では、本編をどうぞ。
ぞくっ。と、血も凍るような鋭い、どこか退廃をはらんだ視線が3人を貫いた。
「・・・なんだここ!?」
「・・・冬木じゃない・・・っち。オレ達も『ワールド・パージ』とか言う攻撃を受けてやがんのか?」
「そう考えて差し支えないだろう。ッ!来るぞ!」
コートの裡から取り出したナイフ。飛び掛かってきて、切嗣が瞬時に迎撃したそれは・・・
「黒い・・・犬・・・いや、狼?」
一夏が呟くと同時にそれはどろりと姿を溶かし、泥とも影とも判別のつかない物へと変化する。
「この気配・・・それにこの現象・・・切嗣、これはひょっとして・・・」
「ああ、恐らく」
視線の主に振り向きながら、切嗣は言う。
「死徒二七祖第十位・・・混沌の『ネロ・カオス』・・・!」
そこにいたのは黒のロングコートを纏い、白髪を短く刈り込んだ白い肌の男。瞳は朱く、血のような禍々しさを放ち、コートの下は上半身裸にもかかわらず、引き締まった肉体は影に侵食されていて判然としない。紛れもなくネロ・カオスだった。
「ふむ、幻像として肉体を得るのもこれで幾度目になることやら。判然としないがまあ良いだろう」
ぞろり。ずるり。どろり。なんと形容すればいいのかは分からないが、生理的嫌悪を催す音を立て、ネロ・カオスの裡から黒い犬が出現する。
「んなっ!?」
「666の命の集合体、混沌の権化・・・話に聞いちゃいたが、こんな出鱈目だったのかよ!?」
慌てふためきながらも物干し竿を振るう一夏(便利なので小次郎の扮装を解いていない)と、手数に舌を巻きながらも確実に犬を殴殺する雁夜。
「我は混沌、在るも無いも斟酌せず、全てを呑み込む混沌の化身なれば、ただそのように振る舞うのみ・・・実体がないとあれば些か喰い足りぬだろうが、蟲の玩具を我が物とするも一興!来るが良い魔術師よ!」
「喰われてたまるか!」
犬を斬り、鹿を蹴り、鳥を射落とし、鰐を潰す。雁夜の奮闘を前に、切嗣はコンテンダーを取り出し、それを構える。
「お前が元魔術師でよかったよ・・・起源弾はお前の体をズタズタに引き裂いて殺す」
そして引き金を絞ろうという刹那、別方向から伸びてきた白い腕がそれを阻んだ。
「なっ!?」
「旦那ァ、いくら数いるっつっても俺達ゃ偽モンだぜ?もうちっと慎重にいこうや」
数秘紋による雷撃・・・雁夜達はこれを操る者のことも知っている。死体を思わせる白い肌に血のように朱い目は死徒の特徴。前を開け放ったYシャツに片眼を隠す前髪。そして何より口元から覗く鋭い牙・・・
「死徒二七祖番外位、アカシャの蛇『ミハイル・ロア・バルダムヨォン』か」
「いかにも、オレがロアだ・・・とはいえ、この身は不完全な幻想にすぎないがね。タタリほどのパフォーマンスはとてもとても」
茶化すように言いつつもその体は強靱な瞬発力を以てキャレコの弾丸を次から次へと躱していく。
「ちっ。ちょこまかちょこまかウザイってーの!」
魔術によって生み出される紫の雷鳴。効果範囲、威力共に申し分ない。恐らく一流の魔術師でもこれほどまでの練度は出せないだろう。
なにせ肉体は18代。如何に今代の体が凡庸であろうとも、ロア自身の培った経験はそれを覆す。
しかし切嗣は悲観しない。肝心なのは使いどころ。それさえ外さなければ勝つのは容易。
雷撃に『起源弾』を打ち込んでフィードバックによる崩壊を与える。
経緯がなんであれ敵が魔術を使うのであれば、そこに切嗣の勝機がある。
一方の雁夜。複数の獣を融合させることで出現する魔物の顎を『無毀なる湖光』で受け止めて悪態を一つ落とす。
「ったく・・・ちょっとでも体に引っ張られてなきゃとっくに衰弱死してたぜ・・・」
雁夜の精神体は前世と今世の混じり合った姿をしている。つまり、ISの使える成熟した姿というある意味もっとも強い時期を先取りした物なのだ。
「ふむ、構成の際に情報は見ていたが、なるほど虚空より武装を呼び出して使用するとは。ISとやらもなかなかどうして侮り難いものよ」
「へえ。二七祖にそう言われちゃ操縦者冥利に尽きるってモンだ・・・一夏、お前先に行け」
ネロ・カオスに答えながら一夏に指示を出す雁夜。
「ふざけんなよ!こんな奴の前にお前一人置いていけるか!」
「逆なんだよ。お前じゃコイツは殺せない。活かしたままブッ倒すってのは殺すことより難しいんだ。つまりお前にコイツは倒せない」
だからオレがやる。そう言って雁夜は『無毀なる湖光』を正眼の位置に構え、瞬時に間合いを詰めた。剣と爪が交差する。
「ぬうっ・・・!」
「行けよ一夏!オレ達が押さえ込まれてる以上、システム中枢まで行けんのはお前だけなんだよ!」
そう言って一夏を送り出す。と同時にはね飛ばされ、追撃の烏が雁夜に襲い掛かる。
「こンのォ!」
一振りで全ての烏を排除した雁夜はもう一度混沌それ自体へ突撃を仕掛けた。
二人の魔術師は危険な戦いを続ける・・・
・・・・・
「遅い!嫁は何をしているというのだ!」
眠り続ける切嗣達を横目で睨み、ラウラはブツクサと文句を言う。
まあまあ。となだめるシャルロットとは別に、箒もやはり眉をひそめている。と、そこへセシリアが真剣な面持ちで言葉を投げた。
「もしかして、三人も罠にかかったのでは?」
「・・・それはないと思う。システムはもう解放されたから・・・」
じゃあなんで起きないのかな?と不思議そうな顔をするシャルロット。
「まさか、置き土産って事はないでしょうね?」
なんとなくだろう。眉根を寄せた鈴の台詞に空気が凍りついた。
・・・・・
弾幕を張りつつ時折踏み込んでくる敵の爪をサバイバルナイフで弾き、距離を開けては弾丸をばらまく。
「さすがに祖の一角・・・番外位の虚構とはいえ、やはり強い・・・!」
鋭く踏み込んで放たれる蹴りを飛び退って躱す切嗣。と、その足下で紫の光が瞬く。
「ッ!?―ッ!
瞬時に行動を加速させて光の上から飛び退く。そしてその刹那、わずかに遅れてそこから雷鳴が放たれる。咄嗟にキャレコをしまってコンテンダーを取り出す。が、間に合わない。当てればそれで終わりの筈の雷鳴は銃口を向けるより先にその姿を消滅させてしまう。
「任意のタイミングで攻撃を仕掛ける設置型魔法陣・・・」
「ご名答ってね!」
着地点に先回り。切嗣の頬に冷や汗が浮かぶ前に、ロアはその首を掴んで引き摺り上げる。
「へえ、咄嗟に筋肉を強化して即死を免れるか・・・だがまだ終わりじゃねえぞ!」
(――ああ、知っているとも、この程度の相手なら祖の一角には数えられないだろうさ)
見る間に切嗣とロアの周りの空間が歪んでいく。ロアの有する魔法すれすれの大魔術。
『固有結界オーバーロード』。
「くたばりな!『オーバーロード・ゲマトリア』!」
周囲を走る激しい雷鳴、頸部にかかる激烈な圧力。
力の抜けた指先に魔力を込めて。
切嗣はただ、引き金を引いた。
「――――え?」
かかっていた力が急に緩む。
膝を着いて咳き込む切嗣の目の前でロアが崩壊していく。
全身から吹き出す血、皮膚を食い破って体外へ暴れ出る雷鳴。
「『起源弾』は確実に術者の回路を抉る、ましてや周りは全て貴様の魔術」
『切って』『嗣ぐ』。衛宮切嗣の起源を顕現するための弾丸は、抉った相手の魔術回路を切って嗣ぎ、魔力のショートサーキットを引き起こす。
相手の魔力が大きければ大きいだけ威力が増す、そう言う意味でも今回のロアは致命的だった。
「なにせ固有結界なんて大魔術、魔力消費が少ないわけがないもんなあ?」
もはやノイズ一つ遺さずに消滅したロアにそう言うと、切嗣の意識がナニカにはじき出されるように遠のいていった。
・・・・・
「『
残り598の命をまるまる焼き尽くすような黄金の光。
それを受けてもなお、混沌の化身は佇んでいた。
「む――う。よもや日の光を放つ聖剣とは・・・恐れ入ったぞ、魔術師よ」
死徒にとって太陽の光はもっとも強い毒であり、『転輪する勝利の剣』は日の光を打ちあげた刃。天寿の概念武装や転生批判の聖典武装、概念ごと殺す直死の魔眼とならび、現存すればどのような死徒もたちどころに退くであろう聖剣の一撃を受けて、ネロ・カオスの長身は傾ぎ始める。
「世辞はいらねえ、良いからとっとと消えてくれ」
ため息混じりに雁夜が呟くと、刹那。ネロ・カオスの姿がどろりと溶けてかき消えた。
そしてそれを見届けるか見届けないかのタイミング。力を使い果たした雁夜も、その場に崩れ落ちた。
固有結界という奴は周囲全てが魔術だと思う。だからロアは足下に起源弾を撃ち込まれるだけでフィードバックを受けるわけです。あと、いくら祖といえども死徒は死徒。日光でぶった切られたら死ぬでしょう・・・
では次回、act38 密談でお会いしましょう。
ちゃおちゃおー。