今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】   作:沙希斗

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アレクトロが優しいばっかりに、こんな事になってしまいました。

今回はちょっと長いです。
しかも厨二要素がふんだんに入ってイタイかもしれません。


アレクトロの、ハナへの一方的な思いやりによる罪と罰について

   

 

 

 その日ベナトールとハナは、【ドスイーオス】を狩りに行っていた。

そしてもうすぐ討伐という時に、異変が起こった。

 

 それは、こんな事から始まった。

 

 ハナが毒を吐きかけられたのに気が付いたベナトールは、相手を【ハンマー】で殴り殺してから【解毒薬】を渡した。

 が、傷になっていた所に毒が付いていたので、少しでも早く解毒をしようと吸い出してやった。

 それは彼にとっては些細な事で、彼女と狩りをする上での日常的な行為のはずだった。

 血を吐き出す際に少し飲んでしまった彼は、体内にいつもとは違う違和感を感じて「うっ」と一瞬固まったのだ。

「どしたのベナ?」

「いや、なんでもない」

 多分、少し毒を飲んでしまったのだろうと、彼は思った。

 だが、一応自分も【解毒薬】を飲んでみても、その違和感は消えなかった。

 

 

 【街】に帰って来たベナトールは、体内を蝕むような違和感が、段々と強くなっていくのを感じていた。

 ハナには覚られないようにはしていたが、彼女と別れて自分の部屋に戻ると、荒い息を吐き始めた。

「旦那様? 大丈夫ですかにゃ?」

 彼が苦しむ事などまずないので、【召使アイルー】が心配そうにしている。

 

 何かおかしい……。

 

 ベナトールは、呻き声まで出しながら、体内の違和感と闘っていた。

 

 なんだ? これは?

 

 【モンスター】の毒ならさっき飲んだ【解毒薬】で解消しているはず。

 それに、こんな違和感は初めてだ。毒の感じでもなさそうだし……。

 まるで、体内を蝕みつつ精神をも変えていくような、この攻撃的な感覚はなんだ?

 抑えないと、誰彼構わず襲い掛かって食い殺したくなるような……!

 

「……旦那様?」

 【召使アイルー】が彼に触れた途端、彼は豹変した。

「俺に触れるなぁ!!」

 その、まるで獣が牙を向くかのような表情に、彼女は怯えて縮こまり、食われるのを待つしかない獲物のように、耳を伏せてガタガタと震え出した。

「……すまん……」

 ハッとなったベナトールは、そう言って謝った。

 

 

 一晩寝たら回復したものの、それからハナと【クエスト】に行く度に、異変が起きた。

 それは必ず、彼女の血が皮膚に付いたりだとか、彼女の血を口に含んだりだとかした時に起きたために、どうもハナの【血】に関係するものではないかと思われた。

 そこで、ベナトールは【大長老】に伺いを立ててみた。

 

「ついに、表れたか……!」

 

 話を聞いた【大長老】は、苦々し気に言った。

「と、言いますと?」

「あやつにはの、ベナトール。【竜人族】の血が入っておるのじゃよ」

「やはり、噂は本当でしたか……」

「左様。だから恐らくは、成長に伴ってその血が濃く出始めたのじゃろう」

 

 【竜人族】の血は、彼らにとっては肉体を癒し、皮膚を頑丈にするなどそれ故に何百年をも生き続ける命の糧となりうるものなのだが、【人間族】に対しては、猛毒にも値する程の脅威になりうるのだ。

 その血を浴びれば肉体も精神も蝕まれ、その変化に耐えられずに攻撃的になり、やがては発狂して死ぬか、獣のごとく誰彼構わず襲っては食らうようになる。

 まれにそれに耐えて克服し、【竜人】へと変化して彼らのような長寿と頑丈な肉体を手に入れる者もいたが、(そしてそれを手に入れるために、わざと竜人を狩る輩もいるが)大抵は竜の出来損ないのように成り果てて、【モンスター】としてハンターに狩られるか、その前に殺人担当の【ギルドナイト】に狩られるかの運命が待っている。

 

 だから何かあった時のために、【大長老】に仕える大臣や、身の回りの世話係などは全員【竜人族】なのである。

 

 

「ベナトールよ。お主の【教官】の任務を解く」

 

 【大長老】は考えた後、彼にそう言った。

「お断り致します」

「儂はお主を失いとうない。お主が苦しむ様もな」

「例えどんなに苦しみ悶えようとも、俺は最期のその日まで、務めを果たす所存にございます。もしその時に意識が残っていたならば、自分の胸を突いて死ぬ覚悟です」

「意識が無かったらどうするつもりなのじゃ? ハナを襲ってしまったら?」

「その時は、どうぞ【モンスター】として俺を狩って下さい」

「……。なぜそこまでしてハナに付こうとする? 初めは断ろうとしていたのであろうが?」

「……。一度就いた任務を、放棄する気はありません」

「それだけではあるまい?」

 

 彼は黙っている。

 

「――まあ良かろう。そこまで覚悟が出来ているなら任せよう」

「ありがとうございます」

 彼は深々と頭を下げて、帰って行った。

「惜しいのぉ……」

 その背中を見送りながら、【大長老】は言った。

 

 

 

 そんなある日、【クエスト】から帰って来た二人を見たアレクトロは、ベナトールの異変を感じ取った。

 ハナには隠している様子だったが、何か違和感があった。

 そこで、一人で部屋に帰って行くベナトールの後を付いて行き、こっそり部屋を覗いてみた。

 

 ドアの隙間から見えたものは、ベナトールが苦し気に呻いている姿。

 

 どうやら【召使アイルー】でもどうしようもないのだと分かった彼は、中に踏み込んだ。

「オッサン? どうしたんだよ?」

「……アレクか……?」

「あぁ、大丈夫か?」

「……すまんが、放って置いてくれ……」

「んな訳いくかよ。何か回復でも――」

「俺に……触れるな……!」

 

 ベナトールは荒い息を吐きつつ、自分の体を抑え込もうとするように両腕で抱いている。

 

「……。オッサン?」

 明らかに様子がおかしい彼に、戸惑いを隠せないアレクトロ。

「……すまん。じきに治まるから。見るのは辛かろうが、放っといてくれ……っ!」

「……発作、なのか?」

 苦し気に呻き、悶えている彼を、アレクトロは【召使アイルー】と共に見守るしかなかった。

 

 

「すまなんだな……」

 ようやく苦しみが治まった様子の彼が、深い息を吐きつつ言った。

「いったい何があったってんだよ? オッサンがこんなに苦しむなんて……」

 重症を負っても平然と闘う程の忍耐強いベナトールが、ここまで苦しむ様子を彼は見た事がないのだ。

 

「言うまいと思ったのだが……」

 

 ベナトールはそう前置きし、ハナの【血】についてアレクトロに説明した。

「そんな……! じゃあオッサンは、その内【モンスター】になっちまうってのか!?」

「そうならんように願いたいがな。まあ当分は大丈夫だろう」

「当分は……って、その間ずっとそんなふうに、一人で苦しみ続けるつもりなのかよ?」

「それに耐える体力と精神力があるからこそ、変化を抑えていけるのだよ。お前ならとうに発狂しているかもしれんがな」

 

 ベナトールはニヤリと笑った。

 

「笑ってる場合かよ! それを救う手立ては無ぇのかよ!? ハナの【血】を消す手段とか――」

「あるかもしれんが、俺には分からん。それに、ハナがそう生まれたからといって、俺らが勝手にその【血】を変える事などおこがましいと思わんか? あいつは俺ら【人間族】より長生きするかもしれんのだぞ? その命を【人間族】から見た一方的な理由で、わざわざ縮める理由がどこにある?」

「そうかもしんねぇけど……。でもそのためにオッサンが苦しむ理由が理解出来ねぇよ。なら、なんでそこまでして傍にいようとすんだよ?」

「さてな……」

 

 なぜか彼は、寂しそうに笑った。

 

 

 彼の部屋から出る時に、「くれぐれも誰にも、特にハナには言わんでくれよ」と念を押されたアレクトロは、それからハナと【クエスト】に行く時にもいつも通りに接していた。

 

 ただ、なるべくハナに怪我を負わさないように立ち回った。

 

 それはハナのためというよりは、ベナトールの苦しむ姿を見たくないという理由からだった。

 そんな事を知らないハナに「アレク、なんか最近あんた、あたしの【騎士(ナイト)】みたいね」とからかわれたり、カイにも「最近、おいらを放っぽらかしてハナを優先して護ってるみたいだよね」などと言われたりしていたが、自分としては逆にベナトールを護るつもりになっていた。

 

 そんな彼を、ベナトールは複雑そうな目で見ていた。

 

 

 

 そんな中だった。

 ハナが不安そうな顔をして、アレクトロの部屋に一人で入って来たのは。

 

「アレク、相談があるの」

 

 彼女は深刻そうな顔をして、そう切り出した。

「あのね、ベナがね、なんかここんとこ、なんとなく具合が悪そうなの」

 アレクトロは、彼女に気取(けど)られる程抑えきれなくなってしまったかと、少しショックを受けた。

「それでね、おじいちゃんに相談してみたの。そしたらあたしの【血】の影響かもしれないって言うの」

 

 あのクソジジイ、いらん事を……!

 

 声には出さなかったが、心で悪態を付く。

「あたしの【血】って、もしかして【人間】には悪い影響になるの?」

 アレクトロは、真実を話すべきかどうか迷った。

「あたしの【血】のせいで、ベナは具合悪くなっちゃってるの? あたしのせいで、ベナは……。ベナはもしかしたら死んじゃうかもしんないのっ!? そんなの、そんなのヤダよぉ……!」

 ハナは話している途中で感情が爆発し、泣き出してしまった。

 

「……大丈夫だ……」

 

 アレクトロは、自分に言い聞かせるように声を絞り出した。

「大丈夫だハナ。そんな事にはならない。俺が絶対そんな事にしてやんねぇ!」

 彼も途中で感情が爆発したように叫んだ。

「ホントに……?」

 ハナはしゃくり上げながら、彼を見て言った。

「あぁ本当だ! 約束する!」

 アレクトロは力強く言って、彼女を抱き締めた。

 

 その腕に力を込めながら、どっちももう二度と苦しめるもんか! と強く心に誓った。

 

 

 ハナが部屋を出てすぐに、彼は【王立図書館】の中にいた。

 ベナトールが何と言おうと、ハナの【血】を消すつもりでいたのだった。

 お互いに苦しまないようにするには、ハナを完全な【人間族】にするしか方法がないと考えたのだ。

 例えハナの寿命が縮もうとも、そしてそれが【人間族】から見た一方的で身勝手な考えだったとしても、【人間族】であるベナトールを苦しませずに済むのなら、ハナもそれを望むだろうと思った。

 なぜならベナトールを【竜人族】に変化させる選択肢は、あまりにも危険だったからだ。

 

 【奇病を治す方法について】とか、【竜人族について】とか、色々調べていたアレクトロは、一つの記述に希望を見出した。

 そこにはこう書かれてあったのだ。

 

『竜人の【血】、つまり竜人の能力を消すには、消したい対象を瀕死にした上で別の竜人族の【血】を体内に入れる事。ただし、純粋な【血】を入れなくてはならない』

 

 彼は、罪を犯すつもりでいた。

 

 

 

 その日彼は、【大老殿】の【謁見室】にいた。

「何事じゃ? アレクトロ。深刻な顔をして」

「【大長老】様。折り入って話したい事があるのです。どうか、人払いを……」

 只事ではない彼の様子を見た【大長老】は、「良かろう……」と呟いてスッと手を上げた。

 二人きりになった【謁見室】で、彼はこう切り出した。

 

「俺は……。罪を犯しに来ました」

 

「――罪、とは?」

「俺は、ハナの(くびき)を解いてやりたいのです!」

 言うなり、アレクトロは剥ぎ取り用のナイフを抜いて走り寄り、【大長老】の向う脛あたりを突いた。

 顔をしかめた【大長老】は、「なるほど……」と呟いた。

 本当なら脇腹あたりを突きたかったのだが、【大長老】があまりにも大きいがために脚を狙ったのだった。

「ハナの、【血】を消すつもりなのじゃな?」

「はい……」

「それは、ハナが望んだ事か?」

「いいえ、直接には聞いてません。けど、『このままではベナが死んでしまうのではないか』と悩んでおりました。そして、何より俺が、オッサンの苦しむ姿を見たくなかったんです」

「そのために罪を犯すと? 自分が処刑される覚悟をすると言うのか?」

「はい。俺は、このままこのナイフで、ハナを刺しに行きます。どちらにしろあなた様のような純粋な【竜人の血】を浴びる事になる俺は、長くは持たんでしょう」

「――なぜ、己の命を懸けてまで、二人を護ろうとするのじゃ?」

「あの二人を、引き離したくないんです。そして、二人共にこれ以上、苦しめたくなかった」

 

 アレクトロは俯いている。

 

「顔を上げて儂を見よ、アレクトロよ」

 アレクトロは逡巡した後、見上げた。

 泣きそうな顔をしているな。と【大長老】は思った。

「アレクトロ、お前は、優しい子じゃの」

 静かに掛けられたその言葉に、彼は戸惑った表情を見せてから、寂しそうに笑った。

 

 彼は決意したように、ナイフを抜いた。

 飛び散った【血】が彼にかかる。

 

 【血】が付いたままのナイフを鞘に戻したアレクトロは数歩下がり、無言で深々と礼をしてから踵を返し、駆けて行った。

「惜しいのぉ……」

 その背中を見送りながら、【大長老】は呟いた。

 

 

「ハナ、いるか?」

 アレクトロはその足で、ハナの部屋に入って行った。

「いきなりどしたの!? その血は何?」

 戸惑うハナに、彼はこう言った。

 

「ハナ、俺は別れを言いに来たんだ」

 

「どういう事!?」

「お前の(くびき)を解いてやるよ。俺の命と引き換えにな!」 

 言うや否や踏み込んだアレクトロは、先程【大長老】を刺したナイフでハナの脇腹を突いた。

「……アレ、ク……!?」

 ハナは驚愕の面持ちで固まった。

 アレクトロは、ハナを引き寄せ、きつく抱き締めている。

「ハナ……。俺は、ハッキリ言ってお前が嫌いだった。……だが、今まで一緒に過ごした日々は、楽しかったぜ……」 

 そして「あばよハナ!」と叫ぶや否や、ナイフを抉り、抜いた。

 

 彼女は崩れ落ち、目を閉じた。

 血はなぜか、それ程出なかった。

 

 

 丁度その時、ベナトールが入って来た。

 彼は倒れたハナを見、血の付いたナイフを持っているアレクトロを見るや否や、「貴様……!」と全身から殺気を湧き出させた。

 それはたちまち黒い嵐となって、アレクトロを吹き飛ばそうとした。

 圧倒的な威圧感はただでさえ大きなベナトールを何倍にも大きく見せ、【アカムト】シリーズを着ているのも相まって、まるで猛る【アカムトルム】がその場にいるかのように見えた。

 もしその場所に誰かがいたならば、恐怖で凍り付きつつ次のように思った事だろう。

 

 指一本でも動かせば殺される! と。

 

 彼は何もせずにただ立っているだけだったのだが、心臓の弱い者ならそのまま止まってしまいそうな程の迫力があった。

 そんな中でもアレクトロは臆せずに口を開き、「死んでねぇよ、オッサン」と言った。

「――何?」

 

 ベナトールの殺気は治まっていない。

 

「ハナは死んでねぇ。今は死んだように見えるけどな」

「……どういう事だ?」

 怒りを抑えるように、彼は言った。

「ハナは、生まれ変わる……んだ……っ!」

 今まで抑えていた苦しみに耐えられなくなったアレクトロは、苦し気に言いつつ自分を抱くようにして、その場に蹲った。

「アレク!?」

 思わず近寄ろうとしたベナトールは、「来るなオッサン!!」と叫ばれて留まった。

「俺は、【竜人の血】を浴びてるんだ……。それも飛び切り上等のな……!」

「なんだと!?」

 そう言いつつハッとなり、「お前、まさか――!」と言いかけた。

 

 そこへ伝令がやって来て、ドアの向こうで「ベナトール様、【ギルドマスター】がお呼びでございます」と告げた。

 

「……行けよ、オッサン……」

 逡巡しているベナトールに、アレクトロは言った。

「俺は自分の部屋で待ってる……。なるべく、早く()()()()()()()()よな……」

 ベナトールが出て行くと、彼はふら付きながら立ち上がり、時々壁に手を添えながら、自分の部屋へと帰って行った。

 

 

 ドアを開けてあえぎながら帰って来た主人を見た【召使アイルー】は、「何事ですかにゃ!?」と狼狽した。

 彼は部屋の中央あたりで蹲っている。

 ベナトールは呻いたぐらいだったが、アレクトロは耐えられず、「うあぁっ!!!」と叫び声まで上げてしまう。

 

 ……こんな、こんな苦しみに、オッサンは今まで呻くだけで耐えていたのか……?

 

 アレクトロは時折叫びながら悶えつつ、そう思った。

「旦那さん、毒ですかにゃ!? ならば【解毒薬】を――」

「……フィリップ。残念ながら、こいつは【解毒アイテム】では消せねんだ……」

「旦那さん、もしかして、……もしかして、【竜人の血】を!?」

「あぁ……。だから、死ななきゃ治らねぇ……っ!」

「……見てられませんにゃ! ならせめて、ボクが止めを――!」

 【フィリップ(召使アイルー)】は涙を浮かべつつ身構え、爪を出した。

「ありがとう……。だがなフィリップ、もうすぐここに【ギルドナイト】が()()()()()()()()。……だから、だからそれまでは、生きとかねぇとな……」

「【ギルドナイト】って……。旦那さんまさか――!」

「……あぁ。俺は、罪を犯したんだ……」

 

 そして、ドアが開いた。

 

 『クエスト中』の札が掛かっているドアを、開ける者は【ギルドナイト】しかいない。

 アレクトロはよろよろと立ち上がった。

 そこには、《黒》の【ギルドナイト】が立っている。

「……。その恰好になってるという事は、話は着いたんだな。()()()()

 目深に被った幅広の羽根付き帽子で顔が見えないにもかかわらず、アレクトロはそう声を掛けた。

「――ああ。アレクトロ、【ギルドマスター】の命により、貴様を処刑する」

 彼はゆっくりとした動作で、腰に帯びた【サーベル】を抜いた。

 アレクトロは、止めを刺しやすいように両腕を広げ、目を閉じて静かに待った。

 

 が、彼は踏み込んでは来なかった。

 

「どうしたオッサン。今更躊躇したとか、そんなのは無しだぜ?」

「……。その前に聞きたい事がある。いつから俺が【黒のギルドナイト】だと気付いていた?」

「――二人で【クエスト】に行き始めた頃から、だな。あんたの身のこなしは、只者じゃねぇとすぐに思ったよ。最初は〈回避+2〉のスキルのせいかと思ったが、オッサン、それ付けてねぇだろ。しかも〈高級耳栓〉とか、自分が有利になるスキルが一切無くても簡単に回避して攻撃してやがったしな」

「…………」

「それに、あのタフさや苦痛に対する耐久力は、ただ独りで【クエスト】をこなす期間が長かったというだけの理由じゃ説明出来ねぇと思った。常に感情を抑える性格もな。だがそれらはただ一つの、あんたの【欠点】とも言える、その身に纏うものに対する理由の説明を補うに過ぎないんだぜオッサン。何か分かるか?」

 

「……。【殺気】、か?」

 

「そうだ。あんたの【殺気】は並みのものじゃねぇ。特に人に向けられる【それ】はな」

「……。今までに気付かれた事はない。貴様が初めてなだけだ」

「……そうか、なら、俺のハンターとしての感覚も……、捨てたもんじゃ……ねぇ、な……!」

 再び苦しみに襲われたアレクトロは、「ぐあぁ!!!」と両腕で我が身を抱いた。

 純粋な【竜人の血】を浴びたせいなのか、ベナトールより体の変化が早く、その両腕には鱗が生え始め、爪が鋭い鉤爪になってしまっている。

「オッサ……! は、早く止めを……! 俺が、俺が【人】である内に……っ!」

「……。アレク、貴様の罪は重い。そのままにして、死ぬまで苦しませるという手もあるのだがな?」

「……頼むよオッサン、俺は……っ! オッサンを襲いたく、ねんだ……!」

「この期に及んでまだ人の心配をする気か? お前はどこまで自分を犠牲にすれば気が済むのだ?」

「――うるせぇ……! さっさと止め刺せっつってんだろうが!!」

 アレクトロは、爪で引き裂こうとするかのようにベナトールに向かって行った。

 

 ズドッ!

 

 体を貫く音が聞こえ、彼の動きが止まる。

「……感謝、するぜ……」

 アレクトロは自ら【サーベル】の刃を掴み、更に深く、自分の体内に押し込んだ。

「……ハナに、よろしくな。……それからカイに、『すまない』と……」

「分かった。伝えよう」

「……今まで、楽しかったぜオッサン。……あばよ!」

 言うや否や、アレクトロは自ら【サーベル】を引き抜き、崩れ落ちた。

 

「俺も、楽しかったぜ……」

 

 ベナトールは、もう動かなくなったアレクトロに、そう声をかけた。

 

 

 

 

「――おい起きろアレク! チビ助!!」

 そう呼びかけられたアレクトロは、薄らと目を開けた。

「――。オッサン……?」

「そうだ。分かるか?」

 頷いた彼は、「なんで、俺生きてんだ……?」と言った。

 

「ほぉ、成功したようじゃの」

 

 嬉しそうな皺枯れ声が聞こえ、そちらに顔を向けたアレクトロは、そこに【ギルドマスター】がいるのを見付けた。

「【マスター】、なぜここに? ていうか、そもそもここは……?」

 まだ現実を掴み兼ねている彼が見回していると、「ここは【ギルドナイト】専用の医務室じゃよ」と言われた。

「大変じゃったのじゃぞ? お主を生かすために、どれだけの血がいったか……!」

「大袈裟ですぜ【マスター】、主に俺の血だったじゃないですか」

「たわけ、お主だけの血を全部使っておったら、今度はお主が死んでしまうわいっ!」

「ちょ、ちょっと待って下さい、いったいどういう……?」

 混乱するアレクトロに、【ギルドマスター】はこう言った。

「お主を救うためにの、お主の血を全て入れ替えたのじゃよ」

「そのためにな、一度『処刑』する必要があったのだよ」

 

 二人の説明によると、【竜人の血】を抜くためには、一旦心臓を止める必要があったらしい。

 

 【人間族】に【竜人の血】が入った場合、その変化に体が耐えきれずに細胞が破壊されてしまうため、一旦『死ぬ』必要があるのだとの事。

 完全に死んだ状態に一度しておいて、細胞の活動が停止してから【人間族】の他の血を入れつつ、途中で心臓を蘇らせながら徐々に入れ替えていく必要があるのだそうだ。

「『死なせる』のは簡単なんだが、『生き返らせる』のがなぁ。大体俺の専門は『殺す』事だしなぁ」

「それを抑えてわざと急所を外してくれて、感謝しておるよ」

「それでもギリギリでしたがね。だからお前が【サーベル】の刃を掴んで自分で押し込んだ時、抉らなくて良かったと思ってたんだぜ」

「あまり心臓を傷付け過ぎたら、二度と動かなくなってしまうからのぉ」

「本当は前みたいに、俺の血管を繋いで直接血液を送り込みたかったんだが、それだと混ざった【竜人の血】が俺に入って、消えないままお前に戻る可能性があったからな。やめたんだよな」

「それもあるが、完全に入れ替えるまでにはお主の負担が大き過ぎたからの」

「いくら負担が大きいからといって、俺が死ぬ事はなかったでしょうに」

「万が一という事があるじゃろが。『くれぐれもどちらも失わせぬように』との【大長老】様直々の御達しじゃったからの。お主も死なせるわけにはいかんかったのじゃよ」

 

「――そうだ! なぜ俺は『処刑』される身なのに、生かされてるんですか?」

 アレクトロは、今更のようにハッとなって言った。

 

「お主は罪を犯していないからじゃよ」

「しかし俺は【大長老】様をこの手で――」

「何の話じゃ? ――あれは【賊】の仕業じゃろうが? そして、お主は身を挺して御護りし、惜しくも逃がしたのじゃろう? その際に【大長老】様の【血】を浴びたと聞いておるぞ」

「話し合いの末にな、そういう事になったのだ。感謝するんだな」

「【大長老】様からの伝言じゃ。『大儀であった。これからもハナをよろしく頼むぞ』だそうじゃ」

 

 

 その時、勢いよくドアが開いた。

 

「アレクうぅ~~~!!!」

 入って来たハナは、アレクトロの目が覚めたのを見止めるや否や、泣きながら抱き付いて来た。

「ちょ、ハナ!? 何やって――」

 引き剥がそうともがいたが、ますますくっ付いて来る。

「心配したんだからねっ!? 『命と引き換えに』とかカッコいい事言っちゃって、ホントに死んだらあたしが生き残った意味がないじゃないのよっ! バカぁっ!!」

「わわ、分かったっ! 分かったから離れろ! お前【ギルドマスター】の前だって分かってんのか!?」

 アレクトロは慌てている。

「ほっほっほっ、若いのぉ……」

 【ギルドマスター】はニコニコ笑っている。

 

 そう言われて、なぜか真っ赤になるアレクトロ。

 

 ようやく離れてくれたハナに、「ご、ゴホン! もう【血】は消えたんだよな? ハナ?」と誤魔化そうとしたが、「当たり前でしょ!? 消えなきゃなんのためにあんたは命を懸けたのよ!?」と突っ込まれた。

「あたしが『生きて』ここにいるのが、何よりの証拠でしょ!? それに言っときますけどねアレク、あたしもあんたの血を入れ替えるために協力したんですからね!?」

「んじゃ、おめぇの血も入れたのか!?」

「そうよ? 感謝しなさいよねっ」

「……。どうしてもと聞かなくてな。まあ大した量ではなかったがな」

 

「一応、おいらも入れたんだけど……」

 

 所在なさげに、カイが言った。

「おめぇ、いたのかよ?」

「『いたのかよ』じゃないよぉ、おいらだって随分心配したんだぞ! 酷くないか!?」

「まあ最近、影薄いもんねぇ、カイ」

「ハナまで言うなよぉ!」

「大丈夫だカイ。影が薄くても、お前の事は忘れてねぇぞ?」

「あ、あんたにポンポンされても嬉しくないっ!」

「そうか、なら抱いてやろうか? ん?」

「余計にいやだ!!!」

「おいオッサンよ。カイが嫌がってるんだが?」

「あらヤダ。もしかして三角関係!?」

「んな訳ねぇだろっ!!!」

 

「元気じゃのぉ、若いもんは……」

 

 【ギルドマスター】は四人の言い合いにも似たやり取りを、いつまでも飽きずに眺めていた。

  

 

 

 

 




ベナトールの正体が、とうとうバレてしまいました。

ベナトールが「ギルドナイト」だというのは始めから決まっていなく、言わば後付けのようなものなのですが、友人と会話している時に「どうもギルドナイトなのではないか?」となりまして、それを採用いたしました。

今思えば、以前ハナに「どうしても連れて行けない仕事がある」と言っていたのは「ギルドナイト」としての仕事(恐らくは暗殺)だったのでしょうね。
その頃はハッキリと「ギルドナイト」としての設定はしていなかったんですが……。

この話で「ギルドナイト」だという事がハッキリしましたので、これ以降ベナトールの「仕事」についての話がたまに出て来るようになります。
そしてベナトール、もしくは彼についての会話の中で「仕事」という話が出て来たら、それは暗殺任務の事だという事になります。

「ギルドナイト」の仕事は何も暗殺だけに限った事ではないのですが、「黒のギルドナイト」という事なので、どうも彼は暗殺専門の任務を受け持っているようです。

 

ハナが竜人族の血を引いているという話は友人から聞いていたんですが、その設定を今までに出す機会がありませんでした。
ですが、「竜人族の血」が「人間族」に害を及ぼすという設定は、私の勝手な独自設定です。

彼らが「人間族」より遥かに長生きなのは体内の仕組みが違うのだろうと考えたら、「血」も特別なものなのだろうと独自解釈いたしました。
なので公式にはそんな設定はありません。


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