退屈な日々を忘れたい俺がなぜバンドの手伝いをしているんだ......   作:haru亜

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第7話 愚か者の逆鱗に触れるべからず

窓から射す月明かりの光が金縁の赤いカーペットに立つ3人を照らす。

 

「私が代わりの人質になるわ」

 

友希那の衝撃的な発言を受けて動揺に染まる2人。

リサはなんとか口を開く。

しかし、なんと言えば良いのかわからず、開いた口をすぐに閉じてしまう。

 

「2人とも。

私が行くまで他の人には内緒にしておいてちょうだい。

私から言えることはそれだけよ」

 

友希那が話を強引に切り上げようとする。

しかし、それを紗夜は許さなかった。

 

「…そこまでして、伝えたいこととはなんですか?」

 

「…一言で言うなら『私の想い』よ」

 

「想い…?」

 

「ええ。

如月が父親から貰った名前の意味は『自由』よ。

何にも縛られない自由。

だというのに、如月は政府に、そして私たちに縛られている」

 

「私たちに縛られている…。

とは、私たちが何かしてしまったと言うことですか?」

 

「いいえ、そうじゃないの。

正しくは、自分で自分を縛ってしまっているの」

 

「自分で自分を?」

 

「ええ。

如月は、私たちの為なら命を賭して守るわ。

それはあのゲームの中でもそうだったから、1番よくわかっていることよ」

 

「それはそうですが…。

そこに問題がある、ということですか?」

 

「そうよ。

たとえどれだけ傷ついてでも守り抜く…。

けれど、如月は自分の命を賭ける回数が多過ぎる。

他人の為に命を賭して守るなんて、まるで自分はどうでも良いみたいじゃない」

 

「…湊さんは、そこまでして守られるのが嬉しくないんですね」

 

「ええ」

 

前にリサが問いかけた質問をする紗夜。

しかし、紗夜には続きがあった。

 

「それは、()()ですか?」

 

「…それは…」

 

「私は嬉しいです。

如月さんが命を張ってまで守ろうとしてくれる。

その行為が不器用な如月さんなりの優しさだと私は思います」

 

「っ…私がそれを嬉しいと思ってしまったら、今の如月を否定出来ないわ」

 

「…どうして否定する必要があるんですか?」

 

「今の如月は、私たちだけを見てしまって自分が見えていない。

私は如月が自分の為にも生きてくれた方がよっぽど嬉しいわ。

だから、私は今の如月の認識を否定する為に、私の想いを伝えに行くの」

 

「だから、話し合いをする為に自分が人質になる…と?」

 

「ええ。

さっき、紗夜は如月なりの優しさ、と言ったわね。

アレは、確かに如月の優しさよ。

けれど、同時に私たちの気持ちを考えていないということでもある」

 

「!」

 

「私は、そんな淡い優しさは要らない。

そんな優しさで傷つく彼をもう見たくないの。

だから、これはここだけの話にしてちょうだい。

お願い」

 

深々と頭を下げる友希那を見て、紗夜はもう行くと決めたのだと確信した。

 

「…わかりました」

 

「…ありがとう」

 

「今井さんは、どうしたいですか?」

 

紗夜の声にピクッと反応して考え込んでいた頭から現実に意識を戻すリサ。

 

「アタシは…危険だと思う…。

友希那1人で行くなんて…。

でも、陽菜を助けるには…そうするしか無いんだもんね…」

 

まだ思考がまとまっていない。

陽菜を助けるにはそれしか方法が無い。

けれど、友希那1人でそんな危険な所へ行かせたくない。

そんな考えがよぎり、迷っていた。

しかし、紗夜が

 

「今井さん。

確かに危険かも知れません。

けれど、湊さんが死ぬことは絶対にありません」

 

前の言葉を断固として否定した。

 

「なんで…そう思うの?」

 

「今回のテロリストの交渉。

不自然に思いませんか?」

 

「えっ…?」

 

「どうして、テロリストたちは天皇が持つ特殊機関の権利と天皇を狙ったのでしょうか?」

 

「それは…特殊機関のチカラが大きいから?」

 

「それもあるでしょう。

けれど、それなら天皇からその権利だけを取れば良いはずです。

だというのにそれをしなかった」

 

「!確かに…言われてみれば…」

 

「それは何故か。

答えは簡単です」

 

「それは、テロリストたちの本当の目的が如月だからよ」

 

「!!」

 

「湊さん…。

気づいていたのですか?」

 

「ええ。

彼女の話はやけに回りくどかった。

だから、本当の目的をはぐらかす為だとわかったわ」

 

「そうですね。

けれど、天崎さんはミスをしました」

 

「ええ。

『天皇の人質となる代わりの存在』と彼女は言った。

なら、その『人質』とは誰の為の人質なのかしら?」

 

「あっ…!!」

 

その言葉を聞いてリサは1つの可能性に気づいた。

 

「テロリストの人たちは、天皇を人質にして陽菜を誘い出そうとしてる…ってこと?」

 

「はい。

目的はわかりません。

しかし、それしか天皇を人質に取る理由がありません」

 

「で、でも、テロリストたちが狙ってるのって。

もしかしたら天皇と関係を持って他の人かも知れないよ?」

 

「それは無いでしょう。

政府が私たちを狙っている時点で、如月さんを誘き出す為の『人質』だと判断出来ます。

ですから、これらを踏まえて、もし湊さんが人質になっても危険は極小です」

 

「!!」

 

リサは紗夜のあまりの推理力に驚愕で表情が固まる。

それと同時に不安になっていた心が軽くなった。

 

「如月に会う為にはそれが最短ルートよ」

 

「それって、本当に会えるの?」

 

「それはわからないわ」

 

「…へっ?」

 

「だって、向こうが必ずしも会わせてくれるとは限らないでしょう?」

 

「ええっ!?」

 

「でも、そこは私がなんとかしてみるわ」

 

「なんとか…って、具体的にはどうするの?」

 

「交渉するしかないでしょうね」

 

「交渉のやり方は?」

 

「前に1度、如月が教えてくれたわ。

だから大丈夫よ」

 

いつもリサばかりにライブに関しての交渉をさせていた友希那は、少しでもリサの重荷を背負おうとした。

リサは重荷とは感じていないだろう。

しかし、それでも密かに陽菜から交渉の初歩を教わっていた。

 

「でも…」

 

友希那の言葉を聞いても心配になるリサ。

 

「そんなに心配しなくても良いわ。

必ず如月は連れて帰るから、信じてちょうだい」

 

「……」

 

(そっか…もう決めたことなんだ…)

 

「うん…わかった☆

でも、怪我には気をつけてね♪」

 

取り繕った笑顔が、友希那にバレるとわかっていた。

それを理解した上でリサは笑顔で言った。

そうでもしないと、もし泣き止めたりしたら、友希那に余計な気遣いをさせてしまうかも知れないからだ。

 

「とはいえ、後は話を聞いて明後日になるのを待つだけ。

今日はもう寝ましょう」

 

「うんっ。

ところで友希那。

聞いても良い?」

 

「?何かしら?」

 

「ここがどこかわかってるの?」

 

「……」

 

「もしかして…友希那迷子になってた?」

 

「!」

 

明らかに表情が変わった友希那。

 

((迷子になってた(んですね)…))

 

2人はしみじみ思った。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

翌日 2月21日 14時

 

昼食が済んだ友希那は、1人天皇の個室へと向かっていた。

迷わず部屋に辿り着いた友希那は、コンコンッとノックをする。

 

「どうぞ」

 

中から声が聞こえて扉を開ける。

そこには、1人優雅に紅茶を飲む彼女が居た。

 

「?どうかされましたか?」

 

「少し…あなたと話がしたいの。

良いかしら?」

 

「…構いませんよ。

好きな所へお掛け下さい」

 

そう言われた友希那は姫の目の前にあったソファへ座った。

 

「それで…どうされましたか?」

 

「今日の深夜…明日の取引についてよ。

私が、あなたの代わりを務めるわ」

 

「やはり、その件でしたか…」

 

姫は哀しそうな目をしながら、こうなることを予想していたかのように言う。

 

「来るとわかっていたなら話が早いわ」

 

それを見て友希那が先に話を進めようとした。

しかし

 

「ですが、丁重にお断りさせていただきます」

 

「…理由を聞いても良いかしら?」

 

「わたしが、なんの為にあなた達をここへ連れて来たと思っているのですか?」

 

「如月に傷ついて欲しくないからでしょう」

 

「その通りです。

ですから、あなたにわたしの代わりをさせる訳には行きません」

 

「なら、あなたは人質になって何をするというの?」

 

「えっ?」

 

「人質になって、向こうに囚われて、それからどうするの?」

 

「それは……」

 

考え込んで答えを焦る姫。

しかし、友希那は急かすように話を続けた。

 

「まだ答えが決まっていないのね」

 

「!…なら…!

あなたは答えが決まっているというのですか?」

 

「ええ。

相手の本当の目的…。

それは、如月を誘い出す為でしょう?」

 

「!!」

 

意表を突かれたような顔を見せた。

 

「やっぱり…そうだったのね」

 

「どうして…それを…?」

 

「あなたの話を聞いていればわかったわ」

 

友希那は簡潔に述べる。

話を早く進めたいという焦りがやや現れていたからだ。

 

「…話を進めるけれど。

明日ある政府とテロリストの取引。

相手が如月を誘い出す為に必要な取引なのでしょう?

そして政府がその材料に私たちを狙ったのなら、私たちにはそれ相応の価値があるということになる。

だから、私でもあなたの代わりは務まるはずよ」

 

「っ……特殊機関の権利はどうするおつもりですか!?」

 

「別に渡さなくて良いわ」

 

「っ!?」

 

「私が人質になれば、如月は必ず来る。

相手にとっての目的はどういう訳か、如月を手に入れたいだけ」

 

「でしたら…!

人質になって、あなたはどうするのですか!?

わたしはその先が聞きたいです!」

 

「如月と話し合って、連れて帰る。

それだけよ」

 

「!そんなこと出来る訳ないじゃないですか…」

 

「あなたが協力してくれれば可能よ」

 

「出来ません!

陽菜は…絶対に()()()には勝てません…」

 

人名をはっきりさせないまま話した。

 

(あの人?)

 

「いいえ…。

どんな人でも勝てません…。

ましてや、人質を連れて逃げ切るなんてことも出来ません。

ですから…」

 

「…なら、あなたが如月を仕事から離れられるようにすれば良かった話でしょう?」

 

「!ですから、それは…!」

 

「『天皇ではないから』

いつまでその言い訳を使うつもりかしら?」

 

「っ!」

 

「実際、弦巻さんに頼めば、すぐにあの…なんとかの儀を行えたはずよ。

だというのに、それをしなかった」

 

「っ……!!」

 

「何故ならそれは、あなた自身が天皇になる覚悟が出来ていない。

ただそれだけの話よ。

だから、如月を都合のいい駒のように扱って…」

 

「わたしが…」

 

姫の震えた声。

手を強く握り締め目に涙を浮かべる。

しかし、それは怒りから来るものだった。

 

「わたしが…!

一体どれだけの思いで陽菜を戦場に向かわせていると思っているのですか!?」

 

「っ!!」

 

「好きな人と国の均衡を天秤にかけられて、その片方だけしか救えない選択を強いられた!

あなたにこれがどれだけの苦痛かわかりますか!?」

 

今日1番の声を張った姫は、少し喉を触ってから我に返って冷静さを取り戻した。

そして

 

「…少し言い過ぎたわ。

けれど、あなたは、ただ如月に嫌われるのが怖いだけでしょう?」

 

友希那は謝った後、遠慮なく言った。

その言葉に姫は胸を貫かれたような痛みが走る。

 

「自分の代わりに如月の友人を引き渡した。

そんな事実を如月が知れば嫌われるかも知れない。

嫌われたくない…。

その気持ちはわからなくもないわ。

私だって如月に嫌われるのは怖いもの…」

 

「だったら!」

 

再び大きな声を出す姫。

しかし、友希那はそれを上回る声で言い放った。

 

「けれど!

もしその行為で如月が救えるのなら!

如月の手を掴めるというのなら!

私は嫌われても構わないわ!!」

 

「!!」

 

友希那の声と意思に姫は生まれて初めて他人に圧倒された。

その黄金色の真っ直ぐな瞳が決意を指し示したかのようにも思えた。

 

「だから、私をあなたの代わりに行かせてちょうだい」

 

「…わたし…は…」

 

姫は目の前にいる彼女が自分よりずっと適任だと理解している。

それでも、譲りたくなかった。

やはり人から嫌われるのが怖いから。

ましてや、今でも忘れられない好意を寄せた人に嫌われるのが一番怖い。

そんな葛藤を抱えていると

 

「そんなに迷うなら…。

私に全てを賭けてちょうだい」

 

「っ!?」

 

「私は生きて如月を連れて帰る。

けれど、その為にはあなたが代わりを譲ってくれないといけない。

だからこそ、あなたに聞くわ」

 

「…」

 

「あなたに全てを賭ける覚悟はある?」

 

「あなたに…賭ける覚悟…ですか?」

 

「そうよ。

私に全てを賭けることは出来るかしら?」

 

「全てなんて賭けられるわけが…」

 

「大きな物事を成すには、それ相応の覚悟が必要よ。

あなたは如月をどうしたいの?」

 

「っ…助けたい…です」

 

「なら、それ相応の覚悟を決めなさい。

覚悟に賭けるモノを惜しんでいては、叶えたいことも叶えられなくなる」

 

「ですが…!

あなたを巻き込んでしまえば…陽菜はまた…」

 

「きっと傷つくでしょうね…。

けれど、如月は長年『友人』と呼べる友達が居なかった。

そのせいで私たちを神聖視し過ぎている。

だからこそ、如月にはその痛みに慣れてもらうしか無いわ」

 

「っ…そんなことが…許されるでしょうか…?」

 

「彼が許してくれればそれで終わり。

許してくれなければ、何度だって傷つけるわ」

 

「っ!!

…おかしな…人ですね…。

大切な人の為に、大切な人を傷つけろと言うのですか…?」

 

「ええ。

でも、それは私も一緒よ。

それに…きっと如月は傷ついた分だけ強くなれる。

だから、あなたが深く傷つけたとしても、あなたの責任は私が背負うわ」

 

「…っ…!」

 

胸に痛みが伝う。

そんな言葉を言われては涙腺が緩んでしまう。

手を強く握って抑えても、左目からツー…と涙を流す。

 

幼馴染でもあった彼。

だけど、父と母に隔離され、ずっと孤独な彼に手を差し伸べられなかった。

そんな彼を助けてくれる人が、ようやく現れたのだから。

 

「わたしが…出来なかったことを…。

やり遂げて……くれますか…?」

 

震えた声でもちゃんと尋ねる。

 

「…必ず」

 

返ってきたのはとても短い言葉だった。

それでも、優しさに溢れた言葉使い。

 

「……お願い…します…」

 

最後に一言言っておきたかった。

今礼を言うのではなく、今謝るのではなく、全てが無事に終わることを祈りながら、彼女に託した。

 

「ええ」

 

(如月…。

今私はあなたのやり方で確実に近づいている。

けれど…このやり方は…みんなの想いを裏切っている気がしてならないわ…。

あなたはどう思っているの?)

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その日の深夜

 

みんなが寝静まった後。

こっそりと部屋を抜け出そうとすると

 

「友希那」

 

「!…リサ。

……起こして……しまったかしら?」

 

「ううん。

…もう…行くの?」

 

「…ええ。

行ってくるわ」

 

「そっか…。

……」

 

「?何かしら?」

 

「っ…ううん。

なんでもないよっ。

行ってらっしゃい♪」

 

「…ええ。

おやすみなさい」

 

「うん…。

気をつけてねっ」

 

リサは自覚するほど情けなく微笑む。

引き止めたい気持ちでいっぱいだった。

それでも、青薔薇のペンダントを胸元で揺らす幼馴染を見送った。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2月22日 午前0時30分

天皇の別荘 屋上

 

ヘリの音と風圧を受ける。

その下には姫と琴吹が居た。

 

「約束通り来てくれましたね」

 

姫は微笑んだまま言った。

 

「当たり前でしょう」

 

「…あなたは陽菜を生きて連れて帰ると言いました。

けれど、現実はそう上手くはいきません。

ですから…もし失敗したら、あなただけは生き残ってください」

 

「上手くいかせるわ」

 

すると琴吹が腕時計を見て

 

「では、湊様。

こちらのヘリで空港までお送りします」

 

手でヘリの中へと誘う仕草を見せた。

 

「?空港?」

 

「政府とテロリストの取引は空港で行われます。

それと我々が同行出来るのは空港までですので、そこはご容赦ください」

 

一通り説明され、少し考えた後に

 

「そう」

 

短く返してヘリに乗り込んだ。

 

「もし、全てが終われば、その端末でお知らせください。

すぐに迎えのヘリを出します」

 

そう言って黒い小型の液晶端末を渡された。

 

「わかったわ」

 

「…武運を祈ります」

 

そう言った姫の目は決意を固めていた。

前に会った時とは別人のように。

 

「ええ。

行ってくるわ」

 

返事をしてからシートベルトを締める。

すると姫が

 

「琴吹。

湊さんを無事に送り届けてください」

 

「わかりました。

姫様も私が居なくても、1人でちゃんと寝てください」

 

「うっ……わ、わかってます」

 

言い返され顔を赤らめてから俯いた。

そして

 

「では、行ってきます」

 

ガラッと扉を閉め、操縦席に座る琴吹。

手慣れた操作でヘリを離陸させる。

そして、手を握り締めて何十分経ったのかもわからなくなってきた頃。

 

「…湊様。

吐き気止めは大丈夫ですか?」

 

「大丈夫よ」

 

「体に異変があれば遠慮せずにすぐに言ってください。

ここには色々な薬が常備されていますから」

 

「そう心配しなくても大丈夫よ。

いつも体調には気をつけているから」

 

「そうですか」

 

「……」

 

しばらく沈黙が続いた後、ふと気になった。

 

「ええと…琴吹さん…」

 

「はい。

琴吹です」

 

「1つだけ聞いても良いかしら?」

 

「私の答えられる範囲内でお願いします」

 

「……天崎さんと如月は、幼馴染なのかしら?」

 

「……どうしてそのような質問を?」

 

琴吹は真意を見抜いた上で聞き返す。

 

「いえ…別に特別な意味はないわ。

ただ気になっただけよ」

 

「…確かにあの2人は幼馴染ですよ」

 

「やっぱりそうなのね」

 

「付け加えれば、許嫁でもありました」

 

「えっ!?」

 

思いも寄らない『許嫁』という言葉に友希那は目を見開いた。

 

「…許嫁…とは、あの?」

 

「そうです。

如月様は姫様のお爺様には気に入られており、それで許嫁になったとか…。

まぁ、そのほとんどを既に引退なされた身であるお爺様が勝手に決めたみたいですけれど…」

 

「……それで…今は?」

 

「今は、と申しますと?」

 

ワザとらしく聞き返す琴吹。

 

「今は…その……許嫁では無いのかしら?」

 

琴吹の思惑に気づかないまま聞く友希那。

 

「そうですね。

お爺様が死んだ後。

姫様の父と母がうるさかったので…」

 

死んだ父と母にだけ敬称を付けないのは、彼女なりのせめてもの抵抗と嫌味なのだろう。

 

「まぁ…今は姫様の子も居ませんから、私は早い所如月様が姫様の婿となって天崎家を支えてくれれば良いんですけれど」

 

「!!」

 

琴吹はバックミラー越しで友希那の焦った表情を確かめてから、少し口を微笑ませた。

 

「姫様には、その前にも色々と再建してもらわないといけませんので、すぐには叶いませんね」

 

「……そう…」

 

またも琴吹はバックミラーで友希那が無表情のままホッと安心しているのを確認する。

 

「まぁ、まどろっこしいのは嫌いなので、いざという時は権力で如月様をお呼び出しして婚姻に同意してもらうとしま…。

どうかされましたか?そんなに頰を膨らませて」

 

「別に…膨らませて無いわよ…」

 

「ほんの少し膨らんでいますよ」

 

「…」

 

友希那は右手でそっと自分の頰を触って確認する。

すると少し膨らんでいるのが自分でもわかる。

 

「……」

 

「まぁ…(1割くらいは)冗談ですが」

 

「!?」

 

「緊張はほぐれましたか?」

 

そっと微笑みかけながら言われてみると、さっきまで握っていた手が解れていた。

 

「…!

あなた、もしかして…」

 

「そろそろ空港に着きますよ」

 

意図的に遮った琴吹はヘリを降下させた。

そして、ヘリの羽音が止み、扉を開けて降りると

 

「お待ちしておりましたよ。

そちらが、取引材料となる方ですか?」

 

そこには全体的に痩せ細った丸メガネをかける男がいた。

 

「あなたは?」

 

「これはこれは、申し遅れました。

私めは、小林と申します。

エージェントとしてあなたを送り届けよと政府からの命令を承っております」

 

「…政府…ね」

 

その単語を聞くと嫌なイメージしか湧いてこなかった。

 

「こちらも時間がありませんので、速やかに無事送り届けましょうか」

 

ほんの一瞬、小林と名乗る男は不吉な笑みを浮かべる。

何かを楽しみにしているような、そんな笑みだった。

 

「では、こちらへどうぞ」

 

「……」

 

警戒しながらも普通の飛行機よりも一回り小さい飛行機に乗った。

入って中を見渡す。

椅子やテーブルが装備されて、綺麗に整頓された部屋。

どこを確認しても特に怪しいものはない。

すると後ろから

 

「向こうへ到着するまで少々時間がかかりますので、自由にしてください」

 

「…わかったわ」

 

「では私めはこれで失礼させていただきます」

 

そう言って小林は扉を閉めた。

それから離陸するアナウンスがかかり、椅子に座った。

離陸して、少し経ってから窓の外を見る。

しかし、既に雲の上なので真っ暗で何も見えなかった。

 

「はぁ…」

 

少し退屈に感じて小さい溜め息を吐く。

そのまましばらく何も見えない窓を眺めていると、突然睡魔がやってきた。

 

(?いつもならこの時間帯は大丈夫なのだけれど…。

疲れたのかしら…?

だとしたら…少し寝ましょうか…)

 

友希那はゆっくりと目を瞑った。

そして、それを小型の隠しカメラで確認していた小林。

 

「もうガスを止めてもらっても構いませんよ」

 

部下に通信機で伝えると機内に流れていた催眠ガスが止まった。

 

「くふふ…。

やはり安全に取引をするには、寝かせるのが1番ですねぇ…。

まぁ、彼女の場合…あんな男に関わったこと自体が不幸の始まりでしょうが…」

 

再び不愉快な笑みを浮かべながら、1人語りしていた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

その数時間後

21日 21時 モスクワ

 

「はぁ…もうポテチ1袋無くなったんですけど…。

なんで陽菜さんはヘリで、僕らは歩きなんですか!」

 

「仕方ないですよ。

我々が地で戦い、あの人は空から逃げてる敵を狙撃という酷い分け方でしたから…」

 

「あークソ…マジクソだ…。

あの野郎1人だけ楽しやがって…」

 

真紀、雫、オウガが深い森を抜けて他愛もない話をする。

 

「というか、あの人こんな明かりもない所を空から狙えるんでしょうか?」

 

「大丈夫だよー。

3年前も2000フィートくらいから全弾命中させたし。

夜目がかなり効くんだよね」

 

雫が2人に聞くと真紀がユル〜ッとした感じで答えた。

 

「んなこたぁどうでもいい。

オレはこっから入るから、オメェら裏行け」

 

「えぇ…。

またオウガさん1人ですかー…?

300くらいは残してくださいよ。

じゃないと今月のお菓子買えなくなるんで」

 

「何言ってんだ。

こーゆーのは早い者勝ちだ」

 

「はぁ…わかりました…。

雫さんはどうしますか?」

 

「わたしは…配置に着いたら彼に連絡します。

ヘリの羽音が聞こえたら御二方は襲撃してください」

 

「おうよ」「はーい」

 

それぞれが3つの入り口付近に向かう。

入り口で待たないのは、そこに20人程の武装集団が蔓延っているからだ。

雫は1番遠い出口付近に着いた後、彼に通信機で報せる。

そして近づいてくるヘリの音に反応して

 

『作戦開始』

 

通信機が雫の声を通した。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

雫の作戦開始の声が無線機から聞こえる。

そしてヘリで周囲を周りながら俺は1人寂しく敵アジトを見ていた。

 

(真紀が300ちょい。

雫が200ちょい。

オウガが500届かないくらいか…)

 

「はぁ…」

 

(暇過ぎる…。

どうせオウガが敵の親方に1番乗りだろなぁ…。

……というか、あのメッセージの読みは外れたか…。

だとしたら今何してんだろ)

 

なんて思いながら日本から持ってきた相棒に肘を置いている。

そして双眼鏡で下を覗いている。

運転手の操縦がやや荒めだが、このくらいなら撃つ時に支障は無いだろう。

すると双眼鏡の向こうで、雫が抜刀したのが見えた。

 

(面白そうだな…。

どうせ討ち漏らしは無いだろうから、見とくか…)

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

武装集団が自動小銃(AK47)の銃口をこちらに向けている。

さっきからずっと英語で何か言われていた。

 

「すみません。

英語わからないんですよ」

 

Play with guys(アイツで遊ぶか)?」

 

敵が仲間に聞いているが、雫は全くわからない。

すると何やら全員が怪しいニヤケ面を浮かべた後、1人の外人男性が

 

Don't resist(抵抗するな),

Ok?L()i()t()t()l()e() ()g()i()r()l()

 

次の瞬間、周囲が殺気で満たされた。

1人の少女を中心にそれはばら撒かれる。

 

「……あなた方が何を言っているのかは知りませんが…。

…何故か最後に『小さい』とだけ聞こえました…。

よって…一方的に斬らせていただきます」

 

身の危険を直感で感じた武装集団は、20人で1人の少女をAK47で狙い撃つ。

しかし少女は動じず、一刀で着弾する前に地へ斬り伏せる。

たった一刀を使った。

しかし、速過ぎる剣速が故に見ている者は二刀を振るっているように見えている。

 

「shit!!」

 

現実味の無さに思わず叫んだ兵。

そしてリロードを終えて銃口を再び向ける。

しかし、次に目を向けた瞬間、自分以外は全員倒れていた。

 

綺麗な断面を見せる首が転がっている。

そして上半身を半分に斬られた上に、下半身と分離して三等分になった仲間の死体。

そこから内臓と血と()()()()が混ざり合った悪臭が充満していた。

 

「oh……」

 

目の前の絶望に戦う気力を奪われ手から銃を落とす。

 

「二天一流・外伝 仁ノ型…『百夜(びゃくや)

わたしが編み出した技の1つです。

伝わるかわかりませんが、冥土に刻んでください」

 

雫は、兵が首を落とされたことすら認識できないほどの剣速を振るった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「おぉ…マジか。

あの数の弾丸斬った…」

 

やはり、こういうのを見ると特殊機関には異常な奴らが多い。

銃程度なら効かないのであろう。

俺はもちろん、銃弾が見えるとか、弾道予測とか、そんな超人じみた動体視力も運動能力も計算能力も無い。

悪魔でも凡人。

それでも、こういう仕事柄なので凡人の中では上位辺りに当たる。

 

(こんだけバケモノ揃いなら、やっぱ本当に大丈夫そうだな…)

 

そう思った。

しかし、俺は念の為に双眼鏡で覗き周回することにした。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

作戦開始と同刻 某所

 

小林が差し出した人質。

拘束具で縛られており、眠らされている。

それを静かに確認するもう1人の男が居た。

 

「確かに受け取った。

日本には手を出さないと約束しよう」

 

男は狐の仮面を被っていた。

しかし、声からして少し若い。

 

「そうですか。

そちらは自由に使ってもらって構いませんので」

 

(口約束なんかで信用出来ると思ってんのかこのガキ…)

 

小林は内心とは真反対に丁寧な口調で返した。

 

「…相変わらず汚いな日本のエージェントは」

 

「っ!!失礼…。

……今…なんとおっしゃられましたか…?」

 

イラつきで表情を歪める小林。

 

「汚いと言った。

相変わらず人を道具としか見ていない。

()()を精神的に追い詰めようとしているのも昔から変わっていない。

そうやって、君らが何も変わらないから、僕がこんなことをする羽目になったんだ…」

 

「っ……!!」

 

「言い返さなくて結構。

どうせ惨めだってとっくに気づいているんだろう?

そしてここまで言われて、言われた通り言い返さない。

本当につまらない大人のプライドだな」

 

狐の仮面を被った男は人質を肩に抱える。

そして車に乗り込み、そのまま走って行った。

小林は、それをただただ憎そうに睨みつけていた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

アレから1時間後くらい経った頃だろうか。

トンネルの上に人影が見えた。

 

「……アレは…」

 

双眼鏡の見える距離を最大にする。

白衣の男が、付箋の付いたファイルを持って逃げているのがわかった。

 

(……撃つか)

 

「運転手さん。

トンネルの上。

あの無駄にでかい木の下」

 

「わかりました」

 

双眼鏡を内ポケットにしまった。

トリガーに指を掛け、スコープ越しにトンネル上を覗く。

 

「……」

 

音を殺して息を止めた。

そして、右の人差し指を引く。

轟音と機体の揺れ。

そして刹那に見えた標的の頭が、文字通り砕け散った。

 

「ふぅ……」

 

一息ついていると無線機から連絡が入った。

 

「どうした?」

 

『大変です陽菜さん。

親玉は始末したんですけど…。

例のクスリの研究資料が全部無くなってて…』

 

「それが大変なことか?」

 

『いいえ。

それが…1人だけ取り逃がしたようです。

親玉がワクチンの作り方を知ってるのは彼だけだと…言い遺しています』

 

「………あっ…やべ…」

 

思わず口から出ていた。

 

『?どうしたんですか?』

 

「もしかして、白衣着た奴か…?」

 

『はい、そうですけど…』

 

「すまん…。

多分もう殺っちゃったわ…」

 

『えっ…』

 

「い、いや待て。

撃った男が確か資料を持ってた気がする。

トンネルの上に落ちてるはずだ」

 

『めちゃくちゃ曖昧じゃないですか…』

 

「すまん…。

お前ら拾うついでに拾ってくる」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ヘリから降りた後、トンネルの上まで登った。

 

「ええと…ここら辺だったよな…」

 

歩き回って探していると血臭が漂ってきた。

 

(…こっちか…)

 

草を掻き分けて先へ進んだ。

そこには白衣の死体と血に染まったファイルがあった。

とりあえず拾い上げて少しだけ中身を拝借する。

しかし、血で文字が読めない。

 

(ダメだこりゃ…。

特殊機関の解析班に任せて…。

ん?)

 

名前だけが辛うじて残っていた。

 

『合成麻薬実験。

人間の天使化 : 通称

エンジェル・メタル・ドラッグ(Angel metal drag)

人間の悪魔化 : 通称

デビル・ラブ・ドラッグ(Devil love drag)〕』

 

「……」

 

(…後の仕事は他の奴らに任せれば良い。

後は…読みが外れたから日本に帰るだけだ。

結局…あのメッセージも雰囲気で送りつけられただけだろ…。

満点の星空もただの誤字だ。

気にするな)

 

そう自分に言い聞かせ、もう1つあった可能性を放棄し、よく考えもせず待っているヘリに乗り込んだ。

この後、何が待ち受けているのかも知らずに…。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

拠点に戻る。

そして、自分の部屋に戻ろうとすると

 

『執行官ゼロ。

緊急連絡です。

至急総監室まで来てください』

 

まるで校内放送を機械声で発しているみたいだった。

メンドくさい。

しかし、呼び出されたからには行くしかない。

そして歩いて親父さんのいる総監室へ向かった。

数分くらいで着き、ノックをせずに扉を開ける。

 

「風呂入りたいんだけど…」

 

「後にしろ。

()()()()お前に話があるそうだ」

 

「!…政府が今更なんだ?」

 

そう言うと親父さんは黙って通信機を繋いだ。

そして、俺が最も嫌う人物が声となって現れる。

 

『やぁ久しぶりだなぁゼロ号。

息災だったか?元気にしてたか?』

 

こんなことを言っている。

しかし、本心では1ミリも心配などしていない。

俺がそれを知っている上で、こういう話し方をしているのだ。

 

「…」

 

『…ふんっ。

相変わらず無愛想な奴だ。

まぁ…今日はお前に良い仕事をやろう』

 

「仕事ならさっき終わった。

他の奴らに頼めばいいだろ…」

 

『おやおや、話も聞かずに良いのかい?

君にとって大事な仕事だと思うがねぇ…』

 

意味ありげに含み笑いで言われ、足を止めた。

 

「…どういう意味だ」

 

『まぁ、まずは…仕事内容をざっくりと説明しよう。

仕事内容は、人質の救出と敵の殲滅だ』

 

「…他の奴らにやらせとけ」

 

足を止めたことを若干後悔しながら扉に進む。

すると

 

『君の人間関係が呼んだ仕事だゼロ号。

何故、次期天皇がテロリスト共に狙われたと思う?』

 

「さぁな。

俺の仕事はもう終わったんだろ。

だったら早く…」

 

『その目的は人質として捕らえることだったからだ。

前の天皇は殺された。

まだ子も成してない今の天皇を交渉材料にして死なれるのは、我々としても非常に心苦しい上、困ってしまう』

 

遮った上に、嘘まみれの口で話されるとこっちの耳が痛い。

 

『…そこで、我々はあることを思いついた』

 

「あること?」

 

『ゼロ号。

ここ数年の間に、高校で『友達』とやらを作ったらしいじゃないか。

それも、異性の友達とは珍しい。

()()()()()()であろう?』

 

「………は?」

 

向けられた言葉の意味を理解する。

その瞬間、有り得がたい物体を見るかのような怒気を含んだ瞳を通信機へ向けた。

これまでに感じたことのない殺意を抱きながら、荒々しく通信機を手に取る。

 

「……吐け…」

 

低く冷たい声が出た。

 

『おやおや、通信機器の故障か?

今命令形で『吐け』と言われた気がするが…』

 

自分の思惑通りに怒る俺を見て、ニヤケ面した相手の顔が浮かぶ。

それでも、この怒りを制御することが出来なかった。

 

吐けテメェら!!!

交渉材料に『()()』使いやがった!!!

 

止めどない怒りが露わにある。

このだだっ広い空間に、空気がビリビリと震えるほどの激しい怒号と振動が部屋全体に迸った。




蒼燐焔様 希望光様
ウルちゃん.様

お気に入りありがとうございます。


課題終わんねぇえええ!!!
くぇあぁああああああ!!!

もうね、作文苦手なんすよ…。
文構成とかヨグワガンネ
3枚も書ける気がしない

なのに、もう4.5章から6章辺りまでのストーリー構成と伏線回収は思いついた。
さらに言うと『真面目な氷川さんと厨二病な俺』とかいう新しい小説(仮)のプロローグが何故か出来てたし…。

くぇぁあぁあああ!!!(?)
ホントに、3本同時に投稿してる人とかすごい。

バンドリで10万以内に入って安心しきってたら、いつのまにか22万くらいになってました。
何故10万以内で安心したのか、明日までに考えといてください(自粛)


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