今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】 作:沙希斗
「大衆酒場」に行くまではまったく同じ文なので、そこまでは読み飛ばしてもらっても結構です。
そこから演出上「ギルドマスター」の態度が違って来、違う展開になっていっています。
こちらも八千字超えなのでそのつもりで読んで下さい。
狩りに行く前のアレクトロが自分の部屋で、胴と頭だけインナー、後は【リオソウル】シリーズという中途半端な格好でくつろいでいると、ドアをノックする者がいた。
「開いてるぜ」
声だけかけるとドアが開き、「ここがアレクトロの部屋だと聞いて来たんだが、あんたがそうか?」と男が入って来た。
【ハンターレジスト】などの一連を身に着けているところを見ると、どうやらガンナーのようである。
「そうだが、【下位ハンター】が何の用だ?」
防具が【S】【U】と呼ばれる上位物じゃないのを見て取った彼は、ベッドで仰向けに寝転んだくつろぎ姿勢のまま、億劫そうに言った。
まあこれは下位だからというわけでもなく、【上位ハンター】でもそうしただろうが。
「くつろいでるところ申し訳ないんだが、目が悪いんでもう少し近付いてはくれないだろうか?」
部屋の中央付近まで進みつつ、男が言う。
どうやらベッドまで進むのは失礼だと思ったようである。
「目が悪いって……。それでよくハンターが務まるもんだな」
アレクトロは苦笑しつつベッドから下り、目の前まで歩いて行く。
「いやすまない。自分はもっぱらスナイプの役で、スコープを覗いている事が多いもんで……」
と、ふいにすれ違うように男が動いた。
怪しい動きにハッとした召使のアイルーが、「旦那さん、あぶな――!」と言いかけるも間に合わず、アレクトロはナイフで胸を刺された。
実は彼には手元のナイフが見えていた。にも関わらず、彼は避けなかった。
刃元まで深々と刺さっているのを確認してから、男を見るアレクトロ。だが【ハンターキャップ】で隠れていて、目元はよく見えない。
「だ、旦那さんに何するにゃあぁ!!!」と叫びつつ健気にも向かって行ったアイルーは、「邪魔をするな!」と蹴り飛ばされた。
「悪いな。あんたは少しばかり活躍し過ぎなんだよ」
耳元で囁くように男が言う。
「……かな……」
苦痛に擦れた声が聞き取れずに「何?」と男が聞き返すと――。
「愚かな、と言った……んだよ。……こんな事……をしたら、上位、どころかハンター資格……も……無くなる、んだぞ……」
右手で男の肩をきつく掴み、上半身を預けるようにしながら、あえぎつつ切れ切れに言葉を繋ぐアレクトロ。まるでこうされる事を知っていたかのような口ぶりだった。
「ほざけ!」
男は空いていた左手でアレクトロの上半身を押しのけると、憎しみを込めるようにナイフをひねり、抜いた。
たちまち大量の血がほとばしり溢れたのを片手で押さえつつ、数歩後ろによろけたアレクトロは、壁に背中が当たったのを感じてそのままズルズルと床までずり落ちた。
それでもう助からないと見て取ったのか、ニヤリと口元を歪める男。
「愚かだって? ……要はバレなきゃいいんだよ」
不敵に言い放った男は、ゆっくりとした足取りで去って行く。
「……フィリップ、怪我、ないか……?」
男の足音が遠ざかって行くのを耳だけで確認しつつ、アレクトロは言った。
「にゃあぁ! 旦那さん!!!」
家具の隅でガタガタと震えていた召使アイルーは、弾かれた様に彼の元へと飛び出して行く。
笑みを返そうとしたアレクトロは、苦痛に大きく仰け反った。
「だ、旦那さん! しっかり! しっかりして下さいにゃあぁ~~!!」
歯を食いしばって痛みに耐えようとした彼の周りを、うろたえてただ走り回るアイルー。
「……回復……」
「にゃ!?」
あえぎつつ必死で言おうとしている主人の言葉に飛び上がるようにして止まる。
「……回復を、……なんでもいい。回復出来る物を……!」
「分かりましたにゃ! 旦那さん死なないで下さいにゃあ!!」
慌てて【アイテムボックス】に駆け込んだ彼は、中に飛び込まんばかりの勢いで、【緑色の瓶】をかき集めて戻って来た。
主人が狩りの準備をしている時に、調合しているのを見ていて覚えていたからである。
アイルーが手渡すのを待ち切れないかのように、奪うように手に取るや否や封を開けたアレクトロは、一口飲む。
「くっ……! ふうっ……!」
むせそうになるのを堪えつつ、後はゆっくり流し込んだ。
一瓶飲み切った後で【回復薬】の方だったと気付いたが、改めてもう一瓶【回復薬グレート】を飲むのが精一杯である。
だが、これぐらいでは出血を止める事も出来ない。
そこで【生命の粉】を取って来させ、苦しい息の下でなんとか【回復薬グレート】と練り合わせて即席の軟膏を作ると、呻きながら傷口に塗り込み、アイルーに手伝ってもらって、どうにか胸にきつく布を巻いた。
これで少しの間は出血を抑えられそうである。
応急処置を終えたアレクトロは、不安定な呼吸のまま体を【アイテムボックス】の方に引き寄せると、なんと胴鎧を引き出して身に着けた。
「旦那さんやめて下さいにゃ! このまま狩りに行けば死んでしまいますにゃ!」
泣きながらしがみ付いて、激しく首を横に振っている召使アイルーを引っぺがすと、軽く彼の両肩に手を置きながら、アレクトロは言った。
「……フィリップ。よく聞け……」
召使アイルーは、えぐえぐと嗚咽を漏らしながらも大人しくなった。
「俺は……。俺は【ハンター】だ」
「そ、そんな事分かっておりますにゃっ!」
「まあ聞け……。俺は……ハンターである以上、【フィールド】で死にたいと思う……」
「そんにゃの……。そんにゃのって、あんまりにゃ……」
死を受け入れたかのような主人の言葉に、召使アイルーはショックを隠せない様子。
涙でぐしゃぐゃになっている、ただでさえ大きな目を更に大きく見開きながら、ゆっくり横に首を振った。
「ボ……! ボクがどんにゃに旦那さんをお慕いしているか、分かっておりますかにゃ!? ……どんにゃに、どんにゃに旦那さんが狩りから帰って来て下さるのが嬉しいか。……どんにゃに今まで旦那さんのお世話が出来ていた事が誇らしかったか……。旦那さんは分かっておりますかにゃ!!!?」
【街】に来たばかりの頃は頼りない駆け出しハンターだった主人が、【上位ハンター】として名を上げるようになったどころか、街を襲撃して来る【古龍】をも屠るまでになった事が、そしてそんな彼を陰ながらサポートしているという事が、どんなに誇らしい事だったか!
一生懸命伝えようとした召使アイルーだったが、それ以上言葉にならずにわんわん泣くだけになってしまった。
「……俺が分かってないとでも?」
優しく笑おうとしたアレクトロ。だが呼吸が苦しくて、目を閉じてしまう。
「だんにゃさん……!」
うなだれた格好になってしまった主人にかけられた、震える声に気が付いた彼だが、そのまま大きくあえぐ事しか出来ないでいた。
両肩を掴まれていて動けない召使アイルーは、頭を下げたまま苦しげに息をしている主人の、激しく上下している肩や背中をただ見守る事しか出来ない。
「すまん……。痛かったろ……」
少しして顔を上げ、掴んでいた手を緩めたアレクトロ。
だが笑ってくれた主人の顔は、蒼白になっていた。
(褐色の肌をしているので傍目には分からないが、長年仕えた彼には顔色が分かった)
「いやにゃ……。旦那さんが死ぬのは、いやにゃ……!」
しゃくり上げながら何度も首を横に振っているアイルーに、「すまんフィリップ。聞いてくれ……」と再び促すアレクトロ。
「……このまま俺が帰って来なくても、俺を待たなくて良い……。お前は、他のハンターに仕えてくれ……」
「お断りしますにゃ! ……ボクは、ボクは旦那さん付きの召使アイルーですにゃ! 旦那さんに一生お仕えいたしますにゃ!!」
ぐしゃぐしゃな顔で言い放つアイルーに、「ありがとな……」と言いながら、ゆっくり立ち上がる彼。
かなり苦しいはずなのに、清々しい表情にすらなっているのを見た召使アイルーは、もうそれ以上すがり付くのをやめた。
ふら付きながらベッドまで行き、脇に立て掛けていた大剣を背に負う。
その重みで体がぐらりと傾いたが、なんとか倒れるのは堪えた。
そしてサイドテーブルに置いていた兜を手に取り、覚悟を決めたように、それを被る。
それから「じゃあな……」と、上にスライドさせていた目を護る金属部分をカシャンと下ろした。
それを合図に、今度はゆっくりだが確かな足取りで、部屋を出て行く。
「待っておりますにゃ!! ボクはずっと帰りをお待ちしておりますにゃ!!」
声を限りに叫ぶ召使アイルーに対し、アレクトロは背中を向けたまま、去り際に一瞬手を上げた。
「……やっぱ、【上】は無理だよな……」
【マイハウス】を出たアレクトロは、そこから見える【大長老】がおられる大老殿の、大階段を見上げてつぶやいた。
【上位】のクエストを受けるには、大長老の許可が必要なのだが……。
今の体力じゃ階段の途中でくたばっちまうだろうし、そもそも階段に差し掛かった途端に、上り口で陣取ってる守護兵団のオッサンに捕まりそうだ。
そうなりゃ異変を察知されて、クエに行くどころじゃなくなっちまう。
そう考えた彼は、「【下】に行くしかねぇか……」と【大衆酒場】に向かった。
そこでは【下位】のクエストが受けられるからである。
酒場の扉を開けると、途端に喧騒に包まれた。
それを懐かしく感じつつも、その音圧や人の熱気だけで倒れそうになった。
が、どうにか耐えてゆっくり歩みを進める。
今人にぶつかったら二度と起き上がれそうにないと思ったが、幸いにも誰にもぶつからずに済んだ。
カウンターのいつもの場所に腰掛け、紫煙を燻らせている【ギルドマスター】が、「ほ、珍しいの」と煙を吐き出しつつ声をかけて来たのを会釈をして通り過ぎ、依頼書が貼り付けてある掲示板に向かう。
今のアレクトロには長々と挨拶を交わす程の、体力の余裕が無かったからである。
【上位ハンター】が下位のクエストを受けに来るのはそれほど珍しい事ではなかったのだが、それでもたった一人で【祖龍】をも屠ると噂される彼の姿を見た者数人が、多少ざわついた。
「――おい! あれアレクトロじゃねぇのか!?」
その一角の片隅で酒を酌み交わしていた一人が、驚愕の声で囁いた。
「何!?」ともう一人が振り向く。
最終強化している【リオソウル】シリーズ。 その使い込まれた蒼い鎧と同様に鈍く光る、背に帯びた【大剣】――。
顔は兜で見えないが、おそらく間違いないはず。
「まさか……!? この手で心臓を抉ってやったんだぞ……!?」
一番奥にいたガンナーと思しき一人が、わなわなと震える自分の右手を見つめた。
「おめぇ、仕損じたんじゃねぇだろうな?」
最初に囁いた者に訝しげに問われ、「ま、間違いねぇって!!」と慌てて囁き返す。
「んじゃなんで死んでねぇんだよ!」「こっちが聞きてぇよ!!」と囁き合っている間に、件のリオソウルハンターはクエスト受付カウンターに移動した。
「あら? 珍しいですね。アレクさんが【採集クエスト】だなんて」
カウンターに差し出された依頼書を見て、受付嬢が面白気に言った。
アレクトロといえば狩猟クエスト! と決まっているかのように、ほぼ狩猟クエストを受けるからである。
しかも【リオレウス】とか【古龍撃退】とか、下位でも厳しいものばかりを好んでいたし。
そういえば「裸で挑戦する!!」とか豪語して、本当に討伐してのけた事もあったっけ。
受付嬢が懐かしく昔を思い出してクスクス笑っていると、「……まあ、たまには基本に戻ろうと思ってね……」と、静かに言われた。
珍しい事もあるもんだと受付を済ませた彼女。しかし出発しようとしたアレクトロに対し、「待て」としわがれた声がかかる。
その方向を見る二人。
「……心臓の鼓動が乱れておる。そんな身体でクエストに行けば、【ランポス】でさえ太刀打ち出来ぬ事ぐらい分かっておるじゃろうに、なぜ出発しようとする?」
その言葉に驚愕したように、アレクトロを見る受付嬢。
「……御許し下さいギルドマスター。……俺は、大自然に
「【上位ハンター】が【下位ランポス】に食い殺される。という、汚名を晒してもか……?」
黙って俯くアレクトロ。
受付嬢は不安気な面持ちで、ギルドマスターと彼とに忙しなく視線を移している。
「ふ~~~~~っ」
しばしの沈黙の後、ギルドマスターは今肺にある空気を全て吐き出すように、長い溜め息と共に紫煙を吐き出した。
そして、「決意は、固いようじゃな」と言った。
黙って深々と礼をしたアレクトロは、踵を返してゆっくり【クエスト出発口】に消えて行った。
「ギ、ギルドマスター!お止めしなくてよろしいんですか!?」
狼狽している受付嬢に対し、ギルドマスターは厳しい表情でアレクトロの後姿を目で追いながら、「あやつがそう望んだのなら、致し方あるまいて……」と苦々しげに言った。
「お、おい! あいつ出発しちまったぞ!」
慌てたのはアレクトロ殺しを企てた者達である。
「どうするよ?」「放っといても死ぬんじゃね?」などと囁き合っていると、【ハンター】シリーズを着たガンナーが、「いんや、オレはこの目で死体を見ねぇ事には納得しねぇ」と言った。
そこで同じクエストを受けて追いかけ、あわよくば止めを刺そうという事になった。
急いで【クエスト出発口】に駆け付けると、丁度アレクトロが【アプトノス】の引く竜車に乗り込む所だった。
が、中で何をやっているのか、すぐに走り出す気配が無い。
まさか同じ竜車に乗り込むわけにもいかないし、ここで止めを刺したら完全に殺人がバレてしまうため、出発するまで取り合えず隠れて待つ事にした。
どうにか体を竜車に押し上げたアレクトロは、ほっとして座席に身を預けた。
が、「血の匂いがいたしますにゃ。【アプトノス】が怯えますのでこのままでは出発出来ませんにゃ」と【御者アイルー】に言われてしまう。
応急処置をしただけなので、ろくに血を拭き取ってなかったせいである。
「……【緊急クエスト】なんだ。すまんが出発してくれるか?」
そう言うと、「分かりましたにゃ」とアプトノスに鞭をくれた。
御者アイルーにはクエスト内容までは知らされないが、緊急と言われると何としてでもハンターを【フィールド】に届けなければならないからだ。
ようやく走り始めた竜車を見て、隠れていた彼らも慌てて次の竜車に乗り込んだ。
「着きましたにゃ。……ハンターさん? 起きて下さいにゃ?」
返事が無いので寝ていると思ったのか、御者アイルーに揺り動かされてアレクトロは目が覚めた。
どうやら【フィールド】に着くまでに気絶してしまっていたようである。
「――あぁ、すまない……」
普段より多目に運賃を渡して降りると、竜車はすぐに引き返して行った。
【ベースキャンプ】まで歩いて行ったアレクトロは、すでに力尽きそうになっていた。
が、いくらなんでもここで死体を晒すわけにはいかないと、膝から下が抜けそうになる脚を無理矢理鼓舞して外へ出る。
そこは【密林】と呼ばれる場所だった。
今アレクトロが歩いている所は、地図上で《1》と書かれているエリア。
季節は【繁殖期】なので、沢山の【アプトノス】が群れている。
中には子連れのものもいたりして、緩やかな陽射しの中で、子供が母親に甘えたりしている。
血の匂いを嗅ぎ取ったのか、その内の一頭がふと頭を上げてこちらを見たが、何もしてこないと分かると再び草を食み始めた。
こんな状態じゃなきゃ、のんびりこいつらの様子を眺めてられるんだがな……。
厳しい【狩猟クエスト】に出向いては討伐する事を好むアレクトロだったが、その最中でも荒んだ心を癒してくれる、こういう【モンスター】達の営みを見るのも好きだった。
こんな中で立っていると、自分も大自然の一部なんだなと思えるからだ。
もっとも、一緒にクエストに行く連中や仲間たちは、【生肉】を剥ぎ取る対象としか見ていない者の方が多かったようだが……。
地図で《2》と書かれている場所に来た頃、アレクトロの目は霞みがちになっていた。
――くそっ、ここまでか……!
本当ならもっと奥、地図で《10》と書かれているエリア辺りに行きたかったのだ。
あるいは【飛竜】がよく巣を構えている、《6》辺りか。
己の体力の少なさに忌々しさを感じつつ、よろけた脚を支えようと木の枝を掴んだ、まさにその時――。
パンッ!
どこからともなく乾いた音が響いたかと思ったら、アレクトロは胸の中央に焼けるような痛みを感じた。
「う!?」
そして胸に手をやる暇も無く、そこが弾けた。
いや弾けたというより『爆発した』と言った方が、正しいかもしれない。
「ぐはっ!!!」
アレクトロは後方に吹っ飛び、仰向け状態で地面に叩き付けられた。
それからビクンビクンと大きく痙攣した後、ピクリとも動かなくなった。
「――やったか!?」
そう問われた【ハンター】シリーズを着たガンナーは、「あぁ、今度こそくたばっただろう」と、【へビィボウガン】のスコープから目を離して答えた。
【ケルビ】共が慌てふためいて逃げて行くのを避けながら、アレクトロの元へと近付く。
ハンターの一人が蹴ってみたが、やはりまったく動く気配は無い。
念のためにガンナーが、兜に付いている目を護る金属部分を上にスライドさせてみる。
驚愕に見開いたまま、固まっていた。
アレクトロの胸部は、そこに心臓や肺が収まっていたのが分からない程大きく抉れ、穴が空いている。
「流石だな、【徹甲榴弾】の威力は……」
感心したように三人目が言った。
それは、着弾後に爆発する仕組みの弾だったのだ。
丁度気球で上空を通りかかった【古龍観測隊】から、「【リオソウル】シリーズを着たハンターが他のハンターに狙撃されたようだ」との報告を受けたギルドマスターは、直ちに【ギルドナイト】を向かわせた。
夜に現場に着いた彼等が見たものは、すでに【ランポス】か何かに食い散らかされた状態で転がっている、ハンターと思われる亡骸の残骸。当然、このハンターを狙ったであろう他のハンターはとうの昔に引き揚げている。
死体が埋められずにそのままになっているのは、その輩が【モンスター】が処理してくれるのを知っているからだ。
恐らく証拠も残さず綺麗に片付けてくれるのを期待したのだろうが、まだ日が浅かったためか、完全に食らい尽くされてはいなかった。
「遅かったか……!」
「死体があれば持ち帰るように」とのギルドマスターの通達だったのだが、こうも損傷が激しいと、収集もままならない。
そこでせめてもの証拠にと、引き裂かれ、肉片がこびり付いた【蒼火竜の堅殻】と、血の染み付いた【蒼火竜の上鱗】を、数点持ち帰った。
「――ご苦労じゃった」
【ギルドナイト】から報告を受けたギルドマスターは、彼等を下がらせると「なぜそっとしてやらなんだのじゃ!!」と憤った。
彼は実は【クエスト】に行く前のアレクトロが、すでに何者かによって瀕死の重傷を負わされている事を知っていた。
なぜならもしアレクトロが【上位クエスト】で瀕死になって死を覚悟したとしても、帰ってからわざわざ【下位クエスト】を受けてまで、死にに行こうとする事は考えられないからである。
彼が【クエスト】中に死を覚悟したならば、そのまま帰らずにフィールドの奥で、密かに死のうとするだろう事をギルドマスターは充分に知っていた。
そしてもし死体が【モンスター】共に食われたとしても、それを良しとするばかりか、逆にそれを望むだろうという事も。
だから彼が「大自然で眠りたい」と告げた時、そしてその決意が固いのを見た時、そのまま希望通りにさせてやりたいと思ったのだ。
そうするつもりだったのに、狙撃の報告を受けたため、死体の状態を詳しく調べる必要が生じて「持ち帰れ」と命令したのだった。
「しかし解せんな……」
ギルドマスターは一人ごちた。
「なぜあやつは避けなんだのじゃろう?」
あやつならば襲われたとしても、避けるどころか逆に返り討ちをする事も簡単だったじゃろうに。
それをせなんだのは相手が【モンスター】じゃなかったからじゃろうか……。
そこまで考えたギルドマスターは、「まさか――!」と声に出した。
「まさか自分を妬んで殺しに来た【下位】の者を、そうと知った上で、あえて避けずに受け入れたのか……!?」
そして「たわけた事を考えおって!」と吐き捨てるように言った。
「そうする事でその者に降り掛かる運命も、分かっておったじゃろうに!」
たとえどんな理由があったにせよ、【ハンター】が人に
その掟に反する者は須らく、【ハンター】資格を剝奪される。
ましてや殺人を企てたとなると、資格剥奪な上に殺人担当の【ギルドナイト】に消される運命にあるのだ。
それから一週間ほど経った頃、とある【マイハウス】を掃除していた召使アイルー【フィリップ】は、ドアをノックする音を耳にして振り向いた。
「すみませんにゃ、ここは【アレクトロ】さんのお部屋ですにゃ。部外者は立ち入り禁止ですにゃ」
そう声をかけると、「【ギルドマスター】から託っている物がある。そなたは【フィリップ】か?」と言われた。
「そうですにゃ」
ドアを開けると、【ギルドナイト】が立っていたので思わず恐縮してしまった。
彼が言うには「『アレクトロの部屋にまだ【フィリップ】という名の召使アイルーがいるのなら、これを渡すように』とギルドマスターに言われたのだ」との事。
渡されたのは、小さな包みだった。
いかに【ギルドマスター】の託けとはいっても、【ギルドナイト】が直々に手渡しに来るにゃんて、余程大事な物に違いないにゃ。
そう考えたフィリップは、ギルドナイトが帰った後で、そっと包みを開けてみた。
そこには、一枚の血の染み付いた【蒼火竜の上鱗】が入っていた。
【ハンターズギルド】内で調査を終えたアレクトロの残骸の一部が、遺品として届けられたのだ。
それを見た途端、フィリップはわなわなと震えだした。
そして大粒の涙をこぼしつつ、愛おしそうに血が染み付いた部分を撫でながら、震える声でこう言った。
「……旦那さん、お帰りなさいにゃ……」
それ以来、彼の姿を見た者は誰もいない。
他のシリーズはどうなのか分からない(忘れた)のですが、(フロンティアも含めた)ドス世界の「上位モンスター」には上位素材の名前が付いており、それで下位との区別が一目瞭然になっておりました。
なので「アレクトロ」が身に付けている鎧には上位素材がふんだんに使われており、それを知っている「フィリップ」は、「蒼火竜の上鱗」を渡されたのを見て全てを悟ったのです。