退屈な日々を忘れたい俺がなぜバンドの手伝いをしているんだ......   作:haru亜

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第5話 紗夜さんのお礼 〜後編〜

俺の家に泊まることになった紗夜と日菜。

着替えなどに関しては、日菜が2人分のお泊まりセットを持って来ていた。

 

もうすでに、俺の家に来た時から泊まる気満々だったらしい。

そして、今は

 

「あたし、陽菜くんの部屋が良い!」

 

リビングのソファにもたれながら、私服姿の日菜が手を上げて言う。

そして、それに対し紗夜は

 

「だめよ。

私たちは他の所で寝ます」

 

と真面目に答えた。

 

「え〜…なんでー?」

 

「日菜がそこで寝たら、如月さんはどこで寝るのよ」

 

「んむぅー…」

 

日菜が目を閉じながら唸って考えた後

 

「ハッ!」

 

何か閃いたようだ。

 

「じゃあさ!陽菜くん」

 

「ん?」

 

「3人で寝れば解決だよね!」

 

「無理だ狭い」

 

「ちぇー」

 

「妹の部屋は使って良い。

アイツ、しばらく家に帰ってこないから」

 

「陽菜くんの横じゃないとゆっくり眠れない〜…」

 

駄々をこねるように、しかし、意気消沈しながら言う日菜。

そしてそれに

 

「そもそも俺の横で寝たことないだろ」

 

「あはは〜♪」

 

笑って誤魔化された。

するとこんな茶番のような物を見ていた紗夜が

 

「日菜。

あなたは如月さんの妹さんの部屋で寝なさい」

 

「おねーちゃんはどうするの?」

 

「私はリビングのソファで寝るわ。

体に不調が無いように寝るから大丈夫よ」

 

「ちょい待て紗夜。

それだったら、俺の部屋で寝てくれ」

 

「ですが…」

 

「紗夜と日菜は体を大事にしておけ。

一応女の子なんだから」

 

「「……!」」

 

「それに、どっちもギター弾くんだから。

そこん所は、気をつけて寝ないとな」

 

そう言った後、紗夜と日菜が同じように暗い表情を浮かべながら

 

「如月さん。

お気遣いはありがたいですが…。

あなたは、本当に余計なことを付け足しますね」

 

「…俺なんか変なこと言ったか?」

 

「はぁ…。

陽菜くんってば、わかってないなー。

最後のは要らないのー!」

 

「最後の…?

ってなんだ?」

 

俺の頭がハテナマークでいっぱいになっていると紗夜が

 

「まぁ…寝る場所は後で決める事にしましょう。

如月さん。

お風呂は…先に入られますか?

それとも、後に入られますか?」

 

「んー…。

俺は後で良い。

紗夜たちが先に入ってくれ」

 

紗夜は料理を作ってくれたから、少なくとも俺以上に疲れているはずだ。

今のは、それを考慮した俺の返答だった。

 

「わかりました。

では、お先に失礼します」

 

「ああ」

 

すると日菜が

 

「陽菜くん覗いちゃだめだよ?」

 

「笑みを浮かべて言うな!」

 

「如月さんっ!!」

 

「紗夜も素直に反応すんな!」

 

2回続けて突っ込むと紗夜が

 

「ま、まぁ…如月さんですから。

覗きなどという犯罪行為はしないでしょう。

そういう点に関しては、()()()()安心出来ます。

……少し癪ではありますが…」

 

(なぜ俺を睨む…)

 

「では、私はお風呂に入りますので、日菜のことを頼みましたよ」

 

そう言って紗夜は風呂場へと向かっていった。

リビングに残った俺と日菜。

 

「ねねっ♪陽菜くん」

 

「ん?」

 

日菜に袖をクイクイッと引っ張られて日菜を見ると

 

「本当は覗きたいんでしょ〜?」

 

今の日菜に、ぜひ小悪魔セットをつけて欲しい。

そう考えるほどに、ニヤニヤした口元と今にも悪巧みを考えてそうな小悪魔感が出ていた。

俺はその質問に

 

「…まぁ、ちょっとだけ」

 

と答えると

 

「如月さん!!」

 

頰を少し赤らめた紗夜が来た。

 

(()()()()聞いてたか…)

 

俺と日菜は揃って少し優しく微笑んだ。

 

「な…っ!!」

 

紗夜は頰の赤色を顔全体にそめあげた。

そして

 

「安心しろ。

そんなつもりないし、俺は自分の部屋で休んでるから」

 

「そんなつもり……ですか」

 

「……ん?紗夜?」

 

「いえ…なんでもありません」

 

そう言って紗夜はもう1度風呂場へと向かった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

シャワーの音が聞こえてくる。

紗夜が風呂に入ってから数分後くらいに

 

(さっきのなんだったんだ…)

 

そう思いながら俺は、2階にある自分の部屋へ向かおうとしていた。

すると

 

「陽菜くんの部屋ってどこー?」

 

いつの間にか、階段の1番上に居た日菜が聞いて来た。

 

「俺の部屋は屋根裏にあるんだ」

 

冗談で言ってみても、日菜に通じないのはわかっていたのだが…

 

「あっ!

ここから陽菜くんの匂いがするっ!」

 

まさかのドアの隙間から漏れる俺の部屋の匂いに気がついた。

 

「ちょっ!おい待て!」

 

「おっ邪魔しまーす!」

 

「人の話を聞け!」

 

日菜は止める間もなく俺の部屋に入ってバタンとドアを閉めた。

俺は急いで階段を上がってドアを開けると

 

「陽菜くんこれ何ー?」

 

日菜は写真立てを持って嬉しそうにしていた。

そして中身を変えるのを忘れていた俺は観念して

 

「はぁ…。

見ての通り、第1回ガルパの記念写真だ」

 

「陽菜くん…。

もしかして、海外行ってた時もこれ持っていったの?」

 

「ああ、そうだが…」

 

(変に思われただろうか)

 

少し心配になっていると日菜は感涙の声を上げてから目をキラキラさせて

 

「陽菜くんっ!」

 

飛びついて来た。

が、はっきり言っていつも避けるのもなんか癪なので

 

「ほい」

 

優しく受け止めると

 

「っ!!わっ!わぁっ!?」

 

日菜がバッとすぐさま俺から距離を取ると同時に、俺のガラスのハートにヒビが入った。

 

(俺が受け止めたら離れるのか…)

 

そう思っていると

 

「は、陽菜くんどうしたの?」

 

なんとも珍しいことに顔を真っ赤にする日菜。

そしてその問いに

 

「どうした…って。

ただ受け止めただけなんだが?」

 

平然を装って言うと

 

「そうじゃないよっ!

陽菜くんいつもなら避けるじゃん!」

 

「避けて欲しかったのか?」

 

「ちーがーうーよー!

むしろ嬉しかったし、るるるんっ♪ってキタもんっ!

ありがと!」

 

照れ怒る日菜は、お礼を交えて言った。

 

「お、おう…」

 

(なんか怒りながら礼を言われた…)

 

心の中でも同じことを思っていると日菜が本棚に近づいていた。

 

「!ちょ待て日菜!

そこの本棚には!」

 

「?なにこれ。

『いつか俺の黒歴史になるだろう日記』?」

 

「いや聞けよ!

聞いてくれ!頼むから!」

 

灰色のノートを取り出した日菜。

俺がそのノートを取ろうとすると

 

「渡さないよーだ♪」

 

日菜はノートを持って避け、俺の左手はヒョイッと宙を空ぶった。

 

「避けないで!?」

 

「あははっ☆こっちだよー♪」

 

「だー!面倒くせぇ!」

 

「あははっ♪こっちこっち♪」

 

日菜は楽しそうにノートを片手に部屋を逃げ回る。

そして、日菜の手首を掴んだ……が

 

「あっ」

 

と俺のミスをした時に出る声と

 

「あれっ?」

 

日菜が予想もしなかった時の声を出し、ボフッとベッドに日菜を押し倒してしまった。

すると

 

「陽菜くんってたまに強引だよねー☆」

 

「今のは事故だろ…。

それより、すまん日菜。

足が引っかかっ」

 

その時、階段から駆け上がってくる足音に気づいてないのは言うまでもない。

 

「如月さん!日菜!

大丈夫ですか!?」

 

勢いよくドアが開かれた瞬間。

背筋が凍った。

 

「「「……」」」

 

恐る恐る振り返りながらも、俺の視界に水色の寝間着を着た紗夜を入れた。

そして

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「これは誤かっ」

 

バタン

 

「さ、紗夜!待って!お願い待って!

言い訳を!言い訳をさせてください!」

 

「陽菜くんが襲って来たー!」

 

「日菜はちょっと黙ってくれ!」

 

急いでベッドから降りると日菜がベッドから飛び降りて

 

「あたしお風呂入ってくるねー」

 

と言って部屋から出て下に降りていった。

 

(どうすっかなぁ…。

この状況…)

 

少し部屋で考えながら下に降りた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

リビングまで降りる頃には、風呂場からシャワーの音が聞こえていた。

が、今はそんな事より大事な用が、リビングのソファに座っている紗夜にある。

 

「……紗夜。

さっきのは…」

 

説明しようとしたのだが

 

「如月さん。

寝る場所は決まりましたか?」

 

「…えっ?

いや…俺はリビングのソファで寝る」

 

紗夜の少し()()()()感じる話に遮られ、それに律儀に答える俺は一体何をしているのだろうか。

しかし、俺は気を取り直して改めて聞く事にした。

 

「えっと…。

紗夜がさっき俺の部屋で見たのは」

 

「そういえば如月さん。

来週の土曜日にライブがある事は聞いていますか?」

 

「えっ?あ、うん。

友希那から聞いてます」

 

「そうですか」

 

紗夜は返事をすると、隣にあった袋から雑誌を取り出した。

 

「?それ、今日買ってた雑誌か?」

 

「はい。

よろしければ如月さんも一緒に見ますか?」

 

「良いのか?」

 

良くない。

誤解を解くのが優先するべきはずなのだが…。

 

「はい。

構いませんよ」

 

紗夜の許可も出た事なので

 

「それじゃあ…失礼して」

 

紗夜の隣に座って、折半しながら見ることにした。

 

「ん?」

 

すると開いたページに『世界一のギタリスト』と大きく書かれている男の姿が載っていた。

 

「これが…紗夜の言ってた世界一のギタリストか」

 

「はい。

来閃(らいせん) 鬼龍(きりゅう)

この方も、如月さんと同じく2つ名を持っています」

 

「へぇ、どんな2つ名を?」

 

「ええと…。

ここに書いてありますね」

 

紗夜の指した『来閃 鬼龍』と書かれた隣に()()は書かれていた。

 

「んー…。

覇王(はおう)】?」

 

「はい。

彼は人望も厚く、他を寄せ付けない程のギターの奇才で、世界一のギタリストという座まで辿り着きました」

 

「なるほど。

だから【覇王】

王者に似てるところから取ったのか」

 

「おそらくそうでしょう」

 

「うむ…。

まぁ、それほどの2つ名を貰えるほどにギターが弾けるって事はわかった」

 

「では、次を見てみましょうか」

 

紗夜がそう言って次のページを開く。

そこには可愛らしい女性が載っていた。

 

「この子は…ベースか?」

 

「はい。

この方は、花咲(はなさき) 翔栄(しょうえい)と言って、先程の方とはバンドを組んでいるそうです」

 

「へぇ…」

 

(やっぱり女性のバンドマンも世界に出てくるんだな。

今の時代がガールズバンド時代だからか…?)

 

その考えを紗夜は見透かしたように

 

「一応言っておきますけど。

この方は男性ですよ」

 

「えっ!?」

 

結構、可愛らしい姿だったので驚いた。

可愛い見た目をして、中身は男。

つまり、男の娘に近い。

 

「…マジで?」

 

「はい。

それと、この方もやはり才能とセンスがあるみたいです。

特に耳が良く、絶対音感の持ち主と言われています」

 

「絶対音感…」

 

(てことは、おたえと一緒の類か。

んー…この人にもなんか2つ名あるのか?)

 

そう思い、目線を名前の横にずらすとそこに

 

(?…【戦慄者(せんりつしゃ)】?)

 

と書かれていた。

 

「この【戦慄者】ってどういう意味だ?」

 

そう尋ねてみると

 

「これは…この人が圧倒的なまでにベーシストとして優れているからです」

 

「と、言うと?」

 

「彼は、たった1人でステージに立ち、ベース1つでライブの観客を震え上がらせ、盛り上げたことがあります」

 

「うむ…なるほどな」

 

「要するに如月さんと一緒ですね」

 

そう言いながら紗夜が次のページをめくった所に居たのは、天然パーマで目が隠れているのが特徴的な男だった。

 

「この人は…キーボードか?」

 

「はい。

名前は、神崎(かみさき) 龍魔(たつま)

この方も先ほどの方と同じバンドに入っていますが、年は他のメンバーより年下だそうです」

 

「となると…。

彼は才能持ちか?」

 

「ええ。

この方がソロで活動していた時の記録はありません。

しかし、この世界一と呼ばれるこの方の繊細な音色は、白金さんのそれを上回る可能性もあります」

 

「うむ…。

燐子を上回るか…」

 

(燐子も、紗夜に勝るとも劣らない努力家だ。

才能も関係してるんだろうけど、やっぱり1番は個人練が1番多い所が関係してるな)

 

すると

 

「とはいえ、このバンドは結成して10ヶ月程です。

にも関わらず、まだ4回しかライブをやったことがありませんから、情報は少ないですが、かなりの大物であることには変わりないでしょう」

 

「まぁ…そうだな」

 

そして紗夜が次のページをめくると

 

「ん?」

 

載っていたのは、またもや男性だった。

しかし、かなり高身長でザ・イケメン。

 

(なんだこの絵に描いたようなイケメンは…)

 

「なんだこの絵に描いたようなクソイケメンは…」

 

思っていたことが若干豹変しながら口から漏れていた。

すると紗夜が首を傾げて

 

「?嫉妬ですか?」

 

「いや…そういう訳じゃないが…。

ただ、イケメンっていうのがなんか腹立つ」

 

「相手がイケメンというだけで敵対心を持たないでください…」

 

紗夜に呆れたように言われた。

 

「まぁ、これは俺の偏見だが…。

女性って最終的にかっこいいイケメンを選ぶイメージがある」

 

とんだ偏見である。

すると紗夜が目瞑ったままパタンと雑誌を閉じて

 

「…如月さんに言っておきます。

私は人を見た目で判断したりしません。

それに、その人の事をかっこいいと思うかどうかなんて人それぞれですし、顔だけでは成り立たないこともあります。

ですから、いくら好きな人が如月さんの言う『イケメン』に劣っていても、私は自分の信じた好きな人の方を選びます」

 

「……」

 

紗夜の妙に感情のこもった説明に気圧されてしまった。

すると

 

「?どうかしましたか?」

 

「いや…紗夜がそこまで言ってくれるとは思わなかった」

 

「私は別に…。

ただ、如月さんの認識を変えただけです」

 

「そうか」

 

と返事をした頃にシャワーの音が聞こえなくなったことに気づいた。

つまりそれは

 

「おねーちゃん!

髪乾かしてー!」

 

やはり日菜が来た。

それも頼み事を交えて

 

「それくらい自分でやりなさい」

 

「えー?

昔はよくやってくれたのに?」

 

「昔は昔、今は今よ」

 

「むぅ……。

陽菜く」

 

「あ、俺風呂入ってくるから。

髪を乾かすのは紗夜に頼んだ」

 

話の矛先が刺さる前に俺は風呂場へ逃げた。

 

「えっ!?ちょっと如月さ」

 

「おねーちゃーん!!」

 

「きゃあっ!

抱きつく前に、まずその濡れた髪をタオルで拭きなさい!」

 

紗夜と日菜のやり取りを聞きながら、俺は風呂場へと向かい、中に入った。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

陽菜が入浴中

 

しばらく経った頃。

紗夜が妥協して日菜の髪をタオルで拭いていると日菜が

 

「なんか、こういうの久しぶりだねー♪」

 

「…そうね。

さっきみたいに髪の水分を撒き散らすところも、昔と全然変わってないわ」

 

「そういえば、毎日同じことして、おねーちゃんに怒られてたよねっ♪」

 

「ええ。

あなたは頭が良いのに、そういう良い加減な所は直さないもの」

 

「あははっ♪」

 

「笑い事じゃないわよ…。

ほら、後はドライヤーで乾かしてあげるから」

 

そう言いながら紗夜はタオルを取り、ドライヤーをコンセントに挿して髪を乾かそうとスイッチを入れた。

 

そして、少し声が掻き消される程の音が鳴る。

だから日菜が少し大きな声で

 

「ところで、おねーちゃんさ」

 

「何?」

 

「陽菜くんのこと好きでしょ?」

 

その言葉に髪を乾かしていた手が止まった。

すぐに手の動きを戻したが、日菜は勘付いたようで

 

「やっぱり、おねーちゃんも陽菜くんが好きかー…」

 

「……!」

 

応えられなかった。

どう応えれば、この秘めていた小さな想いをはぐらかすことが出来るのかわからなかったから。

 

「おねーちゃんは、どうして陽菜くんの事が好きなの?」

 

「…別に…好きでもなんでもないわ。

如月さんは私にとって至って普通の人よ。

だから、勝手に『私が如月さんの事を好き』という事を前提にして話さないでちょうだい」

 

「えー?だっておねーちゃん。

陽菜くんと一緒に料理してる時、楽しそうにしてたじゃん」

 

そう言いながら日菜は、紗夜のスマホを取ってパスワードを開けた。

 

「どうしてあなたが私の携帯のパスワードを知ってるのよ…」

 

「一回おねーちゃんが打ってるところ見たからだよっ♪

それより、ほら、証拠写真☆」

 

ズイッと顔の近くまで近づけてきたスマホの写真を見ると、そこには下準備をしている陽菜の横顔をジッと見つめている自分の写真が写っていた。

 

「なっ…!」

 

ボンっと顔を赤くする紗夜を見た日菜は、更に追い討ちをかけるように

 

「ほらー♪

写真撮った時のおねーちゃん。

いっつも陽菜くん見てるでしょっ♪」

 

「そ、それは…!

…その…」

 

「んー?」

 

「……っ」

 

今更誤魔化しても、無理があるだろうと悟った。

 

「はぁ……わかったわよ…。

話せば満足するの?」

 

顔を赤くして聞く紗夜。

 

「うんっ!」

 

「……自分でもよくわからないのよ。

ただ、あの人の側にいると、どこか安心出来て、離れるとどこか心細くなる…。

きっと、この気持ちは『好き』という言葉で表すのが自分の中で正しいと感じたわ。

…いつ好きになったのかわからないけれど、ね」

 

かなりの恥ずかしさで顔を赤くしたが、紗夜は自分の塞ぎ込みかけていた想いをそのまま声に出した。

そして

 

「いつから…気づいていたの?」

 

「んー…結構前から気になってたけど。

今日おねーちゃんが陽菜くんに説教している時。

『あたしと陽菜くんを見ていると、何故か胸が…』

っておねーちゃんが言いかけたのを聞いて

『おねーちゃんもしかして陽菜くんの事好きなのかなー』

って♪」

 

足をバタつかせながら言う日菜。

そして紗夜はその時のことを思い出し

 

「!…あの時。

話を遮ったのはワザとだったの?」

 

「まぁね♪

陽菜くんポカンってしてたから、絶対おねーちゃんの気持ちに気付いてないってわかったからさっ♪

さっすが陽菜くんだよ☆」

 

「まぁ…あの様子だと気付いてないでしょう。

…日菜は、よく如月さんに好きと言えたわね。

フラれたら、前より距離が遠くなるかも知れないのに…」

 

「んー…?

あたし、陽菜くんにフラれても、陽菜くんが遠くに行っちゃうなんて、全然考えなかったし、思わなかった」

 

「えっ?」

 

「でも、だからこそ、あの時。

陽菜くんに()()をかけておいたもんねー♪」

 

「保険?

……!まさか…あなたがしたキスって…」

 

「ふっふーん♪」

 

日菜がニヤっと笑って見上げてくる。

それと同時に、紗夜の脳裏に浮かんできたのは、日菜から来たメールの内容だった。

すると

 

「それと、ただの友達なのに、あたしのどんな我儘も聞いて叶えてくれた陽菜くんだもん。

あたし、陽菜くんに何回フラれても、この『好き』って気持ちは絶対に変わらないよ♪」

 

また同じように笑う日菜だったが、それは、とても純粋な笑顔であった。

すると

 

「でも…今回はおねーちゃんに譲ろっかな♪」

 

「?」

 

日菜が思惑のありそうなセリフを言ったところで、話の話題になった人が戻ってきた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

髪をタオルで拭きながら風呂から上がってくると

 

「陽菜くんっ♪」

 

早速、日菜の嬉しそうな顔と、紗夜のため息をつく所を見て嫌な予感がした。

 

「…なんだ?」

 

一応聞いてみた。

 

「寝る場所なんだけど、じゃんけんで決めよっ♪」

 

「じゃんけん?」

 

「うんっ♪

じゃんけんして、同じだった人が2人で寝ること!」

 

「つまり、出した時にあいこになった同士の人が、寝るペアなんだな」

 

「うんっ!

ペアが一度決まったら『絶対』だよ☆

それと心理戦も有りだからね♪」

 

心理戦とは、要するに

 

「それじゃあ、2人とも何出すか宣言してっ♪」

 

こういう事であろう。

先に宣言した相手の裏を読むか、裏の裏を読むか…。

 

「じゃあ…俺はグーを出す」

 

と宣言すると紗夜が

 

「なら…私はチョキを出します」

 

俺と同じように宣言すると日菜が

 

「じゃ〜あ〜…。

陽菜くんがチョキ以外出したら、あたしと恋人になること!」

 

「えっ?」

 

「それで、おねーちゃんがチョキ出さなかったら、今度からポテト買ってきてあげない!」

 

「えっ!?」

 

「せーのっ♪じゃんけん…!」

 

ぽんっ

 

俺と紗夜は、慌てながら素直に出しました。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2階 自室

 

部屋の明かりを消し、夜10時を回った頃。

 

「……如月さん。

起きていますか?」

 

「……ああ」

 

日菜の決めたじゃんけんによって、俺と紗夜は今、同じベッドの上で寝ている。

 

しかし、シングルベッドだから、お互いの背中で、お互いの体温がわかる程密着している上に、緊張で眠れないという状況に陥っていた。

 

「あの…私やはりリビングで寝ましょうか…?」

 

「多分、外に出ても日菜が足音に気づいて連れ戻されるぞ…」

 

なぜ、日菜がこんな事をしでかしたのか。

そんな事はわからないが、俺はこの場を借りることにした。

 

「えっと…紗夜」

 

「…どうしました?」

 

「今日。

ここで俺が日菜を押し倒してる所見ただろ?」

 

「……はい」

 

少し不機嫌そうな声が返って来た。

 

「アレな…。

本当に足が引っかかって押し倒しただけの事故だから、変な誤解はしないで欲しい」

 

「…わかりました…」

 

その一言が聞けて安心していると

 

「…如月さん…。

1つ聞いてもいいですか…?」

 

「俺の答えられる範囲で…なら」

 

「……如月さん。

私は…そんなにも女性としての魅力はありませんか…?」

 

「いやちょっと待て。

どうしてそうなった…?」

 

思わず突っ込み口調で言ってしまった。

すると

 

「どうして…と言われましても…。

如月さんが言ったんですよ?」

 

「……なんて?」

 

「私がお風呂に入る前、あなたが日菜に

『そんな事しないから大丈夫だ』と」

 

(アレかー…)

 

思い当たる節があって頭を押さえる俺。

そこへ紗夜は続けて

 

「確かに…。

私はオシャレに詳しい訳でも、スタイルが良い訳でもありません…。

ですが、あんなにハッキリと言わなくても良いじゃないですか…」

 

「!」

 

すると背中の服が、()()()1()()()引っ張られるような感じがした。

その中心部で、ぎゅっと握られた手。

 

俺の認識が間違っていなければ、おそらく紗夜は今こちらを向いている。

 

「…うむ…。

もし傷ついたなら悪かった。

…でも、アレは紗夜に言ったんじゃなくて、覗く行為そのものに言った訳で…」

 

「わかっています。

ですが…心ではわかっていても、どうしても私自身が()()捉えてしまいます…」

 

「…そうか。

…でもな、紗夜」

 

「はい…」

 

「もし紗夜自身が、自分に自信が無いと言っても、俺だけは紗夜の事を魅力的だと言い続けられる自信がある。

その証拠に…」

 

「?」

 

「多分、今俺の心臓の音聞いたらすごいぞ、うん。

めっちゃすごい」

 

「そう…なんですか…?

…では、少し失礼します…」

 

「えっ、ああ…」

 

そっ…と静かに紗夜が耳を背中に当てる。

すると

 

「ふふ…」

 

紗夜の笑い声が聞こえて

 

「ど、どうした…?」

 

「いえ…。

普段と変わらないお話をしているのに、こんなにもあなたの心臓がバクバクと動いているのがわかると、なんだか笑えてしまいました」

 

「…ほっとけ…」

 

「ふふ。

私以上に緊張するのは男の人としてどうなんですか?」

 

珍しくからかってくる紗夜に

 

「……ほっとけ…」

 

2度目の言葉を使った。

そして言い負けているのは癪なので

 

「てか、そんな事より紗夜。

お前、いつまで人参嫌いなんだよ」

 

「!ほ、放っておいてください…!」

 

「やっぱ、今日のシチューに人参が入ってなかったのは、そういうことか」

 

「っ…どうしても人参だけは駄目なんです…」

 

「どうにかならないもんかね。

美味しいのに…」

 

「私にはわかりかねます。

…というか、如月さんこそ。

その鈍感さをどうにかして欲しいですね」

 

「ふっ…俺が鈍感なんてことあるわけが」

 

「日菜に『好き』と毎日のように言われて、やっと日菜の想いにギリギリ気づいた人が何を言っているんですか?」

 

「……ま、まぁ…そんな日もあるさ…」

 

「はぁ…。

まぁ、如月さんはその緩さがちょうど良いです。

それでは、私は安心出来ましたので、そろそろ寝ます」

 

「ん?安心?」

 

「はい。

あなたが緊張するくらいに私を認識しているなら、少しは私も自分に自信を持てますから」

 

「そうか。

それは良かった」

 

「それと…少し寒いのでくっ付いて寝ますが気にしないでください…」

 

「えっと…はい」

 

そうして、紗夜は心臓の音を聞きながら、ゆっくりと眠った。




黒羽龍姫様 上崎様
黒神 業様 アーペ様

お気に入りありがとうございます。

次は…パスパレの誰かの回かな?
(そこは決めてるけど、誰にするか決めてない)

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