今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】   作:沙希斗

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これは前回の「疑惑を持つなかれ」の続きとして書いたものです。
本文が長いので分けたため、今回はハナ視点だった「疑惑を持つなかれ」をベナトール視点として書いたものになり、まったく内容が同じになってます。


密猟団を駆逐せよ!(1)

   

 

 

 

 ある日伝令を受けたベナトールは、【ギルドマスター】の部屋へと赴いた。

 途中でハナがこっそり付いて来ているのを知っていたが、良い機会だから少し懲らしめてやろうと、わざと気付かないふりをして部屋に入る。

 

「お呼びでしょうか【マスター】」

「んむ。今回の件じゃが――」

 話し始めた【ギルドマスター】だったが、外の気配を察したのか、口を噤んだ。

「気が付かれましたか?」

「……。わざと、付けさせたのか?」

「御心配には及びません、あいつは――」

 

 説明しようとしたが、一触即発の雰囲気になっているのを感じて、大袈裟に溜息を付く。

 部屋の外を護る護衛には「近付く者は誰であれ容赦はするな」と命じているので、ハナに万が一の事があっては困るからである。

 

 つかつかとドアに近付き、開けると同時に片手でハナの首を掴んで持ち上げる。

「……。始めから分かってたよハナ。だが、やはりこうするべきだったようだな」

 護衛の者がざわついているが、構わずに続ける。

 【殺気】は一切出していないはずなのだが、ハナだけでなくて護衛の者もガクガクと震えている。

 

 腰抜けめらが。

 

 目の端でそれを捉え、心の中で呟きながら、彼らを無視してこう言った。

「……。立ち聞きとは、悪いお嬢様だ」

 おどけたつもりだったが、更に恐怖を深めたようだ。

「そんなお嬢様には、罰を与えねぇとなぁ?」

 恐怖が深まったついでに獲物を弄ぶかのような表情をしてみせる。

 

 ハナが恐れ慄いているのを見て心が痛んだが、この機会に恐怖を植え付けて二度と疑念を抱かせないようにしようと、更に言葉を繋ぐ。

「ここまで知ろうとした行動に敬意を評して、このまま一思いに首の骨を折ってやろう」

 そして、僅かではあるが指に力を入れさえしてみせる。

 

 ハナは、ポロポロと涙をこぼしていた。

 

 ちとやり過ぎたなと思っていると、部屋の奥から「やめよ」という声が掛った。

「自分が今何をしようとしているのか、分かっておるのだろうな? ベナトールよ」

「分かってますよ【マスター】。そして、殺すつもりはありません」

 ベナトールはそう言ってハナに向き直ると、諭すような厳しい顔をして、「二度とこんな真似はするな。本当に折られたくなかったらな」と言った。

 

 ハナがゆっくり頷いたので、彼女を開放してやる。

 それと同時に護衛がほ~~~っと長い溜息を付いてへたり込むのが見えた。

 そこで護衛にも言い聞かせるつもりで、言葉を紡ぐ。

 

「ハナよ。ちと刺激が強過ぎただろうが、知る権利の無い者が知ろうとするという事が、どういう事か分かっただろう? 俺とてお前を殺したくはない。だからわざと脅して見せたのだ。分かってくれ」

 

 ハナはすすり泣きながら、もう一度頷いた。

 護衛はと見ると、腰を抜かしたまま無言で何度も頷いている。

 

 ベナトールはいつもの表情に戻ってしゃがみ込み、穏やかにハナを見詰めながら、「怖い思いをさせて、すまんかったな」と言った。

 ハナは首を横に振った。

 

 頃合だというように、【ギルドマスター】が口を開く。

 

「帰るが良いハナ。お主にいつまでも付き合ってはやれんのじゃ」

「悪いが付き添ってはやれん。一人で帰れるな?」

 そう言うと、ハナは黙ったままこくんと頷いた。

 ベナトールはいつものように、優しく笑いながら彼女の頭をポンポンし、立ち上がって踵を返すと、部屋の中に入って行った。

 

 ドアを閉めた途端、外でハナの泣き声が響いた。

 そのまま遠ざかって行くのを聞きながら、もう今までのように、ただ無邪気に接してくれる事はあるまいなと悲しくなった。

 

「……。いっその事、打ち明けてみてはどうじゃろう?」

 彼の表情を汲み取ったのか、【ギルドマスター】が言った。

「俺が【ギルドナイト】で、しかも殺人専門だと?」

「んむ……」

「それで、あいつが怯えないとでも? そして今までのように変わらず、【クエスト】に同行出来るとでも?」

「ああ見えて【大長老】様の孫娘じゃ。肝が据わっておるのはお主も認めておろう。じゃから案外納得するかもしれんぞ」

「……。いくら肝が据わろうが、【殺人者】が常に隣にいるという事実を受け入れてまで同行出来る心境になるとは、とても思えません。そして、俺自身がそういう思いをハナにして欲しくないと思っております」

「……。いつまで、隠せるじゃろうの?」

「……。いずれは話す事になりましょうが、今は、その時期ではないと考えております」

「左様か……」

「……はい……」

「ならば、こちらも黙って置くとしよう」

「感謝致します」

 ベナトールは、深々と頭を下げた。

 

 

「さて、先程の件じゃが――」

 【ギルドマスター】は、気を取り直したように話し始めた。

 

「【街】の外れでの、密猟団が見付かったのじゃよ」

「密猟団、ですかい?」

「んむ。表向きは行商団のように装っておったので、ちと報告が上がるのが遅れたようなのじゃがの。それを利用して、各地で密猟を働いているらしい」

「行商団を装うというのは、密猟した貴重な素材を売り捌きやすいからでは?」

「そうじゃろうの。移動しても怪しまれないじゃろうしの」

「なぜ行商団と違うと分かったんですかい?」

「扱う品がの、とても一般的な物とは思えん物じゃったそうじゃ。報告によると、【麒麟の蒼角】【古龍の血】【神龍苔】【老山龍の紅玉】【炎龍の塵粉】――」

 

 ベナトールは思わず「うげぇ!」と変な声を出した。

 

「【古龍種】のレア素材ばかりではないですか!」

「左様。……最も、そういう素材を売り付けるのは、相手がハンターの時のみらしいんじゃがの。それでも【下位】の者でも金さえ積めば【上位】素材を売るそうじゃから、タチが悪いわな」

 

 ベナトールは唸った。

 

「……。アジトは?」

「なんじゃと?」

「アジトは判明してますか?」

「お主、まさか直接本部を襲撃するつもりではあるまいな?」

「……。各地に散らばっているであろう団員を潰して行ったとしても、飛竜の尻尾と同じですぐに再生してしまうでしょう。ならば、直接頭を潰した方が、一番手っ取り早い」

 

 【ギルドマスター】は呆れた。

 

「ベナトールよ、いかにも【ハンマー】使いらしい発言じゃがの、【モンスター】とは違うのじゃぞ? しかも相手は【人間】とはいえ集団じゃ。団員を潰すならば少人数で済むじゃろうが、本部を直接叩くとなると、どれ程の人数がおるかも分からん」

 

「……。【ギルドナイト】数名でやれば、あるいは……」

 

「待て待て、お主同僚を何じゃと思うておる。いかに精鋭部隊に匹敵する腕の持ち主でも、いやじゃからこそ、捨て駒扱いして失うような事になったら大損失になるのじゃぞ?」

「その精鋭部隊が捨て駒のように簡単に死ぬとでも?」

「そうは言うとらんが……。とにかくそうならそうで詳しい人数とか、アジトの縮図が手に入るとか、全体的な事が分かって対策が練られてから声を掛ける。それまで待機しておくように」

「了解致しました」

 

 

 話を終えて帰って来たベナトールがハナの部屋を覗くと、ハナは泣き疲れて眠っていた。

 自分でわざとそうしたにも関わらず、ここまで悲しませてしまった事を彼は後悔した。

「……。すまん、かったな」

 ベナトールは呟いてベッドの傍らにしゃがみ込み、優しくハナの頭を撫でた。

 そうしながら、出来れば二度と、悲しい思いをさせたくないと思った。

 

 最期の一瞬まで、護ってやりたい。

 その想いは今も変わっていない。

 

 ならば、その身を自分に預ける彼女には、一欠けらの怯えもあってはならないと思った。

 

 護る上は、全てを委ねて欲しい。

 疑惑を抱いた以上疑うなと言うのは無理かもしれんが、俺を信用して欲しい。

 

 ゆっくりと頭を撫でながらそう心で呼び掛けていると、ふとハナが目を覚ました。

 ベナトールを見止めると、一瞬怯えたような表情になった。

 

 ……。やはり、無理か……。

 

 彼が撫でている手を止めると、表情を読み取ったのか、「……ごめんなさい……」と再び泣き始めた。

 が、離れようとした彼に、ハナは両腕を差し上げた。

 

 いつもの自然な流れで無意識に体を寄せてしまったベナトールに、ハナはぎゅっと抱き付いた。

 (といってもベナトールは大きいので背中まで手が回らず、いつも大木を抱くような格好になるのだが)

 そして、「ごめんなさい……。【仕事】に疑いを持ってごめんなさい……。こっそり付いて行ってごめんなさい……。立ち聞きしてごめんなさい……。あたしのせいで、辛い思いさせてごめんなさい……。もうしない、もうしないから、あたしを嫌いにならないでぇ……っ」と泣きじゃくった。

 

 今まで怖くて、怯えで泣いていたのではないのか?

 

「……。俺が、怖くはないのか?」

「怖いぃ。怖いけどぉ……。嫌われるのはもっとヤダぁ……」

 ハナはますますくっ付いた。

「お願いぃ……。もうしないからぁ、もうしないから離れないでぇ……」

 

 まるで幼子のようにわんわんと泣く彼女に戸惑う。

 ここまで慕ってくれるのは嬉しいのだが、ちと依存し過ぎな気もするな。

 

 俺が今まで【モンスター】ではなく、幾人もの【人間】を屠った【殺人者】だと知った時、こいつはどんな反応をするのだろうか。

 【ギルドナイト】としての任務であると、割り切ってくれるのだろうか?

 

 いや、やはり言うべきではないと思いを固くする。

 

 恐怖を植え付けて二度と疑念を抱かせないようにしようとしたのは事実だが、あの程度ですら怖がるのなら、とても真実を告げる事には耐えられないだろう。

 そうなれば、とてもじゃないが身を預けるような事はしてくれまい。

 拒絶されたせいで死なせるような事は一切あってはならないし、俺もそうされてまで護りたくない。

 

「……。本当に、もう二度と俺の【仕事】に疑惑を持たんと誓うか?」

「……誓うぅ……」

「ならば、俺を信用してくれるな?」

「信用するぅ……」

「今までのように、護る際に身を委ねて、俺に預けてくれるのだな?」

 

 ハナはしゃくり上げながら、答えの代わりに抱く力を強くした。

 そっと抱き返してみたベナトールは、それに対する怯えや身を固くするというような行為が一切無いのを確認し、内心ホッとしながらそのままにしてやった。

 

「……。嫌ったり、しない?」

「……。俺は最初から、そう思うとりゃせんよ」

「離れたり、しない?」

「お前が、離れない限りはな」

「良かった……」

 ようやくベナトールを開放してくれたハナは、涙でぐしゃぐしゃになった顔でにっこり笑った。

 

 ……。依存してるのは、俺の方かもしれんな。

 

 そんなハナを見詰めながら、心の中だけで呟く。

 穏やかに笑い返してみせたが、内心は複雑だった。




この話で初めてベナトールの「仕事」を書いた事になります。
今まで書かなかったのは友人がグロ系ホラー系を極端に嫌うせいで、極力血生臭い話を避けて書くようにしていたからです。
私自身はそういうものが好きで、戦闘描写も大好きなのですが。

なので徐々に「慣れさせて」から書きました(笑)

ていうか、私自身が一から考えて書くと血生臭い方向に持って行きがちなんですが、友人からお題を貰うと(私が考えない話になるためか)ほのぼの系になったりするようなんですよ。
なので友人としても血生臭いものがずっと続かなくて助かっているようですし、私自身も考えも付かないような話が書けて勉強になったり気休めになったりして楽しんでます。

実は今までの話でも、友人に読ませる前には「今回のは血生臭いから覚悟して読んでね」と必ず前置きしてから渡していたんですよ。
戦闘シーンというか、とにかく血や内臓などの表現が出るような話は極力避けるようにしてきたんです。

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