退屈な日々を忘れたい俺がなぜバンドの手伝いをしているんだ......   作:haru亜

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第12話 最悪に思える選択

16日 土曜日

ライブ当日

 

(…一応…考えて来たけど…)

 

「使う場面が無ければそれで良いか…」

 

CiRCLEの前でそう呟き、扉を開けて中に入ると

 

「あっ陽菜くん!

来てくれたんだねっ!」

 

「あっ、まりなさん」

 

段ボールを両手で持っているまりなさん。

いつも見た時に段ボールを持っている気がするのは気のせいだろうか。

すると

 

「もうRoseliaのみんなは下の楽屋で準備してると思うよっ」

 

まりなさんは俺が来た理由を理解した上で教えてくれた。

しかし俺は少し考えた後

 

「…いや。

ライブまでは会わないことにする」

 

「?そうなの?

じゃあ後10分くらいでライブ始まるから、楽しんで行ってね!」

 

そう言ってまりなさんが店の奥へと去る。

すると背後からカランカランと鈴の鳴る音がした。

振り返って見るとそこには

 

「あー!」「あっ」

 

日菜たちが居た。

もっと簡単に言えば、パスパレのメンバーが来ていた。

すると

 

「陽菜くんーっ!!」

 

日菜の遠慮ない抱きつきからくる軽い衝撃が、俺の全身に伝わる。

それと同時に甘酸っぱいアロマの香りが全身を包んだ。

抱きつく日菜は頭を猫のように擦り付けながら

 

「陽菜くんが居る〜♪

なんでなんでー?」

 

甘えるとはちょっと違う。

けれど、かなり幸せそうな声を出す日菜。

そして

 

「はぁ…。

なんでパスパレがここに?」

 

そう聞くと麻弥が

 

「実は昨日。

日菜さんに呼ばれたんですよ。

『おねーちゃんのライブ観に行こう』って。

そしたら、ジブンたちも半ば無理矢理連れてこられた感じになって…。

あっ!別に皆さんと出かけるのが嫌っていう訳じゃないっすよ!」

 

後半慌てて弁明する麻弥。

麻弥の慌てようは彩に似ているから見ていて飽きない。

 

「なるほどな。

……で、いつまでくっついてんだ日菜」

 

ぎゅーっとさっきからずっと腕で締め付けてくる日菜。

 

「休日に陽菜くんと会えたっ♪

これはもう運命だよっ!」

 

「それは無い」

 

「結婚するしかないねっ♪」

 

(目が本気だこの子)

 

「いや、お前の思考回路どうなってんだよ。

てか、早く離れないと、またパスパレに迷惑かけるぞ…」

 

「むっ…うぅ…!」

 

悔しそうに葛藤した日菜は、ぷくーっと頰を膨らませながら、ようやく離れた。

するとイヴが不思議そうに見ていたことに気がついた。

 

「?どうした?」

 

目を合わせて言うとイヴは少し戸惑いながらも

 

「いえ…その…ハルナさん。

どうかしましたか?」

 

「?俺?」

 

「はい…。

なんだか、とても元気が無いように見えました」

 

「…」

 

意表を突かれた。

しかし、ギリギリ顔に表情を出して気づかれることは無かったが、やはりイヴ辺りは危ない。

 

(万が一、俺のことを探られて正体がバレれば、イヴ達は絶対に俺を止める。

それだけは絶対に防ぐ…)

 

「いや、ちょっと歩くのに疲れただけだ。

寝起きで歩くのって疲れるんだよなぁ…」

 

嘘4割事実6割と言ったところで話した。

すると千聖がため息をつきながら

 

「はぁ…。

それ、ただの運動不足じゃないのかしら?」

 

ジトッと見られたが、俺は目を逸らして

 

「ほっとけ」

 

と短く返して話題を終わらせた。

そして目線の先にあった時計を見て

 

「…そろそろライブが始まる頃だな」

 

「うんっ!

早く行こう」

 

そして地下のライブステージへと向かった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

観客がザワザワと楽しみに待っている。

そんな中、ちょくちょくとRoseliaの話や、最近出来たバンドのRASの話が聞こえてくると彩が

 

「そういえば、陽菜くんも日菜ちゃんに呼ばれたの?」

 

「いや、俺は友希那に呼ばれた」

 

そう言うと日菜はムッとしながら

 

「陽菜くん…。

友希那ちゃんの時だけ優しい気がする…」

 

「普通だろ」

 

「うーそーだー!!

陽菜くん、あたしには容赦ないもんっ!」

 

「優しくしてんだろ…。

てか、どう考えてもこの中で1番仲が良いの日菜だぞ」

 

「ほんとっ!?」『ん?』

 

(げっ…。

なんか面倒な空気が…)

 

そう予感していると案の定、千聖が

 

「この中で1番仲が良いのは日菜ちゃん。

それは、どういう意味かしら?」

 

笑顔で聞いてくる。

営業スマイルなんて生ぬるい。

千聖は、素で怒る前の時の笑顔が1番怖い。

 

(おいおいおい俺死んだわ)

 

「いや…あの…」

 

少し口ごもっているとイヴが

 

「ハルナさん!!」

 

「は、はい」

 

思わず敬語になった。

 

「『二兎追うものは一兎を得ず』ですよ!」

 

「え?いや、なんの話だ?」

 

イヴの言っている意味がわからずにいると麻弥が

 

「陽菜さんは二兎どころじゃない気がしますけどね」

 

「だからなんの話だ!?」

 

突っ込んでいると横にいた日菜が

 

「おねーちゃんの演奏楽しみだなー♪」

 

ワクワクしながら手すりを掴み、身を乗り出してステージを見つめる日菜。

 

そしてついに照明が落とされていき、観客たちと共に、俺はステージへと視線を切り替えた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

しばらく経ったが、パッとしたバンドは出てこない。

だが、それなりに実力があるバンドが多いようだ。

すると今演奏していたバンドが終わり、次のバンドが来た。

そしてそれは

 

「あっ…れ?RAS?」

 

知っているバンドだった。

かつて俺が手伝ったバンド。

RAISE A SUILENだ。

 

「?陽菜くん知ってるの?」

 

彩に聞かれて頷いた後

 

「ああ。

まぁ、聴いたらわかる。

アレは、かなり良い音だ」

 

そう言うと同時に、RASの演奏が始まった。

 

「わぁ…!」

 

「あの皆さんすごい技術力ですっ!」

 

「それに、あのドラマーの人!

ますきさんじゃないですか!」

 

「!麻弥、知ってるのか?」

 

麻弥の声に思わず反応して聞いた。

 

「はいっ!

まさか、ますきさんが居るとは思いませんでした!

さすが【狂犬】の2つ名に違わぬ実力ですっ!」

 

珍しく麻弥が興奮して早口になっていた。

しかし、俺はしばらく聴いて気づいた。

 

(良い音だ…。

でも、チュチュ。

その音で、本当に世界を変えられると思うのか?)

 

チュチュが語った夢を否定するつもりはない。

だが、もしかしたらチュチュは自分の夢を、あまり深く考えていないのかも知れない。

 

(課題が増えそうだな…)

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

楽屋

 

静けさが、空気の悪さを物語る。

しかし、誰かが喧嘩している訳でもなく、何か気不味い発言をした訳でも無い。

 

ただ、この後の演奏がどう響くのか。

そして何より私の思考を埋めていたのは、陽菜の言葉だった。

 

『それは本当に友希那がやりたいことなのか?』

 

(私がやりたいこと…。

それは…頂点を目指すこと。

FWF(FUTURE WORLD FES).で優勝して、夢が叶い。

それから、私たちは頂点への道を進んで行った。

最初は、世間の期待が高まるにつれ、それに応えようとした。

けれど…本当にそれで良いのかしら…?)

 

そう考えているとリサが暗い顔をしていることに気がついた。

 

「?リサ。

どうかしたの?」

 

と尋ねる。

すでに衣装を纏っているリサはピクッと反応してから

 

「……うん。

ちょっと考え事してて、さ…」

 

「考え事?」

 

「その…昨日さ。

陽菜に昼休みに呼び出されて、バンドのことについて陽菜が何も言わなかった時…アタシね…。

『どうして何も言ってくれないんだろう…』

って思っちゃった…」

 

苦しそうにギュッと胸のあたりで右手を握るリサ。

そしてその両目には、ほんの少しだけ透き通った雫を乗せられており、リサは自分への嫌味を続けるように

 

「アタシ…ずっと陽菜に甘えてた…!

今回も、きっと陽菜が助けてくれるってどこかで思ってた…!

…ううん、多分、今も心のどこかで思ってる…」

 

ポロポロと涙を少しずつ零すリサの言葉は、この場にいる全員が息を呑むと共に、瞬時に理解できた。

 

それも全く同じくらいに『陽菜が助けてくれる』と心の奥底で思って甘えていた真理を知りたくなかったから。

けれど

 

「…私も、リサと同じよ」

 

たった1人の幼馴染が、バンドメンバーが、自分に素直になって話した。

それも逃げることなく誤魔化すことなく。

はっきりと告げたのだから、置いて逃げるなんて真似はしない。

 

「っ…!友希那?」

 

「リサが私を気にかけてくれていたことは知っていたわ。

それでも…暗闇に立った私が真っ先に取った行動。

それは、如月を頼ることだった」

 

『っ!!』

 

「…私には、それしか思いつかなかった。

『如月なら何か知っているかも知れない』

『また助けてくれるかも知れない』と…。

だから、それはリサだけが抱いていた感情じゃないことは確かよ。

少なくとも、私も…彼に甘えていたんだと思うわ」

 

「っ…友希那…っ!」

 

涙がリサの頰を伝った。

すると

 

「そう…ですね」

 

「!紗夜?」

 

紗夜は反省するようにしながら

 

「私も…如月さんに頼ってばかりです。

正直なところ、昨日。

如月さんが何も言ってくれなかったことには、私も少し残念でした」

 

「紗夜…!」「紗夜…」

 

「そしてそれは…私たちが前に進む為に、()()()()()()()も直していくべき所では無いかと思います。

…以前も、それで如月さんに怒られてしまいましたから」

 

以前も、という言葉に心当たりがあった。

 

「まだ、私たちが頂点とは何かを考えていた頃ね」

 

「はい。

私たちが頂点を目指せる為に創意工夫し手伝って、いつでも最適解を見い出してくれた如月さんを、どこか『絶対に信頼出来る人』と決めつけていたのかも知れません。

『この人が導いてくれるなら、大丈夫だ』と」

 

正確に的を得た発言をした紗夜。

それはきっと、逃げていた心を現実に引き戻す為に必要な事だった。

 

「あの時…。

如月さんは、本気で怒ってくれました。

自分の為ではなく、Roseliaの為に。

ですから、今回のライブは、必ず成功させます。

たとえ、この気持ちが如月さんの為に演奏しようとしていても。

私たちはただ、自分たちの為に頂点へ続く道を進むだけです」

 

『っ!!!』

 

「…そう。

如月の為に演奏するのは『ついで』という訳ね」

 

「ええ。

感謝の気持ちを抑え切れないのなら、それをついでに演奏するしかありません。

なぜなら、如月さんは、()()()()()()()()()()()()()()()()()ということを嫌っていますから」

 

「ただ前に進む為に、自分から足りないものを発見し、それを得る為に学び。

ただ上へと登る為に、新たな挑戦を見つけ出し、その結果を集約させ、それらを取り込む。

それが、Roseliaだけの技術」

 

(今…ようやく、如月が言っていた言葉の意味がわかった気がした…。

誰かの期待に、ましてや世間の期待に応える必要はない。

私たちはただ、自分たちの道を歩いて行くだけ。

もし、そうだとしたら……今の私たちは、自分たちの行くべき道に立っているのかしら…?)

 

そんな疑問が浮かんだ。

しかし、どうやらその疑問を解決している暇は与えてくれない。

扉を開けたスタッフに呼ばれて、Roseliaの出番となった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

照明が落とされて、ステージに黒紫色の照明がかかる。

Roseliaの出番だ。

 

「……」

 

(魅せてもらうぞ友希那。

俺が見られる最期から2番目のライブを)

 

同じ頃ステージにて

 

「……」

 

息を整え、観客席を真っ直ぐに見つめる。

 

(必ず、あなたに聴かせる。

今の私たちが出せる最高の音で…!)

 

「…『BLACK SHOUT』」

 

そうして、演奏が始まった。

 

「おねー…ちゃん…?」

 

俺はその一言が小さくても、はっきりと聞こえた。

どうやら日菜は紗夜の異変に気づいたようだ。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ライブ終了後

 

観客が居なくなってから、俺と日菜たちはCiRCLEの受付前に来ていた。

すると

 

「hey!!陽菜!!」

 

「ん?」

 

視線を下ろした先にチュチュが居た。

それもご機嫌がかなり麗しい様子。

 

「なんだチュチュか。

その様子だと。

ギター、見つかったみたいだな」

 

「Yes!

ちょうど、バンドをやりたいって言ってる子が見つかったの!

だから、今日は早速ライブでRoseliaを超えたかったけれど…。

今日のRoseliaと演りあってもNonsenseね」

 

「相変わらずちびっ子のクセに態度はデカイな」

 

「ちびっ子言うな!!」

 

「てか、他のメンバーはどうした?」

 

「パレオたちなら、先に外へ出ているはずよ」

 

「そうか。

じゃあ後は…」

 

Roseliaだけだな。

と言おうとするも、地下へ続く階段から待っていた人たちが現れた。

そして第一声に投げかけたのは

 

「…どうだった?」

 

という内容を示さない言葉だった。

しかし、友希那はそれをすぐに理解して

 

「ますます…わからなくなっているわ。

何がわからないのかもわからないくらいに…」

 

その言葉を聞いて確信した。

いや、元より確信していた予感が、より際立った。

やはり友希那たちは、()()()()()()()()()()()()()のだと。

そして、俺は友希那の核心を突くように

 

「『自分が今どこにいるのか』

…それが、わからなくなったんだろ」

 

「!!」

 

(いただき)に立ちつくし、次に進むべき場所を見失った。

違うか?」

 

「それは…」

 

「…予想してた。

フェスが終わってからこうなる事はな」

 

『!!』

 

「優勝したことで、Roseliaは世間や音楽業界からも注目を浴びて、期待された。

それでも友希那たちは、自分の道を貫くと言った。

だが『誰かからの期待』ってのは、そんな軽くない。

もっと上へ上へ…と次の段階へ登り詰める」

 

「…ええ。

そうすれば、上へ進めると前へ進めると思った…」

 

「でも『前と違って前進した感覚が無くなった』…だろ?」

 

「!!」

 

「上へ登れば、その道中にこう思う。

『自分が今何をしているのか』

『何を目的として動いているのか』

『自分は誰かの期待に応えようとしているのか?』

それさえ、無意識のうちにわからなくなって、どうやって取り戻すのかさえも見当がつかない。

…ま、大方そんな所だろうな」

 

「…っ…!」

 

「そんな世界と心境の最中(さなか)

誰の手も取れず、孤独にも先を走らせてしまったのは、俺の落ち度だ」

 

「!!それは違」

 

友希那が否定しようとしたが、それを(さえぎ)

 

「だから、俺が為すべき事はただ1つだ。

『Roselia』のリーダーである湊 友希那に、ボーカル対決を申し込む」

 

『っ!!!?』

 

この場にいる全員が驚愕した。

実際、今、自分がこんなやり方でしか納得がいかない事に俺自身驚いている。

そしてそれを聞いた友希那は当然

 

「…私が…あなたと対決?」

 

驚きで目を少し見開いて言った。

そして俺は

 

「そうだ。

ただし、俺が勝った時の条件はこうだ」

 

「条件…?」

 

「ああ。

その条件は、Roseliaの解散」

 

「え……?」

 

『ええっ!!!!?』

 

友希那に最悪に思える選択を突きつけた。




ペンタ様 ホンギィ様
ガラ爺様 ちまき様 散雨様


今更ながらお気に入りありがとうございます。

あと2話くらいで第4章終わりです。
次の話は遅くなりそうですごめんなさい。


追記

歌詞考えるの楽しい(察し)

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