今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】 作:沙希斗
それは、あたしがハンターになって間もない頃。
本格的な【クエスト】自体もそんなに行ってない時に、【密林】ってとこにベナと二人で行く事になったんだよね。
遠出する事になって、あんまり遠くに行った事のなかったあたしは不安だった。
【竜車】で何日も揺られ、夜は焚火をしながらベナが見張ってくれた。
最初の三日ぐらいはさ、野宿も楽しかったのよ。キャンプとかもあんまりした事なかった頃で、だから幌で寝るのもベナがお魚釣ってくれたりあたしが採って来たキノコや木の実なんかで野外料理したりすんのも違う世界を見るみたいで面白かったし。
【御者アイルー】に習って、【竜車】を引いてる【アプトノス】の世話をするのもね。
でもさ、だんだん現実味が増して来るとさ、夜の闇が怖くなって来ちゃった。
夜に活動する【モンスター】がいる事をベナが教えてくれてから、今までただ珍しいだけだった、夜に泣き躱す【モンスター】の鳴き声が急に自分を食べに来るみたいに思えて来ちゃったの。
その日の夜、あたしを幌に寝かせてくれたベナは、いつものようにそっと外に出て焚火の前で見張ってた。
でもあたしはどうしても寝付けなくて、寝たと思ったら怖い夢を見たりして、だからベナの所へ歩いて行った。
一緒に幌で寝てた【御者アイルー】は、見張りをベナに任せてぐっすり寝てたんだけどね。
「……どうした?」
ベナは幌から背中を向けてたんだけど、あたしが近付くと振り向きもしないで静かにそう言った。
足音させないようにしたつもりなのになんで分かんの? ってビックリしたけど、気配を読むくらいはハンターなら出来て当然なんだろうなって思った。
「寝れんのか?」
回り込んでベナの横に座ったら、そう聞いて来た。
「うん。怖い夢見ちゃって」
「そうか……」
ベナは、身動ぎもせずに闇を見てた。
「なにか、見えるの?」
「……。あの奥、うろのある木があるだろう? その更に奥でな、今【ランポス】の群れが通過してる」
「えっ!?」
あたしは強張ったんだけど、「心配無い。あそこまで離れていればこっちに気付かんよ。それに奴らは狩りを終えてねぐらに帰るとこだ。もし気付いたとしても襲って来る事はねぇ。安心しろ」って言った。
一応あたしも同じ方向を見てみたんだけど、いくら目を凝らしてもうろのある木どころか真っ暗な闇しか見えなかった。夜目が効くってホントに凄い事なのね。
「なんでそんな事が分かるの?」
まったく見えなかったんだけど、姿を見るより『狩りを終えて帰るとこ』ってベナが分かってる事が気になって、そう聞いた。
ベナは胡坐をかいて座ってたんだけどそれでもあたしよりずっと上に頭があったから、隣に座ったままだとひっくり返りそうなくらい見上げなきゃいけなかった。
でも首が痛くなるぐらいにして見上げてるあたしになんか構いもせずに、遠く闇を見詰めたまんま、ベナは答えた。
「……。足取り、鳴き方、目付きが違うのだ。今奴らは穏やかな雰囲気を纏っている。狩りの前、つまり多少なりとも飢えているならば、もう少し殺気を孕んでいる」
「ふぅん……」
ベナって、あたしが興味があっても無くても、聞いた事にはちゃんと答えてくれるんだよね。
自分からは話さないベナが黙ってしまったから、長い沈黙が耐えられなくなった。
だって、ずっと黙ってたら周りの音や【モンスター】の声がやたら響くように思っちゃってさ、隣にベナがいても段々怖くなっちゃったのよね。
「ねぇ……」
「ん……?」
「なにか、お話して?」
「話ねぇ……」
「なんでも良いの。歌でもなんでも。黙らないで」
「ふむ……」
そう言われても、という感じで、ベナは困ってた。
表情は特に変わんないんだけど、雰囲気でそう思ったの。
でも沈黙が嫌だったから、無理強いして「じゃあ、歌って?」って言った。
「あまり、声を出したくは無いんだがな」
「小さな声で良いの。ねぇお願い」
そう言うとね、ベナは囁くような声で歌ってくれた。
穏やかな優しい声でさ、まるで小さい子に子守歌を歌ってるみたいだった。
闇を見詰めたまま、あたしにというよりは大自然に、生き物に語り掛けるような、全ての生あるものを慈しむような、そんな雰囲気の歌。
あたしね、ベナにもたれて聞いてたんだけど、焚火で温かいのと、ベナの歌で心が静まったのか、いつの間にか寝ちゃってたみたいなんだよね。
まどろみながらなんとなく感じたのは、ベナが歌いながら、あたしの髪を梳くように撫でている事。
といってもあたしはショートだから、指の間でくせ毛を弄ぶような感じで、ずっと撫でてた。
大きくて、ごつくて、決して柔らかくは無いんだけど、そんな手が優しく、優しく頭の上で動いてるのを感じた。
あたしはなんとなく目を開けちゃいけないと思って、まどろみに任せてた。
歌がね、凄く心地良かった。
なんか寒いなと思いながら目を覚ますと朝で、焚火が消えてた。
ベナがいなくなってて、少し不安になって、【御者アイルー】に聞こうと思って幌を覗いたらまだ寝てた。
起こそうと思ったんだけど、この子も連日の【竜車】の操縦で疲れてるだろうと思って、起こすのをやめたの。
まだ夜が明けてすぐぐらいの時間帯だったしね。
近くにいるだろうと辺りを散策したら、崖の上の見晴らしの良い所にベナが立ってるのが見えた。
「ベ――」
声を掛けようとしたらさ、まだ朝霧が残る中で【密林】の木々を見下ろして、昇り切らないお日様の光を浴びながら、歌い始めたわけ。
やっぱり囁くような声だったっけ。
まるで心の中で抑えていた悲しみを風に乗せて託すような、そんな歌だった。
切なく響くその声を聞いてると、胸が苦しくなっちゃった。
歌い終わった余韻を待つみたいにたっぷり時間を置いてから、離れた場所で声を殺して泣いてたあたしを見て、ベナは照れ臭そうに口の端を持ち上げた。
でもね、その目はとっても悲しそうだったの。
「ベナあぁっ!」
それを見てあたしはもっと悲しくなって、駆け寄って足元にしがみ付いて小さい子みたいに泣きじゃくった。
だって、ベナが泣いてるみたいだったんだもん。
そんなあたしの頭に手を乗せて、ベナは黙ってポンポンしてくれた。
それからずっと一緒に狩りして来たけど、抑えた悲しみを乗せるような歌を聞いたのは、結局あれきりだったな。
この時書きながら頭に浮かんだイメージは、「ゲド戦記」の「テルー」が歌っているのを「アレン」が見ている姿でした(男女は逆ですが)。