今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】   作:沙希斗

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これは「カイが貴族の女性に誘惑されて魅了されたままになる夢」を見て、前回の「亀を助けろ!」の続きとして書いた話です。

少し長め(五千字超え)です。


貴女(きじょ)の誘惑に御用心

   

 

 

 

「――え!? オレも行って良いの!?」

 

 その日、【メゼポルタ広場】の一角の椅子に座っていたカイは、そんな素っ頓狂な声を上げながら立ち上がった。

 

「はい。【乙姫】様にお伝えした所、『是非【ヒレナガウオ】のお礼をしたい』と仰られまして」

 

 【亀】はそう言って彼の分の宴の招待状を差し出した。

 

「良かったじゃないカイ。これで麗しの【乙姫】様に直に声掛けて貰えるかもよぉ?」

 

 ハナはそう言って意地悪そうに笑った。

 

「お、おおおいらはそんな事考えて……」

「カイ、昔の自称に戻ってるわよ」

 

 言い訳するようにわたわたと取り繕おうとするその様子が可笑しかったハナだが、わざと冷静なふりをして突っ込む。

 

 そんな様子を微笑ましく見ていた【亀】は、「では、後程その日にご案内しますね」と下がって行った。

 

 

「どどどうしよう。宴に着て行く衣装なんて無いよ」

 

 カイはまだ狼狽えている。

 

「ベナの衣装でも借りる? 【外装】とか」

「あの人のサイズに合うわけないだろっ!」

「それもそうねぇ……。じゃあ私の【外装】でも着てく?」

「あのね、ドレスなんて着られるわけないでしょっ!」

「あら似合うと思うけどぉ?」

「ニヤニヤしながら言うのやめてくれる?」

「残念ねぇ、レインも見たら喜ぶと思うよ? そのままドレスパーティーとかしても良いかもよ」

「いい加減オレを【女子】に入れるのやめてくれるかな?」

「だってあなた【女子】じゃない」

「オレはれっきとした【男子】なのっ!」

 

 そんなこんなで取り敢えず【武具工房】の【親方】と相談し、宴用の【外装】をあつらえてもらった。

 

 何故【服屋】じゃ無いかというのは、彼が一般的な市販の服を買おうとすると、必ず女性用の服を薦められるからである。

 ましてや今回は宴用なので、店主がドレスを選んで来る事が分かり切っているからだ。

 彼がハンターであり、なおかつそのための武具を作るためにしょっちゅう【武具工房】に出入りしているのをよく知っている【親方】ならば彼の身体を測定せずとも熟知しているため、【外装】だとしても彼に任せた方が安心でもあるのだ。

 

 ただし、案の定「女物にしなくても良いのかぁ?」とからかわれ、むくれたカイを見て豪快に笑うといういつものパターンが繰り広げられたのだが。 

 

 

 

 宴の日取りが来て案内のための【竜車】で乗って来た【亀】は、二人の【外装】を見て見惚れたように言った。

 

「おぉ……! まるで王子様とお姫様ですな!」

「カイもドレスだったら二人のお姫様になるわよ」

「だからそっちの方に持って行かないでくれるかな」

 

 カイが付くというので今回はベナトールのお供は無しである。

 

 

 【竜宮城】に着いた二人は、その宮殿の内装が全て『海』に関するものだという事を知って感心した。

 召使いや護衛の者が着ているものも、全部海の生き物を模した格好だったりそれをモチーフにしたデザインになっていたりしていた。

 ただし宴に呼ばれた参加者は自由な服装で来ており、まあ中には【乙姫】が海に関するものが好きだという事を知ってそれに関した衣装や小物を身に着けている者もいたりはしたが、それぞれの好みで煌びやかな雰囲気になっていた。

 

「ようこそおいで下さいました」

 

 全員が集まってざわめきが落ち着いた頃、そう声がかかって全ての者が見渡せる高台に【乙姫】が現れた。

 彼女は真珠を散りばめた豪奢に広がった水色と白のドレスを着ており、途端に男性陣のみならず女性陣までもが感慨の声を漏らした。

 

「今宵は無礼講じゃ。存分にお楽しみ有れ!」

 

 彼女がそう開催を告げると、海の生き物を模した衣装を着た楽団が楽しげな音楽を奏で始めた。

 

 

「踊ってみる?」

 

 ダンスパーティーに発展したのでハナが誘い、カイはおっかなびっくりと言った感じで輪の中に入る。

 だが優雅に舞うようなゆったりとしたダンスではなかったがために、中々に忙しかった。

 そうはいっても踊りは得意なので、周りを見ながら見よう見まねで踊っている内に結構様になっていた。

 

「見事じゃの、わらわとも踊ってたもれ」

 

 そう声がして二人が振り向くと、なんと【乙姫】がにこやかに笑いながら立っていた。

 

「こんな彼でよろしければ、喜んでお譲りいたします」

 

 笑顔で貴族風の会釈をしたハナは、オドオドしているカイの手を放して「頑張ってね♪」と輪の中から抜けて行った。

 

「まま待ってよハナぁ」

 

 途端に不安になって思わずハナを呼んだ彼だったのだが、「これわらわを無視するでない」と咎められて慌てて向き直る。

 

「その様子を見るに、そなたは貴族ではないのか?」

「はははい、オ……いや僕? 違うな私はただのハンターに過ぎません」

「もしやそなたが【ヒレナガウオ】を集めてくれたハンターか?」

「は、はいそうなります。実際はハナの貢献も大いに――」

「おぉ! そうであったか。【亀】から聞いておるぞ。危険な【潮島】に赴いて、ようあの数を集めてくれた。さぞや大変だったであろう」

「いいいえそんな事は――」

 

「……。ふむ」

 その時何故か【乙姫】が、カイを見定めるようにジロジロと見始めた。

 

「な、なな何か?」

「そなた、見目好い姿をしておるの」

「は、はあ……」

 

 戸惑う彼を、【乙姫】は恍惚の表情さえ浮かべながら見詰めている。

 

「よし決めた。そなた酌をせよ」

「えぇっ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げる彼を、彼女は半ば強引に自分の座る椅子へと連れて行った。

 

 

 

 中々帰って来ないカイを心配したハナは、再び踊りの輪の中に乗り込んだ。

 あちこちから男性陣に誘われるのを無視し、カイの姿を探す。

 だが、輪の中に彼はいなかった。

 

「どこぉ!?」

 

 不安になったハナは、「カイ? カイどこにいるのぉ!?」と叫びながら宴の会場を走り回った。

 

 

「おやハナ様、いかがなされましたかな?」

「【亀】さん! カイがどこにいるか知ってる?」

「あの方ならば、【乙姫】様の御傍におられます」

「なんですって!?」

「何でも【ハンター】を辞めて【近衛】として働くとか……」

「そんな事、そんな事本当にカイが言ったの?」

「はい。始めは姫様に御酌をするように言われたらしいのですが、どうも姫様の魅力に取り憑かれたらしく――」

 

「そんなの嘘よっ!」

 ハナは【亀】の言葉を途中で遮って叫んだ。

 

 絶叫に近かったその声に、周りの者がギョッとする。

 直後にハナが駈け出したので、残された者はただポカンと彼女を見送った。

 

 

「カイっ!!」

 

 物凄い勢いで向かって来たハナに危険を感じた護衛の者が止めるのも聞かず、ハナは恍惚とした表情で【乙姫】の傍から離れようとしないカイを呼んだ。

 だがポーッとした表情のままハナの方を向いた彼は、到底信じ難い言葉を漏らした。

 

「……君、誰……?」

 

「何を……言って、るの……?」

 ハナは、【乙姫】がほくそ笑んだのを見逃さなかった。

 

「カイに、何をしたの?」

「別に何もしてはおらぬぞえ?」

「嘘おっしゃいっ!」

「この者は余程わらわに惚れたと見えて、『ハンターを辞める』と申したのじゃ。じゃから『ならば近衛に』と勧めただけで――」

 

「しらばっくれないでっ!!」

 ハナは鬼の形相で【乙姫】に詰め寄った。

 

「カイが自分の口から『ハンターを辞める』などと言うはずがないわ! だってこの職業に誇りを持っているもの! そしてカイのこの表情は幻惑を見ている顔だわ! どう誑かし、何を飲ませたの!? この女狐!!」

 

 慌てて制止しようとした護衛の者を振り解き、掴みかかろうとしたハナ。

 けれど、その動きは直前で止まった。

 

 驚愕した表情は、狼狽に変わる。

 カイが、短剣の切っ先をハナの喉元に突き付けたからである。  

 

「これ以上【乙姫】様に近寄るな! さもないと……!」

 

 その目は鋭く、明らかに殺意を込めていた。

 

「そ……んな……」

 

 ハナはぽろぽろと涙を零し、よろめきながら下がった。

 

「カイ……。本当に、分からないの……?」

 

 そう尋ねても、彼の表情は変わらなかった。

 

「これで分かったであろう。ここはひとまず帰るがよい」

 

 冷たい目で、そしてしてやったりとでも言いたげな表情で【乙姫】に言われたハナは、あまりの衝撃に打ちひしがれながらふらふらと帰って行った。

 

 

 

 その日から食事も取らずに、悲しみに沈んだままのハナを心配した【大長老】は、ベナトールを呼び出して「カイを連れ戻して来い」と命令した。

 事情を聞いたベナトールも、そのままの状態ではカイは恐らく自力で元には戻らないと判断し、【大長老】の紹介という名目で【竜宮城】に赴いた。

 

 ちなみに彼は今、騎士のような格好の【外装】に着替えている。

そして腰には彼には不釣り合いな、細身の剣を下げていた。

 これは【武具工房】の【親方】の趣味で騎士風の【外装】に相応しいようにセットになった【レプリカ】ではあるのだが、先が尖っているので彼の力なら突き刺すくらいは容易に出来るような代物であった。

 

 

「……。カイを、返してもらおう」

 

 【謁見室】でもピタリと【乙姫】に付いているカイを苦々し気に見ながら、ベナトールが言う。

 

「このような状態の彼を、返せるとでも?」

 

 【乙姫】は人目も憚らずカイを引き寄せた。

 カイはうっとりと【乙姫】を見詰め、なおかつ腰に手を回しすらしている。

 

「そいつを『そのように』したのは誰だ?」

「はて、覚えが無いのぉ」

 

 静かな怒りを込めて言うベナトールに、【乙姫】は冷たい笑みを持って答えた。

 

「……。ふん。『目を覚まさせる』にはどうやら貴様を殺すしかないようだな?」

 

 口の端を持ち上げた彼を見て、【乙姫】も不敵に口角を釣り上げながら言った。

 

「やれるものならやってみよ。この者がどうなっても良いと言うならばな」

 

 言うや否や、彼女は短剣をカイに突き付けた。

 

「【乙姫】様……?」

 カイの目に狼狽の色が宿る。

 

「大人しくしておれ。さすればそなたを傷付けたりはせぬ」

 

 だが、そんな事態を見ても、ベナトールは落ち着き払っていた。

 ただし手出しをしなかったのを見て、【乙姫】は調子に乗った。

 

「手も足も出せぬじゃろう。どうしてもこの者を取り返したいのならば……。そうじゃその剣で自ら胸を刺し貫いてみよ。その命と引き換えにと言うのならば考えようぞ」

 

「良かろう」

 

 ニヤリと笑ったベナトールは、そう言うと腰に帯びていた【レプリカ】の剣を抜き、微塵の躊躇も無く我が胸に突き立てた。

 

 【乙姫】は戦慄の表情を顔に張り付けている。

 

「ば……馬鹿な! まさか本当にやるとは――!」

「大事な仲間を取り戻せるのならば、こんな命なぞ惜しくはない」

 

 しかし次の瞬間、彼女は狂ったように笑った。

 

「わらわは『考える』と言うたまでの事。何も『返す』とは言うてはおらぬ! 無駄な命であったな!」

 

「何だつまらん、せっかく言う通りにしてやったと言うのに」

 

 ベナトールはなんと、胸に剣を刺したままの状態で平然とそう言った。

 更によろめきもせずにずかずかと近付くのを見た【乙姫】は、恐怖に引き攣りつつ「く、来るでない!」と引き下がった。

 護衛の者が身構えたものの、彼の気迫に気圧され、手出しが出来ずにいる。

 

「来るな! さもないとこの者は――」

 

 言い掛けた彼女はカイに再び短剣を突き付ける間も無く首を掴まれた。

 

「……。本当ならばこのまま首の骨を折りたい所なのだがな」

 

 そう言った彼は指に力を込め、折らずに気絶させた。

 途端にカイの目に意思が宿り、ハッとした表情になった。

 

「……。オレは……」

「よぉカイ。迎えに来たぜ」

 

 そう言われてベナトールの方に向き直ったカイは、彼の状態を見て戦慄の表情になる。

 

「そ、そそそれは――!?」

「あぁこれか?」

 

 ベナトールはそう言うと、苦し気な表情すら見せずに刺さったままになっていた細身の剣を引き抜いた。

 

 カイは狼狽したが、血が噴き出ない。

 

「な――!? どういう……」

「くく、致命傷だと思ったか?」

 

 鞘に戻しながら含み笑いをしている彼に、こくこくと頷く。

 

「実はな、心臓を突いたように見せて心臓のすぐ下の、肺の隙間を突いたのだよ。だからただの刺し傷なのだ。致命傷どころか重症ですらない。安心しろ」

 

 それを聞いた途端、カイは安堵の長い溜息を付いてへたった。

 

「おいおい、こんな事で腰抜かすな」

「だって……」

「呆れた奴だな。ほれ」

 

 不意に抱き上げられたカイは、抱えられた自分の格好を見て赤面した。

 どう見ても『お姫様抱っこ』だったからである。

 

「ちょ、下ろせっ!」 

「まぁそう照れるな」

「いや恥ずかしいだろこれはっ! もう歩けるからっ!」

 

 

 いくら暴れても下ろさなかったベナトールは、そのまま帰って更にカイを赤面させたという。

 だが、逆にそれがカイにとても似合っており、道々目にした人々や迎えに来た仲間達に冷やかされたのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 




カイを抱いたまま帰っていたベナトールが、顔がにや付くのを必死で押し殺して無表情を貫いていたのは内緒(笑)

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