退屈な日々を忘れたい俺がなぜバンドの手伝いをしているんだ...... 作:haru亜
今更ながらすみません。
掴まれたナイフを引き抜くと同時に伏せ、左足目掛けて払おうとしたが、難なく避けられる。
「久しぶりに会ったのに、斬りかかるのはどうかと思うんだけど…。
というか、入り口で持ってた白い袋はどうしたの?」
素顔が露わになったマサヤは平然と質問する。
しかし、その質問には答えなかった。
「友希那を返して貰うぞ」
苦悶の表情が隠し切れていないのは自分でもわかっていたが、ただ一言告げる。
マサヤはそれを聞いて少し笑みを浮かべた。
「信じたくなかった…という顔だね。
でも、疑問は解消されただろう?
どうして僕ではなく、陽菜が特殊機関を纏める総監の後継者に選ばれたのか」
確かにずっとどこかで疑問に思っていた。
何故、親父さんが東京で俺に後継者の話を持ち出したのか。
それはきっと、もうその時既に、このマサヤという義兄はテロに加担している事がわかっていたからだ。
そして、俺はそれを理解した上で応えた。
「…そうだな。
でも今はそんな事どうでもいい。
なんで友希那を巻き込んだ…」
「そうしたら、君は必ず来る。
この計画は、僕と陽菜が死んでようやく成り立つものだから」
「心中目的か…」
「んー、当たらずとも遠からず…かな。
でもまぁ、結果的に君の為であることには変わりないよ」
「…知ってるだろうが、俺は寿命で死ぬって決めてんだ」
檻の中からでも、陽菜が強がっているのは一目瞭然だった。
ようやく会うことが出来た彼の姿を見た友希那は、檻の鉄格子に手をかけて叫んだ。
「如月!」
声は届いている。
けれど、彼が応えることはなかった。
「おっと……まずは、そこの彼女との約束だ。
今から5分ほど話しても…」
「必要ない」
マサヤの言葉をその一言が遮った。
同時に、出かけていた言葉を呑む友希那。
しかし、友希那はすぐに止まりかけた声を出した。
「あなたに話があるの。
だから、少しだけ話をさせてちょうだい…!」
「今助けるから静かに待ってろ友希那!!」
「ぁ…っ…!」
鬼気迫った陽菜の声に、友希那は喉に詰まっていた言葉を飲み込まされた。
「良いのか?
これが最期になるかも知れないのに」
「最期になんてさせない。
兄さんを殺して友希那を助ける」
「それ
「ああ」
短く答えるとマサヤはやれやれと呆れた。
「相変わらず理想を1つに絞れずにいるのか…。
まぁ…無駄話はここまでにして、そろそろ…」
「わかってる」
地を駆け距離を詰める。
黒曜ナイフを首目掛けて軌跡を描くが紙一重で避けられる。
その直後にナイフを手放し、一歩踏み込んでから右手を引き、手刀を突き出すが、不発。
さらに追撃の右足で前蹴りを打ち込む。
が、それも不発。
しかし、それは読んでいたので右足を戻して回し蹴りを顔に向けて放とうとした。
「前より鈍くなったね」
「!」
しかし、マサヤの余裕のある笑みが目に見えた瞬間。
体が弧を描き、そのまま2つのカプセルがある所まで投げ飛ばされた。
「がはっ…!!」
「!如月!!」
鋼鉄の壁に激しく打ち付けた衝撃で視界が赤黒と点滅を繰り返す。
それも、友希那の声が一瞬遠くに聞こえるほど。
口の中で鉄分の味が染み渡り、それは喉から来ているのだとすぐに理解する。
「手段も甘く浅い。
まだ中学の頃の方が強かったんじゃない?」
「っ…ほっとけ…!」
ここまで来るのに負傷は無かったが、この男の武術を受けると、そこらの弾丸を喰らうより気力と体力をごっそり削られる。
それでも、ぐらつく体を起こす。
(さて…と……。
今使った手はもう2度と通用しない。
騙し討ちも散々昔使ったからな……期待は出来ない。
……勝てる極小の可能性があるとすれば…)
1つの可能性を見つけ、カプセルの前に並ぶ白い液体の入った3本の注射器に視線を移した。
(これしかない…か…)
手を強く握る。
コレ系統の物を使うのは、ずっと避けていたことだ。
しかし、今回は事情がいつもと異なる為に、苦悩し表情が苦渋に染まる。
「如……月…?」
彼の表情を見た友希那は、目線の先に在るものを見て何をしようとしているのか大体の想像がついた。
すると
「それを使ったら、もう人では無くなるよ。
人間のまま死にたいなら、あまりお勧めはしない」
マサヤが珍しく真剣な表情で言った。
「人間のまま…か。
そりゃ、出来るなら人間のまま寿命で死にたいな…」
しかし、言動とは異なり台に乗ってある注射器を1本手に取った。
「……め……」
檻の方から小さな声が聞こえた。
「だめ……!
如月…それを使わないでちょうだい…!」
「でも、友希那だけは絶対に助けるって決めた。
だから……使わせてもらう」
「待っ…!!」
ブシュッ…と鈍い音を立てながら身体の中に何かが入ってくる感覚が襲ってきた。
「あがっ!!?」
鼓動が段々速くなり、心臓を締め付けられるような苦しさが激しくなっていく。
「ガッ…グァア…!!」
心臓に裂けるような痛みが走ったその時
「ゴボッ…!!」
血の塊をその場に吐き出した。
同時に強烈な痛みを感じながら力が抜ける。
倒れそうになったが、手を地面につき、血の塊を潰しながらも完全に倒れるのを防いだ。
そして、台に手をかけながら立ち上がり、身体にクスリが氷のような冷たさが浸透していくのを感じる。
「…っはぁ……はぁぁ………」
ようやく落ち着き、目を開けると視界が赤く少し歪んでいた。
それが自分の血で滲んでいるということに気づくのには、然程時間はかからなかった。
すると
「さて…と。
第2ラウンドを始めようか」
腰に手をついて相も変わらず余裕の表情を見せつけるマサヤ。
そして左手を前に突き出し間合いを図り、右手を引いた。
(友希那を無視してまで使ったんだ。
なんとしてでもリズムを見切って掴め。
あの男を殺し切れるビジョンを…!)
もう一度強く踏み出して距離を瞬時に詰める。
クスリのおかげか、さっきよりも身体が軽く、視界に映る物が全てスローモーションに見える。
「試してみようか」
マサヤはそう言うと神速に近い回し蹴りを放った。
しかし、それも減速して見えた為、目に当たる紙一重の瞬間に避けた。
そのまま全方位から別々に攻撃を仕掛ける。
「うーん…ちょっとだけ速くなったかな」
「…っ…!!」
「超集中を使ってこれだけ動けるとは…。
陽菜は相変わらず脳の処理速度が速い」
息切れもせずにベラベラと話す口。
「殺し合いぐらい黙ってやれ!!」
渾身の力で膝蹴りを2段ヒットさせる。
「おお、初めて届いたじゃないか。
でも…」
「っ!!?」
ぐるんっと体を回転させられ、先程と同じように檻へと投げ飛ばされる。
「ガァッ…ア…!!!?」
ぶつかった鉄格子は大きく歪み、俺は流れ出る血を吐く。
さっきから血管の中を冷たい何かが駆け巡っている感触があった。
息を整えて立ち上がろうとしたその瞬間。
「!」
ぎゅっと後ろから手を握られた。
それは強く握れば折れてしまいそうな程に小さい2つの手だった。
「……今友希那の話を聞いてる暇はない」
「……」
それでも離すまいと、無言で手を強く握る友希那。
すると
「さてと。
陽菜は、僕の母親を殺した人は知ってるよね」
「?あぁ…親父さんだろ…?」
「そう。
なんで殺したと思う?」
「何…?」
「いや、正確には…なんで殺すことになったと思う?」
理解しにくい質問を聞いている間に、檻に小細工を労した。
「…答えは、今まさに君の状況にあの人が陥ったからだ」
「!!」
「あの人は、愛していた存在を当時敵対していた相手に攫われた。
そして、君と同じ状況に陥り、守るべき存在が居れば勝てないと悟った。
だから、愛する者の心臓を貫いて殺し、生き残った」
「……それがどうした…」
「?」
「アンタが言いたいのはつまり…。
『この状況でなら、俺はどうするのか』って事だろ」
「そうだね。
で、どうするんだい?
デビルドラッグの2回目以降の投与は、最悪ショック死…或いは全身の細胞が破壊されて中の血管が見えるくらいの穴が出来るよ。
今の陽菜が耐えられるかどうかは曖昧なところだけど…。
彼女を助けるか、それとも殺すか。
君はどちらを選ぶ?」
「……俺は1度決めたら貫く主義なんでな」
左手を握っていた友希那の手を握り返してから離した。
「友希那。
少し壁際に寄ってくれ。
すぐにそっちに行くから」
そう言って友希那が鉄格子から離れた瞬間。
歪んだ鉄格子に向けて回し蹴りを2段ヒットさせ、2本の鉄格子を折り曲げた。
すぐさま檻の中へ入り、黒い扉を蹴り破る。
そして
「行くぞ友希那!」
「!ええっ…」
友希那を連れたまま逃げ出した。
それを見ていたマサヤは
「やれやれ…」
仕方がなさそうに呟いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
屋上へと繋がる道を走っていると
「待って…」
友希那が言う。
それを無視して速く上へと足を進める。
「待ってと言っているでしょう!!」
しかし、先程から俺の左手を右手で繋ぐ友希那に引き止められた。
「……」
最初は何も言う気は無かった。
今は1秒でも速く友希那を連れて逃げ出したかったからだ。
「なんで来た…」
それでも、真っ先に尋ねた言葉がこれとは何とも言い難い。
そう思いつつも最後まで言葉を述べた。
「あなたを連れて帰りたいから」
「なんで無茶した…」
「私がみんなの覚悟を背負ったから」
「なんで…こんな世界見に来たんだ…」
「これ以上…誰かにあなたを傷つけさせたくなかったから…」
「!っ…だったら…!」
最後の一言を聞いた時。
数十年分の抱えてきた複数の鉛に心が押し潰されそうになる感覚が襲ってきた。
簡単に言えば、もう限界だった。
だから俺は『だったら』
それに続く言葉を喉に留めておくことが出来なかった。
「だったら…俺のことなんか忘れろよ…」
1番言ってはいけない言葉を吐き出す。
「えっ…?」
「俺と過ごした記憶も思い出も。
何もかも全部忘れる努力をしろよ…。
実際、俺の関わらなかったらこんなことにならなかっただろ…。
俺も忘れる努力をする。
だから…」
「っ…!!!」
次の瞬間。
紙鉄砲を撃ったような音と共に、立ち尽くした俺の頰にジリジリとした痛みを感じた。
視線を移すと、そこにはボロボロと大粒の涙を流している友希那が居た。
「忘れろ…ですって…?」
震えた声で、しかし、確かな言葉を告げた。
「そんなこと…出来るわけないじゃない!!」
「っ…!」
「私はあなたから抱え切れない程の経験と知識を貰った!
あなたが私に知らなかった感情をくれた!
私にとってかけがえのない存在。
それがあなたよ!!」
「!!」
「私がここへ来たのは、あなたに私を知って欲しいからよ。
私はただの人間で、あなたと同じなの。
だから、勝手に神聖視した私を見ないで!
あなたの目の前にいる『湊 友希那』という人間を、あなたの目でもっとちゃんと見てちょうだい!!」
(私が初めて異性に対して抱いた感情も。
全て無かったことになんて出来るわけないじゃない…!)
「!っ…
「っ……!
私はもう、あなたを独りにさせたくないの!!」
その言葉を聞いた瞬間に、プツンと糸が切れた。
「これ以上…俺に後悔させんなや!!」
「!!」
「ずっと後悔してた!
友希那たちにこんな世界見せたくなかった!!
こっち側に近づいて、もし友希那たちが傷つけられでもしたら、冷静さを失えば死んでしまうこの世界で、俺は生き残れない!!
俺は独りで良い!!
だから!…だか…ら…!
頼むから…これ以上…俺から奪わないでくれ…」
今までの疲労と共に吐き出す穢れたエゴの詰まった言葉。
疲労もあってか、思わず膝から崩れ落ちる。
刹那、俺はふわっとした暖かくて人の温もりを感じるものに包み込まれた。
それが、友希那に頭を優しく撫でながら肩に寄せられたということを認識するのに数秒かかった。
「っ!!?」
「もう大丈夫…。
ずっと後悔していたのね…」
「っ…ああ…!」
心の枷を繋ぎ止めるように堪えて返事をする。
枷が外れてしまっては泣いてしまいそうになるからだ。
「気づいてあげられなくてごめんなさい」
「!…違う…。
友希那が悪いんじゃない…。
全部…俺が…黙ってたから…」
「それは、あなたが私たちを守ろうとしてくれたからでしょう。
あなたは何も悪いことはしてないわ」
「っ…!
でも…結局友希那を巻き込んだ…。
痛い思いもさせたし…恐い思いもさせた…。
本当に…ごめん…」
「…そうね。
でも、あなたが助けてくれた。
それに、お陰であなたの事を前よりも知ることが出来た。
あなたは、こっちの世界でも、向こうの世界でも、鳥籠にずっと独りで居たのね」
「っ…ああ……ああ…」
「もう苦しまなくても大丈夫よ。
私があなたを助けてあげるから」
「!!」
「私があなたを鳥籠から解放してあげる、と前に約束したでしょう?」
「っ…悪い…な。
こんな奴のために…」
「構わないわ。
私は、あなたが側に居るだけで良いの。
だから、いつものように私の側に居てちょうだい」
「…良いのか…?
この右手で、何百人と殺して来たんだぞ…俺」
血に濡れた右手を翳すと友希那はその手を握りしめた。
「ほら、大丈夫でしょう。
あなたの右手は、ただ殺しただけじゃないわよ。
実際、私はあなたに救われたもの」
「…救われた…か。
それは…お互い様だろ…」
「?如月?」
「……初めて人を殺してから、ずっと灰色の景色が見えてた…。
何をしても実感が沸かなかった。
だから、同じような会話も、日々も、何もかも退屈に満たされていって、それが嫌でずっと忘れたいから何か探してた…。
でも…そんな時に友希那が校舎裏で声をかけてくれた」
「…!」
「その時は、まだ灰色だった。
でも…あの日…友希那がCiRCLEで歌って魅せた時。
あの瞬間だけ、俺の目に映った世界は紛れもない彩りに満ちた。
退屈な日々を忘れたい俺の世界を一時的とはいえ、忘れさせて変えてくれたのが、何よりの救いだった。
だから…お互い様だ…」
「CiRCLEは好き?」
「大好きだな」
「そう…。
あなたの目には今何色に映っているのかしら?」
「今は…ちょっと視界が血で赤いな…」
「……そう。
今はまだ赤くとも、そこから少しずつ抜け出して、普通の生活に戻りましょう。
私が退屈なんてさせないわ」
「それはそれで……怖ぇなぁ…」
「?何が怖いの?」
「…『殺し損ねた敵が、いつか復讐に来て、友達も家族も殺されるんじゃないか』って考えたら、すごい怖い…。
…我儘だけど、俺はこの恐怖心を忘れられないまま、あの暮らしに戻るのは嫌なんだよ…」
「なら、その恐怖心を忘れられる程。
楽しいことをこれから一緒に見つければ良いわ」
「たとえば…?」
「そうね。
休日にあなたの家でゆっくりと話したり、学校の校舎裏にある桜の木を見て、お花見も良いと思うわ。
またみんなで夏のプールに行くのも良いわね」
「それは…まぁ…楽しそうだな…」
段々と目が霞んできて、遠くから足音が聞こえる。
視界がはっきりと見えなくなってきた。
「…ねぇ如月」
「……ん…?」
「…あなたが日本に帰ったら、あなたの名前を呼ばせてちょうだい。
あなたが、私たちの名前を呼ぶ時と同じ意味で。
あなたにも、ちゃんと生きて良い理由があるのだから」
「…そんなの…あると思うか…?」
「無いと思うのなら、私があげるわ」
「そうか……。
でも、友希那は今と同じように呼んでくれ…。
そっちの方が……楽だ…」
「そう。
なら、そうするわ」
「……ありがとう……」
ぎゅっと友希那の締め付ける力が強くなる。
『ありがとう』
それはとても短く、ありふれた言葉だった。
しかし、友希那から貰った数え切れない程の感謝を込めて、詰め込んで言葉にした。
ここ数秒ほど友希那は抱きついたまま離れなかった。
そして
「……悪いな。
ここでお別れだ…友希那」
「!如月?」
「……」
「……!」
友希那も気づいたようだ。
先程からコツコツと足音がしていた。
そしてそれは、俺たちの近くで止まった。
「おめでとう陽菜。
良いところ悪いけど、ラストゲームの時間だ」
拍手と共に現れたマサヤ。
俺はゆっくりと友希那を遠ざけて、ボロボロの体を立たせる。
「はっ…何がラストゲームだ…。
最悪の展開じゃねぇか…」
「でも、こっちがトゥルーエンドだったりするよ」
「真のエンドがバッドエンドなんて、場合によっちゃあクソゲーだな」
「さて、どうする?」
「……」
(この状況で勝てる確率は…0%…。
さっき見逃したような奇跡は2度もない。
……最期くらい友希那に何かしてやれたら良かったんだがな…)
「…友希那。
そこを左に曲がったところに非常口階段がある。
下じゃなくて上に登れ。
上で特殊機関の同期が待ってるはずだ。
だから」
「やめて!!
それ以上…何も言わないで…!」
「…2人で逃げればすぐ追いつかれて殺される。
俺が残って時間を稼ぐから」
「やめ…て…!」
泣き声で震える友希那の頭を右手でそっ…と優しく撫でた。
「ホントごめん。
やっぱ約束守るのって難しいな」
ただただ申し訳なさそうに微笑みながら言った。
実際、申し訳ない気持ちでいっぱいいっぱいだ。
せっかく助けに来たのに、あと少しの惜しい所で助けられないなんて、俺が1番よく知っている後悔の仕方だ。
「!!」
「友希那…行け」
「っ…!!」
友希那は瞳から溢れた雫を残して俺の言う通り進んでくれた。
「どうする?
やるかい?」
「兄さんとはやりたくねぇけど。
逃がすつもりはないんだろ?」
「そうだね」
「……」
(俺の体…クスリが浸透し過ぎたな…。
副作用で震えと寒気止まんねぇし…何より……脳の処理能力が低下してきやがった…)
「で、どうする?
デビルドラッグとエンジェルドラッグどっちも一本だけ余ってるけど使う?」
「エンジェルは
だったらデビルドラッグ寄越せ」
「良いよ。
ほいっ」
投げ渡された注射器を受け取る。
「…いつしか、2人で1度だけやったゲームのことを覚えているかい?」
「…あぁ…あの古いゲームか…」
「そう。
そのゲームに出てくる英雄となったはずの主人公は、最終的に自身のたった1つの理想を貫いた。
でも、複数の理想を抱えている君はどうだ?
こっちでは『自分の大事な存在が傷つかない世界』を望み。
向こうでは『自分の実力に追いつく存在が現れる世界』を望み。
挙げ句の果てには『自分を犠牲に大事な存在が助かる世界』を望んだ。
ただでさえ、理想は幻想に過ぎないのに、それを複数抱えれば、それはそれは中途半端な事しか出来なくなるというものさ。
もし生き残ったとして、君を待っているのはその理想から嫌われた世界だけだ」
「……」
「どれか1つを選べ。
じゃないと、ここから生き残れたとしても、君は1つの理想を選ばなければ、理想から嫌われてリセットすることになるぞ」
リセット…つまりそれは、一度死ぬことになるという通告だった。
その言葉を聞いて、思わず口元が緩んでしまった。
「はっ…。
兄さんが比喩を使うとは珍しい。
というか、俺にそうするつもりが無いってわかってるから、俺を殺しにかかってるんだろ?」
そう言い躊躇ない動作で首から体内へクスリを送り込んだ。
「…思い切りが良いね。
疑いは無かったのかい?」
「兄さんはゲームルールを曲げないからな。
嘘は吐かない」
「そうか…。
さすが僕の親友だ」
「…っ…!
ゴボッ!!ゴブッ!!」
致死量を上回りそうな血反吐を吐く。
体がクスリに耐えられていない証拠だ。
(2回も投与したからか…)
血反吐を吐いても脳は冷静だった。
即効性のクスリでは無かったはずだが、やはり体に行き渡るスピードが速くなっている。
「さて…じゃあそろそろ…。
僕も最期に自分のクスリでも使おうかな」
そう言って首に針を刺して黒い液体を取り入れた。
「!」
(なんで自爆みたいなクスリを自分に…。
って、あぁ…。
そういや、俺と一緒に死ぬのが目的だったな…)
「ガハッ…!ゴボッ…!
そうだ…最期に……1つ聞いておこうかな…」
見る見る骨格が変わっていく。
内臓が腹から落ちているのに話せているのは、痛覚麻痺のお陰であろう。
「…」
「ドウして……アの子を逃がしたんダい…?
友人だから…ジャないんだろう…?」
「……こんな約束も守れない俺のクソみたいな人生を変えようとして変えてくれた子…ってのもある。
でも、1番は惚れた弱み…かな」
「…なんダ…しッカり…『人間』ヲ…満喫してイルジャ…ないか…」
「そうだな。
さいなら俺の親友」
「アア…。
ガンバレ…よ…」
応援の言葉を最後に、マサヤの体は全て肉塊に呑まれ、その場には3メートルの肉塊だけが出来上がっていた。
次の瞬間、肉塊が弾け飛び、辺り一面が血に染まった。
それでも目を逸らさずに、肉塊があった場所を見つめた。
そこに立っていたのは、マサヤの身体をベースに生成された2メートル程ある肉の獣だった。
『ウ"ァ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!!!』
耳をつんざく咆哮だった。
左耳の鼓膜が破れ、辺り一面に張り巡らされた窓ガラスが全て割れ、強風が流れ込む。
「…ガンバレ…ね。
無理難題過ぎんか…これ…」
呟きながらも、転がっていた銀のサバイバルナイフを左手で拾い上げた。
(頼むから…逃げ切ってくれよ友希那…)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「はぁ…はぁ…っ!」
息を切らして階段を駆け上がる。
今すぐ戻って一緒に帰りたい。
けれど、それをしてしまっては、陽菜の作ったこの時間が無駄になってしまう。
それでも、助けに行きたい。
そんな考えが循環していると
『ウ"ァ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!!!』
「っ!!?」
空気が震える獣のような咆哮が、先程まで下にいたフロアから聞こえてきた。
足を止めて振り返る。
「……っ…!」
しかし、すぐに階段を駆け上がった。
命懸けで作ってくれたこの時間を無駄にはしたくなかったから。
次第にヘリの羽音が聞こえ、非常扉を開ける。
そこに居たのは
「!友希那!!」
「!リサ…!?」
がばっと抱きついてくるリサ。
「良かったぁ…!」
耳元で安堵の声を漏らす幼馴染。
その背後に紗夜ともう1人の刀をぶら下げた女の子が立っていた。
「どうして…あなた達がここに?」
「湊さんが戻ってくるのが遅いので心配しましたよ。
天崎さんが渡したと言っていた通信機も反応が途絶えたと言っていましたから、心配になって私たちだけ琴吹さんに連れて来てもらったんです。
それで…如月さんはどうしたんですか?」
「……今すぐヘリに乗りましょう」
抱きつくリサを離してから、リサの手を取ってヘリの中へと早歩きで向かう。
「!待ってください湊さん!
まさか如月さんを置いて来たんですか!?」
「…」
友希那は答えなかった。
「その様子だと、本当に置いて来たようですね」
「えっ…?
嘘……だよね…?」
まるで信じられないような声を出して10mほどの所で立ち止まるリサ。
「……」
「ねぇ…友希那…。
なんで…答えないの…?」
「………2度も同じことを言わせないでちょうだい。
早く乗るわよ2人とも」
友希那が急いでヘリに乗り込もうとした瞬間。
今来た扉が破壊音と共にこちらに飛んできた。
「「「!!」」」
理解が遅れて扉がリサの頭に当たる直前。
ポニーテールの女の子によって真っ二つに斬り分けられた。
「あーあー、殺すのめんどくさい。
ボスはなんでオレにアイツを
「皆さん。
早く乗ってください。
時間があまりないようです」
雫は悠長に話すハルバートを持った男に向かって刀を構えた。
「「っ…!」」
「!…行くわよ2人とも」
「ですが…!」
紗夜はその決定に反論…しようとしたのだろう。
けれど友希那の目を見て、すぐに『こんなこと彼女も望んでいるはずがない』とわかり、言葉を呑み込んだ。
そして…
「っ……!
わかり……ました…」
苦渋の決断でヘリの中へと戻る紗夜。
それに同行する友希那、そしてリサ。
すると
「友希那……!」
リサはヘリの中で、目から雫を溜めて名前を呼んだ。
それだけでリサが何を言いたいのか、何を聞きたいのか、すぐにわかった友希那。
しかし、友希那に出来たのは
「ごめんなさい…」
「っ!!」
ただ謝ることだけだった。
どんな顔をすれば良いのか。
どんな言葉を述べれば良いのか。
元よりそんな選択肢は無かった。
ただ目も合わせずに俯くことだけだった。
「違う……違うよ…友希那…。
アタシは…そんな言葉を聞きたかったんじゃない…!」
リサが言い放つと同時に、機内に雫が
刀は折れているが、目立つ外傷は無かった。
すると
「っ…琴吹さん!!!」
雫が声を張り上げる。
ヘリの羽音と共にドアが閉まり離陸していく感覚があった。
それに伴い、友希那の中で襲う圧倒的な喪失感と劣等感、虚無感。
そしてあれだけ啖呵を切った自分に対する不甲斐なさも膨らんでいった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「っ……かはっ…!!?」
足を掴まれ、そのまま左腕から体を壁に打ち付けられた強撃で嗚咽を漏らす。
足から崩れ落ち、壁にもたれかかった。
(ダメだ…。
やっぱり約束守れた…って友希那に言ってあげたかったけど…。
左腕がやられた…。
痛い…というか…こりゃ複雑骨折だなぁ…)
手足の震えが止まらない。
おそらく、クスリの副作用で低カリウム血症を引き起こしているのだろう。
記憶にある症状を当てはめていると、肉の獣により、腕のような形をした棒で薙ぎ払われた。
「ぁがっ…!?」
辛うじて右腕は守ったが、左腕に意識が飛びかける程の激痛が走る。
咄嗟に左腕で庇ってしまったからだ。
そして、宙を飛ぶ体は窓の外に投げ出された。
「っ!!」
意識が朦朧とするギリギリのところで、窓の細い柱に右腕で捕まった。
(何やってんだ俺は…。
既に壊れてる左腕で守る馬鹿がどこにいるんだか…)
肉の獣が近づいてくる中、下から体が持ち上げられそうな風が吹く。
(後もう少し……)
そう思っていると空に1つの自衛隊のヘリがこのビルの上から離れて行くのが見えた。
それを見てから、俺は
「はっ…。
この勝負は…初めての引き分けだな。
兄さん」
柱を掴んでいた右腕を離し、残りの力の限りを振り絞ってビルの壁を蹴る。
そして、右ポケットから取り出したC4用の起爆スイッチ。
流れ込んでくる走馬灯。
(いやいや……高層ビルから落ちて助かる方法なんて過去に経験したこと無いだろ…)
走馬灯にバカみたいにツッコミながらも、落下しながら赤いスイッチを押した。
「…じゃあな」
中空の満月を背景に飛ぶヘリを最後の景色に、落下しながらそっと目を閉じた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
聞いたことのない連続する爆発音。
そして、蹌踉めく程大きく揺れるヘリ。
すぐさまヘリの窓から見える範囲に視界を移すと、そこには先程着陸したビルが崩れていく景色が見えた。
一瞬、誰も理解出来なかった。
いや、理解しようとしなかった。
理解してしまえば、間違いなく心が
そして…
「あっ……!」
いち早く理解したリサが反射的に口を両手で抑え、息を吸うような小さい声を零す。
「っ!」
友希那は、オレンジに燃える外の火を見て目を見開いたまま、声が出なかった。
「っ……!」
何も言えず、紗夜は歯を噛み締めたまま俯いて静かに涙を流した。
そしてヘリから見えていた窓は、全壊したビルを映さなくなっていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
日本に帰還すると、既に夜明け前だった。
「!友希那さんたち帰ってきたっ!」
燐子を連れたあこの元気な声。
そして
「湊さん…!
なんでなんの相談も無しに1人で勝手に…!」
心配をしているのか、怒る蘭。
しかし、それを気にするよりも目元を暗くした友希那が最初に言い放った言葉は
「如月は…死んだわ」
陽菜の死だった。
お気に入りありがとうございます。
今回みんなが思ったこと
↓
『絶対陽菜生きてる』
だって2章で死んではないけど生き返ってるからね。
そう思うのも仕方ないね。
でも、ここから先、友希那たちがどうなって行くのか。
そこを見てくれれば良きかな。
まぁ、全壊するビルに巻き込まれながらも生きてたらすごい。
はっきり言うと自力で『実は生きてました』なんてありません。
とりあえず銀○魂とモ○ストコラボの手抜きcmは通常運転としか言えませんでした。
投稿遅くなってごめんなさい。
もうそろそろ文化祭の時期か…(トオイメ