今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】   作:沙希斗

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これは手塚治虫氏の漫画を基に現代アニメ化させた「どろろ」の中で、「赤い花白い花」という歌が効果的に使われているのを見て思い付いた話です。
ただし内容はまったくアニメとは関係ない話になっております。

今回は七千文字を超えたため、長いです。


胸に挿す、赤い花

 

 

 

 【ドンドルマ】のあちらの一角、こちらの一角で、どこからともなくある『歌』が流れて来るようになった。

 それは囁くような女の歌声で、なので聞いた者も「気のせいか」と思う程度のものだった。

 【彼女】は、こんな風に歌っていたという。

 

 ♪赤い花摘んで、あの人にあげよう。

 あの人の胸に、この花挿してあげよう♪

 

 その『歌』が聞こえて来た時は、決まって誰かが殺されているのだという。

 そしてその死体は必ず胸を刺されており、まるでそこに『赤い花』が咲いているかのように、赤い血が広がっているのだという。

 

 

 

「【守護兵団(ガーディアンズ)】が!?」

 

 そんな中、【大長老】に呼び出されたベナトールは、殺人事件を調査していた【守護兵団】が死体で見付かった事を聞いた。

 

「そうなのじゃ。そして報告によるとその者はの、胸を刺されていたのじゃそうな。まるで胸に赤い花を挿したように、の」

「…………」

「どう思う?」

「……。恐らく返り討ちにあったものと……。ですが、彼らは喧嘩の仲裁などで『対人戦』には慣れているはず。路地裏など治安の悪い場所では刃傷沙汰になる事も珍しくないこの【街】で逆にやられるとなると――」

「余程の手練れ、なのじゃろうな」

 

「……。歌は……」

 

「なんじゃと?」

「歌を聞いた者は、いたんでしょうかね?」

「歌、とな?」

「はい。噂では誰かが殺された時、決まって『ある歌』が聞こえる、と」

「ふむ……」

「それは女の声なんだそうです。♪赤い花摘んで、あの人にあげよう♪と」

「とすると、犯人は女なんじゃろうか?」

「そこまでは……」

「ふぅむ……。いずれにせよ【守護兵団】までを返り討ちにするような手練れでは、もう我が配下の者には任せておけん。【ギルドマスター】には儂が通しておく故、【ギルドナイツ】で調査してもらいたいのじゃが」

「承知致しました」

 

 

 

 その日は、月の綺麗な夜だった。

 

 【大衆酒場】で誘われて、弱いのに調子に乗って飲み過ぎてしまったアルバストゥルは、酔い醒ましに遠回りして帰ろうと、月明かりの中を少々ふら付きながら歩いていた。

 その日一緒に飲んだ事で仲良くなった二人とお互いに支え合いつつ、「気持ち良い夜だなおい」などと話しながら、三人でいくつかある公園の一つに差し掛かった。

 

「一休みしようぜ」

 そう言いつつベンチの一つにふらふらと近付いていた彼は、ふと何かを聞いた。

 

 ♪赤い花摘んで、あの人にあげよう。

 あの人の胸に、この花挿してあげよう♪

 

「……なぁ、なんか歌みてぇなの聞こえねぇか?」

「こんな夜中にかぁ? 気のせいだろぉ」

「いんや、オレも聞こえたような気がする。囁くような女の声だったような……?」

 

 不思議そうな顔で周囲を見回した三人だったが、自分達以外は誰もいないのを確認しただけだった。

 

「誰もいねぇよなぁ?」

「だなぁ?」

「もしかして、幽霊だったりして?」

「やめろよぉお前ぇ」

 

 そんな事を言い合っていると、中央にある噴水の裏で、ちらりと影が動いた気がした。

 それを見たアルバストゥルは、「誰かいるのかぁ?」などと言いながらその場所まで歩いて行った。

 

 そこには一人の女がいた。

 

「こんな夜中に、お散歩ですかい?」

 多少怪訝な顔になりつつも、笑顔を作って声を掛けたアルバストゥル。

 

「……。違う。『あの人』じゃない」

 女は彼をしげしげと見てから、そう言った。

 

「……へ?」

 間抜けな声で答えると、女は縋るような目をして訴えた。

 

「『あの人』を捜してるの。ずっとずっと捜してるのに見付からないの。……ねぇ『あの人』はどこ?」

 

 いきなりそんな事を言われて、ただ困惑するアルバストゥル。

 ただ事ではない雰囲気に酔いが醒めてしまった。

 後を追って来た二人も、困惑した表情になっている。

 

「取り敢えず、落ち着いてあのベンチに――!?」

 先程自分が一休みしようとしていたベンチに誘おうとして女の肩に触れた瞬間、女はそのままぶつかるようにして彼の胸に飛び込んだ。

 

 直後、彼は自分の胸に違和感を感じた。

 

 視線を落とすと月明かりに光る刃が見えた。

 それはナイフの刃の一部で、後は自身の体内に入っているのが分かった。

 ゆっくりと血が滲み出し、そのまま溢れていく。

 女がその柄をしっかりと握っているのを見て、そこで初めて彼女が刺して来たのだと理解した。

   

 分かった途端に激痛に襲われ、息が出来なくなった。

 

「……っ! なに、を……」

 必死で絞り出す声を受けるように、女は冷たい声で言う。

 

「だって、『あの人』じゃないもの」

 

 女がナイフを抜きつつ下がり、彼が崩れ落ちた事で二人は初めて異常に気が付いた。

 

「お、おい!?」

「どうし――!?」

 

 急に倒れた彼を見て声を掛けようとした二人は、彼の胸元から血がどんどん溢れ出したのを見て驚愕する。

 一人は腰を抜かし、一人は「おいしっかりしろ!」と狼狽しつつも何か治療する手立ては無いかと考え、とにかく血を止めるために自分のシャツを破いたりしていた。

 

「う……ぐ……!」

「すぐに【医務室】に連れて行ってやるからな!」

 

 女の力だったからなのか、それとも彼の胸筋が衝撃を吸収したからなのか、傷の深さ自体はそんなにないように見える。

 が、酒が入っているからなのか血が止まらない。  

 

「おいっ! 腰抜かしてねぇでお前も手伝えっ!」

「わわ、分かった!」

 

 二人は必死で彼を救うために、それでもなるべく揺らさないように走りながら【医務室】を目指した。

 

 女は始めそんな様子を少しばかり見るともなしにというような感じで見ていたのだが、二人が彼に注意を向けている間に何処かへ去って行ってしまった。

 あの歌を、口ずさみながら。

 

 

 治療を終えたアルバストゥルが落ち着いた頃、【医務室】に運び込まれた知らせを聞いたレインが駆け込んで来た。

 

「……よぉ、夜中にすまんな」

 

 軽口で迎えられたレインは、悲痛な表情だったものを呆れたように変え、心底ホッとしたというように言った。

 

「良かった……!」

 

「いやぁ、モテると思ってたらまさか刺されるとはなぁ」

「茶化している場合!? あなた殺される所だったのよ!?」

「酔ってたとはいえ油断しちまったのも悪かったぜ。夜中に出歩く女は、やっぱろくなもんじゃねぇな」

 

「……。まだ辛いだろうが、すまんが詳しく聞かせてくれるか?」

 そんな声がして気が付くと、いつの間にかベナトールも来ていた。

 

「やっぱ連絡行くの早ぇな。流石はギルドナ――」

 

 言い掛けて途中でハッとなり、アルバストゥルは「ギルド内の連絡網だぜ」と言い換えた。

 レインに気付かれないような角度で睨んだ、ベナトールの目が怖かった。 

 

「私、席を外した方が良いよね?」

「俺は別に構わねぇが――」

「出来れば、そうしてくれると有難い」

「そっか。なら今日は帰るね」

「すまんな」

「ううん、顔を見たかっただけだから良いの」

「今日は遅ぇから、ここに泊まらせてもらった方が良いんじゃねぇのか?」

「いいえ、近くだから帰るわ。フィリップもかなり心配してたから、【彼】が眠れなくなるのも可哀想だし」

「そうか。気を付けて帰れよ? あいつには『心配無いから安心して寝ろ』と伝えておいてくれ」

「分かった。じゃあね」

 

 レインが部屋から出て行くのを見送った直後、アルバストゥルは胸を押さえて歯を食い縛り、顔を歪めた。

 

「……。そんなこったろうと思ったぜ。俺の真似して痩せ我慢するなとよく言っているだろうが」

 

 分かっていたベナトールは呆れながら口の端を緩めた。

 だが命に別状がない事は分かっているので心配はしていない。

 

「胸筋に助けられたな。一般人なら心臓もしくは肺を貫かれて死体がまた一つ増えている。お前が【大剣使い】で良かった」

「……褒めてくれて……ありがとよ……」

「ふん。皮肉が言える元気があるなら話せるよな?」

「何のために来たんだよ」

 

 アルバストゥルはそう言って笑うと、話し始めた。

 

 

「……。『あの人を捜している』、と言ったのか?」

「そうだ。聞こえて来た歌のように、『あの人』とな」

「そいつの顔は見たか?」

「中年の女だったような気がする。そこそこ若ぇぐらいの」

「ふむ」

「髪は亜麻色で肩まで流してた。目は緑だったかな? 痩せぎすで、なんか思い詰めた顔してた」

「始め噴水の裏にいたんだよな?」

「あぁ。後で考えたらそこに潜んでたんじゃねぇのかな? 俺が気付いたのは影が動いたような気がしたからだったんだが、それが無かったら気付かなかったのを考えれば、もしかしたら付けられていたのかも?」

「お前達を狙うために、か?」

「分からん。だが、用もねぇのにわざわざ噴水の裏になんか隠れるかね?」

「ふぅむ……。だが、何のためにお前らを?」

「言動から言って、男なら誰でもそうしてるんじゃねぇのかなぁ? 夜中に出歩く男なら、無差別で殺しているとか?」

「つまり『あの人』かどうかを確かめて、そうでなければ殺している、と?」

「多分……」

 

 そこで【ギルドナイツ】で話し合い、夜中に私服で出歩く事にした。

 今までの殺人経歴から言って死体が見付かった場所が一ヶ所に集中しておらず、犯人がどこに出現するかも分からなかったので各人がバラバラに移動した。

 

 手練れという事だったので、余程対人戦に慣れた一般人か、もしくは訓練を受けた【軍隊】上がり、ここらで言えば【守護兵団】の裏切りか、はたまた【サンドリヨン】などの暗殺団。それともハンターに違反者が出たかなどと、色々な線を考えながらベナトールも【街】の至る所を徘徊する。

 

 

 数日後、彼は『歌』を聞いた。

 

 ♪赤い花摘んで、あの人にあげよう。

 あの人の胸に、この花挿してあげよう♪

 

 微かに聞こえて来る女の声を聞き逃さないようにしながら、歌の場所に移動する。

 歌の主は移動しているようで、近付こうとすると離れていく。

 

 と、ある場所で歌が止まった。

 

 路地裏の角を曲がろうとして、ちらりと女の背中が見えて隠れる。

 女は、男と対面していた。

 

「……。違う。あなたは『あの人』じゃないわ」

 男と話していた様子の女が、そう言ったのが聞こえた。

 

 まずい。

 

 隠れていた場所から飛び出したベナトールは、そのまま女の肩を乱暴に引っ掴んで押し退けた。

 

「な、何だ!?」

 

 そう言って驚愕の表情で男が見たのは、ベナトールの方。

 つまりまだ刺されてはいなかったようだ。

 

「他に男がいたのか? 一体どういう――」

 混乱している様子の男は、女が持っているナイフに気付いて悲鳴を上げた。

 

「うわあぁっ! 助けてくれえぇっ!!」

 

 大声を上げながら逃げて行く男を追おうとする女の腕を掴む。

 引き寄せようとしてその勢いを利用したように振るって来たナイフを躱し、対峙する。

 女は動きを止め、しげしげとベナトールを見てから悲しそうに言った。

 

「……違う。あなたも『あの人』じゃない」

 

「……。答えろ。『あの人』とは?」

「私の大切な人。『ずっと一緒にいてね』って言ったのに、いなくなっちゃったの」

「それで、捜していると?」

「そうよぉ。あの日の夜からずうぅっと。私ね、『あの人』の傍でずっと添い寝してた。はじめあんなに暖かかったのに、すぐに冷たくなっちゃった」

「……。まさか――!」

「『赤い花が好きだ』って言うから、胸に挿してあげたのに。とても綺麗な『赤い花』。『あの人』に、よく似合ってた」

 

 女は恍惚の表情で、幸せそうに笑いながら言った。

 

「……。お前が、殺したのか?」

 

 ベナトールがそう言うと、女はそれを引き金に発狂したかのように叫び始めた。

 

「違う! 違うわっ!! 殺してなんてない! 私はただ『あの人』を抱き締めるために胸に飛び込んで――」

「ナイフを、持ったままか?」

「いいえ! だってこのナイフは『あの人』が持たせてくれたものだもの! 『お前にやる』って護身用にっ! それで微笑んで『いつまでも一緒にいよう』って言ってくれたんだもの! それで、それでナイフを自分に向けさせたまま抱き寄せて――」

「ならば、自ら自殺を謀ったと?」

「いいえ! 例えそんな状態でも『あの人』ならば避けられたはずよ。だからそれに対抗すべく、私も対人戦を習って――」

「では、それはお前の計画だったと?」

「いいえ! そんな事は――」

 

「ナイフを持たせたまま抱き寄せた。しかしその状態でも避けられるのをお前は知っていた。……では、相手は冗談のつもりだったのか?」

「そうよ。いつもそんな『命に係わる様なじゃれ合い』を楽しむような人だったの。だって戦闘マニアだったもの」

「対人戦のか?」

「そうよ。楽しそうな顔で『今日も死にそうだった』とかよく言ってたもの。チンピラにわざとちょっかいをかけては刃傷沙汰に持ち込んで、ギリギリで逃げたりしてたみたい。仲間が殺された事もあったみたいだし」

「殺人も、やらかしたのか?」

「いいえ、でも『危ないからやめて』っていつも言ってたの私。『いつか殺されるから』って」

「それでも、やめてくれなかったと?」

「そうよ。まるで麻薬でもやってるみたいに嬉しそうにしてたもの。あの夜も出掛ける前に笑いながらそうやって――」

「だから、自分も戦闘術を身に付けて殺したのか? 避けられても対処出来るように『いつも一緒に』いさせるために?」

「いいえ! いいえっ!!」

 

 話している途中で落ち着いていた女は、再び叫び始めた。 

 それでも彼は畳み込んだ。

 

「認めろ。お前が殺して、それからずっと死体と過ごして来たんだろう? それが『無くなった』から捜しているんだろう?」

「違う! 違うわっ!! だって『あの人』いつの間にかいなくなっちゃったんだもの! そして白い物だけ残ったんだもの!」

「……。それは腐って骨だけが残って――」

「違うわっ!!!」

 

 ベナトールの言葉を否定するように絶叫した女は、胸の前で両手でナイフを構えて向かって来た。

 当然のように躱した彼だが、それに合わせるように反転して向かって来たのを見て考えを変え、両手を広げて迎え入れる。

 そして、そのまま抱き締めた。

 

 胸ではなく腹の中央あたりに痛みを感じ、血の溢れる感覚が始まる。 

 彼の大きさ故にナイフが胸に届かなかったからなのだが、いずれにしても彼自身には大した傷にはならなかった。

 

「放してっ! あなたは『あの人』なんかじゃ――」

「……♪白い花摘んで、あの子にあげよう。あの子の髪に、この花挿してあげよう♪」

 

 急に歌い始めたベナトールの、その歌詞を聞いて女はハッとなった。

 

「……。そ、その歌――!?」

「お前なら分かるよな? この歌の意味が」

 

 それは、女がいつも口ずさんでいる歌の、二番目の歌詞だった。

 

「……。『あの人』、なの……?」

「やはり、この歌で愛を返し合っていたのだな」

 

 ベナトールは『あの人』が乗り移ったかのように心を込めて歌いながら、女の髪に優しく触れた。

 

「……あ……。あぁ……」

 女は目から涙を溢れさせ、嬉しそうに微笑んだ。

 

 少しして、幻の『あの人』をベナトールに見ていたような虚ろな目が正常になり、ベナトールの体を押し退けつつハッキリと顔を見て「『あの人』は?」と聞いた。

 だが答えようと彼が口を開ける前に、こう言った。

 

「そうよね。『あの人』はもう死んだんだわ」

 寂し気に笑い、始めからもう分かっていたとでも言うように。

 

「……。お前が、殺したんだよな?」

 再びそう質問する。

 

「……そうよ。そう。……私が殺したの」

 

 今度は発狂したりせずに、素直に自分で認めた。

 そしてそこで彼に刺さったままだったナイフに気付いた。

 

「ごめんなさい。私、また刺してしまったのね」

 

 慌てたようにナイフに縋ろうとするのを制して、自分で抜く。

 女は手当をしようとしたが、すぐに血が止まったのを見て驚いていた。

 

「また? ならば、今まで刺し殺して来た事に対して、意識はあったのか?」

 そんな様子の女を無視し、ベナトールは聞いた。

 

「殺した!? ……私殺したの……!?」

 

 驚愕して震える女。

 その様子を見る限りは、自分で殺したという意識は無いらしい。

 なのでまずその事実は伏せ、「刺した、という意識はあるのか?」と聞いた。

 

「あるわ。『あの人』を捜そうとしててチンピラに絡まれて、犯されそうになって殺してやろうと思って刺して……。でもその前後はよく覚えてないの。なんだかぼんやりしてるの」

「他の者を刺したという意識は?」

「私が覚えてるのはそれだけ。チンピラを刺した、という事だけ。他に刺したという事は、知らない」 

 

 つまりは、最初にその事実があり、それが連続殺人のきっかけになっている可能性がある。

 だがそれは覚えているようだが、それから後の事の記憶は一切消えている。という事か。

 どちらにせよ罪は償わせねばならない。

 

 そう考えたベナトールは、「これから話す事は、お前にはかなり酷だろうが……」と前置きし、今までの殺人経歴を全て話した。

 そして、大切な仲間である【アレクトロ】というハンターを殺しかけたという事も。

 

 

「あぁ……。私はなんて事を……!」

 

 彼女にとっては初めて聞いたであろう、自分が犯した犯行の事実を知って、その罪の深さに苛まれる女。

 

「……。今から【守護兵団(ガーディアンズ)】の元へ連れて行く。逃げるようとするなら――」

「いいえ、逃げやしないわ」

「お前がその一人を殺めている事で、もしかしたら必要以上に彼らに憎まれるかもしれん。だが、事実として受け入れる事だな。こればかりはどうしようもねぇ」

「分かってるわ」

「手荒に扱わんようには頼んでやる。まぁ連中も餓鬼じゃねぇからそういう点は割り切るだろうぜ」

「ありがとう……」

 

 【守護兵団】の駐在所に連れて行くと、その一人がベナトールの腹部あたりの服が血に染まっているのに気が付いた。

 

「貴方も、刺されたんですか!?」

「いいや『刺されてやった』のよ。こいつの目を覚まさせるためにな」

「は、はぁ……」

「武器はこれだ。慎重に扱って――」

 

 懐に仕舞っていたナイフを渡そうとしたベナトールは、それを女がしゃくり取ろうとしたのを見て「おっと」と上に上げた。

 

「自殺でも考えたか? 生憎だがそんな甘えた事で罪が消えると思ったら大間違いだぞ。おめぇはしばらくブタ箱で反省してるんだな」

「『あの人』の元へ――」

「『逝かせてくれ』ってか? 残念だが、もうしばらく【この世】に留まってな。おめぇには罪を償ってもらわにゃならん。なんせその中には、俺の大事な仲間の分も入ってるんだからな」

「……。ごめんなさい……」

「泣いても軽くはならんよ。だが、気持ちはあいつに伝えて置く」

「ありがとう……」

 

 頭を下げた女を一瞥すると、ベナトールは【守護兵団】に言った。

 

「ほれとっとと連れて行け。逃がすんじゃねぇぞ」

「分かってます」

「手荒には扱うなよ? 【レディー】として丁寧に扱ってやれ」

「了解しました」

 

 両脇を抱えられて連れて行かれる女の背中に、ベナトールは「『あの人』は今でもお前を愛していると思うぜぇ」と呼び掛けた。

 立ち止まった女は振り向かなかったが、頷いて歩き出し、歌い始めた。

 

 ♪赤い花摘んで、あの人にあげよう。

 あの人の胸に、この花挿してあげよう。

 白い花摘んで、あの子にあげよう。

 あの子の髪に、この花挿してあげよう♪

 

 それは、長い廊下の角を曲がって女が見えなくなっても聞こえていた。

 

 

 

 

 

 




歌詞はほぼそのままですが、実際にあげる相手は一番も二番も「あの人」です。
そして一番と二番が一部逆になっています。
それと使っているのは一部のみで、全部ではありません。

前回の話の「後書き」で「疲れていたのでは」と書いたのですが、もしかしたらこの話のような事が原因だったのかも。
彼は「ギルドナイト」の仕事だけでなく普段は「ハンター」として狩猟してますし、時には「ギルドマスター」や「大長老」に命令されてあちこち行ってますからね。王族貴族との交流もあるようですし。
   
     
戦闘だけでなく心労でも命を縮めやしないかと心配になって来ました(笑)

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