今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】   作:沙希斗

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これは「ハナ、【ココット村】にて奮闘す」を書いた後で思い付いたものなんですが、前回の「内緒話からの・・・」の要素もほんの少しだけ取り入れてますのでこの配置で投稿する事にしました。

今回は狩りに行っていない上に狩りとはまったく関係の無い話になっております。


疑惑を持つなかれ

   

 

 

 

 最近、ベナトールは【仕事】と称して出掛ける事が多くなった。

 ハナは、そういう時はどんなに我儘を言っても一切連れて行って貰えないのもあって、本当は何をしているのか気になっていた。

 

 【ココット村】の【村長】が『大事な任務を任されている』と言ってたけど、【教官】としてあたしに付く以外に、どんな重要な役割があるんだろう?

 

 気になった事はすぐに知らないと満足しない性格のハナは、だけど本人に聞く事は一切しなかった。

 聞いても教えてくれない雰囲気があったからである。

 カイは、どうやら【古龍種】などの手強い【モンスター】を、【ハンターズギルド】の密命を受けて密かに狩っていると思っているようだ。

 だが、どうもアレクトロはそうは思っていないらしい。

 だけど、彼に聞いても躱すような発言をするばかり。

 

 そうだ、おじいちゃんに聞いてみよう。

 

 そう思って聞いてはみたものの、こちらもアレクトロ同様、何か引っ掛るような誤魔化され方をするだけだった。

 

 なんとかして自分で確かめる方法はないかしら? 

 

 そう考えていたら、ベナトールが一人でどこかに行くのを見掛けた。

 何気なさを装っているが、普段とは違うオーラを纏っているように感じたハナは、声を掛けられる雰囲気ではないなと思って彼の姿が見えるギリギリの距離を保ちながら、こっそり付いて行った。

 

 入った先は【ギルドマスター】の部屋だった。

 近付こうとしたハナを、護衛の者が呼び止める。

 

「どいてよ。こっそり覗くだけなんだから」

「なりません。『話を漏らすな』と言い付けられておりますので」

「何の話をしているの?」

「それを知る権利は我々にはありません。そして、中の二人以外にも」

「お帰り下さいませお嬢様。我々にも立場がありますので」

「――。私を脅す気?」

「……。近付く者は、誰であれ容赦をするなと言われておりますので……」

 

 お互いが身構えたその時、ドアの向こうで大袈裟な溜息が聞こえた。

 続いて、つかつかと歩み寄る音。

 ドアが開けられ、ベナトールの顔が見えたと思ったら、ハナは首を掴んで持ち上げられた。

 

「……。始めから分かってたよハナ。だが、やはりこうするべきだったようだな」

 護衛の者がざわついている。

 

 ベナトールの、いつもの眼差しはそこにない。

 彼がいつも自分に向けてくれる、あの優し気な眼差しは一切消え失せ、あるのは捕食者が獲物を見据えるかのような、鋭く、冷たいもののみ。

 

 狩られる――!

 ハナは本気でそう思った。

 

 ベナトールは、【殺気】をまったく出してはいなかった。

 それを出すと、その時点で周りの者の心臓が止まるのを知っているからである。

 この場にいる【ギルドナイト】は、自分一人のみ。

 だから同僚をも怯えさせる彼の【殺気】に、【ギルドナイト】でない彼らの心臓が耐えられるはずがない事を知っていて、わざわざ抑えているのだ。

 にも関わらず、その目を見たハナのみならず、護衛もガクガクと震え出した。

 

「……。立ち聞きとは、悪いお嬢様だ」

 おどけているつもりなのだろう。

 だが、更に恐怖が深まっただけである。

 

「そんなお嬢様には、罰を与えねぇとなぁ?」

 ベナトールは片手でハナの首を掴んで持ち上げた姿勢のまま、まるで獲物を弄ぶかのような、楽し気な表情を浮かべている。

 

 これが、本当のベナなんだろうか……?

 ハナは恐怖に慄きながら、そう思っていた。

 

「ここまで知ろうとした行動に敬意を評して、このまま一思いに首の骨を折ってやろう」

 

 彼の指先に、僅かに力が入った。

 

 ハナはぶら下げられたまま、ポロポロと涙をこぼしている。

 今まで長い間同行してくれていた優しい彼は、もういない。

 いるのは獲物を嬲り殺すのを楽しむかのような、絶対的な捕食者。

 今の彼はきっと、彼女を殺す事に微塵の躊躇もないのだろう。

 

 

「やめよ」

 その時、部屋の奥から諫めるような声が掛った。

 

「自分が今何をしようとしているのか、分かっておるのだろうな? ベナトールよ」

「分かってますよ【マスター】。そして、殺すつもりはありません」

 ベナトールはそう言ってハナに向き直ると、諭すような厳しい顔をして「二度とこんな真似はするな。本当に折られたくなかったらな」と言った。

 

 ゆっくりハナが頷くと、ベナトールはようやく彼女を開放した。

 護衛がほ~~~っと長い溜息を付いてへたり込む。

 

「ハナよ。ちと刺激が強過ぎただろうが、知る権利の無い者が知ろうとするという事が、どういう事か分かっただろう? 俺とてお前を殺したくはない。だからわざと脅して見せたのだ。分かってくれ」

 

 ハナはすすり泣きながら、もう一度頷いた。

 

 いつもの表情に戻ったベナトールはしゃがみ込み、穏やかにハナを見詰めながら、「怖い思いをさせて、すまんかったな」と言った。

 

 ハナは首を横に振った。

 

「帰るが良いハナ。お主にいつまでも付き合ってはやれんのじゃ」

「悪いが付き添ってはやれん。一人で帰れるな?」

 

 ハナは黙ったままこくんと頷いた。

 

 ベナトールはいつものように、優しく笑いながら彼女の頭をポンポンすると、立ち上がって踵を返し、部屋の中に入って行った。

 

 ドアが閉められる音がした途端、ハナは無性に悲しくなって、大声で泣きながら自分の部屋まで帰って行った。

 頭ではそうではないと分かっているのだが、もう今までのベナトールではないと拒絶されたような気がしたからだ。

 

 ベナトールも、遠ざかって行く泣き声を聞きながら、もう今までのようにただ無邪気に接してくれる事はあるまいな、と悲しい気持ちになっていた。

 

「……。いっその事、打ち明けてみてはどうじゃろう?」

 そんな彼の表情を汲み取って、【ギルドマスター】が言った。

 

「俺が【ギルドナイト】で、しかも殺人専門だと?」

「んむ……」

「それで、あいつが怯えないとでも? そして今までのように変わらず、【クエスト】に同行出来るとでも?」

「ああ見えて【大長老】様の孫娘じゃ。肝が据わっておるのはお主も認めておろう。じゃから案外納得するかもしれんぞ」

「……。いくら肝が据わろうが、【殺人者】が常に隣にいるという事実を受け入れてまで同行出来る心境になるとは、とても思えません。そして、俺自身がそういう思いをハナにして欲しくないと思っております」

 

「……。いつまで、隠せるじゃろうの?」

「……。いずれは話す事になりましょうが、今は、その時期ではないと考えております」

「左様か……」

「……はい……」

「ならば、こちらも黙って置くとしよう」

「感謝致します」

 ベナトールは、深々と頭を下げた。

「さて、先程の件じゃが――」

 

 

 

 話を終えて帰って来たベナトールがハナの部屋を覗くと、ハナは泣き疲れて眠っていた。

「……。すまん、かったな」

 ベナトールは呟いてベッドの傍らにしゃがみ込み、優しくハナの頭を撫でた。

 そうしながら、出来れば二度と、悲しい思いをさせたくないと思った。

 

 最期の一瞬まで、護ってやりたい。

 その想いは今も変わっていない。

 

 ならば、その身を自分に預ける彼女には、一欠けらの怯えもあってはならないと思った。

 

 護る上は、全てを委ねて欲しい。

 疑惑を抱いた以上疑うなと言うのは無理かもしれんが、俺を信用して欲しい。

 

 ゆっくりと頭を撫でながらそう心で呼び掛けていると、ふとハナが目を覚ました。

 ベナトールを見止めると、一瞬怯えたような表情になった。

 

 ……。やはり、無理か……。

 

 彼が撫でている手を止めると、表情を読み取ったのか「……ごめんなさい……」と再び泣き始めた。

 

 が、離れようとした彼に、ハナは両腕を差し上げた。

 

 いつもの自然な流れで無意識に体を寄せてしまったベナトールに、ハナはぎゅっと抱き付いた。

 (といってもベナトールは大きいので背中まで手が回らず、いつも大木を抱くような格好になるのだが)

 そして、「ごめんなさい……。【仕事】に疑いを持ってごめんなさい……。こっそり付いて行ってごめんなさい……。立ち聞きしてごめんなさい……。あたしのせいで、辛い思いさせてごめんなさい……。もうしない、もうしないから、あたしを嫌いにならないでぇ……っ」と泣きじゃくった。

 

 ハナは、彼に感じた恐怖よりも、彼に嫌われる事の方が怖かったのだ。

 

「……。俺が、怖くはないのか?」

「怖いぃ。怖いけどぉ……。嫌われるのはもっとヤダぁ……」

 

 ハナはますますくっ付いた。

 

「お願いぃ……。もうしないからぁ、もうしないから離れないでぇ……」

 

 まるで幼子のようにわんわんと泣く彼女に戸惑いすら覚えつつも、やはり言うべきではないという思いを固くした。

 恐怖を植え付けて二度と疑念を抱かせないようにしようとしたのは事実だが、あの程度ですら怖がるのなら、とても真実を告げる事には耐えられないだろう。

 そうなれば、とてもじゃないが身を預けるような事はしてくれまい。

 拒絶されたせいで死なせるような事は一切あってはならないし、俺もそうされてまで護りたくない。

 

「……。本当に、もう二度と俺の【仕事】に疑惑を持たんと誓うか?」

「……誓うぅ……」

「ならば、俺を信用してくれるな?」

「信用するぅ……」

「今までのように、護る際に身を委ねて、俺に預けてくれるのだな?」

 

 ハナはしゃくり上げながら、答えの代わりに抱く力を強くした。

 そっと抱き返してみたベナトールは、それに対する怯えや身を固くするというような行為が一切無いのを確認し、内心ホッとしながらそのままにしてやった。

 

「……。嫌ったり、しない?」

「……。俺は最初から、そう思うとりゃせんよ」

「離れたり、しない?」

「お前が、離れない限りはな」

「良かった……」

 

 ハナはようやくベナトールを開放すると、涙でぐしゃぐしゃになった顔でにっこり笑った。

 




これを読んだ友人には「ハナが幼過ぎる」と言われました。
ハナの推定年齢(十代後半もしくは成人前)と比べると、確かに幼くはあるんですよ。
でも私のハナのイメージってこんな感じなんですよね。特にベナトールの前では。

捨て子もしくは被災児として赤子の時に「大長老」に拾われて育てられた彼女の生い立ち(友人曰く『赤ちゃんの時に大老殿の前で泣いていたのを大長老が拾って育てたという設定』らしい)からして、「両親に愛情をたっぷりと注がれて育った」という経験が一切無いがために「心行くまで甘えられた」という事が無いままに育ったんだと思うんですよ。
一応「大長老」には目に入れても痛くない程に愛情を注がれましたが、彼は「ドンドルマの顔」として常に「大老殿」から動けない立場ですし、その代わりとして沢山のメイドには囲まれてましたが同い年の子供と遊んだ経験がカイぐらいしか無いんです。

だからもし友人にそういうイメージが無かったとしても、どこかで「愛情に飢えている」事を出してしまうんだと思います。
例え無意識にそれを彼女が抑え込んでいたとしても。
そして今の所、彼女的に唯一それが出来るのがどうもベナトールのようなのです。
なので本当に「父親」であるかのように、彼女は彼にだけは幼子のように甘えた面を出してしまうのだと私は思っています。

ちなみに友人の頭の中のハナのイメージは、始めはかなり頼りなくてもすぐに頭角を現し、自立してバリバリ狩猟をこなすような立派なハンターになれる予定だったらしいんですがね(笑)


あ、それから「ハナに正体をバラしても良いんじゃないか」とも言われましたが、これもベナトールの性格的に当分話さないのではないかと思っています。

まぁハナは薄々勘付いているとは思うんですがねぇ……。

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