今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】 作:沙希斗
今の試験は確か「アビオルグ」の狩猟に変わっているはず。
フロンティアに「ドンドルマ」があった頃の世界なので、試験内容も昔のものを採用しています。
ある日の事。
【大長老】から呼び出しがあったベナトールは、【大老殿】の謁見室で、畏まって話を聞いていた。
「――でじゃ、儂の孫娘が急に『ハンターになりたい』と言い出しおっての。そこでお主に【教官】として上位になるまで育ててもらいたいのじゃよ」
「俺に【教官】が務まりますかね……」
自己流で生きて来た自分は【教官】として人に教える器ではないと思った彼は、自信なさげに言った。
「大丈夫じゃよ。多少痛い目に合わせた方が、あやつも目が覚めるじゃろうて」
どうも口では『上位まで』と言いながら、【大長老】自身はそれほど孫娘をハンターにさせる気はないらしい。
「俺はお分かりのように不器用ですから、手加減など出来ませんよ? 本当に痛い目に合うかもしれませんが、それでもよろしいのですかい?」
「構わん構わん」
【大長老】には楽し気に笑いながら、「孫娘には『街一番の鬼教官』という事にしておるからの。そういう事でよろしく」と付け加えられた。
ベナトールは苦笑いしながら引き下がった。
顔合わせの時間に【メゼポルタ広場】で待っていると、ひらひらの服を身に着けた十五、六ぐらいの年頃の、小さな女の子がやって来た。
(といってもベナトールは大男なので、大抵の者は男女問わずに【小さな】という表現になってしまうのだが)
怖そうにおずおずと見上げる彼女に、「嬢ちゃん、【大長老】様の孫娘というのは、あんたかい?」と訊ねる。
「嬢ちゃんなんて呼ばないでよ! 私には【ハナ】っていう立派な名前があるんですからねっ」
初対面でもいきなり噛み付くあたり、中々に気の強い性格のようだ。
「【ハナ】ねぇ……」
「そういうオジサンはなんて名前なのよ?」
「俺か? 俺は【ベナトール】だよ。よろしくな」
彼の名前を聞いた途端、彼女はケラケラと笑い出した。
「な、何が可笑しい!?」
困惑して聞くと、「だって、だって、なんか【ナイシトール】みたいな薬の名前みたいじゃない」と腹を抱えて笑っている。
「うむぅ……」
「よし決めたっ! あたし【ベナ】って呼ぶねっ。よろしくベナ♪」
「勝手に縮めるな! 【ベナトール】というのは【ハンター】という立派な意味があってだな……!」
「あんたはベナでいいの! ほらベナ行くよっ」
親に『立派なハンターになるように』との願いを込めて付けられた、ハンターという意味の名前も彼女にかかれば形無しである。
「行くって、どこへ?」
「【クエスト】に決まってるでしょ? 私は上位ハンターになるんですからね。どんどん【クエスト】こなして下位なんてすっ飛ばしたいの」
「嬢ちゃん、そんなに簡単に【クエスト】がこなせるとは思わんこった」
「だからぁ、嬢ちゃんはやめてって言ってるでしょ。ちゃんとハナって名前で呼んで」
「じゃあハナ。本当に【クエスト】に行きたいなら、その恰好をどうにかせんとなぁ」
「なによ? 普段着で【クエスト】に行っちゃいけないの?」
「当たり前だろう!? 【素材】と【z(ゼニー)】は出してやるから、せめて【ザザミ】シリーズにでも着替えてくれんか?」
「え~~? ベナが【クエスト】中に全部やってくれるんじゃないのぉ?」
「そんな訳あるか! そのままだったら連れて行かんからな!」
ベナトールはとうとうキレた。
【武具工房】で【ザザミ】シリーズのカタログを見たハナは、「ダサい」と一言で突っぱねた。
で、すったもんだの結果、ようやく【リオハート】シリーズで収めてくれた。
〈スキル〉がどうこう言っても分からないので、完全に見た目重視である。
さて、取り敢えず初めての【クエスト】なら【採集クエスト】あたりかと考えていると、「この【沼地】っていうとこに行きたい」と。
「今は【夜】だから他のフィールドの方が……」
「え~~? ベナが付いてくれてんだから、どこでも良いじゃ~~ん」
「……へいへい、どこへでもお供します」
もう溜め息を付くしかない。
「夜の沼地で気を付けにゃならんのは――」
フィールドに着いて説明していると、その端から「この水、綺麗~~♪」と手ですくっている。
「そこら中にある毒沼で、触れると神経をやられる」
説明が終らぬ内に、「……気持ち悪い……」と言っている。
目の端で毒沼に触れるのは見ていたが、これも経験だと放って置いたのだ。
「早くなんとかしてよ。ほんとに死にそう……」
「……ほぉ、それが人に助けを乞う者の言い方か?」
こめかみに血管が浮いたベナトールだったが、「まぁいいだろ。初めてだしな。ポーチから【解毒薬】を出して飲んでみろ」と促す。
「げどぉくやくぅ? そんなのないけど……」
「ハナ、持って来てないのか? 持って来いって言ったよなぁ?」
ますます血管が浮くベナトール。
「他には何が入ってんだ?」
「えーっと、トラップツール、砥石、蜘蛛の巣、いじょおぅ」
それだけ言うと、彼女はパタンと地面に倒れ伏した。
このまま毒が抜けるまで放って置こうかと思ったが、【大長老】様から引き受けた手前、何かあっては困るので、一応【クエストリタイア】して医務室に放り込んでやった。
【z(ゼニー)】が足りるだろか……。
【リタイア】すると金は返って来ないため、有り余る程持っているくせに、そんなケチ臭い事を考えたりした。
随時こんな調子でちっとも前に進まないため、結局ベナトール自身が全部狩猟を引き受けねばならなくなってしまう。
まあそれを見越して【大長老】様も自分に託されたのだろうと、諦めの境地で【クエスト】をこなした。
が、下位なら彼女を自由にさせてやってもそれほど脅威にならないと思っていたはずが、やはり【古龍】ともなるとそうもいかず、全てこちらに攻撃を引き付けても彼女を護り切れない事もあった。
これは、上位になるとハナを死なせてしまいかねんな……。
下位だから【撃退】で許される【古龍クエスト】だが、上位になると【討伐】を成し遂げないといけないのだ。
でもそれでもその頃になると、防御力やスキルの有難味が分かって来たとみえ、愛用の【リオハート】シリーズを強化したり、少しはスキルを考えたりしてくれるようにはなった。
【アイテム】は相変わらずチンプンカンプンな物を持って来、何度言っても【古龍】相手に【罠】を仕掛けようとしたりする。
だからもう、これも彼女の個性なのだと思う事にした。
二年程経った頃。
いよいよ上位になるための最終試験だというので、入念に準備したベナトール。
最終関門は【ギルドマスター緊急依頼】として出題される、【シェンガオレン】の撃退である。
つまりはこの【緊急依頼】に参加し、【シェンガオレン】を撃退出来るか否かで、上位の資格があるかどうかを試されるのだ。
「――良いか、今度の依頼は失敗は許されない。奴に【砦】を壊されたら、その先にある【街】や【村】は壊滅状態になる。こればかりは絶対に死守せねばならん。――分かるな?」
「はい……!」
彼女にしては珍しく、真剣な表情で頷いた。
どうやら彼女には過去、まだ幼い頃に、【ラオシャンロン】に【街】を破壊された記憶があるらしい。
それは二才ぐらいの記憶だという事だったが朧気ながら覚えているようで、それ故に【砦】を壊された後の惨状を知っているため、こればかりはおちゃらけてはいられないと思ったのだろう。
ズシン……! ズシン……!
やがて、【砦】全体を揺るがす程の地響きを立てながら、【奴】は現れた。
【砦】の先端から見えて来たのは、【ラオシャンロン】の顔。
「――ラ、【ラオシャンロン】!?」
彼女は驚愕したように口元を押さえた。
因縁の記憶が蘇ったかのように、真っ青になってガクガクと震えている。
が、やがてその【ラオシャンロン】が頭骨だけであり、霧の中に徐々に現れて来たのがそれを被った巨大な【甲殻種】だと分かると、今度は違う驚愕を見せて「な、何これぇ~~~!?」と絶叫した。
「まあ、初めて見た奴は誰でもそうなるわなぁ……」
ベナトールは苦笑して言った。
「ななな何!? どう闘えばいいの!?」
わたわたしている彼女に、「まあ落ち着け」と返す。
と、【シェンガオレン】が後ろを向き、頭骨を正面に向けるようにして静止した。
そして、まるで【ラオシャンロン】が口を開けるかのように、上下の顎が開き――!
「――いかん! 離れろハナ!!」
言うや否や、ベナトールは彼女を抱きかかえて(というよりは搔っ攫うようにして)その場から離れた。
直後に巨大な黄色い塊を、【砦】にぶつける【シェンガオレン】。
それは液体状になっているのだが、どうやらその衝撃で【砦】を壊そうと試みたらしい。
「な、何あれ何あれ!? なんであんなもの出すのよぉ」
地震が起きたかと思う程の揺れに耐えながら、彼女はベナトールのぶっとい腕にしがみ付いている。
「……まあとにかく、ここでは【剣士】は攻撃出来ねぇから、次のエリアまで歩かせよう」
そう言いつつ、ベナトールは地図でいう《2》まで移動した。
(まだハナを脇に抱えたままだったので、途中で「おろしてよぉ」と暴れられた)
ゆっくりゆっくり移動して来る【シェンガオレン】をじりじりしながら待ち、現れた脚に攻撃を仕掛ける。
それは、一本一本が巨木のような太さである。
ベナトールの真似をして攻撃しようと試みたハナだが、グラグラして立っていられない。
「これじゃ攻撃できないじゃない」
「なんだハナ。〈耐震+1〉のスキルは付けて来なかったのか?」
「そんなものがあるなら早く言ってよぉ」
「準備段階でとっくに伝えたはずなんだがなぁ?」
兜で表情は見えないが、声色で彼のこめかみに血管が浮いているのを察した彼女は、「わわ、忘れたワケじゃないのよ。えっとほら、うん、〈スキルポイント〉が足りなくて付けられなかったの」と焦りながら誤魔化している。
「まったく……。なら前進する脚が止まった瞬間に攻撃するんだな」
「分かった。やってみる」
相手の前進は非常にゆっくりなので、それでも一応攻撃出来るのだ。
が、後ろから付いて行きながら攻撃していた彼女が、つい脚の前に回り込んでしまった事で悲劇が起きる。
前進するために上げた足先に当たり、そのまま踏まれてしまったのだ。
「ハナ!!!」
駆け寄ったベナトールは、目を閉じてぐったりしている彼女の、あまりの状態の酷さに言葉を失った。
……これは……! 内臓が破裂しているかもしれない……。
【シェンガオレン】は、何事もなかったかのように進んで行く。
すぐさま【秘薬】を飲ませたかったが、内臓がやられているなら飲み込めないだろう。
ならばとまず持っている全ての【生命の粉塵】をかけ、内臓からによる酷い内出血が治まったのを確認してから上半身を起こしてやり、【秘薬】を飲ませた。
「……う……」
効き目が表れた頃、少しして呻きつつも目を開けてくれた彼女を見て、ベナトールは安堵の溜息を吐いた。
「まだやれるか?」
一応聞いてみる。
「うん。大丈夫……」
「怖かったら【キャンプ】で寝てても良いんだぞ?」
「ううん。前みたいに逃げたくないの」
気丈にもそう言った彼女。
わずか二才の頃だったというのに、その成す術も無く逃げ惑った記憶が焼き付いているらしい。
「そうか。――ならヘマはするなよ?」
「うん。ありがと助けてくれて」
ベナトールは優しく笑って答えた。
(表情は兜で見えなかったが)
《3》に移っていた【シェンガオレン】に、攻撃を加え続ける。
《4》まで移動してしまったのを攻撃し続ける。
が、いくら切っても足先が赤く染まるだけで、一向に前進は止まらない。
その内【シェンガオレン】は、陸橋を攻撃しようと立ち上がった。
「た、高ぁい~~~!!」
ハナは、そのあまりにもの高さに腰を抜かさんばかりに驚いている。
「あの中に入るぞ」
言いつつ陸橋の梯子を上っていくベナトールに、「は、入るってどこによ!?」と、慌てて付いて行きながら答えるハナ。
【シェンガオレン】は、先程【砦】の先端で行った、頭骨(ヤド)から黄色い液体を吐き出す攻撃を行うべく、両顎を開かせている。
「行くぞ、付いて来い!」
そう言ったベナトールは陸橋から、なんとその中、つまり【ラオシャンロン】の頭骨の口の中に飛び下りた。
「ええぇ!?」
当然のように、素っ頓狂な声を上げるハナ。
「何をしている。早く来い!」
促されて涙目で飛び下りる彼女。
すると、間髪入れずにベナトールは【対巨龍爆弾】を置いた。
「良いかハナ、これは時間差で爆発する強力な爆弾だ。【対巨龍】という名の通り、【ラオシャンロン】にも有効だから、覚えて置くように」
言うや否や飛び下りるベナトール。
「ここ、こんな所で講義しないでよぉ」
ハナは抗議しながら飛び下りた。
直後に爆発した【対巨龍爆弾】にヤドの中を焼かれ、悲鳴を上げる【シェンガオレン】。
が、それでも前進は止まらない。
いくら攻撃を加えても【シェンガオレン】は移動し続け、とうとう最終門である《5》まで辿り着いてしまった。
ここを破られればその先にある、【街】や【村】は全て潰されてしまう。
二人はそれだけはさせまいと、死に物狂いで門を守っている【ガーディアンズ(守護兵団)】と共に、【大砲の弾】を運んで【シェンガオレン】にぶち当てたり、【大型固定弓(バリスタ)】を撃ったりした。
「【撃龍槍】の準備が出来たぞ~~!」
やがて、誰かの声がかかる。
「よし! 俺が撃とう!」
ベナトールは【撃龍槍】を作動させるための、大きなスイッチの前に陣取った。
「よく見てろハナ。今から作動のやり方を教えてやる」
だがそう言っている間にも、【シェンガオレン】はどんどん近付いて来る。
「ベナ早く! 何やってんの!? 門が壊されちゃう!!」
ハナはおろおろしながら【シェンガオレン】と彼とに慌ただしく視線を移している。
とうとう相手は立ち上がり、門に密接する程近付くと、巨大な鋏を振り上げた。
「あぁっ! もうダメ!!」
思わず彼女が両手で目を覆った、まさにその時――!
ガシュンッ!!
機械的な音と同時に巨大な槍が数本、門から勢い良く飛び出した。
【シェンガレオン】は見事に口元からヤドまでを貫かれ、青紫の血を滴らせながらピクピクと痙攣している。
「おぉ~~~!!」
周りで息を飲んで見守っていた【守護兵団(ガーディアンズ)】がどよめいている。
やがてキリキリと音を立てながら【撃龍槍】が引っ込むと、ガシャンと音を立てて【シェンガオレン】は崩れ落ちた。
それでようやく観念したのか、相手はよろめきながら【砦】から去って行った。
途端に周りから上がる歓声。
「お見事です! ベナトール殿!」
「いや~~! 流石ですね!」
握手を求められたり肩を抱かれたりしている彼を見ながら、ちょっとだけ尊敬したハナであった。
晴れて上位となったハナに、ベナトールは後日頼まれ事をされる事になる。
その話は、また後程……。
挿絵はフロンティアの自キャラで演出していますが、ゲーム画像がマズいという事でしたら削除し、挿絵無しで行こうと思っています。