今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】 作:沙希斗
その中の一つ「ヒキガエル」は庭先で良く見掛け、大きな個体が玄関に居座っている事もあります。
ある日そのヒキガエルが間抜けな事に雨どいの元(集めた雨水を下水に流す場所)の穴(瓦と同じ焼き物で出来たもの)の隙間に何故か頭を突っ込み、腰辺りから下を出したまま逆さで動けなくなっていた事がありました。
【挿絵表示】
↑これは「ババコンガ」ですが、まさにこんな感じになってました。
父が呼ぶので何事かと表に出て見れば既にそんな状態になっており、死んでいると思ったのですが息をしていたので助けようと掴んで引っ張ったんですよ。
ですがガッチリハマってしまっていて、少々引っ張ったぐらいでは抜けない。
しかもヒキガエルは興奮すると体を膨らませる性質があるもんだから、ますます隙間が無くなってしまう。
「こうなったら(穴を)壊すか」と父に言われましたがもう死んでも仕方ないやという気で無理矢理引き摺り出したら何とか抜け、生きていたのと本人(本蛙?)もどこにも怪我をしていなかった様子だったため、そのままいつもいる庭の物置小屋の隙間に逃がしてやりました。
これは、その珍事件とも言える出来事が面白かったので、それを基に考えた話です。
それは、うららかな日が【メゼポルタ広場】に差し込んだ、のんびりした時間帯での事だった。
レインに誘われて【ドンドルマ】から少し出た自然区域で散歩していたアルバストゥルは、森の奥の方でキィキィという微かな鳴き声を聞いた。
レインには気付かない程の極小さな声だったが、今にも消え入りそうな苦し気な声だったので気になり、見に行く事にした。
散歩といっても【街】から一歩出ればそこは【モンスター】の世界だったので、軽装備ではあるが何かあってもいつでも闘えるように【大剣】は背負っていたし、一般人ではあるがレインも【ランポス】などの小型【鳥竜種】となら闘えたので、大型【モンスター】の出ないこの辺りの区域では森の奥深くに入り込んでも比較的安全だったのだ。
耳を澄まし、鳴き声だけを頼りに進んで行くと、倒木が出来た事による、少しだけ開けた場所が見えた。
そこには頭にカボチャに似た奇妙な面を被った、緑褐色の肌を持つ小さな人間型の生き物が集まっていた。
細く老いさらばえたように見える身体と比べて被っている面が大きいため、頭でっかちの非常にアンバランスな恰好に見える。
【奇面族】。つまり【チャチャブー】である。
【彼ら】は何やらブツブツと人間には聞き取れない言葉を話しながら、倒木の亀裂に手を突っ込んで引っ張ったり、心配そうに覗き込んだりしていた。
どうやら鳴き声は、その亀裂から聞こえているようである。
「ここに隠れとけ。一応逃げる準備はしておけよ」
レインを木の陰に誘導し、そう囁いたアルバストゥルは、匍匐前進でそうっと近くに寄ってみた。
気配を消すのはハンターの得意技なので、まだ【彼ら】には気付かれていない。
亀裂をよく見てみると、そこに小さな小さな脚だけが飛び出していた。
その肌は【彼ら】と同じ緑褐色だった。
という事は、どうも【彼ら】の子供らしい。
ははぁ、挟まったな。
アルバストゥルはそう理解した。
たぶんこの子供は、亀裂を覗こうとしたかそこに入ろうとしたかして頭を突っ込み、そのまま落ち込んで体が抜けなくなってしまったのだろう。
苦し気な声は、おそらく長い間その恰好のままになっており、胸部か腹部を圧迫されているのだろう。
このままだったら死ぬだろうな。
アルバストゥルはそう判断した。
だが、【彼ら】、つまり大人の【チャチャブー】の力では、集団でかかっても抜けられないようだった。
しゃあねぇ、助けるか。
間抜けめと心中では笑っていた彼だったが、放って置く気は無かった。
「オイお前ら」
そこで、一応【彼ら】に声を掛けて置く。
穏やかな声で話し掛けてはみたものの、やはり一斉に向き直った【彼ら】からは明らかに殺気が向けられていた。
「よせ、お前らと闘うつもりはない。この子を助けたいんだ」
しゃがんだまま背から【大剣】を外して地面に置き、闘う気の無い事を示す。
彼が武器を手放した事で、見ているレインは心中穏やかでない。
その視線を感じながらも、アルバストゥルは続けた。
「お前らだけではどうしようもねぇんだろ? だから手伝ってやる。攻撃して来ないでくれねぇか?」
だが、【彼ら】の一人が奇声を発すると、他の者も奇声を発して武器を構え、一斉に踊り掛って来た。
「チッ! 分からず屋め!」
こうなったらもうどんな事をしても無駄である。
元より【チャチャブー】は戦闘を好む種族である。
その上に殺傷能力が高く、集団で襲い掛かられたらハンターでさえも命が危ぶまれる。
それでも、彼は武器を取らなかった。
そして代わりにポーチからあるアイテムを取り出した。
「レイン、目ぇ瞑れっ!」
両手で口を塞いで悲鳴を必死で抑えていたレインに声を掛け、彼はそれをわざと【彼ら】に見えるように投げると、自分も目を閉じた。
直後、目を焼かれるような閃光が辺りを覆った。
【閃光玉】である。
キキィッ!?
キィキィッ!?
目を閉じていてさえ白く塗り潰された視界から二人が立ち直った時、目を眩まされた【彼ら】は混乱した鳴き声を発しながら、あらぬ方向へ闇雲に攻撃していた。
「よし、ちと痛ぇかもしれんが我慢しろよ?」
その間に挟まっている子供の脚を引っ張ってみる。
が、引き裂くような鳴き声を上げるだけで、動きそうにない。
そこでベルトに引っ掛けていた小さなナイフを取り出し、亀裂の隙間に差し込んで広げてみる。
【剥ぎ取り用ナイフ】を使うより、こちらの方が細かい作業をしやすいからである。
そうやって少しずつ隙間を広げながら引っ張ると、動くようになった。
「もう少しだからな?」
無理に引っ張ると脚が折れかねないのでそうっと引っ張っていき、体が出始めたのを見て体を掴んで引っ張っていると、いきなり背中に物凄い激痛が走った。
「ぐあっ!!」
叫び、歯を食い縛ったがそのまま作業を続ける。
振り向かずとも分かっていたからである。
それを合図に背後から次々に奇声が聞こえ、ザクザクという音と共に背中が切り刻まれて行く。
レインの悲鳴が聞こえる。
流石に抑えられなくなったようである。
「ぐあぁっ! 出て来るな!!」
駆け寄ろうとした彼女の気配を感じ、叫ぶ。
留まってくれたのを察して、内心ホッとした。
「ぐうっ! があぁっ!!」
苦痛に叫びつつも、アルバストゥルは作業を止めようとしなかった。
途中で止めたらせっかく広げた亀裂が元に戻ってしまうからである。
「……よし……。もう大丈夫だ……」
子供を出す事に成功したアルバストゥルは、掴んでいたその子をそっと地面に下ろすや否や、その場に横倒しになった。
「アル――!」
思わず駆け寄ろうとしたレインはしかし、足を止めた。
まだ攻撃を続けていた【彼ら】に割って入るようにして、助けた子供がアルバストゥルを庇うように立ちはだかったからである。
キイィッ! キィキィッ!
子供は必死で訴えている。
『どけ!』とでも言うように一人が体を押したが、小さな小さな足を必死で踏ん張って頑としてどこうとしない。
「……。やめ、ろ……。俺、は……、こうなる事……が……、分かってやった……から……、良い、んだよ……」
呻きつつ、喘ぎながら掛けた言葉に答えるように、子供は一度振り向くと、それを力にするかのように更に踏ん張って声を張り上げた。
勢いに気圧されたように、【彼ら】の動きが止まる。
明らかに混乱している様子だったが、もうそれ以上アルバストゥルを攻撃して来る者はいなかった。
やがて、リーダー格と思われる一人が声を上げ、子供を抱えて移動し始めた。
他の者はまだ不満気な様子だったが、それを見て渋々という感じで後に続く。
【彼ら】が森に消えていく間際、子供はもう一度倒れたままのアルバストゥルを見て短い声を出した。
まるで、『ありがとう』と言ったかのように。
「アルバっ!」
【彼ら】が完全に見えなくなるのを待ちかねたように、レインが飛び出して来た。
「酷い……!」
背中を見て、その傷の数と深さに絶句する彼女。
「はは……。ちと、参った……」
苦笑いしようとして、アルバストゥルは呻いた。
「しっかりしてっ!」
顔色を変えて泣きそうになっているレインを見て、「……大袈裟、だな……」と声を絞り出す。
「だって、だって……。こんな、酷い……」
「……痛ぇのは痛ぇが、命には……別状は、ねぇよ……」
そう言って、起きるのを手伝ってもらってポーチから【回復薬グレート】を出して飲んだ。
相手が「チャチャブー」なだけに、えらい目に遭ってしまいました(苦笑)
ヒキガエルは代々と言っても良い程庭先に住んでいる個体なんですが、こんな事になったのは初めてでした。
ですがもう二度と頭を突っ込むものが出ないように、今は穴の隙間を塞いでおります。