※この作品は小説家になろう様、ノベルバ様、エブリスタ様にも投稿させていただいています
なお、期限ぎりぎりだった模様。
(これが、噴水の山か……)
切り立った横に幅広い山は緑に覆われてはいるが、それが樹木よりも苔に依って彩られているのだと青年は知っていた。
湿った大地を踏む。
むわりとした空気を体に浴び、取り込みながら考える。
(話しには聞いてたけど登るのは骨が折れそうだ……足を滑らせない様に工夫しなくちゃな)
小さな相棒と一緒に見上げ頭を悩ませるのは、目尻の下がった細い眼差しを持つ優男風な顔立ちの若者である。その相棒はいたずらっぽく笑えば小悪魔的な可愛らしさを持つ顏立ちを見せ、人間の大きさならば表情と合わせて蠱惑的な雰囲気を醸し出すであろうスタイルを身体と同じく自身の魔力で編まれた妖精特有の挑戦的なドレスに身を包んだ美しいながらも小さな少女だった。
「どんな魔物がいるのか――どんな味がするのか――楽しみだわ!」
頭を抱える若者とは対象的に矮躯に見合わぬ胃袋と見るに愛らしい容貌と一致しない奇特な趣味を持った妖精はいつでもこんな風に観光気分でいて、自覚しないまでも緊張を解してくれる心強さ、頼もしさが有った。
ただ、付け加えるならば魔物を食うと言う発言からわかる通り悪食でもあるから、ピーターは呆れてもいた。
「ティンク、魔物なんて食いすぎると体壊すぞ。この前なんかはあの毒で死んだ魔物を食おうとして!」
「長い付き合いで私の胃袋がミスリル製だってわかってるでしょ? ピーターは心配性なのよね。あの毒だって、冗談に決まってるじゃない」
ティンクと呼ばれた妖精はティン・クウと言うのが本名で、ピーターはピート・レイターを縮めたものだった。
彼女の言葉の通り、ピーターは彼女が食べ物が原因で具合を悪くしたのを見た事が無いが、毒を持ったマッシュビースト(自分で歩くキノコで、石突が変化したとか言う足を持っている)を食べたときなんかは大いに慌てたものだ。
毒殺した魔物については冗談とは言うものの目が本気だったし、自分で創った毒なら死なないかもとブツブツ言っていたのをピーターは忘れていない。
そう言う風に町をうろついていてやがて目に付くのは道端に転がっている……というよりもある程度丁寧に設置された簡素ながらも機能美が有ると見て取れるボートやら、やたらに高く建てられた高床式が特徴の(尤も、この町の建物全てに通ずる建築様式だが)空家の多い事が目に付いてくる。縄梯子で登る少し珍しい方式だ。
まず、空き家の多さに感じる違和感の正体とは、
「お兄さんに妖精の嬢ちゃん、串肉で一つ腹ごしらえしないかい?」
「魔法で冷やしたエールはいらんかねー、キンッキンに冷えてて脳天にぬけてくよー!」
「当方スクロールショップ、人気のテレポートの魔法、重量軽減の魔法、大量入荷しております」
こんな風に景気良く声を掛けてティンクの細い両腕と小さな鞄を埋めてくれる活気が有ると言う事だ。
ボートは内陸の町にしては異常なほどに多いと言う事だ。近くには一応それなりに大きな河川は有るがそれにしたって多過ぎる。
……具体的にはざっと見ても大量の空き家の倍近く、空き家に固定されたものとされていないものが一つずつ。そんな具合に異様な存在感を放っていた。
(やっぱり聞くと見るとじゃ大違いだな)
――そう、ある事情によって下調べを行ってからこの町を訪れたピーターにとって知らないことではなかったが、事前知識をする抜けて衝撃を与える程の異様さと言えた。
(なるほどな。王都には余り情報が流れて来なかったし眉唾扱いされてたけど、伝説と依頼は本当らしいな……)
東の王国は現在ピーターのいる西共和国を蛮族の国と蔑み、西は西で東を田舎と見下すというのはピーターの様な仕事をしている者にとって厄介だった。
(これは一儲けどころの騒ぎじゃ終わらないな……)
――大きな鐘の音と鉄砲水の轟音が奏でるハーモニーが聞こえてきたのは、優男がマスクに見合わぬ守銭奴的感性を働かせた時だった。
「ボートに乗れ!」
二人が難を逃れる事ができたのはこの地域でよく見られる浅黒い肌を持った男の親切な叫びと旅人の為に用意されていたボートのおかげだった。
(空家で休むって人にも配慮されてるってことなんだよな)
背後をちらと見て、振り返ってから感謝の言葉を告げた所で男は言う。
「どう致しまして。ところで、東の人間がこっちまで入ってくるのは珍しいな」
西の人間に比べて色白なピーターとティンクを見てそう言う。
東の人間であるピーターからしても、確かにいつもはどうか知らないが、今日は全く見かけなかった。
「あの山の伝説だとかの観光で来たのよ」
ティンクが言うと男は、
「すると、あんたらが親父の依頼を受けてくれた冒険者かよ⁉」
と、食い気味に言ってから自分が町長の息子だと名乗り雨が降った後の河川の様な状態になった道を、ボートで村長の家まで連れてくれる事となった。快適な乗り心地はボートの操縦に慣れている事をうかがわせる。
しかし、
「ちょっと、依頼ってどういう事? 私たちが来たのって、山登りで美味しい魔物を食べるんじゃないの?」
ひそひそと、ちょっとしたデート気分で同行していたティンクがへそを曲げたような調子でピーターに聞く。
「だまして悪いけど、観光は依頼の後かな……」
河川と化した町を見ながら低めのボリュームで返す。
「へへ、気楽でいいねえ、ご両人!」
ふくれっ面を作るティンクは会話を隠したかった様だが、向かい合う形で座っているから男にも聞き耳を立てずとも十分に聞こえていた。
町長の出した依頼は山の火口だった場所に存在する巨大な水の石の回収で、王都に依頼を出したのは町民に対して秘密裏に事を運ぶためだった……。
「親父、依頼を受けてくれたって言う冒険者が来てくれたぜ」
鼻に酒臭さを感じる事が表すように飲んだくれた初老の男が町長で、そう言われても二人には疑わしく思える姿だった。しかし、
「ウゥイ、ヒック。……よく来てくれた冒険者殿。早速だが、仕事の話をさせてもらってもよろしいか?」
「……すごいわね、酔いどれ親父が一瞬でダンディなオジサマになったわ」
ティンクが囁く内容に頷く。表情、佇まいに着崩れを何気なく直して威厳をすぐに纏ってみせた様子は、傑物であることを予感させた。
(交渉は長引くかね、こりゃ?)
そろそろ大人数の弟妹に贅沢をさせてやりたいと考えるのは、孤児院出身の青年冒険者、ピーターだった。
「さて冒険者殿。この町の特徴を知っているかな?」
町長に問われ、こくりと二人で頷いてからピーターが話す。
「今私達が見た通り、一週間に一度ですが内陸であるにも関わらず大規模な洪水に見舞われる。その原因が……」
この家に入るまでは殆ど常に目に入っていた大きな山を思い浮かべながら言う。
「あの山の火口跡に有る、巨大な水の石だと知っています」
「その通りだ。――知られている限りではな」
意味深長な発言の真意は明るい話ではなく、金の魔力を表した物だった。
ざあざあと流れながら一向に下がる気配の無い濁流を頬杖を突きながら(これは不機嫌だったり落ち込んでいるとき、それに不安がってる時の癖だ)見物しつつ荷物の確認や整頓をしているピーターに聞く。
「ねぇ、本当にこの依頼をやろうっての?」
ティンクの不安だった。この依頼が王国の人間に向けてのみ出された本当の意味を知ったからだ。
抱えた負債の清算に付き合わされ、しかもそれが原因で罪に問われる可能性が有るとわかればそれも増大する……。
「終わらせてからすぐに王都に逃げれば大丈夫さ。今からなら、少なくとも一週間は疑われ無いだろうし」
口止め料と言う事もあって予想外の大金を旅費と個別にもらえたことに、見た目は金銭の為とは思えない様な柔和な笑みを浮かべながら安心させようと言う。
「……観光、できないわね」
えーと縄梯子に、スクロールに、フック付きのと普通のロープ、それにマトック……。
そんな風に声に出して確認しているピーターを尻目に浮かべたその表情は、言葉とは別の事に失望するように見え、どこか苦渋を飲みあぐねているようにも見えた。
(あなたは、いつからこうなってしまったのかしらね……)
ティンクにはその自問の答えを誰かに聞かなくともわかっていて、それが故に苦しくて、それそのものも苦しかった。
「……何であんたが付いてきてるのよ」
ティンクの冷たい視線と分かっているのに喧嘩腰で聞くと言う八つ当たりそのものの詰問はピーターから少し離れて同行しているガントと名乗った町長の息子に向けられたもので、場所は噴水山の中腹辺りだった。
ティンクは犯罪の実態、それもちっぽけなものでなくとても大きな物を知ってしまったのだから口封じをしようとしているのではないかと勘繰っていて、頬杖をついていた。
実際の所、共犯者となっている時点で口に出すところで出そうものならば冒険者二人と町長親子は併せてお縄につく事となるし、そう言った罪を通報した時の謝礼金よりも高い金を払うと言ったし一部を前払いしたからリスクを負うような馬鹿ではなさそうだから大丈夫だろうと言うのが町長親子の考えで、実際ピーターも思惑に従うつもりだった。
尤も……一番の理由は村長親子には人殺しをする度胸がないからだが。
ティンクがそれを察する事ができないのは、大人に対する不信感と大罪を犯す者どもの血族だと言うフィルターが掛かってしまい、町長親子を大悪党として見てしまっているからだった……。
「まあそう目くじらを立てるなよ。お邪魔虫がいようがなんだろうがこんな苔蒸してて、それ以外にゃあちょこちょこっと木が生えてるような山なんかはデート向きじゃなかろうよ。――うわっ、霧も出てきやがったぞ……」
肩を竦めてやれやれと言った風情で叩いた軽口は、警戒心から来る緊張感でピリピリと敏感になったティンクの神経を猛烈に逆撫でて、殺意を覚えさせていた。
(そんな軽口を叩きながら、私達を口封じに殺すつもりなんでしょうね……!)
漠然としていた懸念を確りとした思考にしてしまえば、殺意もまた明確になってしまい、
「先に殺してしまおうかしら……」と言う凶暴な呟きと共に思考も傾きかけたが、
「魔物が出たぞ、ティンク……!」
小さな声で叫ばれた号令は確かにティンクを助けた。
レンジャーとしても食っていける技能の持ち主のピーターには野生の勘を持った獣よりも速く気付くのはたやすいことで、濃くなった霧も彼に味方していることは取り出した投擲用の短剣が白く塗られていることからもわかることだった。
透明な小瓶に入った自然のものではない緑色の液体を飲み込んでから特殊な握り方で持った短剣に黄色い軟膏の様な物を慎重に塗り、ベッタリと付いたしたそれが付いた短剣を場数とトレーニングによって鍛えられたスナップを活用して投げる。
犠牲者は泳ぎ鼠と呼ばれる魔物で、人の大人ほどの大きさを持ったそいつは水陸を問わず俊敏に動く上に獰猛かつ雑食な為、先手を取らなくては戦い慣れしていないガントが危険だった。
……陸に住む鼠と違ってひげの代わりに鰓が付いているのは危険を察知するセンサーを持たないと言う事なので、ピーターには都合のいいことだった。
弾丸の様な速度で飛んだ短剣は着弾したかと思えば肉を裂いて突き刺さる。悲鳴と、その次に怒声を上げて殺気を自分を傷つけた物が飛んできた方角に向ける。
殺気がこちらに来た事に怖気づいたガントが悲鳴を漏らすが、鼠本人は自分の声がいつもに比べて酷く小さなものであると、獣なりに気付き違和感を覚える。
……程なくして鼠は自身の体の自由が利かないことが分かり、困惑する様な悲鳴を上げてしまう。そしてそれは遺言となった。
それが聞こえた瞬間、ピーターは駆け出すというよりも、X軸方向への跳躍というような接近をしてみせる。
そして、鼠の喉元を両刃の剣で突き刺して横に裂いてから、反撃を防ぐために蹴り飛ばしていた。声を上げるまでもなく死にゆく様は、ガントにとっては突風が起きたと思ったら霧の向こうで血飛沫が飛び散った様にしか見えず、返り血を浴びて戻ってきたピーターにも恐怖を覚えていた。
……軟膏の正体は人間であれば呼吸困難に陥らせ、死をもたらす様な猛毒。
飲んだ液体は筋力を二、三倍に強化する薬で、効果は短い時間で終わるが即効性のものなので強襲する際に愛用していた。
その薬を創ったのは、自分だと胸を張るティンクの種明かしは、そんなところだった。
「先を急ごう、時間が経つと、短期間休眠が終わった奴らが増えるんだろう?」
「あ、ああ……」
男が躊躇う様子で居るのは、魔物に浴びせられた殺気のためか、ピーターの戦闘力とティンクの薬のためか……。
少なくとも、ピーターの戦いぶりを見たガントは自分達の度胸を称えたくなった。
(……こいつ等を殺そうって考えなかった俺達は正しいぜ、親父。あっと言う間に殺られるだろうさ)
段々と荒れていく足下をマトックで確かめ、長いロープをそれぞれの身体に結構な余裕を持たせて巻くと言う有様で登山を続けていた。
「……あんな動きをするんじゃねえぞ」
「だからあれは、私の魔法薬だって言ってるでしょう? 何度目よ!」
不安げな顔立ちと声色に少しばかり苛立った様に返すのは、ガントがピーターを遠巻きにしようとしているのを感じたからだ。
薬を人前で使うのは控えてほしいと以前言っていたと言うのに、ピーターは感知ミスをやった穴埋めに飲んだ。
それから来る苛立ちに依る八つ当たりも有るが、化け物として見るのは頭に来る。
「でもよう、冒険者ってのは薬なんかなくったって人外なんじゃねえか?」
噂に聞くのを纏めると、そう聞こえるぜ……と付け足す様に言われ、ティンクは引っ叩いてしまう。激し易い性情が身体を動かした。
「おっ⁉ 何しやがる⁉」
ただただ驚いただけと言う様子が、思い切り引っ叩いたつもりでもダメージが無いんだと感じさせられ、余計憎らしく思えたティンクは言ってしまう。
「お前が戦えないからいけないんだ!」
そんな叫びは、ガントに不快感を覚えさせ、しかめっ面を作らせるだけだった。
その後も幾度か寝惚けた魔物に襲いかかられ、それから守られたガントが、ピーターを遠巻きにしながらも護衛として信頼し、守られる度に平手を打って来るティンクに対して困惑を深め、主にティンクのせいで険悪な雰囲気になるころ、登山ルートならばここを登ると言う高台の前に来ていた。五メートル程のもので、火山だった名残か、つるっとしていて手で登るのは難しそうだ。だから水で流されない縄梯子が有る。しかし、
「げっ、梯子が……!?」
ガントが驚く通り、梯子は跡形もなく消えていた。齧られた挙句に流されでもしたのだろう……。
だが歴戦の冒険者は、与えられた情報、つまり泳ぎ鼠がいると知っていた。つまりこういう事態も想像していたから……
「ティンク、重量軽減を使ってこの縄梯子を持って行ってくれないか?」こんな言葉だってサラッと出て来る。
「ええ、良いわよ。でも、いくら安いからって、スペアは足りるの?」
首肯を目にしたティンクは、すぐさまスクロールの呪文を読み上げて、梯子を持って飛んで行く。
「……綺麗だな」
「ああ……」
霧に反射する鱗粉の光は、下から見ると際立って美しく見えるもので、ティンクが関わるということで顔を再び顰めたガントはついそんな言葉を零し、ピーターはそれを肯定する。ティンクの鱗粉は、視覚から作用して気持ちを安らげたり、傷に振りかければそれを癒す様な力が有る。
ピーターにとっては、ティンクが自分の所為で誰かに噛み付いて嫌われると言うのは辛いものが有った。だから、ティンクを嫌う人間が、本人でなくとも肯定してくれたのは、多少楽になる気持ちが有るのだった。
「ガントさん、さっきはティンクがすまなかった。どうか、許してはくれないだろうか……」
そう神妙に謝るピーターを見れば、ガントも……
「いや、俺も悪かった。あんたを恐れ過ぎた」
こう言う純朴さを見せ、同じ人間だもんな……と続ける。
「あいつも、悪い奴じゃないんだ。ただ、ちょっとばかり疑い深いと言うか何と言うか……」
「わかるさ。しかし……ああまで想われてるってのは男冥利に尽きるだろ?……仲良くしとけよ」
「ははっ、あ、ありがとう……」
微笑んだ顏は、少し紅かった。
降りてきた来たティンクは、ついでに偵察までやってくれたようで、すぐ上には寝惚けた大水蜘蛛らしいのが居ると言う事と、上は霧が薄くなっていて、苔も食べられた跡がある程度であるのを教えてくれた。
ティンクがガントに対してピーターを虐めていないでしょうねと突っかかり、鱗粉で穏やかになったガントが受け流すと言う悶着を尻目に、思う。
(調べ通りってところか……)
ピーターは、硬い甲殻を持っている生物だと心得ているので、マトックとは別に普段から戦いで使っているウォーピックを用いて殺傷する事にした。取り回しを重視しているから、片手で扱う剣程の長さに抑えられていて、柄の方の石突は杭の様に尖っている。
硬い物を突き砕く為に敢えて丸く作られている切っ先には毒を塗りたい所だが、あれは金属をも酸化させるほどの毒だから、使い捨てるものでない限りはまずいことになるので、塗らない。
尤も、毒を塗らないことには他にも理由が有る……。
「じゅるり……」
――そう言えば、見た目だけじゃなくて味も蟹に似てるって、言ってたっけ……。
相棒が作った薬代の分は食わせてやりたいと言うのも理由にしていいはずだと、ピーターは思っていた。慢心とは違った余裕を持っているのがピート・パーカーと言う冒険者だった。
後ろで発生したボトリ、と言う音を聞き取ることは大水蜘蛛にとっては寝惚けて本調子では無い今でも容易いことで、それがやたらに硬い身体をしてたりする猿なんかが持っている事がある、変わった肉だと分かるのは肉食動物の嗅覚にすればなんてことの無い簡単な話しで、のそり……のそり……とゆっくり近づいて食べれないほど硬い、苔をノロマに食らっている蝸牛の背中よりは柔らかいと記憶している肉を食べようという時……彼の見る世界が痛みと共に揺れる‼
跳躍して振り返りながらの離脱をすれば、目に入るのは右手にウォーピック、左手には木版に鉄を張りあて補強した円盾を持ちそれを前に出して半身に構えた人間が見えた。言うまでもなくピーターだ。
蜘蛛は食事を邪魔された事に腹を立て、殺気を剥き出しにしていた。それを正面に捉えるピーターもまた、頭をもう一撃と振りかぶったところで離脱しする。
蜘蛛の反射速度に警戒していたし、殻も王都に生息するものよりも赤味がかって見え、この目が正しければ罅すら入っていない。
王国領にいるような、これと同じサイズのものならば一撃必殺を狙えたと言うのにできない。
それは仕掛けた事の迂闊さを思い知らされることに繋がってしまい、小さい動作ながらも力強いタックルを食らうことで崖近くまで押しやられてしまった。
(お、重い⁉ 思ったよりもずっとだ……⁉)
意識とのギャップが、ダメージを大きくして、内蔵を傷つける。
(旗色が悪いな……)
痛みに歯を食いしばりながら考えた通り、速攻を身上とする彼と頑強な蜘蛛のマッチングはピーターにしてみれば極めて分が悪かった。
毒を使おうにも、ウォーピックで傷が付かないのだから、軟膏では盛りようが無い。
(……もしや、絶対絶命じゃないか? ……でもっ!)
下に行かせないためには前に出る必要が有る。だからピーターは前に駆け出ながら、蜘蛛が跳躍の準備を始めた辺りで不意を打つように盾を投げつける。
投擲を得意分野とする彼が投げた盾は驚いた蜘蛛が飛び上がるよりも速くぶち当たり、隙を作って見せた!
その隙を付けば、両手で振りかぶった武器を思い切り叩きつけるのは簡単だった!
「えやぁぁ!」
気合の叫びと甲高い金属音を巻き起こす一撃は、大きな罅を入れて、そこからは不気味な紫色の血を湧きあがらせる!
しかし、その一撃は命を脅かされた怒りをも呼び起こしてしまう。
「ぐあああ……⁉」
帷子によって深くは刺さらないまでも、持ちうる毒を流し込むには充分な程に牙を腹へと立てられる!
しかし、それは蜘蛛の命が断たれる少し前の出来事となる……!
「これで、どうだっ……!」
柄を深く刺せるように持ち替えてから罅の中心部へと振り下ろし、押し込んでやる……!
すると蜘蛛はビクビクと痙攣を起こしてから命の灯を失う……。しかし、ピーターもまた、毒に侵され苦しむのだった。
だが、治療が間に合えば生き続けられると言う意味では、間違いなくピーターが勝者と言えた……。
薄れゆく意識の中で、悲鳴を聞きつけたティンクとガントの気に掛ける台詞に勝ったと伝えて引き攣った顔で笑いかけるのだった。
「王国の奴らよりも肉厚でジューシーだわぁ……」
むしゃむしゃたっぷりと、満面の笑顔で味わい食べる様子は微笑ましい。
尤も、ガントが引いて見るように、魔物の足であると知らなければと言う注釈が付く。
火口跡の入口が見えたのは、ガントがティンクに蜘蛛の足を握らされて顔を青くした頃で有った。水が溜まっていないのは、余りにも勢い良く吹き出したからだと言う。
「あの、ガントさん。この下に、あなた方の負の遺産が眠るのですね?」
ガントは打って変わって神妙な顔つきになる。
「ああ……あんた等には、悪いと思う。けどこのスキャンダルはこの国以外のプロにしか見せられないんだ」
スキャンダルの眠る場所はアメジストの様に光り輝いていて、後ろ暗いものが有る場所とは思えない位に明るいのが皮肉が利いているなと彼等に思わせた。
魔力で長さを調節できるロープは、輪っかを作ってそこに通した頑丈なペグで固定する。
これで降りる算段だから、ティンクが飛行なんかをしていても大量に余る魔力を注いでちょっとした足場が有るところまで垂らされる長さに伸ばす。
ピーター、次にガントが恐る恐る降りて行く。
足場に降りたピーターは、あることに気が付く。呼吸が、先程に比べてずっと楽だった。
(話には聞いていたけど、まさかここまで……)
火口痕内部は、ある意味では全ての元凶とも呼べる人間によって、水が人を避け、湿気や温かさ、空気などの環境が人間にとって最適なものに作られている……。
それは、町長から教えてもらった情報だった。
同じ作業を繰り返せば、やがて上からも見えていた火口痕の象徴とも言える小屋程の大きさの水の石の前に辿り着く。
「随分と、立派ですね……」
「――ああ、俺の先祖ってのは、さぞかし偉大だったんだろうさ……。こんなでけぇ水の石、現代の発展した魔術でも作り出せねえよ」
水の石と言うのは何百年も前から魔術師が作ってきた大人の拳ほどの大きさのマジックアイテムで、大気を魔力を吸い込んでからそれをワイングラス五十杯程の水に変換し条件を満たす事で水を決められた量、放出する物だ。
管理に関しても、吸い取った魔力の余剰分で作動するから術式に綻びが出始めたら組み直すことを専門の魔術師に依頼することが必要だが、(綻びが出るまでの時間は製作者の腕が良いほど長いスパンとなる。大体は一月程だ)他は湧き出す水が汚くならないように石を磨けば良いだけと簡単なものだ。
しかし、目の前の物は桁が違っていて、町長から聞いた伝説の裏側によれば術式が狂っているおまけ付きなのだ。
本来これは洪水を起こす程の水を作り出してから溜め込んで吐き出すのではなく、火口に留まる程度の水によって巨大な井戸として使われるものだった。
想定通りに働いていた頃は、魔物も駆除されていてこの山道も安全だったらしい。
正常な動作に戻すには作成者と同じ名前を持ち、血を継ぐ祖先で魔術式を学んでいるガントの力が必要なのだった。しかし、
「こんな立派なゴーレムをわざわざ守護の為に拵えるってのも、立派さを分からせてくるよな……」
後ろを振り向き、吐き捨ててから溜息をつくガントに同意しながらピーターは町長に改めて語ってもらった話しを思い返す。
今は噴水山と呼ばれる山は昔は井戸山として親しまれ、更に前は活動を終えたと言われる死んだ火山だった。
今とは違い村であった町に訪れたのは、戦火から逃れようと放浪する亡国の幼い姫とその護衛をやっていた若い宮廷魔術師で二人が目にしたのは日照り続きによる干ばつに苦しむ人々だった。
「これは……解決しなくてはなりません! ガント、とびっきり大きな井戸を作って差し上げなさい!」
「それでしたら、あちらに見えまする山の窪みを井戸に仕立て上げるのは如何でしょうか? あの山の火口でしたら、大きな水の石も作りおいても溢れる事は無いでしょう」
「まぁ、それはいい考えだわ! やって見せなさい!」
天然で抜けたところの有る二人のやる事を止める者がいなかったのは、やることの規模が大きすぎて聞いた者の誰もが幼子に向けるような与太話としか捉えなかったためである。
そして……「村の皆様っ! 我が忠実なる臣下が井戸を作って見せましたわっ! 今から案内致します!」
水筒を両手いっぱいに抱えた姫に案内された村人は泳げるほどの水に狂喜乱舞し、感謝の果てに姫と魔術師を村の政を司る者として祭り上げるのだった。
幼いながらも確かな才覚を持った幼い村長は、「かの国にこの者在り」と謳われた魔術師に補佐されながら立派な淑女になり、魔術師と夫婦になった頃には町長と名乗る事ができる程に発展させていた。潤沢な水源に優秀な指導者を持った状態は、黄金時代と言えた。
……ここまでは良かった。しかし、現代から四十年前に起きた事件が全てを台無しにしてしまった。この悲劇はある意味ではガントと呼ばれる魔術師の天才性のために起きた事件とも言えた。
どれ程優秀な魔術師であろうとも綻びを失くすことはかなわない。
五十年と長大なスパンでは有るが、やはり整備は必要で代々ガントの血を継ぐ者、すなわち町長の家の魔術師が行ってきたが、その年は二人の魔術師の内、一人は疫病でこの世を去り、もう一人も同じ病に伏せって予断を許さない病状だった。
仕方なく呼ばれた外部の魔術師は、水を出すことをやめてしまった水の石の前で、困惑する。
(何だ、何だと言うんだ、この様な辺境にこれほどのマジックアイテムが……⁉)
男も優秀であるがそれでも理解が及ばない精巧さだった。しかもプライドのために諦めきれず、幾度ものトライ&エラーを繰り返す内、道半ばで血族が触れるまで解除されることの無いロックがかかってしまったのだった。それも、中途半端な状態で……。
魔術師の言に従い避難した町民が目にしたのは、噴火するが如く水を吹く山だった。
(……こいつは使えるかもしれねえな)
絶望に暮れる人々の中で一人、謀を巡らすのはその代の町長で、彼はこれを利用し、国に対しての詐欺行為を働こうと考え、実際に行った。
町長に曰く、これは魔物が悪さをしたために起きた災害だと。
共和国では魔物が原因で起きた災害、定期的に起きる魔物災害に襲われるような市町村には支援金が出る。(因みに、魔物が原因で起きる災害と見なす範囲は、担当の役人の裁量に任される)公の人物を上手く丸め込んだ町長は大量の支援金をだまし取った……。
これを知るのは、現在の町長親子とピーターとティンクのコンビだけで、知っていながら報告していないと言うのは、重罪である。
町長に余計な気を起こされては困ると言う事で当代の町長に魔術を学ばせなかった先代が死んだ為に、圧力が無くなったおかげでガントを魔術師として育成する事ができるようになり、術式に関しては名前負けしない技量を身に着けたから、今回王国へと護衛の依頼を出した。
それをピーターが受け、ティンクは何も知らないまま付いて行ったと言う訳だ。
「水の石に触れば……こいつが動き出して、守るために襲いかかって来る。準備は良いか?」
ゴーレムを起動させないためのアイテムも有ったらしいのだが、先代の手によって破損しているから、相手にするしかない。
ミスリルで造られたゴーレムは、ピーターの十八番は殆ど通じない相手だ。ならばあの薬の発展形を飲むしかなく、副作用に気を付ける様に声を掛けるティンクは頬杖をついていた。
「術式再構築、開始」
『GI・GI、GI・GYUOON』
その文言が合図となったかの様に、丸味を帯びたフォルムの、竜騎士が纏うような意匠の装飾がされた装甲を持つゴーレムは軋む音に似ながらも、それとは決定的に違った唸りを上げて立ち上がり、灯った光には生命力を感じさせないにも関わらず、力漲る双眼をこちらに向ける。
ピーターを油断無く睨みつけながらギイギイと確かめるように動かして自らの身体を点検する様子は、人よりも竜に近い姿で行われ、どこか人間臭い動きは、親しみよりも恐怖を与えた。
――準備運動を続ける内に背中から抜いた槍とも大剣ともつかない長物もまたミスリルでできていて、錆の代わりに、蒼穹をそのまま切り取ったかの様に澄んだ空色をその刃に浮かべていた。
ゴーレムが左に持った盾からぶつかる様なチャージは、薬によってドーピングを行ったピーターであっても靴の滑り止めがなければガントに激突していたであろう衝撃を与えられる。
「こ、な、く、そぉぉ!」
何とか踏ん張るピーターだが、その後も人間の限界を超えた膂力で押さえつけながら、右の槍で串刺しにされようとされる窮地が続いてしまう、かと思われたが、
「これでも……! 食らいなさい!」
戦う為に、魔力によって人間大の大きさになったティンクの氷塊を射出する魔術による援護で作られた隙は、力だけの拘束から逃れるのをとても簡単にした。
「シッ!」
短く、鋭く。
それを意識して槍を持つ右手に振られたそれは、ドーピングの甲斐有って、ツルリとした空色の装甲に罅を入れて砕いた!
ゴーレムは重い右手を失い、バランスを崩してよろける。
しかし、深追いはしない。
一撃を放つのに維持や飛行、それとある魔法を使うのに必要な魔力以外を振り絞ったティンクの元へ帰る。
最悪、術式が完成すれば撤退戦となるのだから、闇雲に振り回した拳を食らうのはごめん被りたい。
……ここで説明しておくと、ミスリルと言うのは、独特の光沢と滑らかさを持ち、鉄よりも頑丈な上、錆ず、劣化しない、正しく魔法の金属である。
だが、弱点として自身と同程度の硬さの物を使って強い圧をかけられると砕け易いと言うものが有った。何を隠そう、ピーターの扱うそれは先程の鋼を加工したものとは違い、ミスリル製のウォーピックなのだ。
重要なのは、ウォーピックと言う形状だ。圧を加える際、面積が狭ければ狭いほど有利になる理屈からして、裕福な野党が偶に纏うミスリルの鎧や盾などを砕く為に持っていたのを、今ゴーレムへと炸裂させた訳だ。
右手を砕かれて失ったゴーレムは盾を捨てる。
左に持ち替えた槍で自分の右肩から掛かる斜線を作るように構え、機動性に不安が有ると判断したのか、待ち構えた。
対するピーターは、やはり盾を前にした形の半身に構える。桁を間違えた様な力にこの防御の構えは意味が有るのか、それはピーターも疑問に思う。
しかし、一つの迂闊が命取りのこの場面では、慣れない構えで奇策を打つよりも慣れ親しんだ基本の構えで戦うべきだと思ったのだ。
人間とゴーレムの睨み合いは、長く続くかと思われた。
しかし……、
「術式を組み直した、完璧だ!」
ガントの声が聞こえた途端、冒険者は素早く動き出す……!
早業でウォーピックをベルトに戻してから盾を外し、右手に持って、左側からしなる鞭の様な勢いで投げる!
自身の限界に近い膂力を用いて投げられたそれは、正確に槍を保持する左手指を砕いた!
「ティンク!」
その声に応えたティンクが、テレポートのスクロールを読み上げる。
光に包まれたかと思うと一度きりのテレポート先として設定させてもらった町長の家の中に転送され、へたり込む。
「親父、やったぜ……!」
魔術式を編むのに疲労したガントは、そのまま前に倒れ込み眠りこけるのだった。
――あれから一週間後。
「兄ちゃん、姉ちゃ~ん! 手紙、手紙ー!」
孤児院の弟妹が無邪気ながら騒々しく届けられた手紙は、ガントからの物だった。
ドーピングの後遺症で激しく痛む身体に鞭打ちながら開くと、そこには父が自ら隠蔽の黙秘に関する全ての罪を被ったという事、それによって、二人が国に来るのは自由だと言うこと。
要約するとこんな感じの事を、学の深さを窺わせる丁寧な文体を達筆にしたためていた。
(……今度は、本当に観光に行くとするか)
ティンクも、喜ぶだろうなと考えながら静養に努めるのだった……。
終わり
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