「はーくんっ!」
「はい、はーくんです」
授業が終わり、放課後。教科書を鞄に入れてる途中、日菜に話しかけられ返事をした瞬間、手を掴まれた。
「きてっ♪」
「えっ、どこに?」
「いいから、いいからっ」
片手に鞄を持ったまま、日菜に教室のドアのところまで強制的に連行される。その様子をリサと薫は手を振って見送っている。何で二人ともちょっとあきらめムードなの?なんでそんな哀れな人を見る目で俺を見るの?俺はどこに連れていかれるの!?
ズルズルと引っ張られ、教室を出た廊下で、突然パッと日菜が手を離した。
「やっぱりこっちの方がいいっ」
そう言うと日菜は俺の手を持つとさっきみたいに掴むのではなく、自分の手と俺の手を絡める。
「うん、るんっ♪ってくる♪さ、行こっはーくんっ!」
引っ張られる形で歩いていたのもスピードを落とし、今度は日菜が隣に来てゆっくりと歩く。
「~♪」
「ちょっ、日菜っ!?」
放課後になったばかりの時間なので廊下にはまだたくさんの生徒がいる。そんな中、日菜は俺の肩に顔を寄せたり体ごと密着させたりしている。
「はーくんは、あたしがこういうことするの嫌いなの?」
「いや、そんなことはないけどさ」
「ならいいじゃんっ♪はーくん、ぎゅーっ!」
今度は笑顔で勢い良く日菜が抱きついてきた。と、同時に周りがざわつき始める。
「日菜、みんなに見られてるからっ!」
「は、はーくんっ!?」
1年生の階じゃなかったから良かった・・・、いや良くはないけど。誰かに見られなくて良かった、特に蘭とか、蘭とかね!
抱きつかれたままわちゃくちゃしても日菜を引き離せそうになかったので、半ば彼女を引きずる形で俺は廊下を歩き進めた。
「はーくん、ここっ!」
日菜が指差した教室の前で俺は足を止めて、掴んでいた彼女の腕を離す。
「もうっ。はーくん、掴む力ちょっと強かったよ?」
「ごめん。それは悪かった、日菜」
「っ♪」
教室のドアに背中を向けて、俺と向かい合う体勢をとる。そして、日菜がゆっくりと手を伸ばしてきて人差し指を俺に唇の真ん中に置いた。
「女の子にはやさしくしないと駄目だよっ、はーくん♪」
そう言うと日菜は、唇から指を離してまたニコっと笑顔を作りながら、教室のドアを開けた。
「さ、入ってっ、はーくんっ」
「ん・・・」
日菜はこんな感じでいろんな男子を手玉・・・、夢中にしてきたのかな?いや、日菜が意図してそんなことやるはずがないか。そういうことにはなんか、るん♪ってしなさそうな感じがする。
後に続いて教室の中に入る時、
「はーくんだけ、だよっ。るんっ♪」
「!?」
やっぱり心の中を見透かされているのだろうか!?他の男子にはやっていないらしい、ってことは俺だけ・・・。うむ、それなら余は満足じゃ。
教室のドアを閉めて中に入る。天文部の教室とはいうけど、天体望遠鏡や星座のポスターが貼っているくらいで普通の教室となんら変わりない。
「よいしょ、っとっ!はーくん、カーテン閉めて~」
「おっけー」
言われたとおり窓側に移動してカーテンを閉めると、教室の電気を点けていないのでドアからわずかな光が差し込むだけ。でも、それも気にならない程度で、教室はほぼ暗闇に近い状態だ。
「これさ、こっから見えるの?」
「や、こっからは見えないよ~。屋上からなら見えるけど重くてっ」
「だろうな、これは重いだろ」
「うん、だからあまり使わないんだ~。さ、準備完了っ♪」
俺がカーテンを閉めている間に、日菜は教室の真ん中に机を移動させて、そこに家庭用プラネタリウムを置いていた。
「はーくんっ、こっち来てっ♪」
日菜に呼ばれて隣に来ると、そのまま手を繋いで一緒に床に座る。先に日菜がスイッチを押していたのでプラネタリウムは弱い光を放ち、少しずつ光の規模が大きくなっている。
ぼんやりとその光を眺めていると、右の頬にやわらかい感覚があった。日菜が自分の頬をくっつけていたのだ。
「はーくんっ♪」
「うわっ、と!?」
光でお互いの表情がはっきりと見えた後、日菜に押し倒される様に床に頭を付いて二人で仰向けになる。
「ちょっとだけ目を瞑ってっ。あたしが良いって言うまで目を開けちゃ駄目っ♪」
「ああ、わかった」
言われるがまま、俺は目を閉じる。プラネタリウムが古いのかそれとも仕様なのか、ガガガガって鈍い音がしているのが気になってしょうがないけど目を瞑り続ける。
5秒、10秒、と経っても隣の日菜から反応がない。時間を気にしているうちにいつの間にかプラネタリウムの音も静かになっていた。
・・・・・・・・・・?あれ、俺もしかして放置されてる?もしここに第三者が入ってきたら滑稽な図になってるやつ?
そう考えるとだんだん恥ずかしくなってきたので、紛らわそうと目を開けようとした時、耳に吐息が当たった。どうやら、見捨てられてはいなかったようだ。
「寝ちゃダメだよ、はーくん♪ふーっ」
俺が目を瞑っているのをいいことに日菜は右耳に息を吹きかけて楽しんでいるようだ。くすぐったくてもどかしいけど、嫌な気はしない。
「目、明けていいよっ」
「ん・・・」
そう言っても尚、耳にいたずらしてくる日菜に耐えながらゆっくりと目を開ける。すると、さっきまで暗闇だった教室の一面に星座が映し出されていた。
仰向けに寝ているので教室の天井に映し出されているのを見ると、とても教室にいるとは思えないリアリティがある。
「これは、思ってた以上に綺麗だな」
「でしょ?」
そのまま日菜は映し出された星を指差しながら何の星座か教えてくれた。
「あれがさそり座、左の方に山羊座があって、あっちにあるのが乙女座っ!」
「ほうほう」
笑顔で楽しそうに説明してくれる日菜を時々見ながら、一緒に星を眺める。こう、どこにあるのが何の星座かと言ってもらえると簡単にわかるんだな。普段夜空を見ても全くわからないんだけど。
「あそこにある白鳥座のデネブ、こと座のベガ、わし座のアルタイルを繋いだのが、」
「夏の大三角ね」
「むぅ~。あたしが言うとこだったのにっ」
「あ、ごめんごめん。知ってたからつい言っちゃった」
頬を膨らませてこっちを見つめる日菜は、そのまま顔を近づけて俺と額をくっつける。
「罰として、はーくんにはあたしがるんっ♪って思うまでこのまま星座について聞いてもらうねっ♪」
そしてぎゅっと、俺の手と恋人繋ぎをする。いつもみたいに掴みどころのないような、何か自身のあるような感じではなく、日菜は何かを期待するようにじっ、とこちらを見つめている。
「嫌かな?はーくん・・・」
手を繋がれてそんな風に見つめられたら、断ることなんてできないじゃないか。まあ、日菜に対して断ることなんてないけど。改めてこうやって間近で見ても、日菜は可愛い。
「わかった。もっと聞かせてよ」
「うんっ、はーくんもるんっ♪ってさせてあげるねっ」
俺が星座に詳しくなって日菜みたいに『るんっ♪』ってなるかはわからないけど、リサと薫が予想していたよりも案外楽しかった。