今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】 作:沙希斗
はぁ、鎧脱ぎてぇ……。
溶岩が固まって出来たエリアの真ん中で、膝に手をついて汗を滴らせながら、アレクトロは思った。
いくら【クーラードリンク】を飲んでいても、この暑さには参ってしまう。
それに、先程から汗が鎧の中を際限もなく流れていくのが気持ち悪い。
もういっその事鎧を抜いじまった方が気持ち良いんじゃねぇかと思った彼だが、流石にそれは思い留まった。
周りは固まった溶岩と固まり切らずに流れている溶岩という、二つの風景しかなかった。
夜にも関わらず、流れている溶岩の光で周りの風景がうっすら見える程明るい。
闇の中で紅く光る溶岩や、紅い薄暗闇で彩られた景色は綺麗だとさえ思うのだが、今はその風景をのんびり眺めている時間は無かった。
「ねぇ、まだ来ないの?」
同じく汗をだらだら流しながら、隣でカイが聞いた。
「さっき《7》を横切ってたのを見掛けたから、たぶんもうちっと待てば来るはずなんだがなぁ……」
と、その声が終るか終わらぬ内に、重々しい足音がゆっくりこちらに向かって来るのが聞こえた。
「ほら、おいでなすったぜ」
アレクトロが促すと、やや離れた溶岩の中から、ゆっくりゆっくり【そいつ】は現れた。
棘だらけの白っぽい花崗岩の塊を、乱雑にただ繋ぎ合わせただけのような外殻。
まさに動く岩山といった風情の、重厚な姿。
その見た目通りの分厚く、硬い外殻は、千度を超える程の温度がある文字通り溶けた岩である【溶岩】の中でも、ある程度生きられるように出来ているのだとか。
【そいつ】の名は【グラビモス】。
【飛竜種】一の体躯を誇る、硬くて手強い相手である。
「よぉ、デカブツ」
こちらに気付いて咆哮した相手に、アレクトロは言った。
突進で構えた時を見計らって、翼を狙う。
〈切れ味+1〉のスキルを付けているので弾かれずに切り抜く事が出来るが、無ければ弾かれて、大きな隙を作ってしまう。
だが腹部を壊した方がダメージが通るため、翼ばかりを狙ってはいられない。
罠が得意だと豪語するカイが、早速【落とし穴】を仕掛ける。
落ちたところに【大樽爆弾】を置き、起爆させるために離れようとすると、直後にカイが切り掛かって来た。
当然のようにドカンという爆発音とともに浮っ飛ばされた二人。
「おっめぇは! ちゃんと見てろよ!!」
「アレクこそ置くなら置くでちゃんと言えよ!!」
鎧を焦がしながら言い合っている間に抜け出した【グラビモス】は、特大に吠えた。
怒らせてしまったが、どうやら第一段階の破壊は出来たようだ。
怒り状態の【グラビモス】は、ブレスを多発する。
それは体の中に溜まった熱を出すためと言われているが、直線に長く伸びる熱線で、まるでビームのようなので通称【グラビーム】などと言われている。
見てる分には派手でカッコいいのだが、当たれば大火傷は免れない。
ましてや怒り状態ならば、防御が薄い者は骨も残さずに焼き尽くされるかもしれない。
いつもならば前にだけしか吐かないはずのグラビーム。
だがこいつは顔を横に向け、薙ぎ払った。
「うわちゃちゃちゃ!!!」
〈ガード性能〉のスキルも無いのに思わずガードしてしまったアレクトロは、吹っ飛んだ後、火達磨になりながら転げ回った。
幸い彼の鎧の防御率は高いため、怒り時のブレスを受けても消し炭にされずに済んでいる。
〈ガード性能+2〉ならばダメージを受けつつも踏ん張る事が出来るのだが、受け切れずに吹っ飛ばされてしまったのだ。
「大丈夫!?」
上手く【緊急回避(スライディングジャンプ)】で避けたカイは、駆け寄って【生命の粉塵】をポーチから出してかけた。
「すまんサンキュー」
ソロでも上位【グラビモス】の狩猟に出かける事があるアレクトロにとっては、火傷など慣れっこにすらなっている。
だがブレスばかりを吐いている相手を見て、「……俺、【剣士】辞めていい?」と苦笑いして言った。
ブレス中の【グラビモス】ほど【ガンナー】の的になる奴はいないからである。
まあとにかくも、直線ブレスの時を見計らって、足元に【落とし穴】を仕掛ける。
爆弾を置くとまたカイに起爆されかねないので、今度は溜め切りをお見舞いした。
部位破壊を狙いやすいと踏んだのか、【双剣】を持って来ているカイが腹部に陣取り、赤い闘気を足元から立ち上がらせながら目にも止まらぬ速さで切り刻んでいる。
それは俗に【鬼人化乱舞】と言われている、【双剣】特有の攻撃である。
ちゃっかり調合分の罠を持って来ていた様子のカイが、罠を掛けては何度か乱舞攻撃を繰り返すうち、第二段階の破壊が終了した。
これで腹部の完全部位破壊が成功した事になる。
相手は硬い外殻が腹部だけ完全に無くなり、そこの皮膚が赤剥けになった、なんとも痛々しい姿になった。
【シビレ罠】で痺れて尻尾が下がっている時や、突進の構えを自分にではなくカイに向けている時などを狙って尻尾を縦切りしていると、こちらの切断にも成功した。
が、切れた尻尾が飛んだ先を見て、アレクトロは絶望した。
溶岩に半分浸かっていて、剥ぎ取れなくなっていたからである。
夜の【火山】は昼よりマグマの活動が活発になっており、冷えた溶岩のエリアが少ないがためにこういう事故が多いのだ。
カイは夜の火山【クエスト】に付いて来た事を、少し後悔した。
なぜなら【グラビモス】の尻尾にしか無い、貴重な素材が剝げなくなってしまったからである。
冷えた溶岩エリアが少ないというのはつまり、【ハンター】が闘える場所も昼より限られている事を意味し、溶けた溶岩の中ですら自由自在に走り回る【グラビモス】と闘うには難易度が高いといえる。
加えて溶岩に浸かった状態ですらグラビームを多発するので、【剣士】は手出しが出来ずにイライラしながら溶岩から出てくれるのを待つしかなかった。
「……【剣士】、辞めていい?」
今度はカイが言った。
そんな事で時間を食われている内に、狩猟時間が残り少なくなっていく。
ダメ元で足元を切ると、アオッと情けない声を出して、【グラビモス】が無様に横転びした。
「お、グラころだ♪」
これを「グラころ」と呼んで気に入っているアレクトロが、「♪グラころグラころグラころ~~♪」と妙な節を付けて歌いだす。
どうやら岩山程もある巨体がころころ転がるのが可笑しくて仕方ないらしく、転がるたびに歌っている。
「そんな事やってる場合じゃないだろっ!」
狩猟時間を気にしてカイが怒った。
だがアレクトロは、よく転ぶという事は弱っている証拠だというのを知っているため、気にするふうもなく攻撃を叩きこんだ。
もうすぐ討伐成功する! という頃になって、その攻撃は来た。
【グラビモス】が少し溜めたような仕草をし、白いガスのようなものを体内から噴出させた後、ブルブルと体全体を揺すったのだ。
丁度腹下付近にいたアレクトロは、もろにそのガスを吸ってしまう。
……まずい……。
結果が分かっている彼はそう思ったが、逃れる術もなく昏倒した。
その直後、物凄い衝撃を背中に感じて激痛とともに無理やり覚醒させられた。
「ぐわあぁ~~!!」
訳も分からず背骨が折れたかと思う程の痛みにもがいていると、【グラビモス】の足先が沈み込むのが見えたため、そのまま転がって逃れる。
案の定真上にジャンプした相手が、下にいるものを潰すように、腹から落ちた。
どうも先程の衝撃は、これを食らったらしい。
転がったままポーチを弄って【回復薬グレート】を取り出し、一気にあおってから立ち上がる。
カイはと見ると、なんと腹下にいる。
どうやら彼も睡眠ガスを吸って昏倒したようなのだが、二度も圧し潰しを食らって転がって避ける力も無い様子。
そこで隙を見て引きずり出し、少し離してから自分の分の【回復薬グレート】を押し付けて、彼の状態も見ずに【グラビモス】に切り掛かって行った。
カイに向けてブレスを放とうと、深く息を吸い込んだ【グラビモス】の剝き出しの皮膚に、アレクトロの上段切りが炸裂する。
体重を掛けて斜め下まで完全に切り抜いてから、血飛沫を浴びながら離れる。
動きを止めた【グラビモス】は、ブレスの代わりに血を吐きながら崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
ブレスの仕草をするのとアレクトロが切り込むのがほぼ同時だったから、もし一瞬でも遅れていたらカイはブレスの餌食になっていただろう。
いくら【剣士】の防具(【ガンナー】より頑丈)を身に着けている彼だとしても、至近距離でグラビームを受ければ命に係わるはず。
だからいつもは状態を見るアレクトロであったが、それよりも攻撃を優先したのだった。
改めてカイに駆け寄ると、彼は呻きつつも自分の分の【回復薬グレート】を飲んでおり、アレクトロが渡した物と一緒に空瓶が何本か転がっていた。
内心ホッとしていると、「アレク、その血――」と言いかけたので、「あぁ、こりゃ奴のだよ」と顎でしゃくって見せた。
「良かったぁ……」
動かなくなった【グラビモス】を見ながら安心したのを見届けて、「ほら、さっさと剥ぎ取りして帰るぞ」と促す。
「そだね……」
「あ。尻尾、すまんかったな」
「ううん、良いんだ。また二人で行けば済む事なんだし」
「今度はヘマすんなよ?」
「アレクだって、睡眠ガス思いっきり吸ってたじゃんか~~」
「ばれたか……」
苦笑いして頭を搔くと、兜で見えないのに表情を読み取ったカイが、クスクス笑った。
うちのキャラはゲーム並みのタフさがあるので、爆弾喰らおうがブレス喰らおうがへっちゃらです。
ですがまぁ、怪我する時はします。
ご都合主義と言われればそれまでなんですが……。