今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】 作:沙希斗
「なんでぇ、【闇鉄鋼】かよぉ」
その日【武具工房】で、【親方】から防具製作に必要な素材を聞いていたアルバストゥルは、そうぼやいた。
【闇鉄鋼】というのは【潮島】にある洞窟でしか採れない貴重な鉱石の事である。
【鉄鉱石】より多く鉄を含む鉱物で、闇のように黒い事からそう呼ばれている。
しかし採れる確率が3~5%という大変低い物なのだ。
だがぼやいても作りたいものがあるなら素材を提供しないと作ってもらえないので、アルバストゥルは渋々【採取専用クエスト】を受けて【潮島】に出発した。
洞窟へは【ベースキャンプ】から通じる道なりに、天井が崩れた部分まで行ける。
そこから飛び下りるのだが、初めてここへ来た者は、下を覗いても真っ暗で何も見えないので怖がった。
アルバストゥルも最初は飛び下りる事に躊躇していたが、今ではもう慣れたものであった。
降りると埃が漂っているような景色が広がって非常に視界が悪い。
一応崩れた天井から光が届いているのだが、微かにしか光は感じない。
これはここに生えている【コナマキダケ】の影響である。
この茸は大変美味いらしく、通の間で持て囃されている事で有名ではあるのだが、触ると粉を撒き散らし、油断をすると粉まみれにされるので採取は注意が必要である。
だがこの茸には今の所用は無いので、アルバストゥルは洞窟の岩壁に亀裂が入っているヶ所をほぼ手探りで探りながら【闇鉄鋼】を探した。
しばらく【ピッケルグレート】でカンカンやっていると、崩れた黒い欠片が光を照り返した。
拾うとズシリと重い。
【闇鉄鋼】は重い鉱石であり、表面が滑らかで光を反射させるという特徴があるので掘り当てたと確信する。
もう採れなくなったようなので他のヶ所も探そうと移動していると、ふと耳が何かの音を捉えた。
ここは自分以外には誰もいない。
そして小型【モンスター】は入って来ない。
なのに、微かに呻き声のようなものが聞こえる。
油断無く身構えつつ、彼は声のする方へそろそろと移動して行った。
そして、そこに赤茶色の小さな塊を見付けた。
【コナマキダケ】の影響で視界が霞んでよく見えない。
だが、どうもその塊が動いているように見え、よくよく目を凝らす。
そして、その塊がどうやら【ココモア】であると分かった。
【ココモア】とは【ゴゴモア】という【牙獣種】の子供の事である。
【潮島】に棲息している樹上性の【モンスター】で、いつも【ゴゴモア】の背中にしがみ付いては常に一緒に行動している。
なので【ゴゴモア】がいるのかと慌てて周囲を見回した彼だったのだが、その姿も気配も、それどころか他の【モンスター】の気配すらも感じられなかった。
そもそも【ゴゴモア】は樹上生活をする【モンスター】なので、こんな洞窟の奥底などには来ない。
だからこんな所に子供だけがいる、という事自体が本来なら有り得ない事だった。
もしかして、落ちたのか?
アルバストゥルはそう思った。
恐らく何かの拍子で子供だけがここに落ちてしまったのだろう。
だが親のいない【ココモア】は自力ではろくに移動出来ず、生活も出来ない。
従って【ココモア】だけで放置されると確実に死んでしまう。
それを知っているアルバストゥルは、どうしたもんかと考えた。
自然に任せるというのならこのまま放置が正しいのだろう。
これは悪い事故で、運悪く落ちてしまったのだから。
そして親が降りて来ていないという事は、恐らく子供を救う事を諦めてしまったのだろう。
何故ならここは【多殻蟹(たからがに)】こと【タイクンザムザ】という【甲殻種】の生息場所でもあるからだ。
今はその気配は感じられないが、見付かれば食われてしまう。
蜘蛛の糸のようなもので体を支えつつ木々を移動するように進化した【ゴゴモア】は、洞窟の中では移動が儘ならないはず。
しかも常に埃が漂っているような環境下ではろくに視界が確保出来ないため、親でさえも簡単に狩られてしまい兼ねない。
【タイクンザムザ】は逆にそれを利用し、【コナマキダケ】を自ら体表に生やして姿を隠しているような奴である。そんな独壇場で戦闘する方が間違っているのだ。
だから子供を救う事を諦めた。
あれ程親子愛の強い【モンスター】でさえこうなのだ。だから【ココモア】の鳴き声を聞き付けて【タイクンザムザ】が来ない内に、自分も逃げるべきなのだ。
だが彼は、長い逡巡の後で【ココモア】を抱き上げた。
まだこいつは生きている。
ならば、親の元へ帰してやる方が良い。
そう考えたのであった。
呻いていた【ココモア】は、後ろ足が折れていた。
だがやはり掴む力は強く、前足だけで痛い程に掴まって来た。
親でもなく、臭いも違う彼に掴まって来たのは恐らく不安で仕方が無かったのと、体温のあるものを欲していたというのもあるのだろう。
なのでそのまま外に出た。
途端に強い日差しが降り注ぐのに目を眇めつつ、【ココモア】の様子を見る。
明らかに衰弱していたので、取り敢えずその辺の木の枝を折って折れた脚に添え木をして縛り、【回復薬】を掛ける。
【モンスター】の回復力は人間より遥かに高いため、【回復薬グレート】では効き過ぎると思ってやめた。
暗い所にいた上に非常に視界が悪い所だったからなのか、改めてこちらを認識したらしい【ココモア】が騒いで暴れ出した。
「ちょ、大人しくしてろって!」
幼いが爪は鋭いので引っ掛かれると結構痛い。
思わず落としてしまったのだが、落ちたからといって相手は逃げられないのでその場で鳴きながら這っているだけである。
赤子のハイハイよりも緩慢でおぼつかない動きに放って置けず、再び抱き上げようとして引っ掛かれる。
そんな事を繰り返していたら相手が根負けしたのかそれとも体力が尽きたのか、ようやく大人しく抱かれるようになってくれた。
幾分か安心しつつ、さてこれからどうしようかと思案に暮れる。
どうも生まれて間もない個体だったらしく、見慣れている【ゴゴモア】の背にいるものと比べて随分小さかったからだ。
生まれてすぐなら乳しか飲まないのでは?
そう思ってしまった彼だが、一応柔らかい果実を取って与えてみた。
だが、臭いを嗅いだだけでそっぽを向いてしまった。
「むぅ……」
唸って今度は絞りながら口に汁を付けてみる。
一応飲む仕草はしたが、大半を零してしまった。
そこで果実を自分の口に含み、咬んで汁を出したものを舌を通じて少しずつ口に零してみた。
すると口を開け、舌を吸ってくれた。
吸う力が意外に強くて少々痛かったが我慢し、そうやって果汁を与える。
何度かやってたら満足したのか眠ったが、多分果汁だけでは育てられねぇだろなと彼は思った。
親がまだ近くにいるかもしれないと、抱いたまま木々の中を歩き回る。
が、【彼ら】が生息しているであろう場所を歩き疲れるまで廻っても、親らしき姿は見られなかった。
こりゃ困ったぜ。
彼は途方に暮れてしまった。
【採取専用クエスト】は自分が満足するまで続けられるのだが、このままずっと【潮島】で過ごす訳にはいかない。
かといって連れて帰ればギルドに咎められてしまう。
それに取り上げられてしまうだろう。そうなったら見殺しにしてしまう。
考えた挙句、少し可哀想だが【ココモア】を痛め付ける事にした。
もう多少痛め付けても大丈夫な程に体力も回復していたので、わざと大きな声で鳴かせる。
【ココモア】は果汁を飲ませてくれた彼から離れれば命に係わると思ったのか、それでも縋り付こうとする。
それを心を鬼にして蹴り飛ばす。
鬱蒼と茂る木々の中を、悲痛な【ココモア】の声が響き続けた。
どれ程そうしていたのか、やがて樹上が派手に騒めく音が近付いて来て、怒り形相の【ゴゴモア】が目の前に降り立った。
「よぉ【母ちゃん】、迷子を届けに来たぜ」
怒髪天を突く紅いオーラを纏っている相手を見ても、彼はそんな軽口を叩いて笑った。
掻っ攫うように我が子を抱え込むと、【ココモア】は躊躇したようにこちらを見た。
だがそれも一瞬の事で、すぐにしっかりと母親にしがみ付いた。
「良かったな!」
背中に登るのを介助していた【ゴゴモア】に声を掛け、「もう落ちるんじゃねぇぞ!」と【ココモア】に言った。
が、帰ろうと背を向けると糸玉を飛ばして来た。
そうされるのは当たり前だと思っていたアルバストゥルは、弾丸のように襲って来たそれを慌てて回避しつつ逃げる。
なおも追い打ちを掛けようと襲って来るのを躱しつつ、その猛攻に冷や汗をかいて隣のエリアに逃げ込みながら、彼は清々しい気分で兜の中で笑っていた。
これを読んだ友人は、「アレクらしいね」と言ってました。
アレク(アルバストゥル)は子供の頃から生物が好きだったので、そんな感想になったのかもしれません。
ちなみにこの話にも出て来た「怒髪天を突くゴゴモア」は、背中の「ココモア」が落ちた時に攻撃して命の危機を感じた子供が地面に潜って逃げた時に起こる怒り現象です。
本当に「超ブチ切れ状態」になるため攻撃力が馬鹿高く、特に「剛種」「G級」では一撃死の危険が常にあるため非常に危険です。
ですがこの状態で「カウンター攻撃」を当てると通常の怒りよりも極端に防御力が落ちている分狩猟が早く済むため、わざと「ココモア」を虐めてこの状態にして狩るハンターも多いそうです。