今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】 作:沙希斗
これで「死んでもなお(もしもの世界)」の話は終わりになります。
クエストから帰ってすぐにベナトールに用事が出来たアルバストゥルは、彼が本部に向かったと受付嬢から聞いて、着替えもせずにそのままそこへの坂道を上っていた。
兜だけ脱いで脇に抱え、滅多に通る事が無いので周りの景色を眺めつつのんびり歩いていると、もうすぐ立派な門が見えるという頃に、いやに地面が赤いという事に気が付いた。
よく見なくても分かる。
どう見てもこれは血が流れた跡である。
驚愕し、無意識に兜を落としつつ慌ててその先に駆けて行くと、見えて来たのはあちこちに転がっている幾つものハンターの死体。
それだけでなく、中にはギルド職員の制服を着た者もいた。
「……。な……なな、なんだよこれ……」
彼はショックを隠し切れずに呆然と突っ立っている。
死体はハンターよりも、ギルド職員の方が傷が深そうに見えた。
「……一方的に、やられたってのか……?」
よく見るとハンターの殆どは、首の骨を折られていた。
まさか、このやり方は――!?
ハッとなって首を巡らすと、門柱に背中を預けるようにして立ったまま目を閉じている、ベナトールの姿を見付けた。
「オッサ――!」
駆け寄ろうとして思わず足を止め、絶句する。
心臓の位置に、【剥ぎ取り用ナイフ】の柄だけが、にょっきり突き出していたからである。
しかも、もうすでにかなりの量を出血しているようだ。
だが、彼にはベナトールがそんな状態になっているのが信じられなかった。彼が【ギルドナイト】である事を、対人戦のスペシャリストであり、しかも暗殺専用の任務を任されている事を、仲間の内でただ一人知っているからである。
そして、彼が個人戦よりもむしろ集団戦を好む事も。
彼は恐らく、ほぼ一人でこの数のハンターを仕留めたに違いないのだ。そして首を折った事を察するに、丸腰で相手をしたはずなのだ。
だがきっと、自分は一度の掠り傷も負わなかったはずなのだ。『この数を相手にしても』。
「……。何が、あった!?」
呟き、そろそろと彼の元へ足を進める。
駆け出したかったが、震えて言う事を聞いてくれないのだ。
だが逆にそれが彼以外の視野を生み、脇に投げ捨てられたようにして死んでいる番兵を目に入れる事が出来た。
首を折られている事を察するに、ベナトールが殺したと見て間違いないはず。が、彼が同僚とも言えるギルドの番兵を自ら手に掛けるなどという事は、まず有り得ない。
再びベナトールに目を移したアルバストゥルは、門の扉が少しだけ開いている事に気が付いた。
ここは普段は閉じられている。しかもハンターがもし大挙して押し寄せたとしても、特別な許可が無い限りは開けてはもらえない。
だが、ギルド職員を殺してまで中に入ろうとしたと思われるハンター達が扉を破った形跡は無い。
番兵の、裏切りか?
そう考えれば何となくだが彼が殺した察しが付いた。
だがそうだとしても、彼をここまで瀕死にさせる程、死んだ番兵に腕があるとは思えない。
畜生っ! んな事考えてる暇あっかよ!!
アルバストゥルは自分の足を叱咤し、速めてベナトールに近寄った。
「オッサン!」
呼び掛けると彼はすぐに目を開け、気だるげな仕草でゆっくりとこちらを向いた。
が、顔は向けてくれたがその目は虚ろになっており、自分に向いていない。
もうすでに、目が見えなくなってしまっているのだろう。
「……ア……レ……」
それでも名を口にしようとした彼に、思わず語気を強める。
「喋んな! 今【秘薬】を――!」
そう言って腰のポーチに手を突っ込み、焦りながらも【秘薬】を取り出そうとしていると、何か言いたげに彼が口を開きかけた。
と、その時今まで虚ろになっていた彼の目に意思が宿り、明らかな殺意を持って鋭くある方向に向けられた。
そしてアルバストゥルがその方向を見ようと身動ぎするより早く、なんと手を添えていた【剥ぎ取り用ナイフ】の柄を握って引き抜いてしまった。
当然のように大量の血が吹き上がり、驚愕したアルバストゥルの眼前で迸っていく。
それはアルバストゥルに頭から掛る程の勢いだった。
「何やって――!」
狼狽するアルバストゥルを無視し、彼は吹き出す自分の血すらも構わずに、そのままその方向へナイフを投擲。
刹那、短い悲鳴と共に銃声が響いた。
直後に髪数本を犠牲にして抜けた銃弾で、初めて自分が狙われていた事に気付く。
慌てて振り向くと、離れた物陰から喉にナイフが刺さった状態で道に倒れ込んだ【ライトボウガン】使いを見た。
まったく、気付かなかった……。
そのショックと、今心臓が止まってもおかしくないような状態の彼がその身をなお犠牲にしてまで助けてくれた戦慄で、硬直するアルバストゥル。
それでもゆっくりとベナトールに視線を戻すと、傷を押さえた手の隙間から血を溢れさせながら目を閉じて喘いでいた。
背中はまだ門柱に預けているが、支え切れずに崩れそうになっている。
とっくに倒れていないとおかしいのにそうならないのは、意地でも倒れまいとしているからなのだろう。
褐色の顔ではそう見えないが、とうの昔に血の気は失せて蒼白になっているはず。
彼は暗殺のプロ、【ギルドナイト】なのだ。心臓に刺さったナイフを抜けばどうなるかぐらい、充分過ぎる程に分かり切っている。
これは明らかに自殺行為であり、即死し兼ねない深刻な状態なのだ。
だが、それが分かっていてあえて彼は自ら抜いた。
自分に止めを刺してでも、アルバストゥルを助けるために。
「オッサン! 早く【秘薬】を!」
慌てて【秘薬】を飲ませようとしたアルバストゥルに、しかしベナトールは目を閉じたまま、ゆっくりと左右に首を振った。
「そ……れは、お前が、飲む……んだ……」
「馬鹿野郎! こんな時まで人の心配してる場合かよっ!!」
アルバストゥルはもう、泣くような声で叫んだ。
「……【猟団】の……、反乱が、起きた……らしい……。中に……、まだ中に団員が……。ここ……にも……、まだ、来るかも……知れん……。お、お前を……。お前を、危険に……晒す……訳には……」
「ならせめて、せめて一つだけでも飲んでくれ!」
アルバストゥルは【秘薬】の一つを無理矢理彼の口の中に突っ込んだ。
ようやく観念したかのように飲み込もうとしたベナトールはしかし、むせて吐き出してしまった。
もう、飲み込む力も残って無いのだ。
「オッサン! 口開けろ!」
拾ったアルバストゥルは、丸薬であるそれを指ですり潰して粉にし、彼の舌に掛けた。
飲み込めなくても唾液で少しでも成分を浸透させようと思ったのだ。
「……無駄な……事、を……」
「無駄じゃねぇっ!!」
彼とて、もうベナトールが助からないだろうという事は充分分かっていた。
だが、少しでも長く生きていて欲しかった。
こんな所で、死なせたくなどなかったのだ。
「……。行け、アレク……。【マスター】を……、中に入って、【マスター】を……護って……」
「断る! それはあんたの役割だろう!?」
アルバストゥルは皆まで言わせずに言い放った。
「……頼、む……。俺は、ここを守って……いる……。そう、【マスター】に……」
「嫌だっ!!!」
「……。あいつらに……よろしく、な……。は、ハナには……。ハナには、『幸せに』と……」
「そんなもん自分で言いやがれっ!!」
再び視界が暗くなっていたベナトールは、感覚と微かに見えるシルエットだけを頼りに手を伸ばし、嗚咽しているアルバストゥルの頭にそっと手を乗せてポンポンした。
「……行け……。さらばだ、アル……バストゥル……」
彼は、相棒の本名を呼んで別れを告げた。
今離れてしまえば、二度と生きた姿は見れないだろう。
だが、アルバストゥルはこう言って、泣き笑いだったが精一杯の笑顔を見せた。
「さよならなんぞ言わねぇ! またな、ベナトール!」
彼が初めて自分の名を呼んでくれた事に驚き、目を丸くしてから心底嬉しそうに笑うベナトール。最初で最後ともいえる呼び掛けだったが、彼にとってはもうそれだけで充分死ぬ事に悔いは無いと思えた。
ただ、その顔を見れない事だけが残念だと思った。
彼が見えなくても笑顔を見せようとそうしたアルバストゥルは、彼が初めて見せてくれた、嘘偽りの無い心からの感情を表した笑顔を心に刻み、二度と忘れまいと誓って踵を返して門の中に走った。
死ぬなよ、アルバストゥル。生きてくれ。
遠ざかっていく足音を聞きながら、彼はそう心の中で呼び掛けた。
直後、彼の上体がビクンと大きく跳ね上がった。
ベナトールは苦し気に目を見開きながら歯を食い縛り、服の胸部を引き千切らんばかりに握り締めた。
前のめりになったかと思うと再びビクンと上体を反らし、それを何度か繰り返した。
心臓が、とうとう痙攣を起こし始めてしまったのだ。
「苦しそうだな」
そんな中、そんな声が聞こえた。
……近付かれた……事すら……気付けんとは……。
彼は喘ぎつつ、自分の勘がそこまで鈍ってしまっていた事に悔しがった。
無理矢理瞬きしながらその方へ顔を向けたが、やはり視界は暗いまま戻らない。
だが辛うじて見えたシルエットで、どうやら【ランス】使いらしいと分かった。
「よせよせ、もう闘えないだろう」
ふら付きながらもそれでも闘おうとしたベナトールを見て、呆れたように声は言った。
「……れでも……。ここ、を……、守ら、ねば……」
「呆れた精神力だな。そうまでして守りたいのか」
シルエットに向けて手を伸ばし、足を踏み出そうとして支えられずに再び門柱に背中を預けるベナトール。
そのまま呼吸困難になっているのを見て、見ちゃいられないと【ランス】使いは思った。
彼の事は密かに憧れの対象としていたので、こんな姿は見たくないと思った。
「……っ! 今、楽にしてやる……」
辛そうに思えたその声が聞こえたすぐ後で、ベナトールは【ランス】で門柱に縫い付けられた。
「ここを守りたいんだろう? ならば、このままにしといてやるよ」
「……感謝……す……る……」
そして、最期に魂を吐き出すかのように弱い息を口から押し出すと、ベナトールは呼吸を止めた。
目を開き、首を垂れもせずに仁王立ちで固まったのを見て、【ランス】使いは戦慄すら覚えた。
「見事だ。ベナトール殿……!」
念のために頸動脈に触れて完全に心臓が止まっているのを確認した【ランス】使いは、敬意を表して目を閉じ、敬礼したまましばらく佇んだ。
そして踵を返し、門の中には入らずに、そのままどこかに立ち去って行った。
門の中、本部では、【ギルドナイツ】まで出て戦闘に加わっていた。
それらを掻い潜り、アルバストゥルは【ギルドマスター】の元へと急いだ。
「【マスター】!」
「アレクトロ!? 何故お主がここに来ておるのじゃ?」
「オッサン……。いやベナトールに貴方の保護を頼まれたんです」
「あ奴は!?」
「正面門を守っています」
「そうか。ならば援軍を……」
「いいえ、彼なら一人でも守り切るでしょう。それよりも中の者を排除する方が先です!」
「分かった。では特別にお主にハンターとの戦闘許可を与える! これよりもし殺めてしまっても、お主には違反の罪は無いものとする。存分に闘え!」
「承知しました!」
軽く頭を下げたアルバストゥルは、【ギルドナイツ】やギルド兵と共に【ギルドマスター】を護るために闘った。
ただしやはりなるべくなら人殺しはしたくなかったので、防戦するか【ギルドマスター】に危険が及ぶ時だけ攻撃した。
戦闘が終わり、本部内にも門にも危険が及ばないとなった頃、アルバストゥルは【ギルドマスター】を連れて彼の守る門柱へと赴いた。
そして改めて、やはり彼が死んでしまったのだという事を確認した。
彼は、門柱に【ランス】で串刺しにされたまま、目を開けて真っ直ぐ前を見詰め、仁王立ちになって死んでいた。
まるで、死んでもなおそこを守り続けようとするかのように。
彼の胸に刺さったままになっていた【ランス】はG級のものと思われ、彼にすら手の届かなかった最上位の、しかもレア素材が幾つも使われているような一級品だった。
そんなGRでさえも滅多に手に入らない素材と、膨大なゼニーがかかる業物をそう簡単に手放す者はいないと思われるので、彼の気持ちを汲んだ者が、わざと残してくれたのだろうという事になった。
「……。よぉ守ったのぉ……。見事じゃベナトール。ありがとう、ありがとうのぉ……」
【ギルドマスター】はその足元にすがり付き、オイオイと声を張り上げて泣いた。
アルバストゥルはその目を閉じさせようとして手を伸ばしたが、やめた。
眠りたくないだろうと思ったからである。
付いて来たり、様子を見に来たりしていた【ギルドナイツ】及びギルド関係者など、その場にいた全員が彼の功績を称え、敬礼し、泣いた。
完全に戦闘が終わると、首謀者だけを残して後は全員【ギルドナイツ】によって処刑された。
首謀者は反乱の理由などを詳しく調べられた後、その【猟団】が使っている【猟団部屋】で、団員全員を集めた前で処刑された。
反乱に参加していなかった【猟団長】や団員には罪は無いとの事だったのだが、どちらにしろ【猟団】自体が取り潰され、部屋も壊される事になったので、その上で改めて作りたいのならば新設を許可するという流れになった。
ただし、今まで使っていた猟団名は二度と使えなくなったとの事。
ベナトールの死体は、防腐処理をしてそのまま残すという意見も多かったのだが、結局荼毘に付される事となった。
生前の彼の言動から自然に帰す事も考えられたが、彼ほどの功労者はやはり大々的に公表して大規模な葬儀を行うべしとなったのだ。
「いやぁっ! いやあぁっ! 連れて行かないでえぇっ!!」
彼を知る者大勢に見送られた後、火葬場に運ばれようとした彼の遺体にすがり付き、ハナは人目も憚らず幼子のように泣き喚いた。
それを無理に引き剥がし、荼毘に付した後、残った骨は門柱の中に納められた。
そして彼の血の染み込んだヶ所は、そのまま残される事になった。
それは、彼を知る者全ての願いだった。
だから今でも彼は【ドンドルマギルド】の本部の前の、表門を守っている。
もう二度と、この門を脅かす者が出ないように。
これを書いている最中、私はマジ泣きしました。
涙で視界が歪む中で無理矢理書いてました。
いかにパラレルワールドでも、やはり思い入れの強いキャラが死ぬのは辛かったです。