退屈な日々を忘れたい俺がなぜバンドの手伝いをしているんだ......   作:haru亜

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第3話 葛藤

昼休み

 

2-E組

 

燐子は、いつものように自分の鞄から弁当と水筒を取り出して机の上に置いた。

するとフッと人影が机に映った。

 

「失礼。

一緒に食べても構わないかしら?」

 

目の前に千聖が弁当包みを持ちながら聞いてきた。

 

「!は、はい…!

どうぞ…」

 

「ありがとう」

 

笑顔でお礼を言われて照れ臭くなって俯いた。

 

「そんなに緊張しなくても良いわよ燐子ちゃん。

むしろ、いつも通りに……話してくれれば良いわ」

 

途中、言葉が詰まったように感じた。

多分気を遣ってくれているのだろう。

 

「あ、あの…白鷺さん…」

 

「何かしら?」

 

「どうして…わたしの所に…?」

 

それは『周りからの視線が集まるのに、どうしてわたしの所へ来たのか』という意味の質問ではないことを千聖は一瞬で理解出来た。

 

「……そうね。

ちゃんとした理由はあるけれど…。

今は食事にしましょう」

 

「は、はい…」

 

刻々と時間が過ぎていく中、黙々と食べ、2人は食べ終わった。

そして、少しクラスの視線が気になり始めた頃、千聖が切り出した。

 

「…燐子ちゃん。

あの件について、少し聞きたいことがあるの。

良いかしら?」

 

「……はい…」

 

燐子はどんな質問が来ようと受け止める決意で返事をした。

 

「Roseliaは…どうなるの?」

 

「えっ…?」

 

陽菜のことで何か聞かれると思っていたので、思わずそう返してしまう。

しかし、すぐに燐子は口を開いた。

 

「Roseliaは…きっと大丈夫です…。

あの人が居てくれたから…」

 

「……あまり、キツい言葉として受け取って欲しく無いのだけれど…。

陽菜は死んだという事実はちゃんと受け止め切れたかしら?」

 

「……まだ……です…」

 

「そう…。

やっぱり、みんなそうなのね」

 

「?…もしかして…白鷺さんも…ですか?」

 

「…ええ…。

私も…彩ちゃんに言われた受け入れ方を知りたいくらいよ…」

 

「丸山さんに…?」

 

「ええ。

彩ちゃんったら、昨日私たちを元気付けようとしてくれたのよ。

自分よりも周りの人を心配して…。

本当は…泣き出したいくらい辛いでしょうに…」

 

「…もし…陽菜さんが…生きていたら…どうしますか…?」

 

「そうね…。

まず…怒るわね」

 

「えっ…!?」

 

「だって、もし生きているのなら、これは誰もが怒っても良いわよ。

今回のような深い事情があって連絡が出来なかったのなら構わないけれど…。

もし、少しでも時間があって連絡手段があるにも関わらず、心配ばかりさせるあの人に私は怒って良いと思っているわ。

……少しキツいかしら…?」

 

心配になって問いかける千聖。

燐子は驚いた顔で首を横に振る。

 

「そんなこと…無いと思います…」

 

「あら、どうして?」

 

「…あえて…大切な人ほど厳しくするのが、白鷺さんの優しさだと……思ったので…」

 

「!!」

 

「それに…もしそんな風に怒っても…陽菜さんも白鷺さんの優しさに必ず気づいていると……思います……」

 

燐子はもじもじしながらも言葉を口にした。

頭に浮かんできた言葉を自分なりに丁寧にわかりやすく並べて伝えた。

すると千聖は少し微笑んだ後

 

「そう。

そう言ってもらえると助かるわ。

ありがとう」

 

「いえ…そんな……」

 

「その謙虚さも、あなたの良い所だということは、きっと陽菜なら気づいていたはずよ」

 

「!」

 

千聖は再び微笑んでから自分の席へと戻って行った。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そして…放課後

CiRCLEへ向かう燐子とあこ。

 

「うぅ…なんかすっごい緊張してきちゃった…」

 

隣に並んで扉の前で立ち止まるあこ。

 

「あ、あこちゃん…。

今日は……頑張ろう…」

 

「…うんっ!」

 

そうしてCiRCLEへ入り、スタジオへ向かった。

ふと、受付の奥が改装中という看板が書いてあることに気づいた燐子だったが、あこが先に行ってしまいそうだったので、何も触れずにスタジオ内へ入った。

そこには既に、2人以外のメンバーが集まっていた。

 

「これで全員ですね」

 

「「「「………」」」」

 

「では…私が皆さんをここに呼んだのは他でもありません。

如月さんの件についてです」

 

「…」

 

やっぱり…と思ったのは燐子だけではない。

そして、紗夜は続けて話した。

 

「急な話ですが、私たちは如月さんに固執し過ぎていたのかも知れません。

居て当たり前の存在が無くなって、すぐにこんな風になるのは仕方がないと言えるでしょう。

ですが、ずっとこのままという訳にも行きません」

 

『……』

 

「…受け入れるしかないんです。

如月さんが死んだという事実は変わりません。

…この事実があっても、如月さんに生きていて欲しいと思う方は、この中にいらっしゃいますか?」

 

真っ先に手を挙げたのはあこだった。

その次に燐子、リサと挙げた。

すると

 

「…そんなこと、ありえないわ」

 

友希那が初めて口を開く。

しかし、それは否定から始まる言葉だった。

 

「!友希那…?」

 

リサは表情を驚愕に染めた。

 

「如月が生きてくれているなんてことは、()()()()()と言っているの」

 

「!友希那…どうしたの…?

そんなに冷たくなかったのに…」

 

「如月の左腕が見つかったわ」

 

「…えっ…?」

 

リサが掠れた声を出す。

 

「……私が日曜日出かけた理由は、天皇から連絡が入ったからよ。

…如月の遺体の一部が発見された…という内容だったわ」

 

()()()()()…!?」

 

「ええ。

だから、私はそれを確かめる為に天皇の元へ向かったわ。

…そこにあったのは、骨が半分まで焼き溶けた左腕だったわ…」

 

「っ!!」

 

「そんな……!」

 

あこが口元から言葉を落とした。

その隣で驚きのあまり、両手で口を抑える燐子。

 

「断片的に聞いた話によると…。

肘の関節部分から切れている上に、クスリのせいで腐敗が進んでいたそうよ」

 

友希那は『断片的に聞いた』と言ったが、それは少し違った。

『聞いた』のではなく『聞こえてきた』のだ。

あの時最後に見た腕が、跡形もなく腐敗が侵食し、左腕を緑に変色させていた。

それを見た瞬間に周りの音が聞こえなくなった。

何も反応を起こさず、ただただ無音だった。

呆然と立ち尽くしている間にも姫は隣で何か話していた。

それすらも聞こえないほどに心が打ち砕かれる衝撃。

音が戻った時には、既に姫が話し終わりかけていた。

友希那は、それを聞き取ったのだ。

 

「…左腕以外の遺体はどうなったんですか…?」

 

紗夜は感情を抑え、落ち着いた声で聞いた。

しかし…

 

「見つからなかったそうよ。

けれど、きっとあの瓦礫の山に埋もれているでしょうね…」

 

「っ……!」

 

「っ…友希那っ…!!

友希那は陽菜に生きていて欲しく無いの!?」

 

皮肉じみた友希那の返答に、リサは初めて声を悲しみに染めて言い放った。

 

「…リサ。

あの時あなたも現場に居たのだから、わかるはずよ。

左腕が無いと言うのに、あの爆発で生きていられるかしら?」

 

それでも、友希那の表情は何も変わらず、目線を下に逸らした。

 

「っ…そんなことはわかってるよ…。

でも…なんで……っ…?

この小さい…っ…願いも否定するの…?」

 

リサは震えた声で問いかける。

それを聞いた友希那は顔を上げて初めて相手の目を見た。

 

「!」

 

流れる涙。

リサすら頰に伝う何かの触感が涙だと認識するのがほんの数秒遅れた。

そして…友希那は

 

「っ…前も言ったでしょう。

『ふざけないで』と…」

 

「それは…!」

 

「今のあなた達を見ていると…自分を見ているようで嫌なの…」

 

「自分…を?」

 

これ以上、口を開こうか迷った。

なぜならそれは、話さないと決めていたことだったからだ。

話してしまえば、きっと心の中で何かが崩れてしまう。

心の欠けた部分からボロボロと。

それをわかっていた。

わかっていた上で、迷いを振り切った。

 

「……そうやって…いつまで経っても来ない未来を求めて…衰えていく自分を見ているようで嫌だと言っているの…。

私は…あの日から理想そのものが好きになれない…。

こんなこと……自分をあなた達に重ねて、リサが私を如月と重ねているのと同じ事だとわかっているわ…」

 

「なら…っ…」

 

「けれど…!

もう会えないという事実を受け入れなければ、前には進めない!!

如月が好きだと言ったRoseliaを!

私は…守れなくなる…!!」

 

『っ!!』

 

瞳から溢れ出る雫を払いながら友希那は言い放つ。

その言葉の真意が、痛いほど胸に刺さり響いた。

如月 陽菜の生存の願い。

Roseliaが進むべき時間。

その両方を抱えながら彼女なりにずっと1人で葛藤して悩み考えてきた。

そこへ、追い討ちをかけるように、はたまた前に進ませるかのように、あの人の左腕が発見された。

出血量からして助からないとも言われたのをうっすらと覚えている。

あのクスリで強制的に生かされているのなら、今も生き長らえて瓦礫の山に埋もれているかも知れない。

けれど、ただの一般人に助ける術は無い。

そもそも海外へ行く手段も無い。

そして行けた所で瓦礫を退ける手段すら無い。

まだ彼が生きているかも知れない。

それでも、今すべきことはRoseliaを一歩でも前に進ませて、未来へ続く頂点を切り拓いていくことだった。

そして、友希那は…静まったスタジオでもう一度口を開いた。

 

「リサ…。

私はあの人を裏切った理想が嫌いよ。

…そんな叶わない理想は…捨ててしまいなさい…。

…あなた達まで如月のことで悩むのは、もうやめてちょうだ…」

 

暗くなった表情を隠そうと目を逸らした瞬間。

 

「っ…ふざけているのはあなたの方じゃないですか!!」

 

紗夜の怒号が友希那の話を切って飛んだ。

 

「っ!」

 

「真実だけを受け入れるのはあなたの勝手です!

ですが、その真実を受け入れて今のあなたにRoseliaを引っ張って行くことが出来るんですか!?」

 

「!それは…」

 

「そんな曖昧な主張に私たちも巻き込まないでください!」

 

「っ…」

 

「前までのあなたなら…そんな曖昧なことを押し付けるなんてことはしなかった…。

やはり…平気な顔を取り繕っておきながら、如月さんのことで取り乱しているのはあなたも同じじゃないですか……!」

 

「っ!!」

 

「…湊さん…。

今答えを出さなくても良いんです。

いつかきっと自分の中で答えは出ますから…。

ですから、衰えたくなければ、じっくりと考えてください。

答えが出るその日まで、あなたの仲間である私は待ちましょう」

 

「!紗夜…」

 

紗夜は、まだ自分の中でも答えが見出せていない。

それでも、この言葉に虚言は1つも無かった。

 

「……そう…」

 

友希那は一言発した後

 

「ごめんなさい。

今日は…席を外すわ」

 

そう言って、スタジオから出て行った。

静かになるスタジオ内で

 

「これで……良かったんでしょうか…?」

 

紗夜はリサに問いかけた。

 

「…わかんない…けど。

紗夜が肯定してくれたのは、嬉しかったよっ」

 

「……今井さん。

あなたのその希望は、私にとっての希望でもあります。

私はそれを否定する湊さんを否定しただけです」

 

「……そう…だね」

 

するとずっと黙っていた燐子が

 

「あ、あの……」

 

静かに声を出した。

 

「「「?」」」

 

「おそらくですけど…。

友希那さんは……氷川さん達と約束したにも関わらず……陽菜さんを助けられなかったことにも……きっと負い目を感じているだと思います……」

 

「それは……」

 

燐子の言葉にリサは何かを言おうとした。

しかし、何も出てこなかった。

それは…救えなくて仕方のないことだと考えていたからだ。

 

「今の湊さんには、白金さんのそれもあるでしょう。

色々と解決出来ずに抱え込み過ぎていますから…」

 

「あこ…この前の日曜日に練習した時、全然集中出来なかった…。

友希那さんがあの時居たら、どう思ってたのかな…?」

 

それは紗夜たちもやっている時に薄々感づいていた。

弾くといつもより音が微弱にも乱れる。

同じミスをしないようにしても、別のどこかが抜けてしまう。

 

「…あの時は…今までで一番酷かった練習でしたね…」

 

紗夜が言葉に苦味を感じながらも言う。

すると

 

「あの…さ」

 

リサが口を開いた。

 

「?」

 

「友希那のことは、アタシに任せて欲しい」

 

『!』

 

「大丈夫…ですか?」

 

「大丈夫…。

もう一度、友希那と話してみる。

今度は失敗しないように」

 

「……わかりました。

けれど、ちゃんとお互いが納得するまで話し合ってください」

 

「うん。

今度みんなで集まる時は、絶対に練習しようねっ♪」

 

リサは苦し紛れに笑ってみせた。

その先に在るものが何かもわからないまま。




ここちぃ様

お気に入りありがとうございます。

記念すべきであろう100話目がこんな重い話で良いのか…。
ま、良いや(放棄)
次回かその次の回からもっと重くなるし(!?)

この章は多分全部で5、6話くらいで終わると思います。

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