今日も元気にメゼポルタ広場からお届けします。【完結】   作:沙希斗

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これは、友人との会話の中で何故か「ハナが失踪したらどうなるか」と言う話になり、それを書いたものです。

ちょっと長めです。


ハナの失踪(遭難編)

 

 

 

 ベナトールが【仕事】に出かけたので、ハナは一人で【樹海】に来ていた。

 コンビの二人もクエストに行っているようだったが、目的は採取だったので、採取だけなら一人でいいやと思ったのだ。

 【街】では【ハンターズギルド】が下位、上位それぞれの、採取目的のためのクエストを用意しており、しかも大型【モンスター】のいないエリアを提供してくれているので、初心者でも比較的安全に採取する事が出来る仕組みになっている。

 彼女はそのクエストを利用していた。

 《2》で【マレコガネ】【虹色コガネ】などの珍しい虫が獲れたのにはしゃぎつつ、調子を良くしてずんずん奥に進んで行った。

 《3》《7》などで確率一パーセントといわれる程の【アミノタイト】まで採掘出来たハナは、「後でみんなに自慢してやろっと♪」と上機嫌になった。

 

 ポーチが一杯になったので、さて帰ろうと思った矢先、《4》に【それ】はいた。

 

 慌ててエリアの端の地形の影に隠れて様子を見る。

 【それ】の外見は【リオレイア】そのものに見えた。

 が、真っ黒な甲殻を纏い、翼爪、尾の棘、足爪などの先端部分あたりだけ赤い、異様な雰囲気をしている。

 

 黒い【リオレイア】なんて、【ギルド】でも聞いた事ないわよ!? 

 

 とにかく、見付からないようにこっそり離れ、隣のエリアに入ろうとしたまさにその時、背後で爆発するように咆哮が上がった。

 

 ヤバイっ!

 

 飛び込むように隣のエリアに逃げ込むと同時に巨体がエリアの端に滑り込む。

 危ない所だった。

「なんなのあれ!? あんなの見た事もないわよ!?」

 バクバク言っている心臓を押さえつつ、【ベースキャンプ】までの道程を急ぐ。

 が、その先を読むかのように、【黒いレイア】は彼女が行く先々で待ち構えていた。

 

 これじゃ帰れないじゃないのよぉ。

 

 好戦的な【彼女】から逃げ回っている内に、いつしか地図には載っていない所にまで迷い込んでしまった。

「ここどこぉ……?」

 一気に不安が押し寄せる。

 

 【樹海】と呼ばれる【パチュパトム樹海】は、【ドンドルマ】のある大陸とは海を隔てた別の大陸にあるために、狩場としての開発がまだあまり進んでいない。

 だから地図の番号が振ってある以外のエリアは進入禁止区域になっているはずなのだが、もはやそんな事を言っている場合ではなかった。

 未開発のエリアは当然人が入っておらず、従ってどんな【モンスター】が潜んでいるかも分からない。

 それが彼女を一層不安にさせた。

 

 やっぱりベナが帰って来るまで待てば良かった。

 アレクとカイが帰って来るまで待てば良かった。

 

 そんな後悔を、今更しても無駄である。

 

 とにかく、死なないようにしよう!

 

 ハナは、それだけを誓って鬱蒼と茂る熱帯雨林の中を彷徨った。

 

 

 

 【仕事】から帰って来たベナトールは、ハナがいないのに気が付いた。

 大方アレクあたりを無理矢理引っ張り出してクエに行っているんだろうと、彼の帰りを待つ。

 

 が、クエストから帰って来たのは男二人だけであった。

 

「アレクよ、ハナは連れて行かなんだのか?」

「いんや? 今日はあいつには会ってねぇぜ?」

「おいらも今日は会ってないなぁ」

「ふぅむ……」

「部屋にいねぇのか?」

「そうなのだよ」

「その内帰って来んじゃねぇの?」

「だと、良いんだがなぁ」

「そうだ!」

 

 何かを思い付いたらしいカイが、【クエスト受付嬢】に聞いている。

 

「ハナ、朝に採取専用クエストを受けて【樹海】に行ったらしいよ」

「にしては帰ってねぇのはおかしくねぇか? 今夜だぜ? しかも遅い時間だし」

「そういえばそうだよねぇ。目的が採取だけなら、いくらのんびりしてたとしても夕方には帰って来れるもんねぇ」

「迷ったか?」

「ふぅむ……。だが【地図】があるだろう」

「だよなぁ?」

「何かあったのかな?」

「一応探しに行ってみっか?」

「……。そうするか」

 

 

 夜に出発した一行だったが、【樹海】に着いたのは夜が明けてからだった。

 固まって探すよりはという事で、ベナトールだけ別行動をする事に。

 二手に分かれて探してみたものの、【地図】に書いてある場所にはどこにも彼女の姿は無かった。

 同じ採取専用クエストを受けているので場所は合っているのだが、採取、採掘した形跡はあるものの、彼女の気配はどこにも無い。

「ったく、どこ行きやがったんだ? あいつ」

 

 ぼやきつつ何か手掛かりは無いかと地面をくまなく見ていたアレクトロは、ふと異変に気が付いた。

 

「カイ、オッサンに合図しろ」

 そう指示し、ベナトールを呼び寄せる。

「ハナが見付かったのか?」

 そう言いながら同じエリアに入ったベナトールは、アレクトロがしゃがみ込んで調べている地面を見て、兜の中で険しい表情になった。

「オッサン、これって【リオス科】の足跡だよな?」

「……。そうだな」

「にしては、少し大きいような気がするが、気のせいだろうか?」

「そう見えるが、【キングサイズ】の可能性もあるぞ」

「もしそうだとしても、ここの場所は大型【モンスター】がいない、初心者向きのエリアのはずだよな?」

「だな……」

 

「【樹海】で見られる【リオス科】と言えば【リオレイア】だが……」

「とても初心者向きの【モンスター】とは、言えねぇわな」

 

「でもさ、もし【リオレイア】だったとしても、ハナだったら逃げられるよね?」

「だなぁ……。逃げ切れずに帰って来れねぇ訳ねぇよなぁ? それにもしやられたとしても、地図上のエリアにいねぇのはおかしいんだよなぁ。怪我した形跡も無さそうだし」

「……。だとすれば、考えられるのは――」

「何らかの理由で、【立ち入り禁止区域】に入った。って事だろうぜ」

 

 三人は兜の下で神妙な面持ちになって、顔を見合わせた。

 

「どうするよ、一旦帰って【ギルド】に要請するか?」

「……。ちと大袈裟かもしれんが、その方が良いかもな……」

「その前に探すだけ探してみようよ」

「馬鹿かおめぇは、俺らまで遭難しちまったら元も子もねぇだろが」

「そんなに深入りしてないかもしれないじゃないか! 今どんな状態かも分からないのに見捨てるのかよ!? 大怪我して動けない状態だったらどうすんだよ!?」

「誰が見捨てるっつったよ!! 場所が場所だから多少大規模でも【ギルド】に要請して人の手借りるっつってるだけだろうがよ!! それが最善の――!?」

 

 アレクトロは途中で急に怒鳴るのを止め、カイを、いや正確にはカイの後ろを見たまま固まった。

 ベナトールも気付き、二人でその方向を見たまま微動だにしなくなった。

 

「な、何!? どしたの!?」

 二人の様子に狼狽えたカイが振り向くと、丁度【それ】が舞い降りた所だった。

 

 同じように固まるカイ。

 

「――おいオッサン、なんだありゃ?」  

「――分からん」

「りり、【リオレイア】じゃないの?」

 カイは震えている。

「【レイア】があんなに黒いかよ?」

「んん、んじゃ【亜種】とか?」

「確認されている【亜種】は桜色だ。お前も何度も狩っているだろう」

「じじ、じゃあなんだよアイツは!?」

「こっちが聞きてぇよ」

 

 そう言っている間に気付かれ、咆哮。

 その大音量は、〈耳栓〉スキルでは防げないだろう。

 

「……。〈高級耳栓〉レベルか!?」

「んな馬鹿な! 【レイア】なら〈耳栓〉レベルだろう!?」

「ね、ねぇあれ【レイア】だよね!?」

「そのはずだ。少なくとも見た目はな」

 

 突っ込んで来る相手を躱し、振り向く仕草に合わせて一撃入れたアレクトロだが、弾かれた。

 

「かってえぇ!? なんだこいつ!? 切れ味ゲージ青の武器弾くとかありえねぇだろ!」

「むぅ、武器が弾かれる。一旦退くぞ」 

 三人は隣のエリアに逃げた。

「規格外なんじゃねぇのか!? あいつ」

「どうもそのようだな……」

「【レイア】じゃないのかな?」

「似て非なるもの、という訳か……?」

 【大剣】と【ハンマー】なら、溜め攻撃をすれば弾かれないので闘えない訳ではなかったが、通常攻撃で弾かれると大きな隙が出来てしまうため、どんな攻撃をするかも分からないあの【モンスター】を相手にするには得策ではなかった。

 

 対策を相談しようとすると、相手がやって来た。

 通常種ならばエリアが変わったら戦意を失うものなのだが、【彼女】は違うらしい。

 しかも、逃げる先々で先読みしているかのように待ち構えていた。

 

「なんて好戦的な奴なんだ……!」

「感心している場合か、このままじゃ【キャンプ】にも行けねんだぜ!?」

「【キャンプ】に行けなかったら帰れないじゃん。どうすんの!?」

「うむぅ……」

「なぁオッサンよ、ハナってもしかして、こいつから逃げ回ってる内に地図上エリアから外れたんじゃねぇのか?」

「有り得るな」

「なら、コイツをどうにかしないとハナも帰れないって事!? おいら無理だよ!?」

「こうなりゃ弾かれ覚悟で攻撃していくしかねぇか?」

 

「まあ待て」

 

 そう言ったベナトールは【彼女】に注意しつつぐるりと空を見渡すと、気球を見付けて合図を送った。

 向こうも合図を返してくれたのを確認し、「取り敢えず攻撃は最小限に抑えて逃げ回ろう」と言った。

「んな消極的な……」

「こいつが未確認の【モンスター】である以上、うかつに手を出せばどんな反撃が来るか分からん。だからまずは攻撃よりも観察しよう」

「なるほど。攻撃パターンを読めっつう事だな?」

「まあそういう事だ。そうすれば上から見ている【古龍観測隊】が記録してくれる。それに、ハナが地図上エリアから外れているとはいえ、近くにいるなら上からも見付けてもらえるかもしれん」

「了解」

「了解。おいら逃げるのは得意だから大丈夫だよ」

「逃げた先で突っ込まれたりしてっけどな」

 とにかく逃げつつ観察する事にした。

 

 

 【黒いレイア】の攻撃パターンは、通常の【リオレイア】とは、それ程変わってはいなかった。

 ただ、ブレスが普通の火球ではなく、禍々しい、水色と赤黒い炎が入り交ざったような色をしていた。

 しかも球状だけではなく、【グラビモス】のような直線的なものも吐いた。

 

 通常種と違うのは、その場で反動を付けて行う横タックル。

 回転尻尾攻撃が一定の方向だけでなく、反転もする。

 翼による叩き付け。

 突如横にステップするような避け。

 

 だが、一番の特徴は、『覚醒していく』事なのではないだろうか。

 はじめは通常種とほぼ同じなのだが、パターンを覚えたと思って攻撃していくと、残り体力の関係なのか、それとも怒りの度合いなのか、とにかく禍々しい赤いオーラを纏いつつ叫ぶや否や、攻撃パターンを変えていくのである。

 その攻撃は『覚醒』するに従って段々と激しさを増し、その一つ一つが他の【モンスター】に似ていた。

 

 まるでそれは、他の【モンスター】から全てを学んで良いとこ取りして融合したかのようだった。

 

 例えば先程『【グラビモス】のようなブレスを吐く』と書いたが、そのビームのようなブレスを、何段階目かの『覚醒』後には真っ直ぐだけではなくて薙ぎ払って見せたりしたのだ。

 球状のブレス攻撃にも多彩さが見られ、ただ吐くだけではなくて【リオレウス】のようにバックブレスをしてみたり、飛び上がって下にいる者を取り囲むように円状に吐いて見せたりした。

 得意のサマーソルトにも『覚醒』するに従っていくつかパターンが出来、はじめは通常種と変わらなかったものが三連ブレスの直後にやってみたり、素早くその場で回転しながら尻尾攻撃をした直後に行ったりもした。

 

「とことん規格外だなこいつ」

「たまげたな。ここまで多彩に攻撃が変わって行く【モンスター】は初めて見たぜ」

「おいら対処し切れないよぉ」

「危ねぇなら攻撃しなくて良いから逃げ回ってろ」

「逃げるにしても翻弄されるんだよぉ」

「だなぁ、逃げるにも攻撃するにもけっこうキツイよなぁこいつ」

「飛び上がって自分の翼爪飛ばすとか、ブレス吐きながら飛び掛かって来るとか、ありえん事ばかりしやがるからなぁ」

「ハナは攻撃せずに()()()()()()()()みてぇだが、攻撃しなくて正解だったなこりゃ」

「これは逃げるのに夢中で【立ち入り禁止区域】に入ってしまうのも頷けるよ」

 

 ぼやきつつ、翻弄されながらも闘っている内に、【彼女】は逃げてくれた。

 

「これは、撃退出来たという事なのか?」

 他のエリアに入っても、もう追い掛けて来ないのを確認して、アレクトロが言った。

「そう思って間違いないのかもな」

「良かったあぁ、おいら回復系が無くなるとこだったんだよぉ」

「調合分も持って来いよなぁ」

「その調合分まで使っちゃったんだよぉ」

「どんだけ食らってんだおめぇは」

「……。まあ、分からんでもねぇがなぁ」

 

 実際、闘い方が分からなかったりあまりにも攻撃が多彩だったのもあって翻弄され、ベナトールでさえけっこう攻撃を食らっていたのだ。

 三人共に【回復薬グレート】で治せない程の重症を負わなかったのは、奇跡と言える程だった。

 

 【古龍観測隊】がちゃんと記録出来たかどうか確かめるために、再び気球に合図したベナトールは、返って来た合図を見て「――おぉ!」と少し嬉し気な声を上げた。

 

「どした?」

「ハナの居場所が分かったらしい。『地図エリアから離れた場所でハンターらしき人影を発見。近くにいるハンターは直ちに捜索して救助せよ』とさ」

「良かったね♪」

「どの辺だ?」

「場所的に言うと《5》に近いとこだ。やはりそれ程遠くには離れてなかったようだな」

「了解。行こうぜオッサン」

「承知した。カイ、迷うなよ?」

「そこまで方向音痴じゃないよっ」

 

 

 《5》に移動してその奥へ入って行く。

 やはり人がまったく入っていない場所なので、非常に視界が悪い。

 おまけに長い間探し回ったり闘ったりしていたのもあって日が暮れており、まあ月明かりがあったからまったく見えないわけではなかったが、捜索には不向きだった。

 夜目が効くハンターにとってはそれ程脅威ではないこの場所も、未知の場所だという事もあって、慎重に進む。

 耳を澄ませ、神経を尖らせて、自分達以外の人の気配を探っていく。

 

 と、前方にちらりとピンク色が見えた気がした。

 

 ゆっくりと近付いて行くと、岩陰の、丁度人一人が入れるような隙間に、ピンクの花が一輪、地面に接するようにして横向きに咲いていた。

 その【花】はふわりと広がった形をしており、よく見ると花弁の一部は金属で出来ている。

 そして、ピンクの部分は【モンスター】の甲殻だった。

 

「ハナ……」

 その【花】に、静かに声を掛けるベナトール。

 

 ぴくりと【花】が動き、ゆっくりと逆さまになって、それが防具、【リオハート】シリーズの腰の部分だと分かった。

 そして土で汚れ、疲れ果てた表情の少女の顔が現れた途端、その顔がくしゃくしゃになった。

 

「……ベナぁ……」

 

 ベナトールはしゃがみ込み、少女を優しく抱き締めた。

「……。怪我は無いな?」

 少女は泣きじゃくりながら、こくんと頷いた。

 ベナトールは黙って頭をポンポンした後、「歩けるか?」と聞いた。

 

 首を横に振る彼女。

 

 それを見た彼は、ヒョイと抱き上げて肩に乗せた。

 無言のままさっさと帰って行くベナトール。

 だがそのリアクションの無さや無表情に、どれ程の感情が溢れているかを三人は知っていた。

 

 

 後日、【キンターズギルド】は【黒いレイア】を【謎のモンスター】として扱う事とし、以降その【モンスター】は、ハンターの間で通称【UNKNOWN】と呼ばれる事になったという。

 




「失踪」で思い浮かんだのは「遭難」と「誘拐」。
今回はその「遭難編」です。

ベナトールは、どうも感情が高ぶる程無言、無表情になるようです。
ハナの推定年齢は後半もしくは成人前とはいえ十代なので、「少女」と表現しております。

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