(完結)灰色の騎士リィン・オズボーン   作:ライアン

1 / 84
作者の解釈混じり及び独自設定込でⅠ終了~Ⅱ開始までの状況説明が長々と書かれたプロローグになります。
ミュラーの所属する第七機甲師団は本来西部に位置するはずでしたが、都合により北部に駐屯しているという事にしております。
またウォレスの階級を准将ではなく中将に改変しております。


獅子戦記第1部-The Erebonian Civil War-
十月戦役


 七曜暦1204年11月、エレボニア帝国、否ゼムリア大陸は激動の最中にあった。

 10月22日、長年カルバード共和国とエレボニア帝国二国の属州として犠牲となってきたクロスベル自治州の代表ディーター・クロイス市長は圧倒的多数を以て“独立”を選択した住民投票の結果を受けて、高らかに独立を宣言。

 当然宗主国たる両国はこれに激しく反発し、クロスベル側が一体どう出るかと大陸中の注目が集まる中、なんとディーター・クロイス市長、もとい大統領は、独立の承認が得られるまでIBCの保有する帝国と共和国の資産を凍結すると宣言した。

 無論共和国と帝国がそれを認めるはずもなく、両国共に即座に機甲師団をクロスベルへと送り込んだが、その結果はディーター・クロイス大統領とその側近以外は全く予想だにしていなかった結果と終わった。

 神機と呼ばれる三機の超兵器、それがあっさりと両国の機甲師団を壊滅させたのだ。

 

 そしてエレボニア帝国にとって事態はこれだけでは終わらなかった。

 クロスベル討伐のための挙国一致体制の確立を訴える帝都での演説の最中、鉄血宰相の異名を以て周辺諸国にまでその名を響かせる帝国政府代表ギリアス・オズボーン宰相が凶弾に倒れたのだ。

 そして混乱の最中にある帝都を貴族連合が強襲。宰相の遺児《灰色の騎士》リィン・オズボーンによって投入した虎の子の新兵器、機甲兵部隊を壊滅させられかけるというアクシデントに見舞われたものの、カイエン公爵の切り札たる《蒼の騎士》クロウ・アームブラストがこれを撃破した事で程なく帝都の占領に成功するのであった。

 かくしてすんでのところで“逆賊”となる事を避けられた貴族連合であったが、その初動は順風満帆とは言い難いものであった。

 

 まず第一にオリヴァルト皇子率いる《紅き翼》を彼らを取り逃がしていた。

 そして、事はそれだけに留まらなかった。リィン・オズボーンの奮戦によって虎の子の機甲兵部隊を壊滅させられた事で、帝都近郊にあるトリスタの制圧が遅れ、その時間の間に《紅き翼》が一部の貴族生徒を除き、教職員と生徒の回収に成功していたのだ。

 特に絶大なる威信を誇る、生ける伝説とも称される“軍神”ウォルフガング・ヴァンダイク名誉元帥を取り逃がした事は貴族連合にとっては痛恨と言えるものであった。取り逃がしたのは彼らだけではない。

 《アルノールの守護神》マテウス・ヴァンダールの文字通り死を賭した足止めにより、リィン・オズボーンを。

 《氷の乙女》クレア・リーヴェルト率いる鉄道憲兵隊と帝国軍情報局の連携によって、革新派のNO2たる帝都知事カール・レーグニッツを。

 そして護衛を務めていた近衛軍大尉アデーレ・バルフェットの離反、当人に言わせれば私が剣を捧げたのは皇族の方々であるとなるのだが、によってアルフィン皇女をと。

 貴族連合は本来確保すべき予定だったはずの多くの人物の確保に失敗していた。

 

 それでも皇帝たるユーゲントⅢ世と皇太子たるセドリック皇子の“保護”、そして軍令の長たる帝国軍参謀総長マインホフ元帥、実働部隊の長たる帝国軍司令長官シュタイエルマルク元帥、参謀長カルナップ大将を筆頭にレーグニッツ知事以外の革新派の主だった重鎮たちの“拘束”に成功した事で、どうにか他の貴族にそっぽを向かれて孤立する等という事をカイエン公は避けられたのだった。

 

 かくしてエレボニア帝国の軍と政治の中枢、そして皇帝という権威を何とか抑える事に成功した貴族連合であったが、当然各地に存在する正規軍機甲師団は猛然と反発。存在する20もの機甲師団(第一機甲師団は帝都占領の際に貴族連合によって、第五機甲師団はクロスベルの神機によって壊滅させられているので実質18だが)の内、実に12もの師団が反貴族連合を掲げたのであった。

 

 この12に及ぶ機甲師団が仮に完全な連携を行えば、いくら貴族連合が機甲兵という新兵器を投入したとしてもひとたまりも無かっただろう。しかし、そうはならなかった。

 貴族派は革新派に比べて纏まりに欠いた派閥とされていた。それは決して間違いではなかった、ギリアス・オズボーンという絶大なる指導力を誇る怪物が革新派リーダーを務めている頃は。

 しかし、そんな強力なリーダーを失い、更に参謀本部という統制を取るべき中央を抑えられたことで各機甲師団は纏まりを欠いた。まず、貴族連合への対応を巡って対立が生じた。

 貴族連合の横暴を許すことは出来ない、それは彼らにとって共通する思いだった。だがどこを着地点とするかで別れたのだ。革新派のNO2にして鉄血宰相が消えた事で暫定的なリーダーとなったカール・レーグニッツ知事は“内戦”等という愚行はエレボニア帝国の国力を著しく削ぐものである、故に対話によって貴族連合との妥協点を早期に模索する事を提案した。彼のこの方針は彼が身を寄せていたオーラフ・クレイグ率いる第四機甲師団を筆頭に、主として帝国東部に展開する機甲師団の長からの支持を受けた。

 何せ彼らはガレリア要塞の“消滅”という異常事態を、クロスベルの脅威をその目で見ている。加えて言えば帝国北部に駐屯する第三機甲師団の司令官ゼクス・ヴァンダール中将や第七機甲師団の司令官クリストフ・ヴァーゼル中将等、革新派から距離を取っている者達とて正規軍内部には居た。そうした者たちからすれば、内戦の早期終結をこそ優先するレーグニッツ知事の提案は支持に値するものであったのだ。

 

 しかし、このレーグニッツ知事の方針に対して第八機甲師団の司令官であり、ドレックノール要塞司令官にして南西準州を統括するリヒャルト・ミヒャールゼン大将を筆頭に帝国西部に存在する機甲師団の長達は猛然と反発した。このような暴挙を行った貴族共相手にそのような妥協をしてどうするのかと。亡き宰相閣下の仇を討つべく、貴族共の首を宰相閣下の墓前に捧げ、閣下の遺志を継ぐのだ!と。

 

 帝国西部のラマール州は貴族連合の盟主たるカイエン公爵が治める地であった。

 だからこそだろう、鉄血宰相はこの地に駐屯する司令官に革新派の中でも特に自分に忠実で、かつ貴族嫌いで知られる者たちを充てていた。無論、カイエン公によって懐柔されるのを防ぐためである。

 

 そしてその亡き宰相へと捧げる忠誠心がこの局面に来て仇となっていた。カール・レーグニッツは卓越した政治家である、その才幹と手腕そして積み上げた実績はまさに革新派のNO2に相応しいものであった。

 政治と軍事、分野は違えど平民でありながら、さしたる後ろ盾もなしに己が実力で帝都知事という地位まで登り詰めたカール・レーグニッツのその優秀さを疑うものなど革新派に居よう筈がない、多くの軍人が宰相閣下の盟友として彼に敬意を払っていた。

 しかし、彼の軍からの信頼、それはあくまでギリアス・オズボーンという稀代の指導者の補佐役としてのもの(・・・・・・・・・)であった。軍において准将まで登り詰めたギリアス・オズボーンに対してカール・レーグニッツは元々やり手の行政官僚として名を馳せた男であった。それ故、軍部と濃密なコネクションを築いていたギリアスに対して彼は革新派内でも文官達の長という側面が強かった。

 

 軍事的合理性と政治というのは往々にして対立しやすい。一例を挙げれば先制攻撃等がそれに値するだろう。政治家にとっては後々の事を考えれば出来る限り相手が先に手を出したので、こちらはやむ得なく応戦したという体裁を取り繕いたい。しかし、前線で戦っている人間たちに取ってみればそれはつまり、犠牲が出るまで黙って手を出さずに見ていろも同然の命令となるのだ。

 軍人は政治家に従うのが正しいとされている、それは確かに正しい。政治的制約を受けずに軍事的合理性のみを追求していけば、落とし所を見つける事ができずに際限なく戦禍は拡大していく事となるのだから。

 

 だが正しさと納得というのは別問題である。正しいが気に食わない、そうする事が正しいのはわかっているが気分が乗らない、やりたくない。世の中にはそんな事例が溢れている。だからこそ軍人というのはそれが叶わぬとわかりながらも、どこかで願うものなのだ。政治的な制約を受けずに、采配を振るってみたいと。

 そしてギリアス・オズボーンは軍人から見ると凡そ最上位に位置する指導者であった。まさに強いエレボニアを体現するが如きその豪腕を思えば、レーグニッツ知事の方針はなんとも弱腰に見えたのであった。

 

 それでも、彼らとて中将にまで登り詰めた有能な将官である。この局面で味方同士で仲違いすることの愚、そして“内戦”が祖国にとっての大きな災いとなることは理解できた。中立の立場から仲介を買って出たヴァンダイク名誉元帥、オリヴァルト皇子の説得も相まり、一先ず不満を必死に呑み干して、レーグニッツ知事の方針へと従うこととしたのだ。

 

 そしてその彼らの忍耐及びレーグニッツ知事の誠意は全く以て実る事はなかった。

 帝都からの貴族連合の速やかな撤収、拘束された政治家と軍人の即時解放、即ち帝都占領前に戻る事を求めた交渉に対して、ハイアームズ公を筆頭とした貴族連合内でも穏健派に位置する者たちからの意見にも耳を貸さず、貴族連合主宰のクロワール・ド・カイエン公は「恐れ多くも皇帝陛下に背いた逆賊共を解放する事などありえぬ事。またカール・レーグニッツには此度の大逆事件の首謀者との嫌疑がかけられている、その身が潔白であるというのならば即時に出頭し、その身の潔白を証明スべし。そして正規軍の諸将らは、逆賊に与する気がないというのならば即座に従うべし。これは皇帝陛下よりの勅命である。ユーゲント三世今上陛下は寛大なお方である、格別の慈悲を以て諸君の罪を許すであろう」、と一切の妥協などあり得ないとでも言うべき態度を見せたのだ。

 

 レーグニッツ知事やオリヴァルト皇子の思い描いていた回復すべき“秩序”とは貴族連合の暴挙が行われる前、宰相が撃たれる前までの帝国であった。しかし、カイエン公、そしてそれに従う貴族連合に属する大半の貴族にとっての取り戻すべき“秩序”とはギリアス・オズボーンという怪物が登場する前の帝国。かつてルーファス・アルバレアが理事会にて語っていた「従士が騎士に従い、騎士は領主すなわち貴族に仕え、貴族が皇帝を戴く」というもの。歯に衣着せぬ言い方をすればこうなるだろう、“貴族による支配”と。それこそがカイエン公と公を支持する連合を構成する大多数の貴族が掲げる理想だったのだ。

 そしてこの理想はカイエン公と主導権を巡り対立しているアルバレア公にしても同じであった。故に和解を主張するハイアームズ候の意見は退けられ、カイエン公の強硬的な態度こそが連合内から快哉を以て受け入れられた。

 

 そして当然ながら怒りを押し殺して、差し伸べた手を振り払われた革新派側は激怒した。こちらが下手に出ていればいい気になりおって!と。そしてそうなればもはやレーグニッツ知事としても選択肢はない、これでも尚対話による和解を主張すれば基より軍部からの支持基盤が脆弱な知事は指導者としての立場を負われかねない。政治家として交渉を担える自分の手綱が外れてしまう事だけは避けねばならぬ以上、知事は事此処に至って、革新派の指導者として苦渋の決断をせざるを得なかった。

 七曜歴1204年11月3日、帝国政府暫定代表カール・レーグニッツは「奸臣たるクロワール・ド・カイエンを討ち、帝国に在るべき秩序を取り戻す」と高らかに宣言。それと共に予備役にあったヴァンダイク名誉元帥と囚われの身であるシュタイエルマルク元帥に代わって、討伐軍の総指揮官となる事を要請した。

 

 事此処に至って革新派と貴族派の争いに対して中立勢力からの和解を模索していたヴァンダイクもその困難さを悟らざるを得なかった。カイエン公が此処まで強硬な態度を取っている以上、もはや血を流さずして解決する事は至難だろうと。で、あるのならば何とか自分が宰相の仇討ちと血気にはやる若者達の手綱を握らねばならないだろうと。オリヴァルト皇子という権威を有する仲介者がいる以上、そちらは殿下にお任せすればいい、そう考えて。

 かくして討伐軍総司令官となったウォルフガング・ヴァンダイクの下、帝国正規軍による反抗作戦が開始され、エレボニア帝国は完全なる“内戦”状態へと突入するのであった。

 

 そしてその情勢下にあってオリヴァルト・ライゼ・アルノールはあくまで中立の立場を取っていた、いや、取らざるを得なかったというのが正確だろう。もしも彼が正式な皇太子であるのならば、革新派陣営へと味方するという選択肢もあった。次期皇帝という立場ならば、野心を疑われる事はなく帝国の在るべき秩序を取り戻すのだと訴えるその姿にはそれ相応の説得力を以て受け入れられただろう。

 しかし、庶出のために長男であるにも関わらず皇位継承権を有していないという複雑な立場がヴァンダイク元帥とは異なり、彼に革新派の旗印になるという選択肢を奪った。庶出故に皇位継承権を有していないというその立場で挙兵すれば、貴族側は言うだろう。オリヴァルト皇子は帝位簒奪のために、己が野心のために、逆賊と手を結んだのだと。そしてそうなれば待っているのは貴族連合に味方するのか、それとも革新派に味方するのかという完全な二択。和平の仲介を行える権威を持った第三勢力を失った、エレボニア帝国は完全に二分されてどちらかが滅びるまで(・・・・・・・・・・)やり合う事になりかねないと。

 

 それは高潔で称賛に値する決断であると同時に、彼のある種の限界を示すものだっただろう。彼が理想を現実にするための立場を、エレボニア帝国という国家の行く末を左右するだけの権限を手に入れんとするならこの内戦はある意味では好機でもあった。この“国難”を前に、討伐軍の旗印となって、囚われの父や弟を救出して、賊を討滅するという功績を挙げれば、それこそ長男という立場も相まって彼が次代の皇帝となる事も夢ではなかった。

 しかし、オリヴァルト・ライゼ・アルノールはそう取られるのこそを嫌い、あくまで中立である事を、弟たるセドリック皇太子を立てる未来を選んだのであった。

 

 そうして第三勢力として貴族勢力の切り崩しを測りながら各地の住民の保護を行う《紅き翼》を他所に帝国の各地で貴族連合と討伐軍の激突が勃発した。当初新兵器である機甲兵の機動戦術を前に翻弄された正規軍であったが、すぐさまこれへの対抗戦術を生み出し、戦線は再び均衡状態へと陥る。これは、正規軍の将達の優秀さも一因だったが、同時に機甲兵という新兵器を貴族連合側も活かしきれていなかったためでもあった。

 新しい物への対応というのは容易ではない、それは扱う兵の慣熟訓練もそうだし、運用する将の側もそうだ。巨大な人形の兵器の運用など、誰もやった事がなかったのだ。

 

 しかし、開戦から3週間余りが経過した11月24日、戦いは動き出す。

 アルノールの守護神との死闘によって戦傷を負った貴族連合の切り札たる“蒼の騎士”クロウ・アームブラストが戦線へと復帰。西部戦線へと参戦したのであった。更にこの頃になると貴族連合の双璧と謳われるラマール州軍司令官オーレリア・ルグィン大将、サザーランド州軍司令官ウォレス・バルディアス中将が機甲兵の運用に慣れたことで、西部戦線の戦況は一気に貴族連合側優位に動き出す。

 

 内戦開始より一ヶ月、貴族連合側が優位とは言え、未だ収まる気配はなくエレボニアの地は戦禍に塗れていた。

 無力な民草は嘆き哀しみながら内戦を終わらせる存在を、自分たちを救ってくれる“英雄”の存在を心より求めていた。

 

 そして、そんな祈りに応えるが如く一人の男が、今目覚めようとしていた……

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。