ある日。教室に忘れ物をしたことを思い出した俺は戻って持って帰るため、廊下を歩いている途中でUターンする。
明日行ってあれば良いや、という考え方にはならない。ただただ、時間を無駄にする結果を選んでしまった自分を悔やむ。
「・・・?」
教室のドアを開けようとしたところで、その手を止める。気づかれないようにさりげなく教室の中をのぞくと、窓側の席で二人の女の子が座って何かしていた。
「あれはリサと、もう一人は・・・?」
椅子を反対にして相手のほうを向いて何かをしているリサと、それを聞きながらシャーペンを持つ手を動かしている女の子。時々談笑している姿を見ると何だかこっちが申し訳なく感じて、教室に入りにくい。
「そこの人、用があるなら隠れてないで入ってくれば?」
彼女には気づかれていたのか、教室越しに鋭い声で指摘される。いても立ってもいられなくなったのでドアを開けて中に入る。
「あ、春じゃん!もしかして、忘れ物とかしたの?」
「うん、でも今確認したら勘違いだったよ・・・」
置いてきたと思っていた教科書はかばんの中にしっかりと入っていた。面倒だと感じて確認しなかった俺が悪い。
「友希那、彼が前に話した春、あたしの新しい友達」
「あなたが・・・。話はリサから聞いているわ、私は
「え、よろしく・・・」
今までの人たちと違って、キッパリと関わる気はないって言われた。彼女の自己紹介の時に一瞬目が合ったけど氷のような冷たい目をしていて、背筋が凍る感じがした。最初から印象が悪い、と言うか壁を作って拒否されている感じがする。
「ちょっ、友希那っ。ごめんね、友希那は別に春のことが嫌いなわけじゃないから。初対面だとこういういい方しちゃうの」
「うん、気にしてないよ・・・」
リサに心配そうな顔を向けられる。自分ではわからないけど、意外と悲しい表情をしていたのかもしれない。
「私は違うクラスだから、同じクラスのリサと違って貴方と会う理由がないじゃない」
「う、そうですね、その通りです」
リサは気を使って違うと言ってくれたけど、とてつもなく嫌われている感じがする。何か恨みがあったりするのかな?
「じゃ、俺はもう帰るわ・・・」
二人の近くでずっと立ち尽くしていても、このままだったら空気が悪くなりそうなので、足早にドアの方へと向かう。こういうときはさっさと退散したほうが身のために・・・。
「待って春!」
「はい、何か用ですか?」
「あのさ、これ・・・友希那に教えてくれない?」
リサが手に持っているのは数学の教科書だった。なるほど。何をしているかと思ったら、友希那・・・さんに勉強を教えていたのか。
「さっきから頑張っているんだけどさ、なかなかうまく教えられなくて」
手渡された数学の教科書を見る。って、これ最初のほうの、簡単なところじゃん!もしかして友希那さんは、最初っから躓いているのか?もしそうなら結構やばいんじゃ・・・。
「リサっ!私はリサに教えてもらいに来たのに、何で彼にお願いするの?」
「春は教えるのうまいよ、多分!」
俺は、憶測とリサの希望で頼まれたのか。まあ、教えることはできると思うけどこれ以上機嫌を損ねさせないようにしないと。
「そう、リサがそういうのなら貴方にお願いするわ」
「はい・・・」
相変わらず彼女の目つきが怖く感じる。
友希那さんの隣の席に座って、教科書を見ながら紙に書いていく。公式、応用問題の解き方、注意点などなど、これを踏まえれば大丈夫だと思うものを書き進めていく。
あまり時間をかけずにとりあえずは書き終わったけど、これだと教科書同様ちょっと堅苦しいかも。しかも、見せる相手は女子だからちょっと可愛くというか、もっと見やすいようにしよう。
何かキャラクターを書いてフキダシに解くヒントとかを入れてみよう。そうだな、ラフな感じで猫とかが良いかな。
ーーーーー
「はい、できた。とりあえず読んでみて・・・、ください」
「ありがとう」
出来た紙を友希那さんに渡して、反応を見る。何かムスッとした表情で読み進めている、何か気に入らない所でもあったのだろうか。
黙々と読んでいる様子を見ていると突然、友希那さんの目が輝いて、ある部分に顔を近づけている。
「あ、ねこ・・・」
「え、ねこ?どこどこ?」
友希那さんの反応にリサも紙を覗いている。
「可愛い、ねこ・・・」
「ほんとだ!春、こんな可愛い絵も描けるんだね!」
「ん、ありがと」
たまたま書き加えたねこのイラストが予想以上に好評だ。
「友希那は、ねこが大好きなの!これなら理解してくれるかも。どう、友希那?」
「うん・・・、これなら大丈夫。全部わかったわ」
「良かったね、友希那!」
「ええ」
「友希那さんは勉強苦手なんですか?」
「ち、違うわ!私は勉強に興味がないだけよ」
それって苦手な人がいうセリフなのでは?あとこれは直接言えないけど、友希那さんはポンコツ属性も持ってる気がするなあ・・・。
それにしても、ねこの力凄いな!ねこを書き加えただけで全部理解できる友希那さんもいろいろと凄いけど。まあとりあえず、何とか力になれたのなら良かった。
「ありがとう、春くん。君のおかげよ、もしさっきの会話で不快な気持ちにさせたのなら謝るわ、ごめんなさい」
「いや、謝んなくてもいいですよ。俺も、少しでも役に立てたのなら良かった」
「それで、あの・・・お願いがあるのだけれど」
「何ですか?」
「この紙、持って帰っても良いかしら?その、ねこも可愛いし・・・」
「はい、全然大丈夫ですよ」
「ありがとう」
友希那さんは笑って会釈すると、大切そうに紙をクリアファイルにしまった。良かった、お気に召してくれたようだ。最初はちょっと冷たいイメージだったけどそんな事はなかった。
「それじゃあ、今度こそ俺は帰ります」
「あ、待って春くんっ」
「友希那さん、まだ何か用が?」
頬を赤らめている友希那さんは、何か振り絞るように口を開いた。
「また、その・・・、わからない所があったら教えてもらえるかしら?」
「友希那さんが良いなら、俺は全然構わないですけど」
「そう、ありがとう。それと、敬語は使わなくていいわ。あと、友希那『さん』じゃなくて友希那って呼び捨てで良いわ、春」
「こんなすぐに友希那と仲良くなっちゃうなんて、やっぱり春はなんかもってるね」
「そんな、仲良くなんてっ・・・」
リサに対して言い換えそうとしているのか、友希那は口をぱくぱくさせてあたふたしている。
「でもちょっと気に入ってるでしょ、バレバレよ友希那♪」
「う、そんなことないわよっ」
「またまた~、そうやってツンツンしちゃってっ」
「もう、リサっ調子乗らないのっ!」
二人の会話と動作を見ているとなんとなく和む。こうしてみると友希那自身もねこっぽい、目の前でものを動かしたりしたら反応しそう。
「じゃあ、本当に俺は帰るわ」
「春、今日はありがとね、また明日!」
「さようなら、春」
結果勘違いだったけど、学校に戻ってきて良かった。