には……と言うよりは女には愛情を感じない」
「私は貴方に愛されたいのっ! どんなに求めても愛情が足りないのっ! キスなんかじゃ足りない。だからいっそ殺してよっ!」
「……。お前を手に掛けるのは簡単ではあるが、そう死に急ぐもんじゃねぇぜ?」
「私は貴方しかいないって言ったでしょ!? 貴方が殺してくれないんなら、私が貴方を殺すわ!」
言うなり彼女は腰の後ろから【双剣】を抜きつつ切り掛かって来た。
「成程な」
それを簡単に躱しながら、彼は呟いた。
「やはりお前の噂は本当だったか。そうやって今まで、好きになった者を手に掛けて来たのか?」
「そうよ。私は心酔させてくれる相手と殺し合って死にたいの。でもね」
彼女は言葉を切って続けた。
「みんな私の方が強かったの。例えGR所持者でも私には敵わなかった。だから私を手に掛けてくれる男をずっと探し求めて来たの」
「……。ハンターであるならば、その武器を人に向けるという事がどういう事なのか、分からんはずはあるまいな?」
「もちろん分かってるわ。【ハンターの掟】に反する事ぐらい」
「では何故――」
「『ハンターとして闘って死にたい』からに決まってるじゃない。フィールドをわざわざデート場所に選ぶのも、狩場で死にたいからだもの」
「……。そうか。ならばもう未練はあるまいな?」
そう言うと彼は、静かにこう告げた。
「連続殺人及び武器使用の罪で【ギルドナイト】が貴様を処刑する」
「……そう……。【ギルドナイト】だったの……」
彼女は驚愕したものの、すぐに納得したように言った。
「なら、やっと私を死なせてくれそうね」
彼女は、嬉しそうにさえ見える笑みで口を釣り上げた。
「……。G級にまでなっている者を処刑するのは、なんとも残念な事ではあるのだがな」
「良いのよ。別にGRが欲しかった訳ではないのだもの。ただ闇雲に強い男を求めている内にG級になっただけだもの」
「ハンターにも色々いるが、そんな動機でここまで来た者を見るのは初めてだぜ。ちと呆れるがな」
「どうとでも言えば良いわ。私はただ愛されたかっただけだもの。溺れてしまう程にね」
ベナトールは鼻で笑った。
「勘違いもここまで来れば立派なものだな」
「黙れっ!」
向かって来た相手を構えもせずに避ける。
自然体で避け続ける彼に、悔しさを滲ませながら連撃を叩き込む彼女。【双剣】なので時には両脇から攻撃が来たりもするのだが、手慣れた彼女の目にも止まらぬ早業も、難無く彼は躱し続けている。
「くく、ほれほれどうした。そんな調子じゃ俺とは闘う事すら出来んぞ?」
不敵に笑ったまま避け続ける彼に、彼女はとうとう【鬼人化】した。
流石に【鬼人化】の攻撃は避け切れないと判断したベナトールは、一旦飛び退って距離を置いてから【剥ぎ取り用ナイフ】を抜いた。だが闘うというよりは避け切れない攻撃を防ぐためだった。
飛び退ったとしても待ってくれないのは分かり切っていたので、合わせるように追って来た突きと薙ぎ払いを躱しつつ防ぐ。
「ようやく本気になってくれたのね?」
「いんや、攻撃する気はさらさらねぇよ。まぁ避け切れなくなったのは認めるがね」
「負け惜しみしないで貴方も攻撃したらどうなの!?」
「俺が攻撃すれば一撃で屠ってしまう。それでは楽しめんだろうが」
「嬉しい、貴方を楽しませてあげられるなんて。やっぱり心酔する程愛して良かったわ」
「勘違いするな。俺はただ戦闘好きなだけだ。貴様と闘いたい訳では無い。この流れを楽しんでいるだけに過ぎん」
「どっちだって良いじゃない。貴方が楽しんでくれているのは変わりないんだもの♪」
空を切る連撃の音と、時折聞こえる金属同士をぶつけ合うような音が、絶え間なく【シルトン丘陵】の一角で響いている。
採取専用のクエストといえども【ランポス】などの小型【モンスター】は出現するのだが、二人の戦闘の激しさに恐れを成しているのか、邪魔するものはいなかった。
彼女の息が上がり始めた頃、ベナトールは言った。
「そろそろ終わりにしてやろうか?」
彼の呼吸ははまったく乱れていない。だがそれは闘わずにただ避け切れない攻撃だけを【剥ぎ取り用ナイフ】で弾いていただけの結果だったため、彼女は少しだけ卑怯だと思った。
「……。手合わせ、ぐらい、してくれても、良いじゃない……」
「そんな生温い事などせんよ。俺が闘う時はいつでも本気だからな」
「じゃあ、私は本気で闘うに、値しないって、事?」
「初撃を避けられている時点で察してもらいてぇもんだな」
「悔しい……。こんなに、力の差が、あったなんて」
「……。まぁ、少なくとも対人戦ではお前に勝ち目はねぇだろうよ。【ギルドナイツ】は対人戦のプロを育てる組織だからな。しかも暗殺用の」
「噂はなんとなく知ってた、けど、これ程とはね……」
「大人しく処刑される気になったか?」
「馬鹿にしないでっ!」
彼女は叫ぶと再び【鬼人化】した。
それが最後だと彼も分かっていたので、極力受けてやる事にした。
ところが通常の【鬼人化】の攻撃より更に激しさを増したのを見て、少しだけ面食らった。
それは【真・鬼人化】と呼ばれる、自身の力を制御するリミッターを解除し、命を削りながら闘う捨て身の技だったからだ。
「馬鹿者死ぬ気か!?」
「……今まさに殺そうとしている人が、言うセリフではないわね……」
そう言われて、ベナトールは思わず口を突いて出た自分のセリフにそりゃそうだと苦笑した。
彼女はそれだけではとどまらず、【双剣】の片方を地面に叩き付けるようにして紅い闘気を更に燃え上がらせた。
GR所持者だけが伝授を許される【極ノ型】を持つ者だけが出来る、【真・鬼人化】の上を行く【極・鬼人化】と呼ばれる鬼人解放である。
「その型も取っていたのか。だがG級とは言え駆け出しのお前が制御出来る技ではない。俺と闘う前に身が破壊されるぞ?」
「……その前に……、一太刀でも浴びせてやるわっ!」
【極・鬼人化】は突きよりもむしろ体全体を【双剣】の延長であるかのように使って斬る方に重点を置いた技である。身のこなしで回転しつつ斬る技が多く、さながら旋風のように躱しつつ斬る事が出来る。それは空中でも持続され、ジャンプ中に様々な回転切りを多発出来る。
それを目にも止まらぬ速さで繰り出すのだ。受ける側も合わせる前に避けられるという感じになり、結構忙しい。
だが彼だからこそ『忙しい』と感じる程度で済んでいるのであって、他の者ならば攻撃の残像すら見る事も許されずにとっくに全身を切り刻まれているはずである。
しかし、それでも彼にはせいぜい掠り傷を負わせる程度にしかなっていない。
「……ぐはっ!」
彼女はとうとう血を吐いた。行き過ぎた体の負担に耐えられなくなったらしい。
攻撃しようとして力尽き、【鬼人化】状態を解除した彼女は、全身の筋線維やら血管やらがズタズタに引き千切られた血だらけの体でベナトールにもたれ掛かった。
だがそれでも最後の力を振り絞るようにして、【双剣】の一本で彼の胸を刺した。
それは心臓のある位置を正確に狙ったものだったのだが、力及ばず心臓まで刃を押し込むまでには至らなかった。
ベナトールは彼女の力がもう無い事を察していたので、わざと避けずに受けてやったのだった。
ぐったりと寄り掛かり、ぜぇぜぇと喘いでいる彼女に、彼は言った。
「……。頑張りを賞して、褒美をやろう」
そして、血塗れのその唇に、自分の唇を重ねてやった。
……真っ赤……。
私には、もうそれしか見えなかった。
でも彼が、最期にそっと私に口付けしてくれたのだけは感じていた。
「……さよなら……」
込み上げる嬉しさに身を委ねつつ、私は囁いた。けれど彼に聞こえたかどうかは分からない。
「……さよなら……」
彼女は嬉しそうな表情で、ようやく聞き取れるくらいの声で囁くように言った。そしてもう一度血を吐きだして、そのまま息を止めた。
これを読んだ友人は「サンドリヨンに似てる」と言ってました。
似てますかね?
G級クックのシーンは仲間以外とクエストに行くという設定だったので「パートナー」を切り、「フォスタ」と呼ばれているお助けNPCだけを同行設定にして挿絵を撮影しました。
そしてその中に「双剣」を使っている者(ヒエムス)がいるのを見付け、たまたま「双剣使い」として書いていたのもあって「丁度良いから彼女に演技してもらおう」と、二人のシーンはクエスト参加人数を「二人」にして「双剣使いのヒエムス」が出るまでひたすら「森丘の採取クエスト」を回しました。
「フォスタ」は四人おり、男性も含めて誰が参加して来るかは完全にランダムで、その上に「ヒエムス」がいつも「双剣」を装備して来るとは限らないため、せっかく「彼女」が出ても装備しているのが「ハンマー」だったりするとやり直さなければならないので割と苦労しました。
戦闘シーンは近くに「モンスター」がいないと攻撃しようとしてくれないので、「ランゴスタ」が無限湧きする「エリア4」で、「彼女」がそれらしい動きをするまで何度もやり直して撮りました。
おまけ。
「女には興味が無い」とか言いながら、胸にむしゃぶりついているオッサンの図↓
【挿絵表示】
(腹減り状態の時に密着してたらたまたまこうなっただけw)