今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】 作:沙希斗
僕は忘れない。
あの時、僕を救ってくれたハンターを。
それがどんな状況だったのかはよく覚えていない。
ただ怖くて、泣き叫んでいたのだけは覚えている。
そして、そんな僕をしっかり抱き締めて、離さなかった大きな腕を。
【街】で育った僕は、【メゼポルタ広場】を行き交うハンター達を見る事は日常的だった。
そして、他の子供達と同様、時々遊んでもらっていたりした。
その職業を表すような、荒くれ者の多い事で有名なハンター達だったが、見掛けは怖い人でも子供には優しい者が多かった。
自分の背丈と同等、もしくはそれ以上の巨大な武器を扱う人もいて、特に男の子の目にはカッコ良く映ったものだ。
だから、そんなハンターに憧れる事は、【街】の子供ならば珍しい事ではなかった。
あの時泣き叫びながらも、僕を抱き締めてくれていた大きな腕の持ち主がハンターだと分かっていたのは、僕もハンターに憧れて、ハンターに付き纏っていた一人だったからだ。
「僕もハンターになるよ!」
医務室の許可が出たとかで、両親に連れられてお礼に行った日、そう言った僕に、あの人は包帯だらけの体で手を伸ばし、黙って頭をポンポン叩いてくれたっけ。
大きいし、褐色の肌をしていてかなり威圧感があったし、顔も怖かったから両親はたじろいでいたけど、優しい目をしていたのは覚えている。
でも、名乗らなかったのはどうしてなんだろう?
僕だけに教えてくれなかったのかと思って後で両親に聞いてみたけど、二人にも教えてくれなかったんだって。
しかも、それから何度か医務室に訪ねたけど、一度も会ってくれなかったらしい。
だから彼の手掛かりは、褐色の肌をした大男のハンターだという事だけになってしまった。
でも、そんなハンターはここでは珍しくないのだ。
お互い【街】にいる以上、いつかは会えると思っていたし、ハンターを目指したのも彼に少しでも近付きたいと思ったからだけど、結局手掛かりは無くて……。
それから、何年経ったんだろう。
彼は、もうハンターを引退したんだろうな。
一度だけ会った時に朧気に覚えている顔は【お兄ちゃん】というよりは【おじちゃん】という感じだったから、もう今では【おじいちゃん】と呼んでも良いぐらいの年齢だろうしな。
でも、ハンターになった事で手掛かりが増えて、名前やハンターランクが分かったのは幸いだった。
なんでも【G級ランク】と言われる、ハンターのランクの中では最高峰を制覇した人だそうな。
そんな人、とてもじゃないけどまだ駆け出しの僕とは比べ物にならないな。
「……おっと」
そんな事を考えながら通りを歩いていると、小さな子供が近くのハンターにぶつかった。
初老の顔立ち。髭も髪も黒髪より白髪の方が多いという印象の、グレーの髪。
でもその褐色の顔にはどことなく見覚えがあるような……?
「気を付けろよ、小僧」
彼はしゃがみ込んでそう言うと、子供の頭をポンポンと叩いた。
その仕草と優し気な目は、もしかして――!
「……ベナトール、さん!?」
駆けて行く子供の後ろ姿を優しい表情で見送っていた彼は、途端に怪訝な顔で振り向いた。
先程とは打って変わって、鋭い眼光になっている。
無理もないな。
僕は苦笑して、「御無沙汰しております」と深々と頭を下げた。
彼の目に、少し戸惑いの色が交じる。
「恐らく覚えておられないでしょうが、僕は昔、あなたに命を救われた事があるのです。今ぶつかった子供ぐらいの頃でした。【街】が数頭の【クシャルダオラ】に襲われた時だと聞いております。後で調べて分かった事ですが」
彼は黙って僕を見詰めている。
記憶を辿ろうとしているのだろうか。
「まだ小さかった僕を、あなたは身を挺して護って下さいました。その後両親と一度だけ会って下さった時、あなたは今あの子にしたように、頭を優しくポンポン叩いて下さいましたね。僕は『ハンターになる!』ってその時宣言したんです。覚えてらっしゃいませんか?」
「――おぉ、あの時の小僧か!」
「覚えて下さっていたんですか!?」
「朧気ながら、だがな」
「光栄でございます!」
「だが、俺は名乗らなかったはずだが?」
「どうしてももう一度お会いしたくて、失礼ながらハンターになった特権を利用して調べさせていただきました。といっても、名前とハンターランクが分かっただけでしたが……」
「本当に、ハンターになったとはな」
「はい! 元々憧れておりましたから。……それにしても、まだ現役でいらっしゃったんですね。少し驚きました」
「……。もう昔のようにはいかんが、他に生きようが無いのでな」
寂しそうな目。最盛期に比べて体力が落ちた事が悔しいんだろうな。
まだ筋肉は、遥かに並の人間より凌駕しているようだけど。
「しかしデカくなったな小僧!」
「はい! お陰様で。……と言っても、まだまだあなたよりは小さいですが」
照れ臭く頭を掻く僕を見て、彼は豪快に笑った。
そうして身を屈めて僕の視線に合わせ、彼は言い聞かせるようにこう言った。
「死ぬなよ? ルーキー」
それからあの時のように、優しく笑って頭をポンポンし、去って行った。
「は、はいっ! 頑張ります!」
どう答えていいか分からずにそんな返事を返した僕に、背中を向けたまま軽く手を上げた後ろ姿を見送りながら、僕は感動して彼が見えなくなるまで立ち尽くしてしまった。
現代のベナトールのGRは下位ですが、この頃のベナトールは恐らくGRの最高ランクまでいっていると思います。
年齢は五十代か六十代ぐらいだと思われます。
「ハンターの(現役としての)寿命は短い」として四十代かそこらで引退するとしている小説もあるようですが、うちは例え障害が残ったとしても自分が引退を決めるか「モンスター」に「狩られる」までは現役続行するという設定にしております。