今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】   作:沙希斗

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「ヤマツカミ」(特に剛種)に吸い込まれた者は大抵即死してしまうのですが、もし吸い込まれた後で体内で生きていたらどうなるんだろうと考えていたら、こんな話になりました。


吸われた者の行く末は

   

 

 

 

 【剛種】のカテゴリーに入っている【ヤマツカミ】が出現したというので、今四人は【塔】に来ている。

 男二人が通常リーチとは異なる武器を担いでいるのを見た男女二人は、また螺旋階段で闘うつもりなのだろうと思ったのだが……。

 

「ベナ、ちょっとそれいくら何でも長過ぎない?」

 彼が担いでいた【ランス】を見やり、ハナは呆れた口調で言った。

 

【挿絵表示】

 

 それもそのはず、彼が担いでいたのは【バーシニャキオーン】という氷属性の極長ランスだったのだ。

 しかもこの【ランス】は背負った時に収納出来るような構造にはなっていないらしく、彼の身長よりも遥かに長い柄がそのまま背中から突き出しているのだ。

 なので狩場までの移動中にも場所を取り、取り扱いに苦心していた程だった。

 

「まぁ、考えがあっての事なんだろ」

 

 ベナトールが無言なのを見て、アルバストゥルはそう言った。

 ちなみに彼は長リーチの【大剣】を担いでいる。

 【ランス】をろくに扱えないのと極長でなくとも攻撃が届く事を今までに経験していたので、単に他の武器種に変えなかっただけである。

 

 【塔】に着くと螺旋階段の一番下の段差を上がったあたりに二人は陣取った。

 程なくして【ヤマツカミ】がやって来る。

 【剛種】の【ヤマツカミ】は赤い靄のようなオーラを纏い、禍々しい雰囲気があった。

 階段に向かって触手を叩き付けたり、まるで【テスカト科】が行うような粉塵爆発を繰り返すのを避けたりしながら触手に攻撃を加えていく。

 例え極長であっても相手が階段側に体を寄せてくれないと届かないのでどうしても手数が限られてしまうのだが、それでもよく怯んではいるようなので連続で攻撃する。

 以前通常種の【ヤマツカミ】と闘った時に二人が螺旋階段でも攻撃する事を知っていたカイとハナも長リーチもしくは極長リーチの【双剣】で来ていたので、時折叩き付けや粉塵爆発に巻き込まれながらも攻撃には参加していた。

 

 それは、叩き付け直後に起こった悲劇だった。

 

 ステップで叩き付けを避けたベナトールが吸い込まれたのだ。

 通常種でも行う吸い込みだが、【剛種】の場合は叩き付けてから吸い込みを始めるまでが異様に速い。 

 特に怒っていると叩き付け直後に吸い込むというような速度に達する事がある。

 なのでステップしてから体勢を整える間が無かったようなのだ。

 

「オッサ――!」

 

【挿絵表示】

 

 大口を開けた相手を見て声を掛けようとも間に合うはずがない。アルバストゥルは吸い込まれて行く彼を絶望の眼差しでただ見ている事しか出来なかった。

 他の二人は目の前から急に消えたベナトールと、呆然としたように動きを止めて閉じられていく相手の口元を見ているアルバストゥルの様子で何が起こったかを察し、二人共に蒼白になりつつ泣きそうな顔になった。

 

 三人共、もう声すら出せなかった。

 何故なら【ヤマツカミ】に吸い込まれて、生還した者は今までに一人もいなかったからである。

 

 

「――っ! 諦めんな!」

 

 しばしの沈黙の後、アルバストゥルは自分を鼓舞するかのように叫んだ。

 

「外から攻撃を加え続けよう! そしたら吐き出すかもしんねぇ!」

「……そ、そうだよな! 吸い込まれてもすぐには死なないはずだ!」

「うん! これだけ大きな【モンスター】なんだもの! お腹に入ってもきっと【マイハウス】くらいの空間はあるはず! だからまだ無事なはず!」

 

 そうして三人は「頑張ろう!」と声を揃えて頷き合い、外から攻撃を加え続けた。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 一方、吸い込まれたベナトールはその衝撃によって気絶していたが、目を開けてやたら眩しいのに辟易していた。

 恐らく胃の中に入ったのだという事は理解していたが、その広い空間全体に【大雷光虫】が漂っていたからである。

 

「こりゃ際限も無く吐き出せる訳だな」

 

 ベナトールは呆れ笑いしながら、とにかく脱出しようと胃と思われる肉壁を目指して駆けていた。

 彼が動いている事で生きているものに反応する【大雷光虫】が赤く光りながら、四方八方から体当たりを仕掛けて来る。

 【彼ら】はただでさえ体当たりに麻痺要素を加えて来る厄介な存在なのだが、【ヤマツカミ】が口内で『飼っている』ものは自爆する性質があり、それに巻き込まれると吹っ飛ばされるだけでなく肉を弾き飛ばされてしまう。

 

「ぬぅんっ!」

 ベナトールはタイミングを見計らい、なるべく多く引き付けてから【ランス】を大きく薙いだ。

 

 冒頭で挙げたように彼が今装備している【バーシニャキオーン】は極長ランスである。

 その長さは身長二メートル余りの彼の身長を優に超す。恐らく五メートルはあるだろう。

 それを彼は片手で軽々と振り回した。

     

 元々【狂走薬グレート】を飲んだ状態で突進する事で、体内を穿ちながら攻撃し続ける目的のために装備したものである。

 だが極長の柄を振り回す事で広範囲に薙ぎ払う事が出来、集まって来た【大雷光虫】は彼の体に当たる前に四散させられていた。

 それでもあまりにも数が多かったため、攻撃の隙を突いて次々に飛び込んで来る。

 付属の盾でガードしながら【ランス】をぶん回していた彼だが、何匹かは体当たりして来て彼の体からいくつもの血の花が弾けた。

 白で統一された美しい【バーシニャキオーン】の鉾盾に、赤い飛沫が掛かっていく。

 

 それでも彼は駆け続けた。

 そして肉壁に辿り着くや否や、そこを一気に切り裂いた。

 【ヤマツカミ】の胃の比率から言えば、それはほんの僅かな切り傷に過ぎなかった。

 だが彼が通り抜けるスペースは充分に出来、直後に彼はそこから『外』に吸い出された。

 中に溜まっていたガスが噴出したからである。

 

 どこかは分からなかったが新たな肉壁に激突したベナトールは、周りに【大雷光虫】がいないのを確認してやれやれとポーチから【回復薬グレート】を出して飲んだ。

 体中の至る所に肉が爆ぜたような傷が出来、そこからだらだらと血が流れ続けていたからである。

 まだ体内だと思われる場所は暗く、夜目が利く彼でも手探りで進んで行った。

 

 と、どこからか規則的に脈打つような音が聞こえ始めた。

 

 ははぁ、さては心臓だな?

 

 そう見当を付けてそこを目指して歩いて行く。

 ドクン、ドクンという音は徐々に大きくなっていき、やがて体全体に響くような大音響に包まれた。

 鼓膜どころか脳が割れるような音に苛まれつつ、それでも進む。

 聴覚だけでなく全ての感覚が麻痺してしまいそうな場所に辿り着いた時、心臓はあった。

 

 音の衝撃で脳が、内臓が揺さぶられ、胃の中のものを吐き出す。

 吐き続けて内臓が傷付き、仕舞いには血まで吐いてしまう。

 それでも彼は一歩、また一歩とふら付く足を心臓の元へと運び続けた。

 そして間合いに近付くや、倒れ込むようにして【バーシニャキオーン】を突き刺した。

 

 

 

 上昇していく相手に必死の形相で外から攻撃を加え続けていた三人は、突如【剛種ヤマツカミ】がびくりと震え、吹き抜けの中央に落ちたのを見た。

 階段の縁から覗くと、相手は苦し気にのた打ち回った後、やがてピクリとも動かなくなった。

 

「……。死んだ、のか?」

「そう、みたい?」

「そうなんだ、よね?」

 

 半信半疑の三人。

 外から何度も攻撃は加えていたものの、当たるのはせいぜい触手か逃れようと後ろを向いた時の背中ぐらいで、とても致命的な攻撃が出来ているとは言えなかったからだ。

 だが、動かないのを見てとにかくまだ胃の中にいるであろうベナトールを助け出そうと飛び下りた。

 

【挿絵表示】

 

「ねぇ、どうやって胃まで行くの?」

「取り敢えずここから入ってみるか?」

 

 触手の間から半開きになっている口が見えたのでそう話していると、体の側面が僅かに動いた。

 思わず身構えた三人は、そこから血に汚れた白い鉾先が飛び出したのを見て驚愕した。

 

 鉾先は体を切り開くように動くと一度引っ込み、それから黒い甲冑に身を包んだ大きな体が出て来た。

 どっこいせとでも言いたげにゆっくり出て来たその姿を見るや否や、ハナは「ベナぁ!!」と叫びながら駆け寄った。

 

「おっとと……」

 

 勢いよく抱き付いて来たハナを多少よろけつつも受け止めるベナトール。

 泣き叫んでいる彼女の頭を撫でながら、彼は見回してから男二人に向き直った。

 

「よぉ、ただいま」

「ただいまじゃねぇよっ! よく出て来れたなおい」

「てか、よく死ななかったよねぇ」

 

 二人は突っ込みつつも呆れている。

 そこで吸い込まれてからどうなったかを話して聞かせた。

 

 

「おいおい、ますます死んでねぇのが信じられねぇぜ」

「いや俺も死んだと思ったんだがな。心臓が止まった事で音響の衝撃も止んだものでな。後は回復すれば何とかなったのだよ」

「耳は聞こえるの? 鼓膜破れてない?」

「ハナ、破れてたらこんなスムーズに会話出来ないと思うよ?」

「それもそうねぇ」

「ただちいっとばかし聞こえにくいのは確かなのだ。だが、だからといって声を大きくするのも困る。どうも鼓膜が敏感になっているらしい」

「頭痛はするか? 内臓の違和感は?」

「そう言われると平衡感覚が少しばかりおかしいような気がしねぇでもねぇなぁ」

 

 軽く頭を傾けたりしながらそう言ったベナトールは、それから腹部に手を当てながら「内臓の方は問題ねぇ、かな?」と言った。 

 そこで、しばらく休ませてから帰る事にした。

 

 

 帰った四人から報告を受けた【ユニス】は、驚くべき事として【ギルドマスター】に知らせた。

 ベナトール本人を呼び出して直接詳しく聞いた彼は、呆れかえってこう言ったという。

 

「また伝説を作りおったな!」

  

  

 

 

 




「バーシニャキオーン」があまりにも長過ぎて狩場では全体像が写せなかったため、街(メゼポルタ広場)の入り口で挿絵撮影をしました。

「剛種ヤマツカミ」が出た当初は、この極長ランスが螺旋階段で倒すには最適格だったので、「剛ヤマ募集!」などと呼びかけている者や参加者は、ほぼこのランスを担いでいたものでした。
そしてベナトールがそうしようとしていたように、火事場状態で攻撃して吹き抜けの中央に落とし、四方から突進して体内を穿ちながら倒していました。

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