今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】   作:沙希斗

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この話の元ネタは、「ベルセルク黄金時代編」の「ゾッド戦」です。
昔のアニメの一部を見て思い付き、こんな話になりました。

一万字を超えたのですがそのまま投稿する事にしました。
ですので、今回はかなり長く、読みごたえがあるものになっていると思います。


その心臓が止まるまでは

 

 

 

 その【モンスター】は、『覇者』と呼ぶに相応しい程とてつもない強さを誇るのだという。

 

 

 苦戦はするが【剛種】の【HCモンスター】(特異個体)を狩れるようになってきたアルバストゥルは、SR帯での狩りを全て特異個体で受けるようになっていた。

 HC(ハードコア)クエストに切り替えた【モンスター】は、HR帯で剥ぎ取れるものとは違う【特異個体】専用ともいうべきレア素材が剥ぎ取れる事があるからである。

 

 ただし通常種とは違う攻撃方法をとるようになる【特異個体】は、例え下位のものが相手でもかなり手強く、少しの油断も出来なくなる。

 体力以外は通常種の上位より強いんじゃないかと思われる程なので、腕試しとかHC素材が欲しい者以外はいかにSR所持者といえどもHCクエストに切り替えて狩りをする酔狂な者はいないだろう。

 

 

 それは、【塔】で【剛種特異個体】の【テオ・テスカトル】に挑んでいる時だった。

 

 【特異個体】の【モンスター】は、下位でも外見が通常種より少し異なるという特徴がある。

 それは色味が濃かったり、脚が発達して通常種より太くなっていたりなどである。

 テオの場合は元々下位でも翼に黄色味が入ったりして少し派手に見えるものなのだが、今回は【剛種】だったからなのか、体全体の赤味が更に強くなっており、鮮やかな真紅の色合いに見えた。

 

 まるで、紅蓮の炎が燃え盛っているかのように。

 

【挿絵表示】

 

 だがアルバストゥルは疑問に思っていた。

 今までに対峙していた【剛種特異個体】のテオは、それ以下のもの同様色味が少し派手になっただけでこれ程鮮やかな色合いはしていなかったからである。

 手足の先、角、翼爪などの各部位の先端は、まるで溶けた溶岩を纏っているようにさえ見える。

 

 個体差だろうか?

 

 深くは考えなかった彼ではあったが、元々生物観察が好きなので、少しだけ気になった。

 

 

 いざ闘ってみると今までに対峙して来た【剛種】の特異個体モーションとはそれ程変わらなかったのだが、その場、もしくは突進しつつ所々に設置する粉塵溜まり(置いた後はHCテオの意思で自由に爆発させる事が出来る)や、滑空しながら翼で粉塵をばら撒いた後尻尾で煽って爆発させるなど【炎王龍の塵粉】を使う事を好む個体のようで、【塔】頂上の石畳には頻繁に火の粉が舞うようになった。

 もちろん通常種が行うような粉塵爆発も普通にして来る(ただしこちらは爆発後に炎上するのでその場でガードしようものなら火達磨になる)ので、なんだか【剛種特異個体】よりも火炎を用いた攻撃を多発するような【特異個体】に思えた。

 

 それどころか火炎ブレスの威力がとんでもなく、【剛種特異個体】では見られなかった粉塵爆発を伴うものに変わっていた。しかもその範囲がかなり広く、前方一帯は全て焼き尽くされると思っても良かった。なんせブレスと粉塵爆発の連鎖で可視出来ない程火炎と黒煙が広がるのである。前方付近にいるもの全てが焼け死ぬ勢いなので、これをやられたら大きく側面もしくは後ろに回り込むしかないだろう。とてもじゃないが近くでは避け切れないし、逃げ場も無い。うんと離れればあるいは助かるかもしれないが。

 

 突進は真っ直ぐだけではなく【特異個体】のサイドステップで向かって来るものもあるのだが、その最中も爆発を伴うために追い掛けると爆発で追撃を受けてしまう。

 

「こいつ、まともにやりあえんのか!?」

 アルバストゥルは面食らった。攻撃される度に炎と爆発が襲って来るため、近付く事もままならないのだ。 

 

 【剛種】同様、いやそれ以上なんじゃないかと思える程攻撃力も凄まじく、最大体力なのに食らえば八割ぐらい持って行かれる。【龍炎】も通常種より威力が高いため、場合によってはそれ以上も。

 だから一撃食らう度に即回復しなければならない。

 

 調合分、足りるかな……。

 彼は本気でそれを心配した。

 

 だが逃げながらでも観察している内に攻撃タイミングを見付けられるもので、【剛種特異個体クシャルダオラ】のように空中でブレスを吐きながら追い掛けて来るのをやめて降りる最中とか、ブレス中にその後に起きる粉塵爆発が及ばない位置とか、威嚇のために火炎を纏いながら吠えている最中だとかに溜め攻撃が出来る事が分かって、極力そういうチャンスを狙う事にした。

 通常攻撃は連続で行えないので斬ったら即回避に専念し、攻撃終りの僅かな隙を狙うようにしなければならなかった。

 

 とにかく攻撃チャンスが少ない相手なのと、回復時間が勿体無い(ごっそり削られるせいで【回復薬グレート】数瓶を消費する)のでなるべく食らわないように、回避に専念して大きな隙が出来た時だけ大ダメージを叩き込むようにして立ち回った。

 そして決定打になったのか、相手が怯んで倒れ込んだ時の事である。

 

『……初めてだ……』

 起き上がった相手は、唸り声の合間にハッキリと人間の言葉を漏らしたのだ。

 

「な、なに……!?」

 混乱するアルバストゥルに、【彼】はもう一度言った。

 

『俺の体に、これ程の深手を与えた人間は、初めてだ……!』

「おお、お前、人間の言葉を、話せるのか……!?」

 

 そして驚愕するアルバストゥルの目の前で、【彼】は変化していった。

 

 前方に火炎弾を吐き出すや否や巨大な火炎旋風を発生させながら舞い上がり、その中心で大爆発を起こしながら空中で大咆哮した。

 慌てて逃げていたアルバストゥルは、離れた位置で変身した【彼】を見た。

 それは御伽話に出て来るような、【ファイヤードレイク(火炎ドラゴン)】そのもののような姿だった。

 

 四肢の先端、角、翼爪、尾先。

 それら、先程まで溶けた溶岩を纏ったように見えていた各部位の先端部分が発光し、燃えている。

 まるで溶けた溶岩どころかマグマそのものを纏ったようである。

 炎は消えず、躍動する間もずっと燃え続けている。

 その姿に度肝を抜かされた。

 

『嬉しいぞ。お前のような人間と闘えるとは。さあ闘え小僧! お前の本当の力を見せてみろ!』  

 

 相手は構えると、翼で大きく煽りながら周囲を爆発させた。

 それも一度ではない。時間差で三度連続して。

 

 ガードや緊急回避ではまともに食らってしまう技だった。横転回避で合わせるか、もしくは離れないと即死だろう。

 辛うじて逃れたアルバストゥルは、文句を言った。

 

「な、なんつう危ねぇ技を使いやがんだてめぇっ!」

『くっふふ、驚いたか?』

 

 それだけではない。高速突進しながら炎上跡を植え付け、一瞬遅れで爆発させる技もする。しかも【剛種】の【ナナ・テスカトリ】のように三倍速になっている。

 

「くっ! 速ぇ……!」

『どうした、やはりその程度の力しかないのか』

「舐めんなてめぇ!!」

 

 吠えて切り掛った彼だったのだが――。

 

『遅い!』

 逆に尻尾で叩かれた。振り抜きと同時に爆発を伴うものだったのだが、幸いにも爆発に巻き込まれる前に吹っ飛んだ。

 

「ぐはっ!」

 怒り時に入っているのか今までよりもダメージが高い。起き上がる前に向かって来たので回復出来ない。

 

『もろいな……。やはり人間では俺には勝てぬか……』

「……ぐ……っ!」

 

 物凄い衝撃を胴に受け、息が出来ない。

 無理に息を吸い込もうとして血を吐いた。内臓をやられたかもしれない。

 

『これまでか? まぁ人間にしては良くやったと言うべきなのかもなぁ。……だが闘えぬのなら……』

 

 【彼】は片手を上げて構えた。

『その体、引き裂いてやる!』

 

 

 ドゴォンッ!

 

 前足が振り下ろされる前に、すぐ近くで大きな打撃音がした。

 気が付くと相手はもんどり打って倒れ、もがいていた。

 それを見ながらアルバストゥルは引き摺られていた。

 

「……。今の内に回復しろ」

 

 やや離れた場所まで引き摺られてから、彼は聞き慣れた低い声を聞いた。

「……オッサ……っ!? ゲホゲホッ!」

 何故かベナトールが隣で見下ろしている。

 

「喋るな、サッサと【秘薬】を飲め!」

 言われた通りにしたが全回復とはいかない。体力自体は回復するのだが、傷を完全に塞ぐ事は出来なかった。

 

「……なぜ、ここへ……?」

「話は後だ。一旦退くぞ」

 彼は体を起こすのを手伝ってくれ、肩を貸して立たせてくれた。

 

『どこへ行こうというのだ?』

 唸り声の合間に聞こえて来た言葉に、アルバストゥルは歯軋りした。

 

「……。ほぉ、お前は人間の言葉を話せるのか。たまげたな」

 

 目の前で立ち止まった、恐らく彼でも見た事が無いであろう燃え盛る炎を身に着けたマグマの化身のような姿の【テオ・テスカトル】に、それ程驚く様子もなく声を掛けるベナトール。

 だが、そんな彼がいないかのように真っ直ぐアルバストゥルの方を見て【彼】は言った。

 

『お前の心臓はまだ動いている。闘え小僧、俺を失望させるな。その体が千切れるまで闘うのだ!』

 言うなり【彼】は威厳を見せ付けるようにして吠え、【龍炎】を沸き立たせた。

 

「逃げろアレク」

「……なに、を……」

「俺が気を引く。その間に【モドリ玉】を使え」

「……そんな事、出来る……わけ……」

「馬鹿者今の状態で闘えるとでも思っているのか? 元々俺はこいつの調査のために来ているのだ。丁度良いからサッサとキャンプに帰っていろ」

「……駄目だ、出直して……くれ……」

「なんだと?」

「……こいつは、あまりにも手強い……。あんた一人では……」

「……ほぉ、随分見縊ってくれたなアレクよ。俺がいつまでもお前のような足手纏いを抱えていると思うなよ?」

 

 言うなりベナトールはアルバストゥルを突き飛ばした。乱暴に飛ばされた彼は、遠くに転がって行った。

 

「無視してんじゃねぇよ……!」

 それを追い掛けようとした相手に、【ハンマー】を叩き込む。

 

「いい加減に相手が変わった事に気付きやがれ、この火トカゲ」

『ひ、火トカゲと抜かしたな!?』

「おうよ。貴様なんぞ俺にかかれば火トカゲで充分だ。悔しかったら巻き込んでみな。その御自慢の炎でな」

『ならば望み通りにしてやるわ!』

 

 相手は構え、翼を広げた。

 

「……ま……ずい、その技を、至近距離で受けたら……!」

 アルバストゥルの注意より先に爆発が起きる。

 

【挿絵表示】

 

 が、それに巻き込まれたかに見えたベナトールは、横転している。

 二度、三度。だが三度目の爆発は遅めに来るので、やや回避タイミングが早かった。

 

「ぐぅおっ!?」

 それに巻き込まれ、彼は吹っ飛ばされた。並の防御力では五体が引き千切れていただろう。

 

 だが彼はすぐに立ち上がった。

 

 全身から血を滴らせている。いかに頑丈なG級防具でも、ダメージはかなりのものであるはずである。

 というか、即死しない方がおかしい程のはず。

 

『まさかこれを耐える人間がいたとはな。だがもう動けないだろう』

 相手はほくそ笑みながらゆっくりと近付いた。

『どうだ? 望み通りの火炎の味は? 御大層な事を抜かした割にはお前も随分ともろいではないか?』

 

 彼が回復する時間は与えてもらえないだろう。そう判断したアルバストゥルは、せめて少しでもと思い【生命の粉塵】を投げた。

 

『これはあの小僧との闘いなのだ。それを汚すのは許さん!』

 

 言うなり【彼】は片手を振り上げた。

 が、先程のようにそれが振り下ろされる前に打撃音がした。

 

 アルバストゥルは攻撃に移ったベナトールの鎧の隙間から血が吹き上がるのを見た。しかし攻撃は止まらず、下から顎を叩き上げた【ハンマー】を振り抜き様に上から叩き付けた。

 相手は横倒しになり、もがいている。

 目の焦点が合っていない。どうやらスタンしたらしい。

 

「オッサン!」

 ふら付いて崩れそうになった彼を駆け寄って支える。やはり闘える状態ではないのだ。

 

「……逃げろと……言ったはず、だが?」

「馬鹿野郎喋んな! 今の内に回復してくれ頼むから!」

「……最後の爆発が、遅れて発生するとは、うかつ……だったぜ……」

「言い訳なら後でいくらでも聞くから早く!」

 

 彼が元から自分で回復したがらないのを知っているアルバストゥルは、俺がやった方が早いと思い直して【生命の粉塵】やら【回復薬グレート】やらを掛けた。

 だがお互いに次食らえば死ぬかもしれない程の傷である。いやベナトールに至っては、まともに受けなくても助からないかもしれない。

 

 そんな中、相手がゆっくりと起き上がった。

 

『嬉しいぞ……。これ程の人間に二人も出会うとは……!』

 【彼】が確実に怒っているのがビリビリ伝わって来る。

『そして、その二人を同時に失う事になるとは……!』

 

「アレク、動けるなら左右に分かれて攻撃するぞ。お前は右だ」

「あんたは大丈夫なのか?」

「……俺の心配はするな。行くぞ!」

 

 言われてアルバストゥルは、支えていたベナトールの体を放して駆け出した。

 目標がばらけて攻めあぐねた様子の相手の一瞬をつき、左右(正確にはベナトールは左斜め前だったが)から攻撃を叩き込む。

 短い悲鳴を上げて怯んだ相手に更に追い打ちを掛けようとして、アルバストゥルは炎に煽られた。

 

 思わず引き下がった彼に、反動を付けた前足が迫る。

 ガードしたがその上から叩き込まれて体勢を崩され、その状態で立ち直れないままもう一度大振りに振り上げられたのを無理に受けようとしたその時、肉に鋭いものが食い込んだ音がした。

 しかし自分には痛みはない。ハッとなって顔を上げると、そこにベナトールが立っていた。

 

 馬鹿な。いくら深い傷を負っていたとしてもこの人が避けられないはずがない。俺を押し退けて、あるいは打ち上げで浮っ飛ばしても避けるか反撃する余裕があったはずだ。

 

 ――追撃させないためか!?

 

 深手の体をわざと犠牲にした彼の意図に気付いて愕然となったが、それよりもその傷の位置に戦慄した。

 

「……。オッサン、まさか……」

 狼狽していたアルバストゥルは、震える声でやっとそれだけ言った。

 

 爪が胸の中央付近に深々と食い込んで止まっている。

 それだけではない、更に燃え盛る炎の熱でジュウジュウと音を立て、吹き出す血が泡になって蒸発している。

 白い煙と共に肉の焼ける臭いがする。このままでは体内が焼け焦げてしまうだろう。

 

 なのに、彼は爪を引き抜く事もせずに微動だにしないで立っている。

 

「お前は生きろ。アルバストゥル」

 彼はハッキリとそう言うと、次の瞬間アルバストゥルの鳩尾に拳を打ち込んだ。

 

「ぐうっ!?」

 吹っ飛ばされた直後に、爪が引き抜かれたのが見えた。

 そして、大量の血を噴き上げながら、彼が崩れ落ちたのを見た。

 

 

 

 気が付くとアルバストゥルは、テントの前に転がっていた。

 どうやらベナトールに気絶させられ、その後【猫車】でキャンプまで運ばれたらしい。

 それを理解するや否や弾かれたように起き上がろうとし、再びその場に崩れた。

 

 完全に戦闘不能である。

 

「……クソ……ッ。あの野郎……!」

 その言葉には二通りの怒りが交ざっていた。

 

 まだ闘えた。なのに気絶させやがって!

 

 【塔】のキャンプは麓付近に設置される事が多い。だから頂上まではかなり移動に時間が掛かるのだ。

 ベナトールはそれを知りながらわざと気絶させ、キャンプ送りにしたのだ。恐らく少しでもアルバストゥルの回復を助けるために。

 いやあの言葉を聞く限り、彼を生き長らえさせるために。

 

「お前は生きろ。アルバストゥル」

 

 彼は確かにそう言った。「アレクトロ」ではなく「アルバストゥル」と。

 あえて本名で「生きろ」と告げた。そう言ってくれた。

 だが、それでも、それでも従うわけにはいかないとアルバストゥルは思った。 

 

 気を失う前に見た光景を思い出し、戦慄に身を震わせる。

 最悪の状況が頭に浮かび、即消し払う。

 

「……オッサン、待ってろ……!」

 彼は激痛に苦しみながらも、とにかく回復に専念した。

 

 

 

 一方、崩れたベナトールはしかし、地面についた【ハンマー】の柄にすがりつつも、片膝を付いた状態で持ち堪えて倒れてはいなかった。

 そんな彼を見て、【彼】は信じられないというような面持ちで言った。

 

『まだ体を支える力が残っているとはな』

 

 だがすぐに勝ち誇るように口元を釣り上げ、牙を剥き出しにした。

『自分でも分かっていると思うが、お前は心臓を穿たれている。もう助からんぞ?』

「……それが、どうした……!」

 

 瞬間、彼の全身から殺気が沸き上がった。

 その場の空気が明らかに変わり、【彼】は思わずたじろいだ。

 

『驚いたな。もうすぐ死ぬというのにそこまでの精神力を持ち合わせているのか……! だが肉体はもう言う事を聞かないはず。なぜ倒れん?』

 

 止めどなく溢れ続けている血を右手で押さえつつ、喘ぎながらも彼は言い放った。

「……舐めるな火トカゲ……。俺がこの程度で……くたばるとでも思っているのか?」

 

 もはやいつ心臓が止まってもおかしくないような状態のはず。なのにしっかりと相手を見据えている彼の目付きは鋭いままである。

 

『面白い』

 

 兜の隙間から覗いているその目を見た【彼】は、くつくつ笑いながら言った。

『お前は先程の小僧よりは少しばかり丈夫に出来ているようだ。だがそのハッタリが、いつまで持つかな?』

 

 睨んでいたベナトールは、苦し気に咳込んで血を吐いた。

 胸に食い込んでいた爪は一本ではない。片手の指の数と同じ四本である。

 それが縦ではなく斜めに入ったのだ。つまりは心臓と肺を同時に穿たれているはず。

 

 ならば、呼吸も困難なはずである。

 

 更に悪い事には灼熱の部位が入ったせいで焼かれているのだ。そんな状態でまだ闘おうというのだろうか。

 

 それでも彼は、ぜぇぜぇと血の絡まった呼吸を繰り返しながら言った。

「……。生への執着はさらさらねぇが、まだ死ぬ気はねぇよ……。お前には、まだ付き合ってもらうぜ……」

 

『良かろう』

 

 相手は言うなり【龍炎】を沸き上がらせた。

『こちらも容赦をするつもりはない。受けてみろ小僧! 耐えられるならな』

 

 【彼】は中年であるベナトールを『小僧』呼ばわりした。

 

 元来【モンスター】というものは【人間】よりも遥かに長命である。

 そして【古龍種】ともなれば、どれだけの悠久の時を経て生きているか分からない。

 なのでどんなに歳を重ねた人間でも、【彼ら】から見れば幼児と変わらないように見えるのだろう。

 

 自分も含めてベナトールを囲む様に粉塵を撒いた【彼】は、直後に牙をかち合わせて火花を作り、爆発させた。

 赤い粉塵だったので、至近距離で爆発した。

 

 巻き込まれたかに見えたベナトールはしかし、倒れ込む様にして横転し、回避していた。

 が、【彼】の粉塵爆発は炎上を伴うものである。例え回避に成功したとしても、その場にいれば燃やされる。

 だが彼は燃えるのを覚悟でその場にとどまっていた。

 

『――なにっ!?』

 

 面食らった【彼】の角に【ハンマー】が襲う。振り上げられたそれは今の彼には有り得ないはずの力で叩き付けられ、角がへし折られた。

 

『ぐわあぁっ! 馬鹿な!』

 

 堪らずに後退した【彼】の頭にもう一度【ハンマー】が叩き付けられる。再び物凄い衝撃が来て、角のもう一本も砕け散った。

 

【挿絵表示】

 

『そんな……。お前に、もうそんな力は……』

 狼狽した【彼】だがとうとうベナトールが倒れたのを見て、止めを刺そうと近付いた。

『おのれ死にぞこないが! 焼き尽くしてやるっ!』

 

 両手を付いて上体を起こしながら大量喀血している彼の眼前で息を吸い込む【彼】だったが、ブレスとして吐き出す前に下顎を砕かれた。

 

『ぎゃあぁ~~~!!!』

 

 いつの間にか立ち上がっていたベナトールは、悶絶しながら絶叫している相手に溜めた【ハンマー】を構えながら言った。

 

【挿絵表示】

 

「黙れ、火トカゲ」

 

 そしてジャンプして大量の血飛沫と共に【彼】の頭上から振り下ろした。

 大音響と共に石畳が陥没し、【彼】の頭が沈み込んだ。

 そしてそれきり、【彼】はピクリとも動かなくなった。

 同時に彼も力尽きて倒れ、そのまま呼吸を止めた。

 

 

 

「オッサン!」

 

 全回復とはいかなかったがなんとか闘えるまでに回復したアルバストゥルが到着した時、ベナトールは血溜まりの中で俯せになっていた。

 傍らには頭蓋を砕かれた【剛種特異個体】と思われる【テオ・テスカトル】が倒れている。

 動く気配が無いのを見ると、恐らく死んでいるのだろう。

 

「オッサン! オッサン!!」

 

 呼び掛けながら揺さ振ったが、まったく反応が無い。

 それどころか呼吸が止まってしまっている。

 慌てて右手甲を外し、頸動脈に指で触れる。

 

 死んで――!

「うわああぁっ!!」

 

 アルバストゥルは腰を抜かしそうになった。だが「冗談じゃねぇぞ!」と持ち直し、彼の体をひっくり返した。

 胴鎧を引っぺがし、焼け爛れて穴の開いている胸の傷にありったけの回復系をなすり込む。他にも大きな傷や火傷はあったが、とにかく致命傷になっている四つの穴全てに回復力の高いものを摺り込んでおき、傷が塞がるのを待つ前に心臓マッサージを開始した。

 

「帰って来いオッサン! まだ死ぬ気はねぇはずだろ!?」

 お互いの兜を外し、合間に人工呼吸も行いながら続ける。

 だが、中々心臓も呼吸も復活しない。

「おいてめぇ! こんなんでくたばってんじゃねぇぞ!」

 

 【塔】の縁に見える空から【古龍観測隊】が合図しているのが視界の端に見えた。【ハンターズギルド】に連絡してくれたのだろう。

 

 ならば、救援隊が出されるはずである。

 

 しかし連絡が届いてから医療班が駆け付けるまでには【気球】で夜通し飛んでも一日以上は掛かってしまう。それまで間に合わない。

 

「おい! てめぇだけ先に逝くなんざ許さねぇかんな! てか、勝手に『生きろ』とか抜かして逝ってんじゃねぇよ!」

 

 アルバストゥルは蘇生処置をしながら声を掛け続けた。

 

「サッサと帰って来やがれデカマッチョ! 男に蘇生されるなら嬉しいはずだろうがよホモ野郎!」

 

 だが、どんなに悪態を付きまくろうが、彼の反応は無かった。

 

「おいコラ! いい加減帰って来ねぇとアバラ全部ブチ折んぞてめぇっ!」

 

 ハンターの力でやり過ぎると肋骨が折れる事がある。

 まあベナトールの骨ならいくら彼の筋力だったとしてもヒビすら入らないだろうが。

 

 

 そうやって頑張り続け、へとへとになってもまだ続けていた頃、ようやく僅かにベナトールの眉が動いた。

 

「よしオッサン! 頑張れ!」

 

 息を吹き込むと弱々しく咳込んだ。頸動脈に触れると、弱いながらも脈打っていた。

 安堵の長い溜息を付いて手を取った彼を、ベナトールは薄目を開けて見た。

 

「よぉ、分かるか?」

 そう言うと口を開いた。

 

「喋らなくて良い。聞こえたら手を握ってくれ」

 

 ピクリと指を動かした彼は、ゆっくりと握り返した。

 

「もう大丈夫だ。あんたにとっちゃ不本意だったかも知れねぇけどな」

 

 笑顔を向けた彼を見て、ベナトールは微かに口元を緩ませた。泣き笑いに見えたからである。

 

 

 【モドリ玉】でキャンプに戻って迎えの【気球】を待ち、同行していた医療班に任せる。

 

 アルバストゥルの方も診察されたが、彼は自力で回復していたので処置が良く、大した傷はもう残って無かった。

 ベナトールの方は元々驚異的な回復力の持ち主なので、生き返ったのなら数日休めばすぐに動けるようになるだろう。

 

 それよりも、そもそも話を聞く限りの状態で蘇生した事自体が医療班には信じ難かった。

 

 【モドリ玉】で戻る前にちゃっかり剥ぎ取りを済ましていたアルバストゥルだったが、ベナトールは起き上がるどころか自力で動く力すら無かったのでそんな余裕は無かった。

 だが報酬を特別に弾んでもらったらしくて、貴重な素材をアルバストゥルより多く貰えたらしい。

 謙遜していた彼だが、アルバストゥルは当然と思っていたので余計な分を渡そうとした彼につき返した。

 

 

 

「俺が何故あの場に居合わせたかというとだな」

 

 案の定医療係が舌を巻くスピードで全回復して医務室から出たベナトールは、あの場で話す暇が無かった話をアルバストゥルにしてくれた。

 

「ほれ、あの時『調査をしに来た』と言っただろ? お前が闘っていた【剛種特異個体】な、あれ実は【覇種(はしゅ)】だったんだと」

「【覇種】?」

「おう。……まぁこの種は後から決まったカテゴリーなんだがな。なんでも縄張り争いに負けたかなんかの【剛種特異個体】が極度に厳しい生息地に追いやられ、過酷な環境下で生き抜くために独自の技を身に着けて更に強くなった種類らしい。『覇者のごとき強さ』だから【覇種】だとさ」

 

「へぇ。まぁ確かにクソ強かったよなあいつ。攻撃力もとんでもねぇもんだったしよ」

「だな。……で、あの時は『とてつもなく強い【剛種特異個体】が出たので調査して欲しい』という要請を受けていてな、それで【塔】に赴いたんだわ」

「――んで、俺と闘ってる所に居合わせたって事か?」

「そういう事だ。しかし強ぇだけじゃなくて人語を話すとはねぇ、たまげたぜ」

「いやそっちも驚きだが、変身するのも驚きだったぜ」

 

「だなぁ、【ギルド】じゃ『炎上形態』と呼ぶ事にしたらしいんだがよ。ありゃ眩しくってやってられねぇよなぁ。ずっと燃えてっか爆発してんだもんなぁ」

「だからやられたのか?」

「いや、あれは単に俺のミスだよ。回避タイミングを合わせられなかっただけだ」

「てか、それなのに死んでまで俺を救おうとすんなよなぁ。何が『生きろ』だこの野郎」

「いやぁ、死ぬつもりなんぞなかったんだがよ、傷の位置が位置だったもんでよ、こりゃやべぇかなと。んでせめてお前だけはとキャンプ送りにしたまでは良かったんだが……。やっぱあの後溜めたのが一番まずかったな」

 

 ベナトールはバツの悪そうな顔をした。

 

「あああの状態で溜めただとぉ!? 何考えてんだてめぇは、んなもん死ぬに決まってんだろうがっ!」

「頭蓋を割るには【嵐ノ型】の溜めジャンプが一番効率が良いもんでよ。すんげぇきつかったけどな、残ってた血が全部外に出たんじゃねぇかと思うぐらい一気に吹き出したし。たぶんあれで心臓止まったんだろうぜ」

「自分で止め刺してどうすんだ馬鹿。あんた生き返らすの大変だったんだからな」

「そりゃ悪かった。ならその分一杯キスしてぐおっ!?」

 

アルバストゥルはベナトールの鳩尾に拳をぶち込んだ。

 並の者なら簡単に吹っ飛ぶところなのだが彼にはまったく効いていない。しかしアルバストゥル自身もそれは分かり切っているので、言わばじゃれ合いみたいなものである。

 

「キスじゃねぇこの変態野郎! 人工呼吸だっつの!」

「照れるな、俺もお前によくうごっ!?」

「吐き気を催す事を思い出させんじゃねぇっ! もうぜってぇ助けてやんねぇかんな! てかもっかい死んどけこの野郎! むしろ今すぐ殺す!!」

「がははは! やめろくすぐってぇ」

「首絞めてんのにくすぐったがるなバケモン! どういう首の構造してんだてめぇはっ」

「ほれ捕まえた」

 

 アルバストゥルを無理矢理抱きすくめたベナトールは、真面目な声でこう言った。

 

「ありがとよ、助けてくれて」

 

 そうしてその頭をぐしゃぐしゃかき回しながらニッと笑った。

 アルバストゥルは「ガキみてぇに扱うんじゃねぇっ!」と口では言いつつ、内心では本当に助かって良かったなと幸せな気分になったのであった。

 

 

 余談だが、【覇種】として扱われるようになった【モンスター】は、他にも【オディバトラス】【ドラギュロス】【パリアプリア】【UNKNOWN】【ゴルガノス・アルガノス(雌雄一対の魚竜種)】がおり、どれも覇者のごとき強さを誇っている。

 【彼ら】を倒すのはGR所持者でも難しく、撃退だけで済ませるのが望ましいとされる。

 

 なので討伐出来た者は、ハンターの間でも覇者として恐れられるという。

 

 

 

 




超ロングブレスや覚醒(炎上形態)シーンの挿絵も撮りたかったんですが、上手くいきませんでした。
「彼」の特徴的な攻撃の一つではあるのですが、素早いので撮影しようとすると攻撃を食らってしまうのと、攻撃力が凄まじくて連続で食らうとすぐにこちらが殺されるため、残念ながら挿絵無しになりました。

最初アレクが一人で挑んでいるのとアレクをキャンプ送りにした後はベナトールが一人だけで闘っているので、そのシーンはそれぞれの役のキャラを一人だけにして撮影しています。

話の中で「覇種テオ」が喋った事になってますが、もちろん実際には喋りません(笑)
元ネタに合わせてこんな内容になっているだけです。


ちなみにこれを読んだ友人には「ベナが死ななくて良かった♪」と言われました。
「いや思いっきし心臓止まってたろっ!!」と突っ込んだんですが、どうも「死」の概念が私とは違っていたらしく、「死んだように見えても最終的に生き返るならそれは死んでない」のだそうです。
私としては蘇生が成功するまでは死んでいたつもりで書いたんですが、なのでたまたま助かっただけのつもりだったんですが、友人にとっては死んだ事になっていなかったのだそうです。

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